別れの言葉
「キィス、エマ、クーリ、リアナ、それにリオ。今まで、よく俺に付いてきてくれたな。嬉しいぞ」
俺はみんなのほうへと振り返ると、素直に本心を語り始めた。
「正直言うと、最初はお前たちを上手く育てられるか不安だった。でも、お前たちがどんどん強くなっていく姿を見て、いつの間にか、そんな不安も抱かなくなってた」
こいつらは俺の期待を上回るほどの成長を見せた。
初めのころは、ちょっと武器の扱いに慣れてたり魔法が使えたりする程度だったのに、今ではそこいらの大人と戦っても負けないほどの実力を手に入れたんだ。
それを、喜ばずにいられるわけがない。
「本当に、ありがとう」
俺はキィスたちに頭を下げた。
こういう場合、教える立場のほうが頭を下げるのは少し違うかもしれない。
でも、俺はこいつらに感謝をせずにはいられなかった。
「せ、先生! 頭を上げてください! 先生に頭を下げるのは、むしろ僕たちのほうです!」
リオが慌てた声を出した。
やっぱり、俺が頭を下げても困っちゃうよな。
「悪い。喋ってるうちに、礼を言いたくなって、つい、な」
「まったく……今は僕たちが先生に感謝をする場面なんですから、頭なんて下げないでください」
珍しく、リオは俺に悪態をついた。
それだけ、俺に頭を下げられて驚いた、ということなのだろう。
「そういえば、リオはこれからどうするんだ?」
ふと、俺は疑問に思ったことをリオに訊ねた。
こいつは冒険者じゃない。
けれど、俺を先生と呼び、教えを乞うために同行していた。
そんなリオは、俺がいなくなったあと、いったいどうするのだろうか。
「僕は……そろそろ学園のほうに戻ります」
「え、お前って学園に通ってたのか? 全然そんなそぶりはなかったけど……」
「貴族階級の子どもなら、みんな通ってますよ。あ、もちろん休学届は出してましたよ。リアも同様です」
そうだったのか。
初めて知った。
半年も一緒にいたというのに、俺はまだまだこいつらのことをわかりきっていなかったってことか。
……やっぱり、ここで別れるのは寂しいな。
「だから、僕とリアは明日から学園に復学します」
「えっ、私もですの?」
「当たり前だよ……もともと、冒険者活動をするのも半年だけって決まりだったじゃないか」
「……そうでしたわね」
どうやら、リオとリアナはパーティーから外れるようだ。
貴族は勉強しないといけないことが多いと思うから、しょうがないか。
「なんだよ、お前らとも今日でお別れかよ……」
「うん……ちょっと言いづらくて、今日まで言わずにいたけど、そうなんだ」
リオとリアナもパーティーから抜けるということを聞き、キィス、エマ、クーリの3人は寂しそうな目をしていた。
なんだかんだで、みんな仲がよかった。
だから、ここで別れるのは辛いだろう。
「リオさん、リアナさん、そしてシンさん……今まで、本当にありがとうございました」
次に、エマが俺たちへ感謝の言葉を口にした。
「べ、別に、私は感謝されるようなことなんてしてませんわ! ……むしろ、あなたたちの足を引っ張ってた気がしますし」
「ううん、そんなことないわ……私、リアナさんとパーティーを組めて、本当によかったと思ってる」
「エマ……」
リアナはそこで、瞳に涙を浮かばせだした。
表情は崩れ、鼻水まですすっている。
もう、泣く寸前って顔だ。
「じゃ、じゃあ……こんど……また……わだぐしとパーティー、ぐんで……くれる?」
「ええ、もちろん……でしょ?」
エマはキィスとクーリのほうを向き、同意を求めてきた。
「当たり前だぜ! いつでも来いよ! アナ!」
「…………」
キィスな快活な声で、クーリは首を縦に振ることで、エマの問いに答えた。
「う……うぅ……うああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁん!」
そこで、ついにリアナが泣き始めた。
リアナはこのなかでも一番感受性が高かった。
ささいなことで笑ったり怒ったりしてきた彼女なんだから、この場面で泣くのも当然か。
「……ぐす……ひっぐ……」
と思っていたら、リアナに感化されたのか、クーリまで泣き出してしまった。
いや、クーリだけじゃない。
エマやリオも、もらい泣きをしてしまったようで、目に涙をにじませている。
「シンにぃ、クーがシンにぃと話したそうにしてるぜ」
