本音
俺たちは冒険者ギルドから町の広場へと場所を移した。
移動した理由は、まあ……冒険者ギルドに迷惑がかかりそうだったからだ。
というか「これ以上騒ぐようなら通報するぞオラァ!」といった感じのことをギルドの職員さんから丁寧口調で言われてしまった。
どうも俺は、スイーヤの冒険者ギルドと馬が合わないようだな。
ちなみに、この場に三馬鹿龍人族の姿はない。
あいつらは町の衛兵を撒くことをクレールから命令され、今も町のどこかを走りまわっている。
なにやってんだか。
また、キィス、エマ、クーリ、リアナ、リオの5人は、ねこにゃんたちと一緒に戦闘訓練を行っている。
ねこにゃんには子守りをさせてしまっているようで申し訳ないが、こっちの話が少し長くなりそうだから、配慮してくれるのは素直に助かる。
「我らはここに来るまで、世直しの旅をしていたのだ」
そして俺はクレールから、今までなにをしていたのか説明してもらっていた。
クレールの話を聞いているのは、俺、エレナ、それにダークネスカイザーといったメンツだ。
「エレナやダークネスカイザー、それにあの龍人族連中を引き連れての旅だったのか?」
「そうだ。シン殿と同じく、我も火焔から『龍王の宝玉』を貰っていたから、それを使って様々な土地へと渡ってみたのだ。その最中に、そやつらが我と一緒に旅をしたいと言いだしてな。旅の供は多いに越したことはないので、連れてきた」
なるほど。
つまりクレールは、龍人族の国『アースガルズ』や精霊族の国『アルフヘイム』などを回っていたのか。
そこで三馬鹿龍人族やエレナたちと会って、こんなパーティーを作ることになったと。
旅は大勢でしたほうが心強いからいいんだけど、わけのわからない集団になったな。
「俺は違う。この『死霊王』と名乗るアース人に無理やり連行されたんだ」
ダークネスカイザーがクレールの言葉を否定した。
どういうことだ。
クレールたちと一緒にいたのはこいつの意思じゃなかったのか?
「この者は、どうも我と似たような空気を感じたのでな。我らの旅に同行させたのだ」
似たような空気ってなんだ。
俺はダークネスカイザーのことをよく知らない。
しかし、どういう空気を感じたのかは、俺にもなんとなく察せられる。
深く聞かなくていいだろう。
「ダークネスカイザー。なにかつらいことがあったら、俺でよければ相談に乗ってもいいぞ」
「な、なんだお前は! いきなり馴れ馴れしくするな! 気色悪い!」
俺が優しく声をかけると、ダークネスカイザーは怒ったというように声を荒げた。
「だ、だが俺に借りを作りたいというのなら、考えてやらんでもない」
「そうか」
こいつはこいつで難儀な性格をしているようだな。
まあ、変人と会話することなんて、俺にとってはもう慣れっこだ。
「……それと、俺のことはカイザーと呼んでいいぞ。ダークネスカイザーという名は……呼ぶのには少々長すぎると不評を買っているからな」
長ったらしいというのもだが、そもそもそのキャラネームはどうなんだ。
俺はダークネスカイザー改めカイザーに心の中でツッコミを入れた。
「それじゃあ次。エレナは俺に会いに来たとか言っていた件についてなんだが……」
カイザーの話はひとまず置いておくとして、俺はエレナについてを訊ねることにした。
「この小娘については我も不本意だったのだぞ。なんとはなしにアルフヘイムへ立ち寄ったら、アリアスめにこやつを押しつけられてな」
「期間限定ではありますが、外の世界を見て勉強するようにと精霊王から命じられました」
精霊王の命令か。
あの人の思考は適当だからな。
今回のもおそらくはその場の思いつきだろう。
「ですので! ここでシンさまと再会できたのも必然だったのです!」
「いや、だからそうやって俺に近づこうとするな!」
エレナは隙あらば俺との距離を詰めようとしてくる。
そんなことしてると、またクレールに絞められるぞ。
「……それじゃあ次。クレールって、Sランクの冒険者だったのか?」
俺はエレナから数歩分距離を置きつつ、クレールに問いかけた。
「うむ。もう数百年も昔のことではあるが、我はSランク冒険者の1人として、冒険者から尊敬の眼差しを受けていた時期があったのだ!」
「尊敬の眼差しねぇ……」
今は冒険者ギルド荒らしとして有名みたいだが、尊敬されてた時期とか本当にあったのだろうか。
