お泊り会
キィスとリオを狩場から連れ帰った俺は、エマと合流した。
そして、怒るエマと一緒に、キィスたちを小一時間ほど説教したあと、フレイア家にやってきた。
説教が終わったあと、リオが俺たちに「パーティーメンバー全員で食事でもどうでしょう?」と誘ったためだ。
パーティーメンバー全員、ということで、孤児院に寄ってクーリも回収した。
彼女だけ除け者にするわけにはいかないからな。
これにより、俺、キィス、エマ、クーリ、リオが揃った状態で、フレイア家の邸宅にお邪魔した。
そこにはリアナの姿もあったため、これで俺たちのパーティーは全員そろったことになる。
俺たち6人は、執事さんが手配してくれた豪華な食事に舌鼓を打ちながら、仲間との親睦を深めた。
今日は色々あって人間関係的にギクシャクしてしまうんじゃないかと危惧したけど、リオの計らいによって、そんな不安も杞憂に終わった。
そうした食事会を行えただけでも十分だったんだが、その日はそれだけで済まなかった。
夕食を終えた俺たちは、時刻も遅いということで、フレイア家の邸宅にお泊りすることになった。
いわゆる、お泊り会ってやつだな。
「ここまでしてくれて、本当に良かったのか?」
「僕は一向に構いません!」
俺たちのお泊りを積極的に推奨したリオは、既に寝間着姿となっている。
寝る準備は万端といった様子だ。
まあ、リオだけでなく、俺やキィスも寝間着姿に着替えている最中なわけだが。
お風呂も貰っちゃったし、もはや後は寝るだけだ。
ちなみに、女性陣は別の部屋を使用している。
男女で分ける必要は、さすがにあるからな。
俺が今いる部屋は来客用らしい。
大きなベッドが3つあり、そこに俺、キィス、リオの3人が寝ることになる。
リオは自室があるらしいけど、今回は俺たちと一緒に寝るとのことだ。
「なんか……この服……めっちゃ高そうなんだけど、いいのか?」
キィスは自分の着た服を見ながら、申し訳なさそうな顔をしている。
俺はアイテムボックス内に着替えを常備しているが、キィスのほうはそうじゃない。
風呂に入った際に執事さんが俺たちの服をすべて洗濯しまったため、キィスはリオに服を借りるしかなかった。
いつもより上等そうな服を着ているせいか、キィスは及び腰だ。
「食事や風呂は遠慮なく取っていただろう。ここで遠慮する必要なんてない」
「へへ、そっか。あんがとな! リオ!」
最初の頃はソリが合わなそうだと思ったけど、キィスとリオは案外そこまで仲が悪くないようだ。
今日も2人で狩りをしに行ったわけだし、むしろ仲良しさんっぽくすら見える。
「それじゃあ寝るか。明日も早いし」
今日は本当なら休みの日だったんだが、なんやかんやあって、あまり休めなかった。
でも、明日は通常通り、朝からみんなと狩りに行く予定だ。
なので、あまり夜更かしはできない。
俺は真ん中のベッドにゴロンと寝ころんだ。
「うわー、シンにぃの腕って、すっげぇ固いなー。父ちゃんみてえだ」
「…………」
キィスが俺の二の腕に頭を乗せてきた。
おい、なにやってんだコラ。
「キィス、お前にはお前用のベッドがあるだろ。なに人のベッドに潜り込んでるんだ」
「えー、別にいいじゃん。俺、なにかを抱き枕にしないと寝つきが悪いんだよ」
……そういえば、こいつは毎日、エマと同じベッドで寝ていたんだっけか。
単純に金銭的な問題で1つのベッドを使っているんだと思ってたけど、キィスの寝つきを良くするためという理由もあったのか。
というか、キィスは毎晩、エマを抱き枕にしているのか。
それは……んー……まあ……家族みたいな間柄ならOK……かな?