「そう……なのか?」
クーリは泣きながら俺を見ていた。
これが俺と話したそうにしている様子なのか、俺には確信が持てない。
が、キィスがそう言うんだから、おそらくはそうなんだろう。
俺はクーリと同じ目線になるようしゃがみ込んだ。
「ほら、なにか言いたいことがあるなら聞くぞ」
「…………」
クーリは俺の耳に口を近づけようとした。
しかし、その動作は途中でとまった。
「どうした、クー――」
疑問に思った俺が訊ねようとした途端、彼女は「すぅ」と息を吸い込み、大きく口を開いた。
「い、今まで……あり……ありが……とう……!」
クーリが声を出した。
耳打ちでやっと聞こえるような音量じゃなく、きちんと、目と目を合わせられる距離を保っても聞こえる大きさで、確かに感謝の言葉を俺に言った。
「……どういたしまして」
それを聞き、俺は微笑みながら、彼女の頭を軽く撫でた。
「なんだ、ちゃんと声、出せるじゃないか。お前は綺麗な声をしてるんだから、これからは今みたいに大きく出してけ」
「…………っ!」
俺が褒めると、クーリは顔を真っ赤に染め、下を俯いてしまった。
やっぱり、大きな声を日常的に出すには、まだ無理だと思っているのかな。
そんなのは自分の気持ち次第なんだから、少しずつでも頑張っていけ、クーリ。
「クーが大きい声を出すとこ、初めて見たぜ……」
キィスがクーリの行動に目を丸くしている。
驚いてるって顔だな。
まあ、俺も驚いたわけだが。
「というか、キィスはみんなと違って、泣いたりしないのな」
リアナが泣きだしたことで、エマ、クーリ、リオの3人も泣き出した。
でも、キィスだけは泣いていなかった。
ただ単に、泣くのを我慢しているのだろうか。
それとも、仲間との別れが寂しくないのだろうか。
「泣く必要なんてねーぜ。だって、俺らは会おうと思えばいつだって会えんだから!」
俺の問いに、キィスはそう答えてきた。
「死別したってわけじゃねーんだ。確かにここでいったん別れることになるのは寂しいけど、生きてりゃそのうちどこかで会える。そうだろ、シンにぃ?」
「……ああ、そうだな」
確かに、キィスの言う通りだ。
さすがに、いつでもというわけにはいかない。
けど、俺たちはこの世界で生き続ける限り、会おうとすれば会えるんだ。
「だから、ここで俺が言うことといったら……さっきリアナも言ってたけど、またパーティー組もうぜってことだけだぜ!」
まったく。
キィスはどんなときでも明るいな。
その明るさを、これからもずっと持ち続けていてほしいと願ってしまうくらいだ。
「シンにぃも、また俺らとパーティー組もうぜ! 今度会ったときは、もうちっと俺らも強くなってっからよ!」
「言ったな? じゃあ俺も楽しみにしてるぞ」
俺も、湿っぽいのは好きじゃない。
別れるときは、笑って別れよう。
「またパーティー組もうな、みんな」
最後にそう言った俺は、大使館の敷地から出ていくキィスたちを笑顔で見守った。
「……君が泣くところなんて、初めて見たな」
「泣いてませんよ、早川先生」
いつの間にか、早川先生が俺の隣にいた。
俺が泣いているだなんて、勘違いもいいところだな。
頬を濡らすものがあったとしても、それは汗だ。
「半年という、それなりに長い期間の依頼だったが、一之瀬君は受けてみて、どうだった?」
「そうですね。まあ、そこそこよかったんじゃないでしょうか」
「そこそこねぇ……泣きはしても、君は変わらず素直じゃないな」
「だから、泣いてませんって」
どうしてそんなに俺が泣いているだなんてことにしたがるんだ。
いじわるな教師だな。
「それじゃあ、そろそろ俺も行きます。サクヤたちが待ってますので」
今頃クレールも、今まで始まりの町から姿を消していた件について、サクヤたちへ謝罪をしに行っているはずだ。
あいつらのところへ行こう。
俺はこれから、地下迷宮の攻略をするべく動かなくてはならない。
いつまでもここにいるわけにはいかない。
「そうか。なら、日影さんたちのいるところまで歩く最中、これで涙を拭うといい」
「だから、泣いてないって言ってるじゃないですか……それに、ハンカチくらい、俺も持ってます」
早川先生がハンカチを差し出してきたので、俺はそれをつっぱねた。
そんなやりとりをしたあと、俺は自分のハンカチで汗とかを拭いたりしつつ、キィスたちとは別の方角へと歩いていったのだった。