反省させる
俺はその日、地球人専用の宿屋でゆっくりしていた。
今日は休みなので、体を休めようと思ったためだ。
だが、俺の休日は午前で終了した。
「シンさん! ゲホッゲホッ……た……助けてください!」
そろそろ昼食を取ろうかと思っていた頃、俺のもとにエマが訪れた。
「キィス君とリオ君が……2人だけで狩りに行ってしまいました!」
「なんだと!」
彼女が来訪した理由。それは、俺にとって不測の事態――キィスがリオと2人だけで狩りをしに行った、ということを告げるためだった。
「あいつらはどこに行ったんだ! 話せ! エマ!」
「は、はい……キィス君たちは――」
俺はエマから情報を引き出したのち、キィスたちが向かったという狩場へと急いだ。
「おい……どういうことだ……!」
そして俺は、狼型モンスターに囲まれながらも蹲るキィスと、なんとか攻撃を誘導しようと奮闘しているリオを発見した。
どう見ても劣勢だ。
苦々しい気持ちが俺の胸の内をかき回す。
どうしてこんなことになってしまったんだ。
「あ……シンにぃ……」
キィスは俺を見て、気まずそうな表情を浮かべている。
だいぶ弱った様子だが、命に別状があるわけではなさそうだ。
しかし、このままではマズイ。
「邪魔だ! どけ!」
俺はキィスのもとにたどり着く。
そして、ダメージヒールを駆使して、周囲のモンスターを殲滅し始めた。
ここら一帯のモンスターでは俺の攻撃に耐えることなどできない。
数分たらずで、俺は周囲のモンスターを一掃することに成功した。
「……大丈夫か、キィス」
キィスの目の前に立った俺は、そう声をかけた。
本当は、「どうして2人だけで狩りをしに行った」と真っ先に訊ねたかった。
だが、キィスが右手を抱えて痛がる素振りをしていたため、俺はひとまず容体を把握することにした。
「だ、大丈夫……だぜ……こ、これくらい……」
「? ……ちょっと右手見せてみろ」
キィスの様子に違和感を抱いた。
なので俺は、キィスの右腕を強引に掴み、手のひらを注視する。
「…………」
「…………」
キィスの右手から……親指がなくなっていた。
なくなっていた、というより、取れてしまっていた。あるいは、もげてしまっていた、というのが正しい。
おそらく、さっきまでの戦闘による負傷だろう。
だから蹲っていたのか。
「き、君……そ、それ……」
リオが顔を青くしながらキィスに声をかけた。
多分、こいつも相当なショックを受けているのだろう。
「だから……大丈夫だって……これくらい……全然……」
「し、しかし……剣士にとって親指は……」
剣を力強く振るうためには、親指がどうしても必要だ。
親指がない剣士なんて、半分以下の力も出せるかわからない。
ハッキリ言って、致命的だ。
このままでは、今後の冒険者稼業に大きな支障をきたす。
「そ、そうだ……治癒院へ行こう……あそこなら部位欠損も治せる……」
リオは顔に大量の汗を掻きながらも、俺たちにそう提案した。
確かに、町の病院である治癒院になら、部位欠損を癒せる人間もいるだろう。
「行っても……治してくれないと思うぜ……」
だが、もちろんタダで癒してくれるわけではない。
怪我の程度にもよるが、部位欠損の場合、新米冒険者ではとても支払いきれない金額を請求されるはずだ。
借金などをできるわけもないので、キィスには絶対払えない。
「お……お金なら……僕が出す……」
と、そこでリオがそんなことを言いだした。
「今回……君が怪我を負ったのは……盾役である僕が不甲斐なかったせいだ……だから……」
……まあ、そういう見方もできなくはない。
リオだけではすべてのモンスターを引きつけられなかったのだから。
敵の数が多すぎたのが、一番の原因だが。
「……いや……でも俺は……そういう借りを……作りたくない」
キィスはリオの提案を突っぱねた。
おそらく、キィスはリオと対等でいたいのだろう。
対等でありたいからこそ、ここでリオの家の財力に頼るようなことはしたくない、ということか。
かつて、リアナがキィスに新しい装備を買おうかと言ったときも拒否していたから、もしかしたら今回も、という予感はあった。
