アルフヘイムの鍛練風景
精霊族の国『アルフヘイム』に来た翌日、俺たちは鍛練を開始した。
「魔法と魔術はイメージがじゅーよーなのですー」
「理屈で考えるのはやめて、頭のなかで、自分がやりたいことをそーぞーするのだー」
「そーぞーが良いカンジにできたら、そのじょーたいをイジしたまま詠唱かいしー」
「え、ええっと……わかりました」
早速、魔術師であるエマが、精霊族から魔法についてを教わっている。
精霊族の説明はフワッフワだが、それでもエマは一生懸命聞いて、自分の糧にしようとしている様子だ。
「『我が身に眠るマナを贄として捧ぐ……魔の理を以って、今ここに紅蓮の業火を生み出さん……』」
エマが魔術を唱えている。
魔術とは、魔法の一段階下というような位置付けで存在するスキルの総称だ。
片手を前に出し、一言口にするだけで発動できる魔法とは違い、魔術は長い詠唱を必要としている。
天職の呼び方が『魔法使い』ではなく『魔術師』であるところから察するに、魔法よりも魔術のほうが先にあったんだろう。
「……『ヘルフレイム』!」
詠唱を終えたエマの手の平から、炎の渦が発生した。
その魔術は俺もよく目にするものだが、今日の炎は生きが良いような気がする。
多分、これは頭のなかでイメージを膨らませた結果なのだろう。
「どんなものを出すかイメージしながらだと、マナの流れも良いカンジになるのですー」
「そーぞーたくましくすることこそ、いちりゅーの魔術師になる早道なのだー」
「そーぞーをたくましくするだなんて、ひわいだー」
「なにをそーぞしたんだいー、いってごらんー?」
精霊族の会話はあさっての方向に行きつつあるが、とりあえずはエマを預けても大丈夫だろう。
そう判断した俺は、次にキィスの様子を見ることにした。
「おそーい! そんなんじゃーボクらの魔法をよけきれないよー!」
「ぐっ……! わ、わかってるぜ!」
キィスのほうは、数人の精霊族が放つ攻撃魔法を避ける訓練をしている。
体の小さい精霊族が魔法を放つ予兆――視線や腕、手、指の動きを子細に観察することが求められるので、なかなか大変そうだ。
でも、これができれば、キィスは前衛として安定した戦いができるようになるだろう。
攻撃役の剣士は防御力が低い。
その弱点を、敵の攻撃を避けることでカバーする、というわけだ。
いかにダメージをくらわないか。
これは、盾役がいるいないにかかわらず、すべてのパーティーメンバーが考えるべきことでもある。
今はキィスが集中的にこの訓練を行っているが、程度の差こそあれ、みんなにやらせるつもりだ。
「油断するな弟弟子よ!」
「そんな盾術では、仲間を守りきることなどできぬぞ!」
「さあ! もう一度、一斉攻撃を仕掛けるぞ! 心して受けるがいい!」
「は、はい!」
また、盾役であるリオのほうは、今は三馬鹿連中に稽古をつけてもらっている。
リオの場合、『避ける』ことよりも『受ける』ことに比重を置いて鍛練を行ったほうが良い。
盾役は後ろにいる仲間を守ってこそだからな。
仲間がいる限り、逃げるわけにはいかない。
三馬鹿の攻撃に堪え続けるこの稽古は、リオをより強固な盾役へと育て上げるだろう。
本当は魔法攻撃を耐える訓練を行う予定だったが、これはこれで有意義だ。
そう思いつつ、俺はエマ、キィス、リオに続いて、クーリのいるほうを向いた。
「矢の命中精度は、どれだけ自分の心を研ぎ澄ませられるかで大きく左右されます。戦闘中は心が乱れがちになりますが、常に心を落ち着かせる努力をしましょう」
「…………」
どうやら、クーリはエレナから弓のレクチャーを受けている真っ最中のようだ。
クーリは弓の扱いがなかなか上手いけど、今まで、ちゃんとした先生はいなかったらしい。
弓については孤児院の人から教わったものの、その人もそこまで熟練した弓使いではなかったのだとか。
だから、ここで勉強できるのは、彼女にとって良い経験になるだろう。
ちなみに、エレナの弓の腕は一級品だ。
