張り合う
俺、ミナ、サクヤ、フィル、キョウヤがパーティーで行動し始めてから5日が経過した。
それはすなわち、Bコースを選んでいた生徒が地球へとログアウトする日になったということだ。
フィルから聞いた話によると、今のところ中学生は長くても8時間のBコースまでしかないらしく、俺達のように24時間のCコースは選べないらしい。
まあCコースは体に負担がかかるからな。
Bコースまでなら一眠りという程度で済むが、CコースはLSS(生命維持装置)を使用しての大掛かりなものだ。
たった1日であれば殆ど影響はないだろうが、全くとは言いきれない。
人によっては起床後に眩暈や吐き気といった体調不良を引き起こす。
これは体のできていない年齢であれば起こる可能性が更に高い。
だから1日だけという制限で俺達にどんな影響があるかというデータを学校側は取ろうとしているのだろう。
実際に体調不良を訴える生徒は現代のLSSの性能なら1パーセント未満だろうけど、念には念をってところか。
今から10年も前の話になるが、かつてLSSを使って一ヶ月以上ネトゲにログインし続けたという超の付く廃人が死んでしまった事でちょっとしたニュースになったからな。
そんなLSSのネトゲ使用と同じ手法によるアースへのログインには学校側も慎重にならざるを得ないんだろう。世間的に。
「では先に戻……ります、シンさん」
「つーかやっぱずりーよ。何で俺らだけ先に戻んなきゃいけねーんだっつの」
「まあまあ、地球に戻ってもご飯食べて寝たらまたすぐこっちにこれるんだから。それまで我慢しよ、キョウヤ君」
俺の目の前にはフィルとキョウヤ、それにかつて迷宮でキョウヤ達と一緒にパーティーを組んでいたヒーラーの女の子、アヤがいた。
その3人はアースを一度離れる前に俺達へ挨拶がしたいとのことで集まっていた。
「えっと、この数日間フィルちゃんとキョウヤ君の面倒を見ていただきありがとうございました」
「お前は俺らの保護者かよ……」
アヤが俺達に感謝の言葉を述べながらお辞儀をし、キョウヤがそれにツッコミを入れている。
俺も思ったことだがキョウヤと同じ発想をしていると思われたら嫌なのでお口にチャックだ。
「……でもアンタからはそこそこパーティープレイってもんを学ばせてもらったよ……あんがとな」
「へいへい」
そして続けてキョウヤがらしくない事を口にしたので、俺は頭を掻きつつ軽く答えた。
礼を言われるような事など俺はしていない。
アホな事をして仲間を死なせないようにタンクの動き方というものを少し教えたってだけなんだからな。
「アヤ達とパーティー組んで行動するなら今度はちゃんと自分の役割をこなすんだぞ」
「わかってるっつの……俺なりになんとかやってみるさ」
「お前なりじゃダメだ。俺が教えた通りにやれ」
タンクに自己流なんてものは殆ど無い。
戦闘スタイルの違いこそあれ、優秀なタンクの立ち回りは皆似通ったものだ。
「……ちっ、やっぱうぜぇよアンタ。人がせっかく素直になってやってんのによ」
「素直ねえ、男に素直になられても俺は嬉しくないな」
しかもすげえ上から目線の素直だ。
ゲームでは年の差なんて関係ないから俺は年下からタメ口されてもカチンとはこないが、コイツの言い方は生意気だと思わざるを得ない。
「私はいつでもシン様に素直だよ! 喜んでもいいんだよ!」
「お前は黙ってろ」
そんな会話にサクヤが割り込んできた。
お前は素直だとかどうでもいいからとにかく慎みを持ってくれ。
「……とにかく、俺は少し前までの俺とは違うぜ。これからはちゃんとタンクをしてやるよ」
「そうか、それならいい」
パーティープレイにおいて最も重要なのは自分の役割を理解してきちんとこなす事だ。
だから盾職ならタンク、回復職ならヒーラーをやるべきなんだ。
キョウヤも俺もな。
