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お姉ちゃん

 ダークネスカイザーことカイザーことダーク(ややこしいわ!)と別れ、俺、キィス、エマ、クーリ、リアナ、リオ、クレール、エレナ、三馬鹿の11人は、精霊族の国である『アルフヘイム』へとやってきた。


「まあまあ! いらっしゃい! アルフヘイムへようこそ!」


 アルフヘイムへ来たということで精霊王『アリアス・ファーラー』と面会してみたわけだが、この人は相変わらず元気そうだ。

 大勢で押しかけることになったけど、この様子なら大丈夫そうだな。


「エレナもお帰りなさい! 初めて遠出させたから、何気に私も心配してたのよ? 危ない目には遭わなかった?」

「クレールさまに守っていただけましたので……旅自体は安全でした」

「そう、よかったわぁ」


 精霊王はエレナのほうに目を向け、無事に帰還したことを喜んでいた。

 エレナが「……だいぶ振り回されましたが」と小さく呟いていたけど、それは聞かなかったことにしよう。


「まったく。貴様の頼みであったから守ってやったが、そうでなければその辺に置いていくところだった」

「ふふふ、クレールったら、そんなこと言っちゃって。素直じゃないだから」


 クレールがブーたれているのを見て、精霊王は微笑んだ。


「ありがとうね、クレール。エレナを守ってくれて」

「だ、だからそれは、貴様の頼みだったからであってだな、我の本意では――って! だから、そうやって軽々しく人の胸を揉もうとするな!」

「むぅ、残念ね~」


 ……相変わらず、精霊王はクレールのことが大好きであるようだ。

 というか、この人はいつも胸を揉みにくるな。

 揉みたくなる気持ちはわからなくないけど。


「シンちゃんも久しぶりね! ……ていうほど、久しぶりでもないわね」

「そうですね」


 1000年以上も生きている精霊王にとっては、久しぶりでもなんでもないだろう。

 俺が最後にここへ来たのも、数か月前といった感覚だし。


「それで、今回は見慣れない子たちが多くいるわね?」

「今紹介します」


 精霊王は次に、俺の後ろで待機していたキィスたちのほうへと目を向けた。

 その目はどこか飢えた野獣を連想させたが、俺は気にしない。


「最近、ウルズ大陸で冒険者稼業を始めた子たちです。対魔法戦の経験を積ませるため、連れてきました。まず、精霊王から見て一番右にいるのがキィスです」

「よろしくな! 精霊王のお姉ちゃん!」


 キィスは快活な笑顔を浮かべ、元気よく挨拶した。


 こいつは、誰と話しても調子が変わらないな。

 一種の才能とすら言えるかもしれない。 


「お、お姉ちゃん……」


 精霊王は、キィスの挨拶を聞くと、突然体を震わせ始めた。


「き、キィス君……精霊王様に向かってお姉ちゃんはないでしょう……」


 怯えた様子のエマからツッコミが入った。


 多分、精霊王を怒らせてしまったのではないかと思っているんだろう。 

 けれど、それはエマの勘違いだ。


「え? 駄目なのか?」

「! そんなことはないわよ! むしろ大歓迎よ! 私があなたたちのお姉ちゃんよ~!」


 精霊王は猛烈な勢いでお姉ちゃん呼びを肯定し始めた。


 悪い人じゃないんだけど、やっぱり変な性癖を持ってるな、精霊王は。

 キィスたちはまだ幼くて可愛いって感じだから、彼女のストライクゾーンに収まっているんだろう。


「そっか! そんじゃあ俺はお姉ちゃんって呼ばせてもらうぜ!」

「いいわよ! どんどん呼んじゃって! 用がなくても呼んじゃって~!」

「わかったぜ! 精霊王のお姉ちゃん!」

「やぁんもう! キィスちゃんったらカーワーイーイー!」


 なんだこのテンション。

 まあ、精霊王が女性なだけ、まだマシとでも思っておこう。


「……で、キィスのすぐ横にいる子がエマです」


 俺は精霊王のハイテンションぶりをスルーして、紹介のほうを進めることにした。


「は、初めまして、精霊王様。私はエマと申します」

「ん? エマちゃんは私のことをお姉ちゃんって呼んでくれないのかしら?」

「せ、精霊王様をお姉ちゃん呼ばわりなんて……畏れ多くてできません……」

「そう……ちょっとションボリ」


 常識人たるエマにとって、精霊王のお姉ちゃん呼びは色々厳しいようだ。


「そして、エマの横にいるのがクーリです」

「…………」


 クーリのほうへ目をやると、彼女は一瞬動揺した様子を見せながらも、精霊王に向けて深いお辞儀をした。


「あら? 緊張しているのかしら?」

「この子は声がちょっと小さいんです。耳を近づけてみてください」


 俺の説明を受け、精霊王はクーリの傍に寄って耳をそばだて始めた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……シンちゃん」