うさんくさいな。
「な、なんだその目は! もしや、我を疑っているのか!」
「んーん。そんなことはないぞ。なんてったって、クレールはあの有名な死霊王なんだからな」
「そ、そうだろうそうだろう! 我は八大王者の1人に数えられる、死霊の王なのだ! フッハッハッハッハッ!」
俺が軽くおだててみると、クレールは気を良くしたのか、快活な笑い声を上げ始めた。
彼女のチョロさは健在か。
相変わらず将来が心配になる700才だ。
「ちなみに、我だけでなく火焔やアリアスもSランク冒険者だ」
「ま、マジか……」
どうでもいい事実だけど、クレールがSランク冒険者なら、龍王や精霊王が同じ称号を持っていたとしても不思議ではない。
Sランクって、世界で数人しかいないとか言われてるんだよな。
そう考えると、その数人のSランク冒険者は八大王者並の実力者と考えていいのかもしれない。
クレールたち以外にSランク冒険者が何人いるのかは知らないけど。
「昔は我ら3人がパーティーを組んでブイブイ言わせたこともあったな……いやあ懐かしい」
……うん。
そのパーティーには絶対関わりたくないな。
死霊王と龍王と精霊王がそろい踏みのパーティーとか、色々な意味で酷過ぎる。
「……昔を懐かしむのはまた今度にしてくれ。まだお前には訊ねなきゃならないことがあるんだから」
ここで昔話をされても困る。
俺は気持ちを入れ替え、クレールに最後の問いを投げかけることにした。
「お前、どうして俺たちに黙って旅をしてたんだ?」
「…………」
俺が訊ねると、クレールは口を噤んだ。
「いきなりいなくなるもんだから、みんなお前を心配してたぞ」
「……心配?」
「そうだ。サクヤやフィル、ミナ、それに防具屋の店主もお前のことを気にしてたぞ。当たり前だろ?」
「当たり前……か」
「?」
クレールはそこで顔を俯かせた。
なんだこの反応は。
心配させてしまって申し訳なく思っている、とは少し違うような気がする。
「……その、みんなというのにはシン殿も含まれているのか?」
「え? ああ、そりゃあ、まあな。でも俺は、クレールならそこまで心配しなくても大丈夫だと思ってたぞ」
俺はクレールの質問に、若干の虚勢を張りながら答えた。
ここで心配していたと率直に答えるのはちょっと恥ずかしいからな。
クレールほどの実力者なら、簡単に死ぬことはないだろうとも思っていたし、嘘は言っていない。
「……やっぱりシン殿は……我のことなんてどうでもいいのだな!」
そんな俺の答えを聞いたクレールは、突然顔を上げて大声を上げた。
「クレール?」
「シン殿は我のことなんてなんとも思っていないんだ! シン殿は我のことなど、どうでもいいんだ!」
「ちょ、待てクレール。少し落ち着け――」
「いやだ!」
「…………」
……いつも間にか、クレールの目には涙が浮かんでいた。
俺はそれを見て、彼女がなにを思っているのか、やっと理解することができた。
「クレール……俺はお前のことをどうでもいいだなんて思ってない――」
「嘘だ! シン殿は最近全然我に構ってくれなかったではないか! 我はいつだってシン殿に構ってほしいのに……シン殿は地球人の仲間とともに地下迷宮へ籠ってばっかりだったではないか!」
「…………」
どうやら、クレールが旅に出ていた理由は俺にあるようだ。
俺がクレールを蔑ろにして、クラスメイトと地下迷宮の攻略にばかり出かけていたから、彼女は拗ねてしまったんだ。
子どもみたいな拗ね方をしているが、それは彼女にとってつらいと感じることだったのだろう。
「我といるより地球人といたほうがシン殿は楽しいのだろう! 我といるよりサクヤやフィルと一緒にいるほうが楽しいのだろう!」
また、クレールは内心で劣等感のようなものを抱いていたのかもしれない。
俺はサクヤとフィルに好きだと言ったことがあるが、クレールにはそういったことを直接言ったことがない。
その理由は、単に俺が恥ずかしがったというのと、本当にクレールへ言ってしまって良いものかと悩んでいたからだ。
「シン殿は……我のことなんて好きでもなんでもないのだろう……?」
……しかし、悲しそうな表情を浮かべているクレールに、そんな俺の本心を隠し続けるのは無理だ。
俺は涙目のクレールを見てそう思い、すぅっと息を吸った。
