男の温泉回
精霊王に勧められ、俺たちはアルフヘイム名物の温泉浴場へとやってきた。
今回は以前までのような失態を犯さぬよう、男女別々であるのを確認している。
なので、この場にいるのは俺、キィス、リオ、それに三馬鹿(青江、緑雨、紫雲という名前があるようだが、もう三馬鹿でいいだろう)といったメンツのみだ。
男だけの空間は非常に落ち着く。
異性の目があるのとないとでは、心理的な安らぎ度が大違いだ。
それに、風呂というものは、自分をさらけ出し、くつろぐ場所である。
今だけは、心地良い解放感に身をゆだねよう。
「これが温泉かー! すげえぜ!」
温かな湯気が立ち上る温泉を見て、キィスが目を輝かせている。
俺も、広くて自然に囲まれた風呂に入った経験なんて、ここにくるまではなかった。
普段お湯に浸かる習慣がないキィスであれば、なおのこと経験がなかっただろう。
興味津々になるのも頷ける。
ちなみに、アース人にとって、風呂に入るのはそこまで珍しいことじゃあない。
魔法で綺麗な水を生成できるからな。
キィスがあまり風呂に入らないのは、ただ単純に金銭的な理由だ。
まあ、それはどうでもいいか。
一応、体は濡らした布で毎日拭いているらしいから、不衛生ってわけでもないし。
「いっちばん乗りー! とう!」
「あ、こらっ!」
俺の制止を聞かず、キィスは温泉のなかへ飛び込んだ。
体を洗わず、しかも飛び込むように入るのはマナー違反だ。
リアナとリオの家で風呂を使わしてもらったとき、俺はキィスと一緒に入ったけど、そういったマナーとかをきちんと教えてはいなかった。
これを機会に、風呂の入り方をキィスに教えておこう。
俺はキィスたちの保護者的立場にいる人間だからな。
「キィス。こういった風呂に入るときは、最初にかけ湯をしないと駄目だぞ」
かけ湯をせず、汚れた体のまま入ると、風呂のお湯が汚れてしまう。
なので、風呂に入る前に、体についた汗や土ぼこりを流すくらいのことはすべきである。
風呂の温度に体を慣らす、という理由でも、かけ湯をするのは効果的だ。
欲を言えば、体を綺麗に洗ってから浸かるのが、最も望ましい。
まあ、でもとりあえず今回は、かけ湯だけでも教えておこう。
「今後のために、俺の作法をちゃんと見ておけ」
「ん、わかったぜ、シンにぃ」
俺が温泉の前で膝をついた。
すると、キィスは温泉から出て、俺と同じポーズを取りだした。
キィスは、教えられたことを素直に受け入れられる素直な子だ。
教えるのも楽で、大変助かる。
「まず、温泉のお湯を桶ですくって、それを自分の手足にかけるんだ」
手から足、その後に胴体、そして頭。
俺はキィスの手本となるように、自分の体にお湯をかけていく。
「さすが先生! 浴場での作法も熟知なされているとは!」
「……まあな」
リオが俺を見て、驚いたというような声を上げていた。
こんなことで褒められても嬉しくない。
むしろ、舐めてんのかって気分になるぞ。
まあ、別にいいけどさ。
気にせず次のステップへいこう。
「あと、風呂に入るときは手ぬぐいの類をお湯につけるな。持ってきた手ぬぐいは、脇に置いておくか頭の上にでものせておけ」
「わかったぜ!」
キィスは先ほど、手ぬぐいを手に持ったまま温泉に飛び込んでいた。
飛び込みもマナー違反だが、手ぬぐいを湯につけるのもマナー違反だから、一応注意しておこう。
もちろん、俺も持参した手ぬぐいは頭にのせる。
俺は自分の腰に巻いていた手ぬぐいを取り、綺麗に折りたたんでいく。
「おおっ。以前は入浴にご一緒できず、拝見できませんでしたが、先生もなかなかのモノをお持ちで」
リオがオレの股間付近に視線を送っていた。
こっちのほうは、褒められるのであれば、悪い気もしない。
リオやキィスのモノは、まだまだお子様サイズのようだし、負ける気はなかったけどな。
はっはっはっ。
「男根のことでしたら、我々も負けてはおりませんぞ!」
「我々の一物は、龍人戦士のなかでも特に立派であると評判です!」
「さすがの兄者も、これには勝てぬでしょう――」
「うっさい! んな汚いモン見せんなバカヤロウ!」
三馬鹿が股に生やしたアレをブラブラさせながら、全裸姿でポーズを取っている。
キィスやリオくらいの年のアレなら、まだ可愛いくらいの感想でいられる。
けど、成人した男のアレを見るのは不愉快でしかなかった。
しかも、ボディビルダーがやるようなポージングをにこやかにやるもんだから、不快さも3割増しだ。
「そんなことより兄者、お背中をお流し致します」
ポージングもそこそこにして、三馬鹿は俺の傍にやってきた。
そして、青江が手ぬぐいをチラつかせ、そんな提案をしてきた。
「なに? 背中を?」
「はい」
背中を流す、か。
風呂場におけるコミュニケーションとして、そういうのがあるのは知っている。
でも、そういうことを実際にした経験は。今までなかったな。
やってくれるっていうなら、やらせてみてもいいかもしれない。
体を綺麗にしてから温泉に入るのでも、マナー的には良いし。
「先生のお背中を流すのは僕の務めです!」
と思っていたら、リオが俺と三馬鹿の間に立ち、両腕を大きく広げて妨害しだした。
「む、なんだ貴様! 人族の小童風情が、我々と兄者の仲に割って入ろうというのか!」
「聞くところによると、貴様が兄者の弟子となったのは、ごく最近のことであるらしいな!」
「であれば、貴様は我々の弟弟子も同然! 兄弟子である我々を敬うがいい!」
三馬鹿はリオの態度にご立腹のようだ。
それはともかくとしてだ。
リオは俺の弟子みたいなもので合ってるけど、三馬鹿のほうは弟子にしたつもりなんてないぞ。
「むむむ……でしたら、ここは先生に決めていただきましょう」
「え、俺が?」
俺が決めろ、と言われてもな。
正直言って、背中を流すくらい、誰がやっても大して変わらな――。
「兄者! 何卒、我々をお選びください!」
「こういったことは年下のほうが頼みやすいのではないでしょうか! ですから先生、是非とも僕を!」
「…………」
なんというか、みんな目が必死すぎて怖い。
背中を流すのって、そんな重要なことだったっけ?