「なんですか」

「この子、可愛いから貰ってもいいかしら」

「駄目です」


 精霊王はクーリをひしっと抱きしめ、彼女を譲るよう俺に懇願してきた。


「やーもー! そんな可愛い声で囁かれたら、さすがの精霊王もノックアウトよー! あ、違った! さすがのお姉ちゃんもノックアウトよー!」


……なにこの人。

 凄まじくウザいんですけど。

 お姉ちゃんと言い直すあたり、凄まじくウザいんですけど。


 今日の精霊王はテンションが振り切れてるな。

 クレールとは違ったベクトルで残念な人だ。


「……次いきます。クーリの隣……というか、精霊王のすぐ横にいる子はリアナと言います」

「よ、よろしくお願いしますわ……」


 リアナは俺と似たような心境なのか、顔を引きつらせている。


 死霊王に続いて精霊王もこんなんじゃ、この世界の強者に偏見を持ってしまうかもしれないな。

 持ったところで別にどうってことないけど。


「リアナちゃんも可愛いわね~。どう? これからお姉ちゃんと温泉で体の洗いっこしない?」

「え、遠慮しておきますわ……」


 おい、なにナチュラルに初対面の相手を風呂に誘ってんだ。

 どういう初対面の挨拶だ。


 駄目だ、今日の精霊王はツッコミどころが多すぎる。

 紹介も早いとこ終わらせよう。


「……それで、リアナの隣にいるのがリオです」


 リオは冒険者ではないということも説明しようかと、一瞬思った。

 けど、それは別にどうでもいいことだから、今この場でいちいち訂正する必要もないだろう。


「は、初めまして……精霊王にお会いできて……光栄です……」


 リオも精霊王の奇行にドン引きしてる様子だ。

 声が全然出てない。


「リオちゃんも、私のことを気軽にお姉ちゃんって呼んでくれていいのよ?」

「あ、あはは……」


 愛想笑いをしているが、リオの目は笑っていない。

 というか、目に生気がないぞ。


「……先生。本当にこの方が精霊王なのでしょうか?」


 精霊王に聞こえない程度の小声で、リオが俺に訊ねてきた。


「まあ……一応な」


 なので、俺はそれに答えた。

 どんな性癖を持っていようとも、どれだけ残念な人であっても、精霊王であることには違いない。


「可愛い子たちについては大体わかったわ。それじゃあ最後に、そこにいる龍人族たちについても教えてもらえるかしら?」


 キィスたちの紹介は済んだが、あの3人の紹介はまだだったな。

 精霊王も一応はこの国の長だから、(たとえ可愛くなくても)部外者について、きちんと把握しておきたいんだろう。


「あいつらは龍王……火焔のところの戦士です。アルフヘイムでなにか問題を起こしたら、火焔に報告すればいいと思いますよ」

「そうなの? それじゃあそうしておくわね~」


 とりあえず、あいつらについての紹介はこれでいいだろう。

 俺も詳しく説明できないし。


「な、なんか、先程までと比べてぞんざいな紹介ですね、兄者」

「とはいってもな……なにか精霊王に言いたいことがあるなら、自分で言ってくれ」

「い、いえ、精霊王は火焔様と同格の存在ですゆえ……我々のほうからは……」

「そうか」


 三馬鹿連中は俺の紹介の仕方に不満があるようだけど、精霊王と直接アレコレ言う度胸はないらしい。


 まあ、度胸がない、というのは可哀想か。

 こいつらにとって火焔は王様で、その王様と似た立場に精霊王はいるんだから。

 下手な発言をしようものなら、火焔の耳に伝わりかねない。


「あれ、でもそれならクレールはいいのか? あいつも火焔と同格だろ?」


 火焔や精霊王には畏怖を抱いているのに、クレールにはそういったものを抱いている様子がない。

 むしろ、結構失礼なことをズバズバ言っているような気がする。


「姉者は姉者ですから、問題ありません」

「……そういうものか?」

「そういうものです」

「そういうものか……」


 うん、違いが全然わからん。

 こいつらの脳内ではどういう格付けがなされているんだ。


 というか、いまさらだけど姉者ってなんだ。

 俺も兄者呼ばわりされてるけど、全然尊敬されてる感じしないぞ。


「まあ、とりあえず名前だけは聞いておこうかしら。知っておかないと、火焔に告げ口するとき困るから」


 そんなことを思っていると、精霊王が名前を訪ねだした。


「精霊王がお前たちの名前を聞いてるが、それくらいは答えられるよな?」

「も、勿論です」