エルフ族は、魔法のほかに弓の扱いも得意としている種族だとは聞いていたけど、俺もちょっと甘く見ていた。
本当のことを言ってしまうと、クーリをエレナに預けるのはちょっとだけ心配だった。
でも、今の彼女たちを見る限りでは、そんな心配も杞憂に終わりそうだな。
「そう、心を落ち着かせて……的に向けて矢を……って、シンさまじゃありませんか!」
「…………っ!」
と思っていたら、エレナが俺を見て大声を上げ、クーリの放った矢が見当違いの方向へと飛んでいった。
おい。
クーリを驚かせるなよ、エレナ。
傍で大声を上げられたくらいで集中を切らしてしまうクーリも、まだまだと言えるけどさ。
……まあでも、なんの前触れもなく俺がこの場に現れたことが悪いとも言えるか。
「悪い、邪魔した」
俺はエレナとクーリに謝罪の言葉を口にし、軽く頭を下げた。
「いえいえそんな! シンさまが邪魔になることなんてありませんよ! ですよね! クーリちゃん!」
「…………」
エレナの問いかけを受け、クーリは首をコクコクと縦に振った。
2人とも、俺が突然訪問したことについて、文句はないらしい。
「ならいいんだが……それで、鍛練の調子はどうだ?」
「あ、はい。弓の基本については、クーリちゃんも十分身についていました。ですが、矢を放つ際に姿勢がブレるクセがありましたので、それを矯正しているところです」
俺がクーリについて訊ねると、エレナは淀みなくスラスラと答えた。
姿勢がブレるクセ、か。
まあ、クーリはまだ体が小さいから、矢を放つ反動に負けてしまうのだろう。
「今は一連の動作を丁寧に行わせて、そのクセをなくさせていますが、後で筋力トレーニングも行います。クーリちゃんにはもっと筋肉があったほうが、矢の命中精度も格段に上がるはずですから」
「そうか」
確かに、クーリは体が小さいだけでなく、筋肉もあんまりない。
それは腕や足を見るだけでわかる。
女の子らしい華奢さだと言ってしまえば、それまでだが。
「シンさまも見ていきますか? クーリちゃんが弓矢で的を射るところを」
「ん、ああ、そうだな」
俺がこの場に来たことで、エレナとクーリが手を止めてしまっている。
ここは、世間話をする場ではない。
なので、彼女たちには俺に構わず鍛練を続けてもらうことにした。
「では、クーリちゃん。さっきの続きをしましょうか」
「…………」
エレナの指示を受けると、クーリは一呼吸置いた後、ゆっくりと弓矢を構え始めた。
普段は前衛でモンスターを引きつけたりしているから、後衛にいるクーリが矢を射る姿なんて、あんまり見ていなかった。
なので、今回はじっくり観察させてもらおう。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………っ」
クーリは俺たちが気になるのか、視線が時折こちらを向いていた。
そのせいか、彼女の放った矢は、的の端をかすめるだけに終わった。
「気が散ってますよ、クーリちゃん」
「…………」
クーリはしょんぼりといった様子になりながら、エレナに向けてペコリと頭を下げた。
どうやら、自分が集中できていなかったと反省しているようだ。
ギャラリーがいる程度のことで集中を欠いているようじゃ、やはりまだまだと言わざるを得ない。
「クーリ、俺はお前をよーく見ているからな」
「…………っ」
俺はクーリにプレッシャーを与えることにした。
エレナが設定した的は、普段のクーリなら特に問題なく射ることができる難易度のものだ。
なのに、俺たちが見ているだけで、命中精度がガクンと下がっている。
これは、よろしくない。
「あんまり気を張るな。あの程度の的、お前なら簡単に当てられる。もっと自信を持て」
「…………」
クーリは俺から視線を外し、的のほうを向いた。
そして、再び弓矢を構えだした。
「…………」
……またクーリと目が合った。
やっぱり、こっちを気にしてるなぁ。
俺が見ていると、そんなに集中できないのか?
