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Sランク冒険者

 新米冒険者たちとパーティーを組んでから3ヵ月あまりが経過した。

 俺たちはその間、順調そのものだった。


 まず、キィス、エマ、クーリ、リアナの4人はGランク冒険者からFランク冒険者に昇格した。

 あともう3ヵ月ほど費やせば、Eランクへ昇格することもできるだろう。

 そうなれば、キィスたちは誰から見ても一人前の冒険者だ。

 Eランクなら、冒険者ギルドで冷やかされることもない。


 また、キィスたちは実力のほうもメキメキとつけていった。

 これなら、そろそろミレイユ周辺の狩場ではないところを経験させてみてもいいんじゃないだろうか。


 そう思った俺は、みんなを引き連れて、ミレイユ近辺にある町の『スイーヤ』に足を運んだ。


「見た感じ、ミレイユより小さい町なんだな」


 スイーヤに入ってから少し歩いたところで、キィスが町を眺めながらそんなことを言った。


 確かに、ここはミレイユと比べると二回りほど小さい。

 特徴的な名産品があるわけでもなく、著名な人物が住んでいるわけでもない。

 凡庸な町並みがひたすら続くというような、ありふれた町の一つだ。


「ここはもともと、町と町の中間に休息を求めた行商人が集まって、自然に作られたという歴史がある。旅途中の休憩地点として機能すれば良いから、規模が小さくても不思議ではないんだ」


