アルフヘイムへ
新米冒険者である剣士見習いのキィス、魔術師見習いのエマ、弓兵見習いのクーリ、僧侶見習いのリアナ、それにリアナの兄である騎士見習いのリオ。
俺がその5人と行動を共にするようになってから、4ヵ月ほど経過した。
キィスたちは未だFランク冒険者だが、着実に力を付けている。
新人扱いされなくなるEランク冒険者になるのも、そう遠い話ではないだろう。
また、クレール、エレナ、三馬鹿龍人族、それに1年1組に所属する『ダークネスカイザー』ことカイザー、が『スイーヤ』の町にある関所の門を壊した頃から計算すると、だいたい1ヶ月が経過したことになる。
門の修繕に結構時間がかかったが、なんとか直せたようだ。
そんな情報を受け取った俺は、空の夕日に照らされた門の下へとやってきた。
俺がここにいる理由はもちろん、クレールたちを引き取るためだ。
身元引受人的なアレだな。
「……お、やっと終わったか」
町の衛兵から最後の忠告兼説教を受け終えたらしきクレールたち6人は、俺のほうへと歩いてきた。
「はー……やっと自由の身になれた……」
クレールが呟き声を上げている。
だいぶ疲れているようだ。
門の修繕は、彼女にとって苦痛だったみたいだな。
「シン殿……我は頑張ったぞ……」
「ああ、よく頑張ったな」
クレールは足元をふらつかせながら俺に近づいてきた。
なので、俺は彼女に『ヒール』を与えつつ、労いの言葉をかけた。
ここ1月近く、俺は彼女に対して厳しく接していた。
けど、彼女はきちんと罰を受け切ったのだから、そろそろ優しく接しても良い頃合いだろう。
「よしよし、門もちゃんと直せてるじゃないか。偉いぞ」
「ふふん、そうだろうそうだろう! もっと褒めるがいい!」
「はいはい」
綺麗に修繕された門を見上げつつ、俺はクレールを褒めた。
よく見ると、門は以前の物より頑丈そうな作りになっている。
これなら、町の住民も許してくれるだろう。
「ほとんど我々3人が直したんですけどね!」
「姉者は木材を一石運ぶのも難儀してましたからね!」
「ぶっちゃけ姉者は役立たずでしたね!」
クレールのドヤ顔を見て、思うところがあったのか、傍にいた三馬鹿龍人族から厳しいツッコミが飛んできた。
「う、うるさいぞ貴様たち! 我ばかりが役立たずだったわけではあるまい!」
……自分が役立たずだったというのは否定しないのか。
まあ、クレールは体が小さいからな。
大工仕事は不向きだったはずだ。
それに、力を使えば使うほど弱ってしまう不死族の性質的に、あまり強い力を出すわけにもいかなかったんだろう。
だったら、俺が弱った彼女にヒールをかけまくれば良かった、という話でもある。
でも、そういうのもなんか違う気がしたから、俺は手助けしなかった。
「わ、私はちゃんと頑張りましたよ! 役立たずだったクレールさまとは違います!」
と、そこでエレナから反論が上がった。
クレールの言い方では、エレナも役立たずだったというふうに聞こえるから、それに対する抗議か。
「エレナ嬢の言う通りですよ、姉者。力仕事はからっきしでしたが、彼女の功績は大きかったです」
「門の設計を見直し、魔法で生成した強固な石材を提供してくれたのですからね」
「力仕事とは別のところで貢献しました。姉者とは違うんです」
「うぐぐ……貴様たちは我になにか恨みでもあるのか……」
しかも、三馬鹿によるフォローまで入ったせいで、クレールは半泣き状態だ。
「俺たちはお前のせいで門を直す羽目になったんだ。これくらいのことは言われて当然だろう」
そして、カイザーがクレールへ追い打ちをかけるようにそう言った。
まあ、確かに、ごもっともだ。
ぐうの音も出ない。
「うるさいうるさい! それはもう過ぎた話だ! というより、門の修理をちょこちょこサボっていた貴様には言われたくない!」
「お、俺はサボってなどいないぞ! たまに物陰で昼寝をしたり集合時間に遅れたり、そもそも集合場所に来なかったことがあったかもしれないが、それは英気を養うためであって、決してサボっていたわけじゃあない!」
いや、お前の場合はサボりだろ。
勤務態度的なものが全然なってないじゃんか。
俺もカイザーがサボっている様子は時々見てたし。
屋根の上で変なポーズを取りながら「違う……こうじゃない」とか「そうだ……これだ……これで俺はもっと上の領域へいける……!」とか馬鹿なことを言ってたのを、俺は忘れないぞ。
