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不穏

 アースに存在する3大陸の1つ、フヴェル大陸。

 その地の大国『ニヴルヘイム』にある王城の一室にて、5人の地球人が集結していた。


「キャハハ! このサードちゃんから逃げられるとでも思ってたんでちゅか~? ヴォルス~?」


 若い女の甲高い声が、部屋中に響き渡る。


「グッ…………」


 それを、黒い影のようなもので拘束された中年の男が、忌々しそうな表情をしながら聞いていた。


 女の名は『サード』。

 男の名は『ヴォルス』。

 2人は異能過激派組織として名高い『異能機関』に所属するメンバーである。


 だが、ヴォルスは床に顔を押しつけられ、サードはそれを見下したような瞳で見つめている。

 その様子には、仲間意識など微塵もない。


「リアルボディが異能機関に管理されてないからって、油断しちゃいましたか~? たとえ地球では無事でも、アースに来たら即捕まるとか思わなかったんでちゅか~?」

「ま、待て……! 俺は、逃げていたわけではないぞ! ただ、異能開発局の連中の目をかいくぐるのに手間取っていただけで――」

「そういう言い訳は男らしくないぞ~! ド~ン!」

「グガッ……!」


 サードはヴォルスの顔面を蹴り上げた。

 ヴォルスの鼻と口から血が噴き出す。


「あなたが我々から制裁を加えられることを恐れて、今までアースを訪れなかったのだろうということは、もはや疑いようのない事実です」


 2人の様子を見ていた残り3人のうちの1人である女『ルヴィ』は、ヴォルスにそう告げた。 


「君が『アギト』という子に負けて、せっかくのチャンスを棒に振ったことは、僕らにとっても結構な衝撃だったよ」


 そして、部屋に置かれていた椅子に座り、お気に入りの紅茶をすする男『カミカゼ』は、ヴォルスの罪状を口にした。


「《先読み》のケンゴ君が確実に異能を制限していた、あのタイミングが活かされなかったのは、やっぱりねぇ」


 決闘大会一般部門の準々決勝にて、ヴォルスはアギトに敗北した。

 それにより、ヴォルスは決勝シードであるケンゴと戦うことなく、大会は終了した。

 これは、異能機関にとって、予想外の出来事だった。


「準決勝で当たる可能性の高い《ビルドエラー》が負けるよう、サードちゃんも頑張ったのにな~、超頑張ったのにな~」

「ぐぅ…………」


 サードはヴォルスの頭を踏みつける。


「ヴォルス、あなたは私たちの期待に応えられませんでした。それもまた、疑いようのない事実です」


 そして、ルヴィは冷ややかな声で、ヴォルスにそう告げた。


「私たちの組織に弱者はいりません」

「! ちょ、ちょっと待ってくれ! 頼む! 俺に挽回するチャンスをくれ! この通りだ!」


 ルヴィの言葉を聞き、ヴォルスは手足を拘束されたまま頭を床にこすり付けて土下座のかたちをとった。


「キャハハ! いい大人が土下座しちゃってる~! マジウケる~! ……でも、そんなんでサードちゃんたちが許すとでも思ってんの?」


 サードはそれを見て、ヴォルスの頭をより強く踏みつけだした。


 剣王の隙をつけるチャンスを棒に振った。

 そんなヴォルスの処分は、異能機関の共通見解であった。


「そろそろその辺にしてあげないかな、サードさん」


 だが、この場で処分する気は、ルヴィとカミカゼにはなかった。

 なのでカミカゼは、サードをたしなめ始めた。


「……まあ、カミカゼさんがそう言うなら、やめてあげてもいいけど~」

「そう、ありがとう」


 カミカゼの一言で、サードはヴォルスの頭から足をどけ、自分の髪をせわしなくいじり始めた。


「ヴォルスくんは致命的な失態を犯した。それは覆らない。でも、名誉挽回のチャンスくらいはあげてもいいんじゃないか、と僕は思うな」

「ええ、そうですね。私もカミカゼと同意見です」

「む……じゃあサードちゃんも右に同じ~!」