「……クレール。こんなことは一度しか言わないから、よく聞け」
「な、なんだ、シン殿……」
浮気性かもしれないとか不義理なもしれないとか、そんなことは考えない。
最終的にどんな関係になっても、俺が責任を取ればいい。
そう覚悟を決めた俺は、クレールに本音をぶちまけることにした。
「クレール、お前は俺たちと初めて会った頃を覚えてるか?」
「……? お、覚えているに決まっているだろう」
「そのときお前が、俺のことを『好みでちょっといいなって思った』とか言ったよな?」
「い、言ったな。だ、だが、それがどうしたというのだ! 一目惚れをしてしまった我をあざ笑うつもりか!」
「うるせえ! あざ笑ったりなんてするか! というか、一目見てちょっといいなとか思ったのはむしろ俺のほうだバカヤロウ!」
「!?」
今までは心のなかだけに抑えていたけれど、俺はここでやっとクレールに自分の思っていたことを吐露した。
「なんだよお前は! 最初は骨だったくせして、人の姿に戻ったら凄く可愛いじゃねえかよ!」
「か、可愛い……? わ、我が……か?」
「そうだよ! すっごい可愛いんだよ! ぶっちゃけ俺の好みだよ! しかもなんだよ! やることなすこと全部可愛いとか! そんなの反則だろうが!」
「し、シン殿……」
俺はクレールがドヤ顔で笑ったり自慢げになにかを話したりする姿や、あるいは泣いたり怒ったりするところなんかも、いつも可愛いと思いながら見ていた。
それでいて、いつも俺のことを優しく見守ってくれていいて、凄く嬉しかった。
こんなふうに感じるのは、俺がクレールのことを好きだと思ってしまっているからに他ならないだろう。
「ああ認めるよ! 俺はクレールのことが好きだよ! 初めて会った頃からちょっといいなとか思ってたりしたけど、今はそのときよりもっと好きなんだよ! いつの間にかそうなってたんだよ!」
だから、サクヤとフィルのついでというような形で俺たちの輪に潜り込んできたクレールを拒めなかった。
サクヤたちはきっと、俺のそんな内心を読み取って、クレールを俺たちの輪から外そうとはしなかったのだ。
相変わらず俺はダメダメだな。
女の子に気を使わせすぎている。
「さっきはクレールのことを心配してなかったって言ったけど、あれは嘘だよ! 滅茶苦茶心配してたに決まってるだろうが! だってお前! 悪い大人にすぐ騙されそうな奴じゃねえか! 気にするなっていうほうが無理な話じゃねえか!」
俺はいままでずっとクレールのことを心配していた。
彼女が強いということを知っていたから、なにかあっても自力で解決できると思いつつも、それでも心配していたんだ。
どうでもいいなどと思っていたわけがない。
「そ、そんなことを言っても……我は信じないぞ! 今までシン殿が我を放っておいたのは事実なのだから! 我はもうシン殿の傍にいる気などない!」
どうやら、クレールは俺の言葉を信じられないようだ。
まあ、しょうがないか。
今までが今までだったからな。
でも、信じてもらわなければ俺が嫌だ。
ここまで言わせたんだから、クレールにはとことん俺に付き合ってもらう。
「クレール! 今からお前にありったけの回復魔法をかけるぞ!」
「! い、いらん! 我はもう、シン殿から施しを受ける気などないのだ!」
「施しじゃない! お前は俺と一方的に交わした契約を忘れたのか!」
「わ、忘れたわけではないが……」
俺の詰問を受け、クレールはうろたえている。
彼女は自分から、回復魔法をかけてもらう代わりに俺とずっと一緒にいるという契約を結んできたんだから、こんな反応をするのも当然だ。
だが、これではまだ押しが弱いようだ。
それなら、俺にも考えがある。
「し、しかし……シン殿からはもうデスヒールを貰うわけにはいかない! 我はまた新しいデスヒーラーを探す! また何百年という時が必要になるだろうが、今度はもっと高性能な装備を作って――」
「ごちゃごちゃ言うな! 『エクスヒール』!」
「ぅひゃっ!?」
意固地な様子を見せるクレールに、俺は全力のエクスヒールを放った。
「な、な、な……ちょ、強すぎ――」
「『エクスヒール』!」
「ひゃぅっ!?」
エクスヒールを浴びると、クレールは足元をふらつかせてその場にへたり込んだ。
どうやら、エクスヒールの効力がクレールには強すぎるようだな。