「ほらほら、こんなところで喧嘩するな。町の人に迷惑がかかるだろ」
カイザーのことはともかくとして。
とりあえず俺は、クレールたちをなだめさせることにした。
「確かにそうでしたね。シンさまのおっしゃる通りです!」
「だから、貴様は事あるごとにシン殿へ近づこうとするな!」
すると、すかさずエレナが俺の傍に寄りだし、その間にクレールが割って入った。
「どいてくださいませクレールさま! 私もシンさまに労いの言葉をかけてもらうんです!」
エレナも俺に労ってほしいようだ。
それくらいならしてもいいか。
彼女も頑張ったみたいだし。
「あー、良く頑張ったな、エレナ。偉いぞ」
「はうぅ……ありがとうございますぅ……」
俺が褒めると、エレナは顔の表情をだらしなく緩めだした。
……そんなに嬉しいもんかね、俺に褒められるのは。
よくわからん。
「気をつけろ! シン殿! そやつを褒めると調子に乗りかねん!」
いや、お前がそれを言うか、クレールよ。
さっきまでドヤ顔で調子乗って半泣きにされてただろ。
「まあ……なにはともあれ、これでお前たちは晴れて自由の身になったってことでいいんだよな?」
俺はクレールに内心でツッコミを入れつつ、門の一件に関する確認を取ることにした。
「はい! その辺はもう大丈夫です! これからはなんの憂いもなく、シンさまとご一緒できます! これからよろしくお願いします!」
「そ、そうか」
全員、禊が済んだということでいいらしい。
というか、エレナは俺たちと一緒に行動する気マンマンだな。
この町周辺のモンスター相手なら、彼女が後れを取ることもまずないだろう。
だから、狩場に同行しても、特に迷惑となることはないんだが、さて、どうするか――。
「そういえば、エルフ族の小娘よ。貴様はそろそろアリアスのもとへと帰る頃合いではなかったか?」
「って、そうでしたあああああああああああああああ!」
ウキウキとした様子のエレナは、クレールの指摘を受けた瞬間に頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
「……なんだ、期限付きだったのか?」
「確か、『3ヵ月くらいしたら戻ってきてね』とアリアスは言っていた。そして、我がこの小娘を引き取ったのは、だいたい3ヵ月ほど前の話なのだ」
なるほど。
それじゃあエレナはアルフヘイムに帰らないとだな。
「ちょっと待ってくださいよおおおおおおおお! せっかくシン様と再会できましたのに、全然お話しする機会がなかったじゃありませんかあああああああああ!」
「思いのほか旅が長引いたり、門を直さなければならなくなったのだから、しょうがないであろう」
「それは全部クレールさまが余計なことをしたからじゃないですかあああああああああああ!!!」
「うぐ……それについては、我も素直に告げよう。ごめんなさい……」
図星を突かれたようで、クレールは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべだした。
「し、しかし、約束は約束だ! さあ、エルフ族の小娘よ! 『龍王の宝玉』を使わせてやるから、早く自分の故郷へ帰るがいい!」
「そんなぁ……」
……エレナが涙目になりながら俺を見つめてきた。
俺のほうを向かれても、どうしろっていうんだ。
こういう場合、引き留めるというのも違うし。
「……あ! そうだ! 私、いいこと思いついちゃいました!」
「いいこと?」
「はい!」
と思っていたら、エレナは曇った表情を明るくさせだした。
いいことって、いったいなんだ。
「シンさまたちも、私と一緒にアルフヘイムへ行きましょう! そうすれば万事解決です!」
「……そういうことか」
俺たちもアルフヘイムへ行くのであれば、エレナも不満を抱くことなく帰ることができる。
アルフヘイムは緑に囲まれた良い国だ。
観光気分で行くのであれば、あそこはアースでも1位、2位のスポットと言えるだろう。
精霊族とエルフ族以外からはあまり知られていない場所にあるから、あくまで俺調べの名所ランキングではある。
けど、羽を伸ばす場所として良いところであるのは間違いない。
だが……。
「エレナ、残念だが、俺は今ヒマってわけじゃない」
俺には、キィスたちを一人前の冒険者に育て上げるというクエストがある。