 カミカゼとルヴィに追随したサードを見て、ヴォルスは顔を渋くする。


「ん? なにかなその目は? サードちゃんに喧嘩を売ってるのかな~?」

「こらこら、そうやって絡むと話が進まないから、サードさんは静かにしてて」

「は~い」


 サードが聞き分けよく口を閉ざすと、カミカゼはルヴィのほうへと視線をやった。


 魔王城内で話し合いをする際は、基本的にルヴィが進行役を務めている。

 アースに来ることができる異能機関のメンバーのまとめ役でもあるので、彼女がその役目となるのも当然だった。


「……近々、ウルズ大陸にいる異能開発局所属の高校生レイドが、地下迷宮ユグドラシルの地下50階層を攻略しにかかるようです」

「50……もうそんなにいっていたのか……」


 ルヴィの話を聞き、ヴォルスは目を丸くした。


 地下迷宮の攻略が本格的に始まったのは、地球時間で今から約3ヵ月前のことになる。

 その3ヵ月の間に地下迷宮を半分も攻略された。

 これは、異能機関にとって喜ばしくない事態だった。


「私たちが甘く見ていた高校生プレイヤーも着実に強くなっています」

「だとすると、いずれ僕らの脅威になるね」

「ええ、その通りです。なので……私たちも本腰を上げて対処しなくてはならないでしょう」


 対処。

 そう言ったルヴィを見て、ヴォルスは眉をあげた。


「……つまり、俺にそいつらの始末をしろと?」

「端的にいれば、そうなりますね。もちろん、あなただけにやらせるわけではありません。サードにも行かせるつもりですし、運び役としてカミカゼも同行します」

「? 確か、地下迷宮ではアビリティジャマーが広範囲にバラまかれてるから、カミカゼの異能を使っての侵入は危ないんじゃなかったか?」


 カミカゼの異能は、一歩間違えると壁のなかや地面のなかに転移してしまう。

 ゆえに、アビリティジャマーが働いていると思しき空間へは、リスク回避のために転移をしない、ということをヴォルスは知っていた。


「実のところ、ウルズ大陸の地下迷宮なら、僕はもう地下80階層まで潜ったことがある。そのとき、地下50階層にマーカーをつけておいた」

「さすがに、攻略最前線にまでアビリティジャマーを設置する余裕はないでしょう」

「なるほど……」


 カミカゼとルヴィの説明を受け、ヴォルスは頷き声をあげた。


「それと、今回は『養殖組』のほうからも人を回すよ」

「養殖組を……役に立つのか……そいつらは?」

「まあ、試験運用的側面があるのは否定しないね。でも平均レベル50か60そこそこのレイドを潰すのには十分な戦力だよ」


 ルヴィとカミカゼは、迷宮地下50階層を攻略するレイドを全滅させるつもりでいた。

 そのため、多少強引な手段を取ることも、今回に限っては厭わなかった。


「だが、そんな大がかりなことをしたら、《先読み》の野郎とかに気づかれちまうんじゃねえのか? あいつがいつも邪魔をしてきたから、お前らは慎重に動いていたんだろ?」


 ヴォルスが訊ねた。


 《先読み》のケンゴがいる限り、異能機関のあからさまな工作活動は封じられてしまう。

 『未来予知』などという異能を持った相手を敵にしたばかりに、ルヴィたちは常に裏で動くほかなかった。


 だが、それにも例外は存在した。


「……高校生レイドの殲滅には、『トウマ』も起用します。それなら、問題はないでしょう」

「と、トウマを……?」


 ルヴィの答えを聞き、ヴォルスは顔をひきつらせた。


「ほ、本当にあいつは動くのか……? 今まで、あいつが思うように動いてくれなかったから、お前たちも苦労してたんだろ?」

「……まだ話は通せていませんが、私が直接お願いしてみます。そして、どんなことをしてでも首を縦に振らせてみせます」

「そ、そうか……?」


 ヴォルスはルヴィへ疑念の視線を向ける。


 『トウマは絶対思い通りに動いてくれない』。

 異能機関の内部では、トウマという人物に対して、そんな信頼が深く根付いていた。