このことについてアレコレ言うなら、一緒のベッドで寝ていることについてからツッコミを入れなきゃだし。
「キィス! なにをやっているんだ君は!」
リオがキィスに怒鳴った。
よしいいぞ。
もっと言ってやれ。
キィスの寝つきは悪くなるだろうが、やはり別のベッドを使ってもらいたい。
せっかく、人数分あるわけだしな。
「僕も混ぜろ! ずるいぞ!」
……リオはキィスと逆側にある俺の腕に頭を乗っけてきた。
おい、なにやってんだこいつら。
「やめんか! 暑苦しい!」
「うぉう!?」
「ぐえっ!?」
俺はキィスとリオを蹴り飛ばし、ベッドの上から落とした。
2人が女の子だったら両手に花とでもいう状況だった。
だけど、野郎2人に挟まれて腕枕するというのは、ただただ暑苦しいだけだった。
「ちゃんと自分のベッドを使え!」
「シンにぃのケチー」
「ケチじゃない!」
誰とでも気さくに接することができる点は、キィスの長所だ。
でも、度が過ぎれば短所になりかねない。
「いいか、キィス。男はそんな簡単にベタベタするもんじゃないんだ」
「でも俺……今まで1人で寝たことなんてないし……」
「なら、お前は1人で寝れるように練習しろ。これは命令だ」
「うー……」
俺がキツく命じると、キィスは唸り声を上げつつも、空いているベッドのなかに潜っていった。
よし、いい子だ。
まだ誰かに甘えたい年頃なのかもしれないけど、だからこそこうして躾けてやらないとだよな。
「それと、お前も残ってるベッドを使え、リオ」
俺は次に、リオへ向けてそう言った。
「むむむ……残念ですが、先生がそうおっしゃるのでしたらそうします」
残念ですがとか言うな。
男と一緒に寝たい趣味でもあるのかと勘ぐっちゃうだろうが。
キィスはただ単純に抱き枕代わりが欲しいだけみたいだが、リオが俺と寝たい理由はわけわからん。
「はぁ……それじゃあ、明かりを消すぞ。いいな?」
「いいぜ、シンにぃ」
「どうぞ、先生」
俺はキィスとリオの了承を得て、ランプに灯っていた明かりを消した。
すると、部屋の内部は真っ暗となった。
「んじゃ、おやすみ」
「おやすみだぜ」
「おやすみなさい」
そして就寝の挨拶を交わし、俺は目を閉じた。
「ん~……落ち着かねぇ……シンにぃ、やっぱそっち行っても――」
「ダメ」
「ぶー……」
部屋を暗くしてから数分しか経っていないというのに、キィスはもう音を上げていた。
こらえ性のない奴だな。
こういう場合、こらえ性と言っていいのかわかんないけど。
「どうしても抱き枕が必要ならリオのところに行け」
「ああ、わかったぜ、シンにぃ」
「ちょ、ちょっと待ってください先生! 僕は絶対抱き枕になんてなりませんよ!」
俺がキィスに別の抱き枕候補を提示すると、リオの慌てた声が部屋に響き渡った。
「イヤなのか? リオ」
「イヤに決まっています! 男に抱き枕扱いされたくありません!」
だったらお前はさっきどうして俺のベッドに潜り込んだんだ。
自分は抱き枕にされたくないけど、人を抱き枕にするのはオッケーってことか。
「リオがイヤだと言うならしょうがない。今日は我慢して1人で寝ろ、キィス」
「ちぇっ、わかったぜ。1人で寝ればいいんだろ1人で」
キィスは、若干スネたような口調になっている。
どうやら、機嫌を損ねてしまったようだ。
こんなことでスネるとか、子どもかっ。
あ、子どもか。
「……そういえば、キィスは今まで、誰かしらと一緒に寝てたんだよな?」
俺は顔に若干の苦笑を浮かばせながら、キィスにそんな質問をしていた。
「ああ、そうだぜ。最近はエマとだけど、ここに来る前は父ちゃんや母ちゃんと一緒に寝ることが多かったな」
「父ちゃんや母ちゃんとか……」
