仲直り
俺とクレールは仲直りした。
仲直りして、前よりちょっとだけ仲良くなった。
「むふふ~シン殿~」
「…………」
どれくらい仲良くなったかというと、胡坐をかいている俺の足にクレールが座って背を預けてくるくらい、仲良くなっていた。
まあ、クレールが積極的に俺と接触しようとした結果がこれだ、というだけの話なんだが。
そんな俺たちは、2人でまったりしつつ、キィスたちがねこにゃんから指導を受けている様を眺めていた。
エレナとカイザーもキィスたちと混じってアレコレ意見を交わしている。
今は、俺とクレールが2人っきりで話せるようにという心配りなのだろう。
ただ、エレナだけは、俺たちがイチャコラすることに一言申したいという様子だった。
しかし、彼女はカイザーたちに連行された。
変なところで空気を読みやがって。
「シン殿シン殿」
「……どうした、クレール?」
「大好き」
「……そっか」
「そこは『俺も大好きだ』って返すところだ! 『そっか』ではない!」
「こ、こんなことは一度だけって言っただろ! 何度も言う気はない!」
「一度しか言わないというわりには、何度も好きだ俺の好みだ可愛いずっと俺の傍にいてくれ君と離れたくないもう一度やり直そうと言っていたではないか!」
「言ってない!」
というか、俺の発言をねつ造するな!
言ったものもあるけど、離れたくないとかもう一度やり直そうとか、そんな破局寸前にまでいったものの最終的にヨリを戻したカップルみたいなことは言ってないぞ!
「……まったく。好きだと言った途端にこれか。先が思いやられるな」
「あ! 今好きだと言ったな! しかし主語が省かれているぞ! ちゃんとしっかり言うがいい!」
「だからそういうこと言うから先が思いやられるんだよ! 頼むから俺の性格を読み取ってくれ!」
好きとかそういうことを軽々しく言うのは俺の性分じゃない。
あまりしつこく訊くようだと怒るぞ。
「むー…………でも我は何度でも言うぞ。シン殿、大好きー!」
「…………」
しかし、こうしてストレートに好きだと言われるのも悪くないとか思ってしまう。
どうしようか。
もうバカップルとか言われるのも覚悟で、俺も馬鹿になろうか。
いや……やっぱりそこまでは恥ずかしくてできない。
しかしだ、あの話は今ここでするべきだろう。
「……なあ、クレール」
「ん? ようやく素直に好きと言う気になったか?」
「そうじゃない……もっと別の話だ」
「?」
クレールは可愛らしく首を傾げながら俺を見つめてくる。
それを見て、俺は緊張しながらも言葉を紡ぐ。
「……クレールは……その……俺と結婚とか……したいと思ったりするか?」
「け、結婚!?」
俺が震える声で『結婚』と言うと、クレールは驚いたというように体をビクンとさせ、先ほどまでほんのり赤く染まっていた頬を真っ赤にした。
「し、シン殿は我と結婚したいと申すか! そうなのか!」
「いや……ええっと……も、もしもの話だ。もし俺が『結婚してくれ』とか言ったら……クレールはどうする?」
「するする! 我はもうシン殿と離れる気などないからな! 夫婦の関係になれということなら、我は喜んで受けるぞ!」
「そ、そうか……クレールはそうなんだな……うん、そっか……」
まだ俺たちは互いをよく知る必要のある段階だと思うのだけれど、こうして結婚の話に喜んで乗ってくれるというのは……なんだろう、凄く嬉しい。
こんなにも喜んでくれるなら、もうこのまま結婚してもいいんじゃないかという気になってしまう。
「……でも、その場合はサクヤやフィルとも一緒にってことになるけど……それでもお前はいいのか?」
「? なにをバカなことを言っている。我はもともと、そのつもりであるぞ」
「あ、そうなんだ……」
しかも、クレールはサクヤとフィルも一緒に結婚するという場合すら想定していたようだ。
つまり俺は、サクヤとクレールから、結婚のイエスを貰ったことになる。