「駄目ですよ、クーリちゃん。今は的のほうに集中してください」
「…………っ」
エレナが指摘すると、クーリは顔を赤面させて困ったような表情をしだした。
なぜそこでそんな顔をする。
いつものお前なら、ヒュッとやってカッと当てられるだろ。
「……今度は外しちゃいましたね」
どういうことだ。
俺が見に来てからというもの、クーリの放つ矢の命中率が極端に下がってしまった。
エレナと2人っきりでいたときは、的にもそれなりに当たっていたようなのに。
「…………」
クーリは赤面した顔を下に向けてしまった。
なんか……俺が見ていると、彼女は自分の力を十分に発揮できないみたいだな。
そんな調子じゃ困るんだけど、ここで彼女に自信を失われてしまうのは、もっと困る。
今日のところは退散しよう。
「……エレナ。クーリのこと、頼んだぞ」
「は、はい! お任せください!」
俺が頼むと、エレナは笑顔で快諾してくれた。
「では、昼食時にでもまたお会いしましょう! シンさま!」
「あ、ああ……またな」
クーリのことを任せちゃったから、今日はエレナに頭が上がらない。
食事時は、エレナがアレコレ世話を焼こうとしてくれているけど、今日はそれを無下にできないな。
俺はクレールがエレナとけん制しまくる姿を幻視しつつ、リアナのところへ赴いた。
「はい、それじゃあもう一回言ってみましょうか」
「お……お姉……様」
「う~ん。まだ固いわね~。もう一回」
「お……姉様……」
「あともうちょっとよ。頑張って」
「は、はいですわ……」
……あいつら、なにやってんだ。
「おい……魔法について教わってたんじゃなかったのか?」
俺はアホなことをしているリアナと精霊王に声をかけた。
精霊王が今日の朝、リアナに回復魔法を直々に教えると言い出したので、2人っきりにしていた。
でも、2人で今やっていたことは、どう考えても魔法とは関係のないことだった。
「物事を教えるのにも、順序というものがあるのよ」
「……それが、精霊王を『お姉様』呼びさせることですか」
「私としては『お姉様』より『お姉ちゃん』のほうが、より親しみがあって嬉しいんだけど、リアナちゃんは『お姉様』のほうが良いらしいのよね」
いや、お姉様呼びかお姉ちゃん呼びかなんてどうでもいいわ。
みんな真面目に訓練しているっていうのに。
「真面目にやってください、精霊王。じゃないと、もうここにクレールを連れてきませんよ?」
「そ、それだけはやめて~……」
俺が脅迫すると、精霊王はやっとやる気を出したようで、リアナに回復魔法の講義を行い始めた。
そんなこんなで、俺はみんなが訓練に励んでいる姿を確認し終えた。
一部、真面目にやっているのか若干怪しい組もあったけど、おおよそは順調だと言っていいだろう。
「それで、我はいったいなにをしていればいいのだ?」
最後に、暇を持て余した様子のクレールが俺のところを訪ねてきた。
「お昼になるまで、その辺にいる精霊族のみなさんと遊んできなさい」
「子ども扱いされてる!?」
クレールは訓練の邪魔になりかねない。
だから、彼女にはできるだけキィスたちに近づけさせないようにしたいと思っての提案だったんだが、お気に召さなかったようだ。
「そんなことをするくらいであれば、我はシン殿と一緒にいる!」
「いや、でもなぁ……」
みんなが訓練をしている横でクレールとベッタリというのは、どうにも据わりが悪い。
「なにも、我とイチャイチャしろというわけではない。我がいれば、シン殿の鍛練になることがあるではないか」
「俺の鍛練に?」
「『魅了耐性』と『石化耐性』。久しぶりに鍛えてみてはどうだ?」
……ああ、それか。
そういうことなら、確かにクレールと一緒にいても問題はないな。
「頼めるか、クレール」
「もちろん。では、我と一緒に、どこか静かなところへ行こう」
「ああ」
こうして俺は、クレールと一緒に、人目の少ない場所へと移動して、状態異常の耐性を上げる特訓を行った。
うん。
『魅了耐性』はクレールと2人っきりでしないようにっていうフィルの忠告を忘れていた。
結果、俺たちの様子を見に来たキィスたちに、変なところを見られてしまった。
クレールとノリノリでイチャイチャしている俺、という恥ずかしい姿を目撃された気がするけど、魅了にかかっていたのだからしょうがない。
しょうがないよね……。