 と、そこでリオが町の由来を説明してくれた。

 そんな成り立ちだったのか、この町は。


「リオは物知りだな」

「! い、いえ! これしきのこと! 先生にお褒めいただけるほどの知識ではありませんよ!」

「そ、そうか」


 褒めてみると、リオは頬を赤く染め、両手をブンブンと振りだした。


 謙遜するのはいいんだが、いちいちリアクションが大きい。

 周りの人の迷惑になっちゃうだろ。

 あと頬を赤くするな。


「まあ、なんでもいいですわ。町の入り口で立ち話をし続けるのもなんですし、早く冒険者ギルドのほうへ行きませんこと?」

「……ああ、そうだな」


 そうしたやりとりをしつつ、俺たち6人は冒険者ギルド、スイーヤ支部へ向けて歩き出した。






 冒険者ギルド、スイーヤ支部。

 ここに来るのは久しぶりだ。


 スイーヤ自体はたまに立ち寄ることもあるけれど、すぐに次の町へ出発していた。

 なので、ここのギルドで顔見知りは、まずいない。

 例外はいるけどな。


「久しぶりだな、一之瀬。元気にしてたか?」


 例外の顔見知りこと、3年1組所属の地球人プレイヤーであるねこにゃんは、冒険者ギルド内で俺を見るなり挨拶をしてきた。


「俺は元気だ。そっちこそ元気にしてたか? 女性ばかりのパーティーだとかで、前に愚痴ってたが」

「……まあ、俺のほうも元気だったとだけ言っておこう」

「そうか」


 ねこにゃんはスイーヤで新米冒険者を育てていた。

 その新米冒険者が全員女性だということで、なかなか大変だったんじゃないかと心配していた。

 俺も自分以外が女性というパーティーを経験したことがあるからな。

 ねこにゃんの苦労は十分理解できる……と思う。


 ちなみに、ねこにゃんとはここで一度落ち合う予定で、昨日連絡を入れていた。

 だから俺たちはここで再会できた。


 別にこんなことをする必要もないんだが、まあ、折角同僚的な立場の人間と直接会う機会に恵まれたわけだからな。

 挨拶をしないわけにもいくまい。


「あらぁ? 可愛いボウヤねぇ」

「やだも~、私のタイプ~」


 俺たちが会話しているところに、女性のアース人が2人加わってきた。


「ねこにゃん、この人たちは?」

「俺が担当している新米冒険者たちだ……向こうで手を振っているのもそうだな」

「……なるほど」


 俺たちに近づいてきた2人のアース人の他に、冒険者ギルド内の奥に設置されている席から手を振る3人の女性からも視線を感じる。

 全員年上っぽく見えるな。


 冒険者になるには、最初からそれなりに戦えないと、やっていけない。

 だから、新米でも大人であるというパターンは多いだろう。


 また、小学生くらいの年で冒険者になったキィスたちは珍しい。

 というより、子どもが冒険者になろうとしたら、まず冒険者ギルド内の洗礼で心を折られる。

 もしくは、そのまま冒険者になってモンスターの餌になるか、だ。

 俺がいなかった場合、キィスたちは今頃どうなっていたのやら。


「ねぇボウヤ。今から私たちとイイコトしなぁい?」

「好みのタイプだから、いっぱいサービスしちゃう~」

「…………」


 ……にしても、この人たちはなんなんだ。

 俺を誘っているのだろうか。


 片方の女性は金髪のスレンダーな美女、もう片方の女性は茶髪のムチムチバインバインな美女だ。

 フェロモンムンムンなお姉様方で、つい誘いに乗ってしまいそうになる。

 ねこにゃんは今までこんなパーティーメンバーと行動を共にしていたのか。


「いや……でも俺は、そういう遊びはしませんので……」


 誘いに乗ってしまいそうになるものの、俺は鉄の意思で断りを入れた。


 ここでお姉様方についていったら、サクヤたちに申し訳が立たない。

 一夜の過ちなど犯してなるものか。


「あらぁ? そぉ? 残念ねぇ」


 金髪のお姉様が嘆息しながらそう言った。


 ええ残念ですね。

 だけど俺には好きな子がいますんで、諦めてくださいな。


「もしかして、君もねこちゃんと同類かしら~?」


 と、そこで茶髪のお姉様がそんなことを口にし始めた。


 ねこちゃんって、ねこにゃんのことか。

 そして、同類とはつまり……。


「やだもぉ、それなら益々欲しくなっちゃうわぁ。私、チェリーが大好物なのよぉ」

「…………」


 同類……チェリー……うん……まあ、そうなんだろう。

 ねこにゃんも赤面して顔を俯けてるし、十中八九、そうなんだろう。


 まあいい。

 なんとでも呼びやがれ。

 俺はそう思われても恥ずかしくなんてないぞ。ないんだぞ。本当だぞ。


「……すまんな、一之瀬。彼女たちは……その……こういう冗談を日常的に飛ばすんだ」

「へ、へえ……」


 それはそれは……なかなか大変そうだな。

 ねこにゃんは毎日こうしていじられ続けているのだとしたら、俺は涙を禁じ得ない。


「ごめんなさぁい。私たちは娼婦から転職したクチなのよぉ」

「だ・か・ら、私たちに任せておけば、最高の初体験を迎えられるかもしれないわよ~?」

「いや……だからホントいいですから……」


 経験豊富なお姉様方に手取り足取りしていただけるのなら素晴らしい一夜を過ごせそうではあるけど、それでも俺は誘いに乗らない。

 太ももとか胸元とかチラチラしても、俺は……ぜ、絶対に乗らないからな。


「不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です……」


 ……俺の背後からエマの小声が聞こえてきた。


 彼女はエッチなことに対して否定的なのかもしれない。

 でも、そうやってブツブツ言われると怖いからやめてほしいな。


「あらぁ、そっちの子も可愛いわねぇ」


 俺がエマに気を取られていると、金髪のお姉様はキィスのほうに歩み寄っていた。


「どぅ? ボウヤぁ? 私とイケナイお遊びでもしてみなぁい?」

「んー、いや、俺はいい。よく知らない大人にはついていくなって父ちゃんから言われてるからな!」

「あらぁ、またまたざんねぇん」


 凄いな。

 キィスはお姉様のフェロモンにまったく動じていない。

 これからは尊敬の念を持ってキィスさんとお呼びすべきか。


「それに、遊ぶならエマと遊ぶぜ、俺は」

「ふぇ!? き、キィス君……それは……ど、どういう……?」

「? どういうって、一緒に魚釣ったり絵とか描いたりあやとりしたり、よく村でやってただろ?」

「あ、ああ、そうよね、うん……そうよね……」


 ……フェロモンに動じていないというより、そもそもキィスは女性に興味がないようだ。

 精通とかもまだなのかもしれない。


 しかし、魚釣りや絵描きはともかくとして、あやとりか。

 多分、あまり激しい動きができないエマのためにキィスが合わせてるんだろう。


 ついでに、エマは耳年増っぽいな。

 今、キィスとどんな遊びをすると思っていたんだろうか。

 顔を真っ赤にしている彼女に訊いてみたいところだ。


 だが、それはちょっとイジワルか。

 話題を変えよう。


「ゴホン……それじゃあここで、パーティーメンバーの紹介でもしておくか」


 俺は咳払いを一つ行った後、ねこにゃんたちにキィスたちを紹介し始めた。






「そういえば、一之瀬はこんな話が出回っていることを知っているか?」


 お互いのパーティーメンバーを紹介し終えた俺とねこにゃんは、冒険者ギルド内にある飲食用の席に座って話をしていた。


 また、キィスたちはお姉様方と一緒に、冒険者ギルドが発行する依頼の書かれた張り紙を眺めている。

 冒険者にとって、良い依頼を受けられるかどうかは死活問題だ。

 掲示板付近にいるキィスたちの目も、本気そのものだ。


「こんな話って、どんな話だ?」


 俺はねこにゃんに問いかけつつ、キィスたちに向いていた視線をジョッキに注がれた果実ジュースのほうに移し、それを飲んでいく。

 町によっては珍しい飲み物だったり食べ物だったりがあるけど、スイーヤで出てくる物はミレイユの物とそう変わらない。


「最近、Sランク冒険者の率いるパーティーが冒険者ギルドを荒らしまわっているそうだ。しかも、そのパーティーはミレイユに向かって、町から町へと移動しているらしい」

「なんだそれ」


 Sランク冒険者が冒険者ギルドを荒らしている?