この状態で、もしフィルまでもが首を縦に振ったら、俺は彼女たち3人と結婚することになるかもしれない。
なんか……そう考えると凄いな。
少し前の俺なら思いもよら ない状況だ。
「しかし、その結婚というのは、もしもの話なのだろう?」
「あ、ああ。そう、もしもの話だ」
「そうか、非常に残念だ。すでに我の決意は固いというのに、このヘタレめ」
「うぐ……」
俺が『好き』という言葉を乱用しないということは察してくれないくせに、こういうところは察するんだな。
だけど、俺を侮っていられるのも今のうちだぞ……多分。
「……まあ、あとはフィルにも聞いてみるか」
「なにか言ったか? シン殿」
「別に、なんにも」
俺はクレールの問いかけをはぐらかしながら、もしもの未来を思い浮かべる。
クレールは見た目こそロリだけど、年齢的には結婚も十分すぎるほどにできる。
彼女と結婚することには……ロリコンと揶揄されるかもしれないけど、特に問題はないはずだ。
サクヤは俺と同い年で大人から見たらまだまだ青臭い子どもと言われるだろうけど、彼女の意思は強い。
アースでの結婚なら問題なく行えるだろう。
そしてフィルは……一番のネックだな。
彼女はまだ中学生だ。結婚とか、そんなことを考えるような年齢じゃない。
どうしたものか。
また、これはさらにもしもの話になるが、サクヤにしろフィルにしろ、地球でも結婚をするとしたら……まあ、早くても俺が18になってからだな。
アースでの結婚を遊びだなどと考えてはいないから、彼女たちの出方次第では地球でも籍を入れるつもりだ。
籍を入れる前に、俺が甲斐性のある男にならないとならないわけだが……みんなと相談しよう。
なんにせよ、そのときはクレールも地球に来られるようになればいいなぁ。
やっぱり、俺たち地球人側だけがアースに来られるというのは不公平な気がするし。
どうにかして、アース人が地球を訪れることができるようにならないものか。
今度、クロスにでも相談してみるかな。
「どうした、シン殿。口元がやけに緩んでいるが、なにか良いことでもあったか?」
「ん? まあな。クレールとこうして仲良くできて嬉しいなとか思ってな」
「そ、そうか! うむ! 我も嬉しいぞ!」
本当はちょっと違うことを考えていたんだけど、俺が今言ったことも間違ってはいない。
俺はクレールと仲良くなれて嬉しい。
それは俺の素直な感想だ。
「で、では……今日は出血大サービスだ。シン殿をもっと喜ばしてやろう」
「? 喜ばすって、なにを――!?」
クレールは俺の両手首を掴み、それを自分の豊満な胸へと押し当てた。
ふにゅっとした柔らかな感触と人肌の温もりが、俺の手のひらを刺激する。
「……どうだ? 胸を揉まされる気分は? これならシン殿も抵抗できまい」
「う……」
俺は手を胸から離そうとするものの、クレールはそれを許さない。
手首をガッシリ掴まれていて、ちょっとやそっとの力を込めたくらいじゃ振り払えそうになかった。
「シン殿は我に無理やり胸を揉まされているのだ。逃げることも抵抗することも許さん。我の胸の感触を存分に楽しむがいい」
俺がクレールの胸を揉んでいるのではなく、クレールが俺に胸を揉ませている。
彼女はそう言いたげに、鼻をフフンと鳴らしていた。
「ど、どうだ? アリアスからはよく『良い胸してるわね』と言われるのだが……」
あの精霊王なら、そう言うだろうな。
前に再会したとき、彼女は隙あらばクレールの胸を揉みしだいてたし。
それに……精霊王がこれを気に入るのも頷ける。
できることなら、ずっと触っていたいとすら思える感触だ。
「……撫でるだけではつまらんだろう? こういうふうに……力を加えてみるがいい」
クレールは俺の手の甲に自分の手を重ね、指にギュゥッと力を入れてきた。
俺の指はクレールの胸に沈み込んでいく。
なんだこれ。
マシュマロか?
クレールの胸にはマシュマロでも入ってるのか?