 三馬鹿はそこで膝をつき、精霊王に頭を垂れた。


「私の名は青江あおえと申します」

緑雨りょくうと言う者です」

紫雲しうんです。以後、お見知りおきを」

青江あおえ緑雨りょくう紫雲しうん……うん、覚えたわ」


 へえ、こいつらって、そういう名前だったのか。

 名前くらいなら、注視すれば見れないこともない。

 けど、そんなことをする機会がなかったから、何気に初めて知った。


 龍人族は名前に色が入ってることが多い。

 こいつらも、自分の髪の色にリンクしているようだ。

 ちょっとだけわかりやすいな。


「……兄者、もしかして、我々の名をご存じではなかったのですか?」

「ああ、今知った」


 青髪の龍人族である青江がジト目を俺に向けてきた。


 男からジト目を向けられても萌えないな。

 今までそれなりに付き合いのあった連中であるわけだから、名前を今まで知らなかったというのはクソ失礼ではあるけど、そんな目で見ないでほしい。


「でも、誰がどんな戦闘スタイルなのかは知っているぞ。青いの……青江は槍術で、間合いを取るのが得意。緑雨は剣術で、粘り強さが長所。紫雲は素手喧嘩、それもインファイターで懐に潜るのが上手いから、戦いづらいんだよなぁ」

「そ、そうですか。それでしたら、まあ……いいでしょう」


 三馬鹿は俺の話を聞くと、どこかホッとしたような表情を浮かべ始めた。


 名前は知らなかったが、こいつらとは龍人族の国で何度も手合せをしたからな。

 戦闘に関することであれば、俺は当然覚えている。


「と、ところで兄者。私はそんなに間合いを取るのが巧みですかな?」

「粘り強いなど、私自身は思っておりませんでしたが、兄者がそうおっしゃるのでしたら正しい評価なのでしょう」

「兄者は私の戦術を認めてくださっていたのですね」


 ……しかし、俺が余計なことを言ったせいか、三馬鹿の視線が熱くなったような気がする。


 なんだよ。

 俺がお前たちのことをどう思っていようが、別にかまわないだろ。

 ジト目を向けられるのはアレだったが、今の視線はもっとアレだ。

 アレってなんなのかは知らんけど、少なくとも男から向けられて気持ちのいい視線ではない。


「さて、それじゃあ、今日のところはこの辺でお休みしましょうか。みんなも疲れているのでしょう?」


 精霊王は俺たちに微笑ましいものでも見るような視線を向けながら、そんな提案をしだした。


 今の時刻は夕方。

 スイーヤの門前で話し合いをして、キィスを迎えに行ってから、そのままの足でここに来た。

 だから、確かにみんな、疲れている。


「ここへは魔法の訓練、対魔法戦闘の経験を積みにきたということだけど、それは明日にして、今は温泉にでも入って体の疲れを落とすといいんじゃないかしら?」

「うむ、そうだな。アリアスの言う通り、そうさせてもらおう」

 

 クレールが俺たちを代表するかのように、精霊王の提案に乗った。


「決まりね! それじゃあクレール、早速温泉に行きましょっか! 全身隅々まで洗ってあげるから!」


 すると、精霊王は『待ってました!』と言わんばかりの勢いで、クレールに魔の手を伸ばしていった。


「こ、今回は我ではなく、この者たちを洗ってやるがいい!」

「あら、それもいいわね~」

「…………!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし! さっきも申しました通り、自分の体は自分で――って、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ……クレールはクーリとリアナを生贄に捧げた。


 まあ、さすがに取って食われるようなことには……多分ならないだろう。

 クーリとリアナを両脇に抱えてダッシュする精霊王は、児童誘拐の現行犯的ななにかで捕まってもいいんじゃないかとは思うけど。


「……俺たちも温泉に入らせてもらうか」


 細かいことは考えすぎないようにしよう。

 俺は、クーリとリアナの貞操の心配をするのもそこそこにして、精霊王たちが行ったほうとは違う温泉へ向けて歩き出した。

書籍版『ビルドエラーの盾僧侶』第2巻が本日発売となりました。

今後も書籍版、なろう版、ともに頑張って執筆していきますので、よろしくお願いいたします!

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