しかし、だからといって、このままにしておくのは一番マズイ。
部位欠損を起こした場合、数日中に高位の回復魔法か回復薬をかければ、失った部位を蘇生させることができる。
だが、怪我を負ってから日が経過していくにつれ、治す難易度は上がっていく。
失った部位付近の体が、失った状態を正常だと判断してしまうせいなのだとか。
俺たちなら、それは最大HPが減少する、という形で観測できる。
最大HPが削れるのは厳しい。
削れたら削れただけ、死に近づくわけなのだから。
なので、そうならないよう、今ここで手を尽くすべきだろう。
……まあ、そういった事情とは別にして、俺はこういった空気が好きじゃない。
経緯がどうであれ、パーティーメンバーが大怪我したら、俺は元々こうするつもりだった。
「キィス。少しの間、これを首に着けろ」
「…………? これを……?」
「いいから、さっさとしろ」
俺は、自分の首に装着していた装備――死霊の首輪をキィスの首に着けた。
「この程度のことで思い悩むな――――『エクスヒール』」
そして、上位回復魔法の『エクスヒール』を唱えた。
黒い光がキィスの手に迸る。
キィスの親指が再生し始めた。
「え……?」
その光景を見て、キィスは驚きの声を小さく上げた。
無理もないか。
俺が回復魔法を使えるだなんて、こいつらには今まで伝えていなかったんだからな。
さすがに腕一本をまるまる再生するとかになると難しいけど、指の欠損程度なら、『エクスヒール』でも回復できる。
だから、実のところ、今回の一件はそこまで重く考える事態でもなかった。
キィスたちにとっては大事だっただろうけどな。
そんなことを思いながら、俺はキィスの右手が完治したのを確認する。
「親指、動かせるか?」
「あ、ああ……うん……動かせる……動かせるぜ! シンにぃ!」
「そうか、よかったな」
さっきまで失われていた親指が完璧に再生し、キィスは喜んでいる。
「で、でも……先生はどうやってキィスの指を治したのですか?」
キィスは喜んでいるが、リオは驚きのほうが勝っているようだ。
やっぱり、この辺りについては少し説明する必要があるか。
良い機会だから話しておこう。
「俺のジョブ……じゃなくて、天職は、実のところ僧侶なんだ」
「…………えぇ!? そ、僧侶!?」
「ま、マジで!」
俺が自分の天職を告げると、リオとキィスはビックリしたというような表情を浮かべて、大声を上げた。
「そんなに驚かなくてもいいだろ」
「いえいえいえいえ! 驚きますよ! だって、先生は今までずっと、盾役に徹していたじゃないですか!」
「俺も! シンにぃの天職は戦士かなってずっと思ってたぜ!」
どうやら2人とも、俺が盾役に適した天職だと思っていたっぽいな。
そのあたりについて勘違いさせてしまった原因は、俺の行動にあるわけだから、しょうがないか。
「じゃあ……変な挑発技能を使ってるなって思ってたけど、あれはなんだったんだ? さっき俺にかけてくれた光と同じものに見えたんだけど」
キィスは俺のダメージヒールに疑問を抱いたようだ。
今まで、俺の放つ黒い光は挑発技能だという認識だったが、ここにきて回復能力も備えていることが判明して、わけがわからなくなった、ていう感じか。
ダメージヒールは、狩りの最中にもよく使用していた。
そのため、黒い光の正体について、リアナやリオから時々訊ねられることもあった。
これについては、今回も、俺の回答は同じだ。
「……いずれ機会があったら話す。詮索しないでくれ」
「わ、わかったぜ」
ダメージヒールについて、俺は話さない。
なぜなら、それを不特定多数の人間に知られると、俺の弱点に勘づく奴も出てくる可能性があるからだ。
いくつかの弱点は克服できたが、俺は未だ、闇魔法と回復魔法に弱い。
その弱点だけは、できる限り広まらないよう努めるべきだろう。
「俺が僧侶だってことは、ここだけの話にしてくれるか?」
「え? は、はい。先生がそうおっしゃるのでしたら」
「よし。キィスも、そうしてくれるか?」
「いいぜ、シンにぃの頼みだからな!」