あいつらを置いて遊びに行くわけにはいかない。
「シンさまは冒険者さんを育てている最中でしたよね?」
「ああ、その通りだ」
「でしたら、その冒険者さんたちもアルフヘイムへ連れて行けばいいのではないでしょうか?」
「……なに?」
「アルフヘイムなら、魔法に関する訓練を豊富に積むことができますよ?」
「…………」
精霊族の国であるアルフヘイムには、魔法を得意とする精霊族がわんさか住んでいる。
そこでなら、エレナの言う通り、どこよりも濃密な対魔法戦の訓練が行えるはずだ。
「一流の冒険者に育てあげるつもりでしたら、悪くない話だと思いますよ?」
「ふむ……」
キィスたちに経験を積ませるという意味では、悪くはないな。
よし。
「そういうことなら、キィスたちに相談してみる」
「! 本当ですか!」
「ああ」
俺はエレナの提案に賛成し、首を縦に振った。
キィスたちが『嫌だ』と言ったなら、アルフヘイム行きの話はナシになる。
けれど、特に断られる理由もないだろう。
「むむむ……シン殿がアルフヘイムへ行くのであれば、我も行くしかあるまい」
どうやら、クレールも俺たちと一緒にくるようだ。
ついてこないだなんて思ってはいなかったけど。
精霊王に揉みしだかれるクレールの姿が目に浮かぶな。
「でも、素性もよく知らない連中を連れていっていいのか? アルフヘイムは秘境の土地なんだろ?」
一応、キィスたちは俺が責任を持って預かっているし、ある程度の素性も把握している。
しかし、エレナにとって、あいつらは駆け出しの冒険者でしかない。
「『龍王の宝玉』で直接転移するのでしたら、問題ないですよ」
「ああ、そっか」
『空間接続』という龍王の魔法が行使できるようになる『龍王の宝玉』を使っての転移なら、精霊王によって隠されたアルフヘイムの場所が知られる恐れもない、か。
そこは心配する必要のない点だったな。
「そのアルフヘイムへは我々も同行してよろしいでしょうか、エレナ嬢」
「龍人族と精霊族は特に対立をしているわけではありませんので、問題ないと思いますよ」
「おお! そうですか!」
「それはありがたい! 我々も、一度はアルフヘイムの温泉に浸かってみたいと思っておりましたゆえ!」
「感謝しますぞ! エレナ嬢!」
どうやら、三馬鹿連中もアルフヘイムに興味があるようで、一緒に来るらしい。
こいつらが同行することについても、特に問題はないだろう。
『龍王の宝玉』は龍人族の長たる龍王から貰ったものだし、これくらいはしてもいいはずだ。
「カイザーさんも、ご一緒にどうですか?」
俺やクレール、それに三馬鹿が来るということになり、エレナは更にカイザーにも声をかけ始めた。
「いや、俺はいい。そろそろ教員連中のもとへ顔を出さねば……色々マズいからな」
「あら……そうですか」
カイザーは首を振り、エレナの提案をスッパリ断った。
そういえば、カイザーって今、行方不明扱いになってたんだっけか。
行方不明といっても、連絡はちゃんとできていたみたいだから、先生たちも大事にはしていなかったようだ。
とはいえ、なにも言わずに単独行動をしていたというのは、多少なりとも学校に迷惑をかけていただろう。
まあ、一応今は帰る気があるみたいだし、俺がここで苦言を呈する必要はないか。
そういう仕事は先生たちがしてくれるさ。
「またな、カイザー。地下迷宮の攻略で肩を並べるときがあったらよろしくな」
なので俺は、カイザーに軽い別れの挨拶だけすることにした。
こいつのレベルがどれだけあるのか知らない。
けど、もしかしたら地下迷宮のレイドボス戦で共闘することになるかもしれない、という予感がした。
「……機会があったらな」
「ああ」
素直じゃないな、こいつ。
そっぽを向いて答えるカイザーを見て、俺は苦笑をもらした。
「あと、俺のことは今後、『カイザー』ではなく『ダーク』と呼べ」
「え?」
「最近、『カイザー』よりも『ダーク』のほうがカッコいい響きだと思うようになってきた」
「…………」
……うん。
やっぱり、こいつの考えていることはよくわからないな。
『カイザー』あらため『ダーク』を見ながら、俺は苦笑、もとい苦笑いを浮かべた。
お待たせしました。
ビルドエラーの盾僧侶、投稿再開です。
また、活動報告にて書籍版『ビルドエラーの盾僧侶』第2巻の情報を公開しましたので、そちらのほうも是非見ていってください!
クレールがすごく可愛いです!