 だが、ルヴィはどんなことをしてでも首を縦に振らせると言っている。

 彼女の男を操ることに関する信頼も厚い。


 トウマがまともに動くかどうかは、五分五分といったところだろうと、カミカゼ、サード、ヴォルスの3人は思った。


「お前じゃ無理だろ、ルヴィ」


 そんななか、ルヴィの発言を完全に否定する声があがった。

 声の主である少年は、部屋の片隅で壁にもたれかかっていた。


「だってお前、あいつの趣味じゃねえもん」


 その少年のほうへ、ルヴィは視線を向ける。


「でも、トウマを引っ張ってくるくらいのことなら、俺なら多分できるぞ」


 ルヴィは少年の物言いに首を傾げた。


「それは、どういうことですか?」

「どういうことって、そのまんまの意味だけど」

「……本当に、あなたはトウマを動かせるのですか?」

「動くかどうかは知らない。ただ、お前たちの立てた作戦に参加させるくらいなら、できないこともない」

「?」


 少年は『自分ならトウマを動かせる』と言う。

 ルヴィには、その理由がわからなかった。


「どうせ、トウマの役割は剣王対策くらいにしか期待してないんだろ?」

「それは……そうですが……」

「だったら俺に任せろ」

「…………」


 その自信はどこから出てくるのか。

 少年に対し、ルヴィは益々疑念を募らせた。


「その代わり、俺に武器をよこせ」

「? 武器?」

「最近、『クロス教団』ってとこからパクッてきた物があるだろ?」

「……相変わらず、そういうことへの嗅覚は鋭いですね」


 ルヴィは少年の要求を受け入れ、アイテムボックスから弓を1つ取り出した。


「神器『アルテミス』。持ち主の選定はいずれ行うつもりでしたが、まあ、あなたならそれなりに上手く使えるでしょう」

「どーも」


 少年は『アルテミス』を手にすると、機嫌良さそうに鼻歌を歌い始めた。


 こういう部分は子どもらしい。

 ルヴィは少年を見ながら、軽いため息を漏らした。


「ところで、あなたが身につけているその仮面はなんなのですか?」

「ああ、これ?」


 そこで、カミカゼが少年に声をかけた。


 少年が被っている仮面は、ルヴィにとって初見のものであった。

 また、異能機関でも、顔を隠すために覆面や仮面を装着するメンバーがいるものの、少年の仮面はどこか遊び心があふれる一品だったため、ルヴィは気になった。


「前に俺も決闘大会に出たって言っただろ? そのときにパクッてきたんだ。カッコイイっしょ?」

「……いえ、カッコイイかどうかは、私にはなんとも」

「あっそ。まあいいや」


 ルヴィの答えを聞くと、少年は『アルテミス』を自分のアイテムボックスにしまい込んだ。

 そして、少年は扉のほうへと歩いていく。


「んじゃ、俺はトウマを説得してくる」

「『アルテミス』を渡した以上、説得できませんでしたというのは聞けませんよ」

「わかってるって。それじゃあ――魔女様のために、精々働かせてもらいますかね」

「…………」


 ルヴィの忠告を軽く返し、少年は退室した。


「……なにか私に言いたいことでもあるのですか? カミカゼ」

「いいえ、別に。ただ僕は、ルヴィさんの反応が面白いなと思っただけですよ」


 カミカゼの顔には微笑が浮かんでいた。

 ルヴィはそれを見て、内心で腹立たしさを覚えた。


「そんな顔しないでくださいよ。そろそろ僕も退室しますから」

「……まだ時間に余裕はありますが、準備は怠らぬように」

「はいはい」


 最後にカミカゼはルヴィと軽い別れの挨拶をして、サードとヴォルスを引き連れ、フッと姿を消した。


「……なにはともあれ……これ以上の地下迷宮攻略は許しませんよ、坊やたち」


 部屋のなかで1人になったルヴィは、気分を入れ替え、口元を薄く歪ませた。

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