つまり、この町に来るまでは、エマと一緒に寝ることもなかったわけか。
そう考えると、毎晩キィスに抱きつかれてることになったエマの心情はどういったものか、ちょっと気になる。
家族的な気分でいるのか、まんざらでもないといった気分でいるのか、まあ、この辺りを詮索するのは野暮だな。
とはいえだ、一応エマとの関係を軽く訊くくらいはしてもいいだろう。
「ちなみに、エマとは村からの付き合いなんだよな?」
「俺とエマは赤ん坊だったころからの付き合いだぜ」
「そこからか」
大体察してはいたけど、キィスとエマはまごうことなき幼馴染の関係だったようだ。
「家が近所だったのか?」
「そーだな。家は隣同士だったぜ。しかも年が同じだったから、昔からよく一緒に遊んでた」
「なるほど」
そりゃ幼馴染にもなるわって環境だな。
俺にそういった幼馴染はいなかったから、ちょっとだけ羨ましい。
エマみたいな可愛いらしい子が幼馴染だったら大歓迎だったぞ。
「それで、キィスは冒険者になる道を選んだから、幼馴染のエマも一緒についてきたって感じか?」
幼馴染は進学する学校も同じ、というのは、ある意味お約束な展開だ。
キィスとエマも、そんなノリで冒険者になったのではないだろうか。
「あー……いや、ちょっと違うかな」
と思ったら、どうやら違ったようだ。
「父ちゃんと母ちゃんが冒険者を昔やってたから、俺は冒険者になるつもりだったんだけど、エマは違う。あいつは体が弱いからな」
「……そうだったな」
あまり気にしないよう努めていたから忘れていたけど、エマは病弱体質だった。
体が資本な冒険者稼業には不向きなハンデを背負っている。
そんな状態で積極的に冒険者となることを目指すはずがない、か。
前にも似たようなことを考えたことがあったというのに、俺の馬鹿野郎。
「俺たちの住む村って、結構貧しい村でさ。しかも、今年は作物のできが悪くて……エマの家も、体の悪い子どもを養う余裕はもうないってことになって……で、あいつも冒険者になったんだ」
「……そっか」
要するに、食い扶持を減らすため、エマは家族から見捨てられたというわけか。
やっぱり重い事情が隠れていたな。
「でも、俺はエマを見捨てられなかったんだよ。だから、必死になって説得した。エマを捨てないでやってくれって」
「……その結果がこれか」
「うん。まあ、俺もいずれは冒険者になる予定だったから、それが少し早まったってだけの話だぜ」
エマは家族から捨てられた。
そして、キィスはそんな彼女と一緒に村を出て、始まりの町『ミレイユ』へとやってきた。
つまりはこういう流れか。
「君たちにそんな過去があったなんて……」
今まで静かにしていたリオが、そこで声を出した。
もう寝たのかなとか思ってたけど、ちゃんと起きてたのか。
「ワリィな。こんなつまんねー話を聞かせちまって」
「いや、そんなことはない。我が家が管理する領地内の出来事なのだからな」
リオはキィスの村を気にしているのか。
領主の息子だから、民の情勢について鈍感ではいられないのだろう
「あー、でも、村での生活がつらかったわけじゃあないぜ! 楽しいこともいっぱいあったからな!」
少し湿っぽくなった空気を察してか、キィスは唐突に明るい口調でそう言いだした。
「例えばどんなことだ?」
「そーだなー、まず、父ちゃんはいつも狩りでヘトヘトになってたはずなのに、夕方はかかさず俺に剣の稽古をつけてくれた。で、暗くなるまで鍛練してた俺たちのところに、母ちゃんが怒りながらやってくるんだ。『早く家に入りなさい! ご飯冷めちゃうでしょ!』って言ってさ」
「仲の良い家族だったんだな」
「へへっ」
キィスの言葉に暗いところは一切ない。
貧しいながらも暖かな家庭で育ったんだろう。