今まではMP効率を考えて、ただのヒールしか浴びせていなかった。
また、ただのヒールでさえも、クレールは頬を赤く染め、なにやら身悶えるような仕草をいつも見せてきた。
そんな彼女がエクスヒールを浴びたなら、腰が抜けたとしても頷ける。
「一緒にい続ける契約を強制したのはお前のほうからだ! いまさら反故にできると思うなよ!」
「わ、わかったから! わかったからちょっとやめ――きゃひぃっ!?」
クレールの顔はゆでダコのように真っ赤だし、息遣いも荒々しい。
ダメージヒールを浴びることで、負の生命力を得る以外にどんな効果があるのかなんて知らないし訊ねないけれど、少なくとも、不快には感じていないように見える。
だったら続行だ。
俺はアイテムボックスから取り出したマナポーションを飲みつつ、クレールに向けてエクスヒールを飛ばし続けた。
「はぁ……はぁ……ど、どうだ……これでもまだ……俺の傍にいたくないだなんて……言うつもりか……?」
「……っ……っ……」
即効性のマナポーションも使い切り、MPも枯渇するまで、俺はエクスヒールを放ち続けた。
正直、かなり疲れた。
息を整えるのにも、少し時間がかかりそうだ。
でも、こういった行為にも効果はあっただろう。
クレールのほうは俺以上に大変な有様だ。
彼女は体を地面に横たわらせて軽く痙攣していた。
しかも、ゼェゼェと荒い呼吸をしながら、ヨダレや涙、それに鼻水なんかを流している。
そして朱色に染まった顔は……ちょっと公衆の面前でしちゃいけないような表情をしている。
少しやりすぎたかもしれない。
俺がそう思っていると、クレールは服の袖で顔を拭いだした。
さらに、体を横たわらせたまま縮こまって、体育座りのような恰好になった。
「…………けだものっ」
「いや、けだものじゃねえよ」
けだものて。
俺はただ単に回復魔法を唱えただけだぞ。
変なことを言うな。
「うぅ……シン殿に凌辱された……」
「いや……凌辱もしてないからな……」
回復魔法をかけただけで、なんでこんなことを言われなきゃいけないんだ。
俺は無実です。検事さん。
「……それで、少しは機嫌も直ったか?」
「これが機嫌をよくした者の反応に見えるかっ! 馬鹿者めっ!」
ですよねー……。
俺はやっぱりやりすぎたのだと、反省することにした。
「……シン殿」
と思っていたら、クレールは俺に声をかけてきた。
「シン殿がさっき叫んだことに……嘘はないな?」
「あ、ああ……今度こそ嘘は言ってない」
だいぶ恥ずかしいことを言ってしまったけど、それを嘘として片づける気はない。
俺はサクヤやフィルだけでなく、クレールも好き。
今回、彼女が姿をくらましたことで、それがよくわかった。
なんていうか、気の多い男だな、俺。
でも、好きと言った以上、適当なことはしないぞ。
「……なら……頭撫でて」
俺が改めて覚悟を決め直していると、クレールはか細い声でそんなことを言いだした。
「は? 頭?」
「……そうだ! 頭だ! 早く!」
「わ、わかった」
クレールに急かされ、俺は慌てつつも彼女の傍にしゃがみ込んで、頭を撫で始めた。
「ん……シン殿……」
「……なんだ?」
「その……シン殿がもし我に対して申し訳ないと思っているのなら……これからはもっと我に構うことで、今回の件は許してやっても良いぞ?」
「…………」
そして彼女は、顔の表情をフニャリと緩ませて微笑みだした。
ああもう……可愛いなあ……ったく。
俺はクレールになにも言わず、ただ彼女の頭を丁寧に撫でることで、答えを返した。
「……なあ、俺たち、もう喋っていい?」
「私を忘れないでくださいまし……シンさまぁ……」
「あ……」
カイザーたちが俺たちを見下ろしていた。
そういえば……こいつらもこの場にいたな。
…………うん。
こいつらもすぐ傍にいたのに……俺は好きだの可愛いだのなんだのと口走ったのか……。
うわぁ……ちょっと待って……なんか……すごい恥ずかしくなってきた……。
「ちょ、シン殿!? ど、どうしたのだ!? 何者かに精神攻撃でも貰ったか!?」
「ああ……特大級のを……貰っちまったぜ……」
いつぞやに似たような心配をされたのを思いだし、俺はそのときと同じ答えをクレールに返した。
こうして俺は、先ほどまでクレールが取っていたような体育座りの姿勢となって、膝に顔を埋めながら地面へゴロンと寝転がったのだった。