俺が僧侶だということについては、もうそこまで隠す必要もない。
けれど俺は、念には念を押して、ここだけの秘密にしてくれとキィスたちにお願いした。
「……そのかわりって言うのも虫がよすぎるんだけど、エマには俺が怪我したってこと、黙っていてくれねえか?」
「? まあ、俺は構わないが」
親指を失くすほどの怪我をしたという話をするなら、それをどうやって治したのかについても言及しなければならなくなる。
口止めされずとも、俺は喋る気なんてなかった。
「俺たちだけの秘密だぜ」
「僕たちだけの秘密……か。うん、なかなか良い響きだ」
リオはキィスの言葉に反応した。
こいつは秘密の共有みたいなことを嬉しがるタイプか。
どうでもいいわ、そんなん。
話題を買えよう。
「……そんなことより、お前たちはどうして2人だけで狩りをしたんだ。言え」
「う……」
「そ、それは……」
俺は、キィスたちを責めるように訊ねた。
何気に、これは看過できない事態だ。
今回は回復魔法で治せる程度の怪我で済んだが、下手をすれば2人とも死んでいた可能性だってある。
「……昨日、冒険者ギルドで変な奴に絡まれたろ? あいつの言ってたことは滅茶苦茶だったけど……俺たちがシンにぃに守られてるっていうのは……あの場では否定できなかったぜ。だから俺は……自分がもう一人前だってことを証明したかったんだ」
「……なるほどな」
どうやら、キィスは昨日のことを気にしていたようだ。
あんなのは、気にしなくてもいい、安い煽りの一種だというのに。
「で……リオは昨日、俺が狩りに行くって言ったら……付いてきてくれたんだ」
「何? そうなのか、リオ」
「え、ええ、はい……そうです」
「ああ……でも、リオはみんなと一緒に俺を止めてくれてたんだぜ? 『自主練をするのは良いことだが、先生の許可なく魔物と戦うのは危ない』って」
「……そうか」
宿屋でエマから聞いた話だと、昨日、キィスは俺以外のパーティーメンバーに、『自主練』を提案したらしい。
その際は却下されたみたいだが、しかしキィスは諦めず、1人ででも狩りをしにいく構えを取ったのだとか。
おそらく、今日になっても諦めないキィスを見たリオが折れて、2人で狩りをしようとする流れになった、というところだろう。
どういう流れにせよ、こうして町の外に出た以上、2人は同罪だ。
「今後、俺の許可なく狩りをするな。もしそれが守れないようなら、俺はこの仕事を下りる」
俺はキィスとリオの2人に向けて、そう宣言した。
これは嘘でもなんでもない。
もし、キィスたちが勝手に狩りを始め、万が一にも死んでしまったら、俺は激しく後悔することになるだろう。
なんだかんだで、俺はこいつらが気に入っている。
死なれてしまったら、とても悲しい。
だから、多少厳しいことを言ってでも、こいつらに死なれないよう躾けることにした。
「死にたがりの面倒なんて見きれない。死にたい奴は勝手に死ね。俺を煩わせるな」
「し、シンにぃ……」
「先生……」
俺が睨みを利かせると、キィスとリオは涙目になった。
そして、2人は俺に向けて、頭を深く下げてきた。
「ごめん……俺、これからはもう……こんなことしない……まだまだ半人前だった……」
「僕もです……だから……これからも僕たちの先生でいてください……」
……少し厳しく言いすぎただろうか。
2人とも、凄い涙声だ。
地面には涙の滴がポタポタと落ちている。
どうも俺は、2人をガチ泣かせさせてしまったようだ。
これは……うん、俺も言い過ぎたな。
「わ、わかってくれればそれでいい。聞き分けの良い教え子を持てて、俺は嬉しいぞ」
「し、シンにぃいいいぃぃぃ!」
「ぜんぜえええええぇぇぇ!」
「うおぅっ!?」
キィスとリオの肩にポンと手を置くと、2人は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、俺にひしっと抱きついてきた。
……鎧に鼻水が付いたりして、非常に汚い。
けどまあ……今回だけは許してやろう。
そうして俺は、泣きじゃくる2人をしばらく慰め続けたのだった。