「それに、俺にはエマっていう友達がいたし、エマの家族とも……最後は喧嘩別れしちゃったけど……昔は優しくしてくれたんだ」
喧嘩別れか。
まあ、それはしょうがないな。
やむをえない事情があったとはいえ、エマを捨てる選択肢を選んだんだから、キィスとソリが合わなくなったとしても不思議ではない。
「あ、あとシンにぃと同じ、地球人が村にいたこととかもあったぜ」
「そうなのか?」
「うん。俺がすっげー小さい頃、地球人が村にしばらく住みついたことがあったぜ。俺に言わせれば、なんもない村なんだけど、『調査の一環だ』、とかで」
キィスの小さいころって、今も十分小さいと思うんだが。
それはともかくとしてだ、おそらくその地球人は、俺たちより早くアースに来た調査員連中だろう。
「どんな奴だったんだ?」
「んー。実のところ、俺もよく覚えてない。その頃の俺は1才か2才くらいだったんだぜ?」
「よくそんな頃のことを覚えてたな……」
俺の一番古い記憶は幼稚園に入る前くらいだから、2、3才くらいだ。
キィスに負けたな。くそう。
「でも、語尾によく『だぜ』ってつけてる男がいたのは、なんとなく覚えてる。よく俺と遊んでくれてたからな」
「ほ、ほほー……」
語尾によく『だぜ』か。
俺の知り合いにも、それっぽい口調の奴がいるな。
「というか、もしかしてキィスの口調はアイツの影響だったりするのか?」
「あー、かもしれねえな。俺が剣の稽古を父ちゃんに頼んだのも、あの地球人がスッゲーかっこよく剣を振ってたのを覚えてたからだし」
「へ、へー」
うん。
ますます俺の知り合い説が濃厚になってきた。
地球人として最初の頃から調査員として動いてただろうし。
しかもアイツ、剣の扱いに関しては右に出る物などいないって感じだった。
キィスが惚れこんだとしても、不思議ではない。
「ほう……君の話を聞いていると、リアのことを連想するな、僕は」
と、そこでリオがリアナのことを口にした。
「どういうことだ?」
「我が家にも以前に地球人が泊まったことがあるんですよ。しかも、その方は『ですわ』という珍妙な語尾を付けていて、リアはそれを真似てしまったのです。『あのお方こそ、私が手本とすべき女性です! じゃなくて、ですわ!』」
「そ、そうなのか」
リアナの口調はまがい物だったんだな。
いや、コッテコテなお嬢様だなーとか思ったりはしたけどさ。
しかも、こっちの地球人にも心当たりがある。
あいつら、アース人にどれだけの影響力を及ぼしてんの。
まったくの別人かもしれないけどさ。
「どうかしましたか、先生」
「なんでもない……さて、そろそろお喋りも終わりにして寝るぞ。明日も朝早いんだから」
もうちょっと詳しく訊いてみたい内容ではあったが、俺はそこで話を切り上げることにした。
長話をし過ぎた。
もう寝ないと朝に起きられなくなる。
「……あと、最後に訊くが、キィスは今の剣王について、どれくらい知ってる?」
「? 今の剣王は地球人ってことくらいしか知らねーけど、それがどうかしたのか? シンにぃ」
「いや、なんでもない」
「???」
最後にキィスへ訊ねたのち、俺は目を瞑って寝る準備に入った。
キィスが剣王になることを望む以上、アイツとの出会いは必然になるだろう。
なら、俺がここでネタバレをかます必要もない。
お前もそう思うだろ? ケンゴ。
「剣王と言えば、確か名前はケンゴといいましたよね? 先生」
「えええええええええ!? マジで!?!? 俺が小さい頃に会った地球人の名前もケンゴなんだけど!?!?!?」
……ネタバレはリオによってなされた。
現実はロマンティックにはいかないものだということか……。
俺はそんなことを思いながら、意識を夢のなかに旅立させていった。