しかも、弾力まであるようだ。
クレールが力を抜くと、胸が俺の指を跳ね返そうとしてくる。
柔らかいのに弾力性もあるとか、どういうことなんだ。
これが女体の神秘か。
……って、なに考えてんだ俺は。
「ああっ! ちょ、ちょっと! なにをやっているんですか!」
と、俺がクレールの胸に気を取られていたら、エレナが大声を上げながらこちらに近づいてきた。
そして彼女は、俺から離そうとしてか、クレールを引っ張り上げた。
「なにと言われてもな。これは我らにとってごく普通のスキンシップなのだ。なあ、シン殿?」
クレールはエレナに羽交い絞めをされながらも、そんなことを言いだした。
「いや……普通ではないぞ……」
クレールの胸を触るのは、厳密に言うと初めてではない。
いつぞやの勉強会でも一度触ったからな。
けれど、ごく普通のスキンシップと言うのには無理がある。
通算二回では日常的というほどのことでもない。
というか、それ以前に、昼間からやるような行為でもなかった。
エレナが注意を飛ばしてきたのも当然だな。
「シンさま! クレールさまの胸をお揉みになるのでしたら、私の胸もお揉みください!」
「そっちかよ!?」
俺が胸を揉むこと自体はいいのかよ!?
昼間の青空の下でやることじゃないぞ!?
「わ、我は認めぬぞ! 胸なら我のを好きなだけ揉むといい!」
「待て待て待て待て!?」
胸を突きだすポーズをし始めたエレナに対抗して、クレールも俺に向かって胸を寄せている。
「2人とも落ち着け! 昼間から公序良俗に反するようなことをするな!」
「でしたら、夜であればよいというわけですね!」
「ならば、続きはまた後でということにしておいてやろう。勿論、エルフ女抜きでな」
俺がこの場においてもっとも適格なツッコミを入れると、エレナとクレールは異次元の方向に話を持っていった。
これ、どうやって収拾つければいいんだよ。
「さーて……それじゃあそろそろキィスたちと合流するか」
「ああっ! 待ってください! シンさま~!」
「こら! エルフの小娘! シン殿に気安く触れようとするな!」
2人とも大胆すぎて、手におえない。
俺は2人の攻勢に気後れしつつ、その場で立ち上がって、キィスたちのところへと走っていった。
後日談。
そうしたやり取りがあった日の夕方頃、クレールたちは町の衛兵からお叱りを受けた。
スイーヤへと入る際、彼女たちが関所の門をぶっ壊したためだ。
主犯とおぼしきクレールは「だって……以前に立ち寄ろうとした町では、我らが入ろうとするといきなり攻撃してきたから……今度止められたら強行突破をしてやろうと思ったのだ……ぐす……」などと意味不明な供述をしており、衛兵団は引き続き余罪を追及する方針の模様……であった。
……まあ最終的には、リオとリアナの仲裁によって、クレールたち6人は厳重注意と門の修理という罰だけで済んだ。
スイーヤもフレイア家の管理する領地内だからな。
領主の子が介入したら、その程度の罰で済んでしまう。
権力って汚いっ。
「他ならぬ死霊王が絡む一件でしたから取り成しましたが……こんなことはこれっきりでお願いしますよ?」
「死霊王のイメージが……一気に崩壊した一日でしたわ……」
そして、リオとリアナはクレールの評価を大幅に下げたようだった。
こんなことでも助けてくれた2人に、クレールは感謝しなければならないだろう。
「ふええぇぇ……シン殿ぉ……我らはずっと共にあるのではなかったのかぁ……」
翌日。
門の修理を強要されたクレールは、俺といる時間がなかなか取れず、泣き言を吐いたりしていた。
「うるさい。いつでも一緒にいると思ったら大間違いだ」
「ふえぇ…………」
これはこれ、それはそれだ。
きちんと罰を受け終えるまでは優しくしたりなんてしないぞ。
ちゃんと反省しなさい。
こうして俺は、涙目で鼻水をすすりながら木材を運ぶクレールに背を向け、今日も元気にキィスたちと狩りをしに行ったのだった。