というか、三馬鹿のほうは、もしかして3人で俺の背中を洗うつもりか。
いっぺんになのか、それとも同時なのか。
どっちにしても暑苦しそうだ。
なら、ここはリオのほうを選んでおくか?
でも、リオを選ぶというのも、なんというか角が立ちそうな気がするし……。
「シンさまのお背中をお流しする役目でしたら、私にお任せください!」
「ええい! 貴様! いちいちそうやって抜け駆けをしようとするな!」
「はいはい。私たちは私たちで背中の洗いっこしましょうね~」
「ああ~……シンさまぁ~……」
……誰かの声が聞こえてきた気がするが、聞かなかったことにしよう。
ここは女人禁制の男湯。
露天風呂であり、覗こうと思えばいくらでも覗けてしまえそうな立地条件だけども、男の園であることに変わりはないのだ。
「それじゃあ……キィスに洗ってもらおうか」
思考を戻した俺は、リオと三馬鹿に向いていた視線をキィスに移し、そう頼んだ。
ここは無難にキィスを選ばせてもらおう。
リオたちには悪いが、これなら揉めたりしないだろうからな。
「え、俺?」
キィスは、キョトンとしながら人差し指を自分に向けていた。
「頼めるか?」
「ああ! いいぜ、シンにぃ!」
俺が頼むと、キィスは晴れやかな笑顔を作りながら快諾してくれた。
そして、キィスは俺の背中を、手ぬぐいでゴシゴシとこすり始めた。
「むむむ……先生のお背中を流せるなんて……ズルくないか、キィス」
「俺の背中なら流してもいいぜ! リオ!」
「なんで僕が君の背中を流さなくちゃいけないんだ! まあ、流してやってもいいけど!」
リオは俺の決定に不満を持っているようだ。
でも、言われるがままにキィスの背中を洗ったりしている様子を見る限りでは、怒ってはいないみたいだな。
「仕方ない……では、我々は弟弟子の背中でも流してやるとしよう」
「貴様が我々の背中を流すべきところなのだが、今回は特別だ」
「優しい兄弟子を持てたことに感謝するのだな」
「え、ちょ、ちょっと待ってください。え? さ、3人でやるんですか?」
「当たり前だ」
「背中だけでなく、全身くまなく洗ってやる」
「覚悟するがいい」
「え、えぇ~……」
三馬鹿のほうも、リオの背中を流す(もとい、全身を洗う)ことで納得したみたいだ。
リオが若干居心地悪そうな声を上げていて、ちょっと面白い。
「なあシンにぃ。背中くらい自分で流せると思うんだけど、これってなんか意味あんのか?」
俺が顔に微笑を浮かべていると、キィスがそんなことを訊ねてきた。
「背中を流すっていうのにはな、目上の人とかを労う意味があるんだよ…………な?」
キィスに説明をしてみたものの、地球での意味合いがアースでも通用するのか若干不安になり、俺はリオたちのほうを向いた。
「はい……そうですね……先生のおっしゃる通りです……」
「我々龍人族の風習でも、そのように伝えられております」
「そっか」
どうやら、俺の説明で特に問題はないようだ。
まあ、最初に背中を流すとか言い始めたのは三馬鹿とリオのほうだ。
そう考えると、背中を流すことに、なにかしらの理由はあって当然だったな。
「シンにぃ、前は洗わなくていいのか?」
「前は洗わんでいい」
同性同士で前を洗ったりなんかしたら、めっちゃ気まずいわ。
異性とであれば、イチャイチャの一環としてアリかもしれないけど。
「リオのほうはされてるぜ?」
「ああいうのはいいんだよ」
俺が振り返ると、リオは背中と腕、それに足を、三馬鹿によって丁寧に磨かれていた。
ある意味贅沢な感じはするけど、してほしいだなんて微塵も思えない光景だ。
リオもキィスの背中を洗うどころではないようで、顔を引きつらせている。
「……先生、一応僕は、男色の気があるわけではないのですが」
「わかってるよ」
たまにその気があるんじゃないかとかは思ってたけどな。
全裸の男たちに囲まれて嫌そうにしているリオを見ながら、俺は内心でホッとしていた。
「ほら、リオが嫌がってるから、そろそろその辺にしておけ」
「兄者がそう言うのでしたら、仕方がありませんな」
俺が声をかけると、三馬鹿はリオからサッと離れていった。
こいつらも、軽く悪ふざけが入っていたようだ。
「ふぅ……酷い目に遭いました」
「そんなに嫌だったか」
「当たり前です」
リオはやっぱりノーマルだったか。
いや、もちろんこれは、俺もよくわかってたことだけど。
「体を洗ってくれるのが妹であれば、僕は喜んで身を預けたのですが」
……うん。
やっぱりこいつは変な奴だな。
妹を性的に見ていなければいいんだが。
そんなこんなで、俺はリオに対して新たな不安を抱きつつ、温泉に浸かって体の疲れを癒したのだった。