「あ、あと! 最後に一ついいですか!」
と、俺がそう思っていたらアヤが突然手を挙げ、そんなことを口にした。
「ん? なんだ?」
なので俺は彼女に言葉の先を促す。
すると彼女はモジモジしながらミナの方を向く。
「そのぉ…………サイン! いただけませんか! ミーナさん!」
「……へ!? あ、私?」
「はい!」
……前に迷宮で会った時もそうなんじゃないかとは想像していたけど、どうやら彼女は正真正銘ミナ、というかミーナのファンだったようだ。
「あー……うん、まあ私ので良ければ」
「本当ですか!?」
「ええ、可愛い後輩から頼まれちゃったら、ね」
ミナは続けて「地球に戻った時にあげるね」と言い、アヤのお願いを聞きいれた。
芸能活動は止めたと言ってクラスメイト達から逃げていたからもしかするとサインも渋るんじゃって思ったんだが。
自分を慕ってくれる後輩には結構優しいんだな。
こうしてアヤはホクホク顔になりながら、キョウヤはそんな彼女を見て微妙な顔をしながら、俺達の下から去っていった。
「……少しの間だったけど、パーティーに入れてくれてありがとう……ございました」
そして最後に残ったフィルがそう言って軽く頭を下げてきた。
わざわざお礼なんていらないのにな。
パーティーを組みたいから組んだ。
それだけなんだから。
「またパーティー……入れて……くれますか?」
続けてフィルはそんなことを俺に訊ねてきた。
聞かなくてもわかるだろうに。
俺は彼女の頭に手を乗せてワシャワシャと撫でつける。
「ああ、また遊ぼうぜ、フィル」
「……ん……ありがと」
俺がニッと笑いながらまた今度一緒にパーティーを組む事を約束すると、フィルはマフラーで顔を隠しながらもコクリと頷いて後ろを向いた。
その後彼女は軽い足取りで走っていく。
途中何度か振り向いて手を振ってきたので、俺達もその度に手を振り返してのお別れだった。
「それじゃあ今日からよろしくね」
「よろしくっ!」
フィル達と別れた後、俺達は前に約束をしていた橘姉弟と合流してパーティーを組んだ。
「ここからはCコースを選んだ人達だけの時間だね! シン様!」
「ああ、そうだな」
サクヤの言う通り、今日からこの町にはCコースを選んだ連中と何人かの教師達しかいなくなる。
つまり今こそ他中高生プレイヤーとの差をつける絶好の機会なわけだ。
「早速レべリングに行くぞ。異論は無いな?」
「勿論! 私はシン様にどこまでもついていくよ!」
「私もレベル上げなら一緒に行ってもいいわ」
「今ならどの狩場も空いてるだろうしね」
「どんどんレベル上げていこーっ!」
俺の提案にCコースのメンバー全員乗ってきた。
なので俺はこれまでで調べておいた、町周辺で効率的にレべリングができそうなところをいくつか思い浮かべていく。
「よし、なら町から出て北にある山岳フィールドに行こう。あそこは今、MOBがかなりの数の群れで現れるらしいからな」
これまではパーティーメンバーが不足していたり一部メンバーの実力が怪しかったりだったので、狩場もかなりヌルいところだったり、人が少ないかつ通路の狭さの関係で一度に出るMOBの数が限られている迷宮内だったりをメインに動いていた。
だが今回はフルメンバーな上にミナ以外はそれなりのヘビーゲーマーだ。
なので今までよりも難易度の高い狩場に挑める。
安全性を考慮するならヌルい狩場の方が良いのだが、それではレべリングの効率が悪いし、なおかつPSも錆びてしまう。
そういった理由から俺は今までより若干難易度の高い狩場を選んだ。
「じゃあ一度道具屋で準備を整えてから行くとしよう」
こうして廃人達のレべリングが始まった。
「はぁ……やっと帰ってこられた……」
「本当はもっと狩っていたかったんだがなぁ」
周囲がすっかり暗いという時間帯になったあたりで町へ戻ると、ミナの口から疲れたような声が聞こえてきた。