 意味がわからない。


 それに、ミレイユに向かって移動しているというのも意味不明だ。

 通常、実力のある冒険者はより強いモンスターと戦うため、次第にミレイユから遠ざかっていくものだというのに。

 ミレイユになにか用事でもあるのだろうか。


「そのパーティーって、アース人だよな?」


 地球人プレイヤーなら、わざわざ町から町へと渡りながらミレイユへ行く必要はない。

 ウルズの泉の前に立てば、俺たちはいつでもミレイユに転移することができるんだからな。

 ゆえに、そのSランク冒険者はアース人であるという推測が成り立つ。


「まあ、そうだ」


 どうやら、俺の予想は当たっていたようだ。

 でも、「まあ」とはなんなのだろうか。

 やけに歯切れの悪い言い方だ。


「……どうやら、本当に知らないようだな」

「?」


 ねこにゃんの言い方には、どこか含みがあるように感じる。

 一体なにが言いたいのだろうか。


「ついでに言うと、そのパーティーは3匹の龍を従えていたりするらしい」

「龍を?」

「ああ、移動に龍を使っているせいで、かなり目立つそうだぞ」


 そりゃそうだ。

 龍型のモンスターといえば、アースガルズの山奥にしか生息していない。

 しかも滅茶苦茶強いらしいから、この辺りに住む人間では太刀打ちできないだろう。


 龍型モンスターと戦ったことはない。

 けど、『龍化』が使える龍人族とは飽きるくらい戦った関係上、俺は龍の恐ろしさを十分理解しているつもりだ。

 そんな俺が『この付近で龍が出たらヤバい』と思うのだから、相当ヤバい。


「とある町では、Aランク冒険者が数十人規模で徒党を組み、3匹の龍を掃討しようとしたのだとか」

「結果は?」

「逃げられた。龍を従えたSランク冒険者率いるパーティーは、Aランク冒険者を軽くあしらって次の町へと向かっていったと聞く。ちなみに、そのAランク冒険者たちは全員無傷だ。そのせいで、冒険者ギルドに帰ると笑いものにされたようだがな」


 なかなか詳しいな。

 でも、Aランク冒険者たちがどうなったかとか、そんな情報まではいらないだろ。


 まあ、なんにせよだ。

 そのSランク冒険者っていうのには興味があるな。

 いつだって俺は、強そうな奴に出会えるのを望んでいる。

 Sランク冒険者なら、そうとうな実力者であるはずだ。


「いずれは俺も会ってみたいな。そいつらと」

「…………」

「?」


 ねこにゃんは俺を見て、口を一文字に結んでいる。

 俺、なにか変なことでも言っただろうか。


「……一之瀬は、そのSランク冒険者の名を知りたいか?」

「ん? そうだな、知りたい。知ってるなら教えてくれ」

「はぁ……いいだろう」


 ねこにゃんは軽くため息をつくと、俺の目をジッと見ながら言葉を紡ぐ。


「最近世間を騒がせている、そのSランク冒険者というのはな――」

「ヒュー! こんなところにガキがいやがるぜ!」


 そのとき、キィスたちのほうから野太い男の声が響いてきた。

 俺が目を向けると、そこには男冒険者たちに絡まれるキィスたちの姿があった。


 あいつら、また絡まれてるのか。

 恒例行事とはいえ、新しい町へ行くたびに絡まれるのだとしたら、すごいメンドウだな。

 特に、キィスたちはまだ子どもだからあんまり死んでほしくないと、冒険者ギルドの連中は思っているんだろう。

 不器用な優しさだな、まったく。


「うっせえやい! ガキはガキでも、俺たちはお前たちと同じ冒険者だぜ!」

「あなたにはこのカードが目に見えないんですの! Fランクですわよ! Fランク!」

「なんだぁ? ……てめえら、もう冒険者だったのかよ。でもまっ、Fランクじゃあ新人同然だ! 威張れるほどのもんじゃあねえな!」


 そいつらのやり取りは次第にエスカレートしていく。


 というか、キィスは前にも似たようなやり取りをしてただろ。

 売られた喧嘩は買う主義なのか。リオと喧嘩したときも買ってたし。


 それに、リアナも喧嘩っ早そうな性格をしている。

 2人も喧嘩を買うっていうんじゃ、周りの奴らも止めにくいだろうな。


 まあ、大事にはならないだろうから、俺たちは静観していよう。


「すまん、聞き逃した。Sランク冒険者がなんだって?」


 俺は、ねこにゃんとの会話を再開することにした。


 さっきまでSランク冒険者についての話していたんだったか。

 そう思った俺は、ねこにゃんのほうへと向き直って――。


「いつまでも俺たちがFランクだと思うなよ!」

「すぐEランクに上がってみせますわよ!」

「へえ! そいつは楽しみだなぁ! だがGからFに上がるのと、FからEに上がるのとじゃあ、難しさが全然――」



 ――突然、冒険者ギルドの入り口であるウェスタンドアが『バァン!!!』と開け放たれた。


 

「ふぅ……やれやれ。俺をのけ者にして騒いでいるのは、どこの――」

「フッハッハッハッハッ! 『死霊王』!!! クレール・ディス・カバリア!!!!! 只今見参!!!!!!!」

「…………」


 ……どこかで見たことのある仮面を被った男が冒険者ギルド内に入ってきた。

 そして、そいつを押しのけて、長らく行方をくらましていた……クレールが姿を現した。

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