まあ今日はトータルで9時間くらい狩りしてたからな。
狩場への移動時間や休憩時間なども含めるとプラス2時間だ。
疲れても仕方ないか。
夜になって視界が悪くなり、その状態では危険性が増すという判断から俺達は町へと戻ってきたものの、その判断を下したときの反応はミナ以外渋々といった様子だった。
「……あなた達体力あるわね。あれだけ狩って疲れたりしなかったの?」
「疲れてるさ」
疲れてるけどレべリングを止めるほどじゃないというだけだ。
アース世界での俺達は体力が結構ある。
やろうと思えば一日中狩りをし続けられるんじゃないだろうか。
「でも精神的に疲れない? ずっと狩りし続けるのって私は結構しんどかったんだけど?」
「それこそ問題ないな」
俺達ヘビーゲーマーは狩りを苦痛だとは思わない。
体力や消費アイテム類が尽きるまで、武器防具の耐久値が0になるまで、レアドロップを落とすまで、いつまでも1つの狩場で粘れるからこそヘビーゲーマーになれるのだ。
むしろこのへんはまだまだ序の口と言える。
「この程度で音を上げるな。明日は朝から今の時間まで狩りに行くぞ」
「うん、いいねそれ」
「それならもっと回復剤買っておかないとだねっ」
「限りある時間を朝から夜までレべリングに費やそうだなんてシン様ステキ! 抱いて!」
「あなた達ホント元気ね……」
俺の提案にミナ以外の全員は軽く了承していた。
「……ん?」
「あ」
と、俺達がそんなやり取りをしているところへ、偶然氷室達が通りかかった。
今はCコースの連中しかアースにはいないが、そういえばこいつもCコース組だったか。
氷室の後ろにいる4人のメンバーもおそらく同じだろう。
「……ふん、君達も今の時間まで狩りをしていたのかい?」
「ああ、そうだ。お前達もどうやらそのようだな」
俺達の目の前にいる氷室達は装着している鎧に傷が目立ち、全身泥だらけだ。
今までかなりハードなレべリングを行っていたっぽいな。
「ちなみに君達は今何レベルくらいになったのかな? 俺達の平均レベルは7でもうすぐ8になりそうなんだけど?」
「……俺達は平均6だ」
「ふっ……そうかそうか! 俺達には劣るけど君達も頑張っているほうなんじゃないかな?」
「…………」
ちっ。
やはりこいつらの方がレベル的には上か。
まあそれも仕方がない事ではある。
氷室達はアースにきてから2日目という段階で既にCコース5人で行動し続け、本気のレべリングを行っているようなのだからな。
対する俺達5人は今日パーティーを組み、それ以前では色々な事情からレべリングはあまり効率的ではなかった。
レベル差はたった1であるものの、この1の差はそれなりに大きな経験値量の差となっているはずだ。
今後もレベルを上げ続けるであろうこいつらを俺達はあと2週間ほどで追い抜けるだろうか。
「おやおや、随分と悔しそうな顔をしているね。いやいや、気にする事ではないだろう? 前に君も言っていたじゃないか。レベルだとかで勝敗は決まらないって」
「…………」
確かに俺は氷室との決闘時にそう言ったが、それでも同時期に始めた奴にレベルで負けるのは許せない。
「まあそういうことだから、君達は精々ヌルいレべリングをしているといいさ。あっはっはっはっ!」
そして氷室達は笑い声を上げながら俺達の下を去っていった。
「……明日から毎朝3時起きな」
「そうだね。調子乗ってる氷室君達はぶち抜く必要があるよね」
「早いとこ追いついて見返してやりましょっ!」
「ささいな事でもムキになって勝とうとするシン様もステキ! 抱いて!」
俺はそんな氷室達を見てそう宣言した。
するとミナ以外の全員が俺の言葉に頷きつつ声を上げる。
「私……朝弱いんですけど」
明日のレべリングに思いを馳せて燃え上がる俺達の中、ミナは引きつった笑みを浮かべながらポツリと呟いていた。