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絡まれる

 最近、クーリの様子が変化した。

 大した変化というわけでもないのだが、細かいところが変わっていて、ちょっと気になる。


 一つ目は見た目の変化。

 ボサボサだった髪型が、今は少しだけ整えられている。

 と言っても、本当に少しだけだ。

 もとからクセッ毛なんだろう。


 二つ目は行動の変化。

 クーリは今までキィスを経由して俺たちと意思疎通を行っていたのだが、最近はエマかリアナのどちらかに耳打ちするようになった。

 時折、俺とキィスを見て難しい顔をするけど、その後すぐ女性陣と話をするのだ。

 これは、いったいどういう理由からなんだろうか。


 三つ目は、これも行動の変化だな。

 ただし、本当に些細な変化だし、俺の勘違いかもしれない。

 でも、もし俺の勘違いじゃなければ、クーリは最近、俺をよく見ている。

 そういう節があるのだが、俺がそれっぽい気配を感じてクーリを見ると、彼女はすぐにそっぽを向く。

 加えて、俺がジッと見続けると、せわしなく髪をいじりだしたり、顔を俯かせたりする。


「…………っ」


 本日の狩りを終え、帰り道を歩いている途中である今もそうだ。

 俺が振り向いた途端、クーリは慌てた様子で真横を見だした。


 顔を合わしてくれないというのは、つまり、俺は彼女に嫌われてしまったのだろうか。

 だとしたら残念だ。


「なあ、キィス」

「ん? なんだ、シンにぃ」


 俺は隣にいたキィスに話しかけた。


「お前、クーリが女の子だって知ってから、何か変わったこととかないか?」

「変わったこと? 特にはないぜ」

「そっか……」


 鈍感なのか、それとも大した変化じゃないと思っているのか。

 よくわからない。


 キィスたちは俺同様、クーリが女の子だということを知らなかった。

 森での一件があった翌日、全快したエマと、介抱していたキィスを交えて、その辺りの話をした。

 その際は、みんな凄く驚いていた。


 クーリが男の子にしか見えないから驚いた、というわけではない。

 髪を少しだけ整えたクーリは、女物の服さえ着れば、可愛らしい女の子として見ることができる。

 というより、意識して見ると、かなり可愛い部類に入るんじゃないだろうか。


 ……容姿についての話は置いておくとして、とにかくキィスたちも驚いていた。

 全員、クーリの野暮ったい格好に惑わされていたようだ。


 これについては、内心でホッとしている。

 俺だけクーリが女の子だと知らなかった、なんてことになれば、とんでもなく失礼だったからな。


 ついでに言うと、早川先生たちも勘違いしていたようだ。

 冒険者ギルドで登録した情報をもとにして、俺宛ての資料を作成したらしいが、どうやら登録情報のほうに不備があったらしい。

 ギルドの職員が、クーリの服装を見て男だと勘違いしてしまった、という線が濃厚だ。

 性別についてはどうでもいいと思っていたんだろう。

 実際、どうでもいいし。


 ただ、早川先生は適当な情報を俺に渡してしまったことに対して、物凄く落ち込んでいた。

 しかも、地下迷宮の呪いの件についても、彼女はマーニャンから聞かされたらしい。

 それらのことについて、俺は早川先生に深く謝られてしまった。

 ガチで謝られても反応に困る。

 こっちの話もどうでもいい。


「ふぅ、やっと戻ってこれたぜ!」


 そんなこんなを考えているうちに、俺たちは冒険者ギルドへとたどり着いた。


 ここへは、狩りで得た戦利品の換金を行うために来た。

 いつも通りの作業だ。


 しかし、今日は少しだけ違った。


「……お? なんだなんだぁ? ここのギルドじゃ、こんなガキでも冒険者稼業が勤まんのかぁ?」


 冒険者ギルドの建物に入ると、俺たちは見知らぬ男に絡まれた。


 人の顔を覚えるのは得意なほうじゃないけど、冒険者ギルドにいる連中くらいは俺も覚えた。

 足しげく通っている場所だからな。


 でも、目の前にいる男は初めて見る。

 他所から来た冒険者だろうか。


「『ミレイユ』の冒険者は楽でいいよなぁ! 魔物もザコしか出てこねえしよぉ! ぎゃはははは!」


 ……多分、そうなんだろうな。

 今日は建物内の空気がいつもよりピリピリしている。

 こいつは冒険者ギルドの恒例行事じゃなくて、ただ単にマナーの悪い冒険者なのだろう。


「……あ? お前、もしかして地球人か?」


 男は俺と目を合わせてきた。

 ここは軽くスルーしてもいいんだが、答えるだけ答えておこう。


「ああ、そうだが?」

「へー。だが、他の5人はそうじゃなさそうだな……もしかして、お前らも養殖してんのか」

「……お前らも?」


 養殖という言葉も引っかかるが、それ以上に『お前らも』という言い回しに、俺は何かしらの含みを感じた。


「『スイーヤ』でもお前らみたいなのがいたからな。地球人の野郎が女の冒険者にキャーキャー言われてよ。あれもお前らと同類だろ?」

「…………」


 『スイーヤ』といえば、『ミレイユ』の近くにある町の名だ。

 そこには確か、ねこにゃんがいたはずだ。


 女性の新米冒険者を育てているという話を聞いたことがあるし、男の言う『地球人の野郎』とは、まず間違いなくねこにゃんのことだろう。


 あの先輩はキャーキャー言われてるのか。

 まあ、男の俺から見てもルックスは良さそうだと感じるし、女性からモテても不思議ではないな。


「おい、何シカトしてんだよ。ぶっ殺すぞ」


 俺が黙ったままでいると、男はガンを飛ばしてきた。

 別にシカトしてたわけじゃないんだが……沸点の低い奴だな。


「……多分、その『地球人の野郎』というのは俺の知り合いだ。でも、それがどうした」


 ねこにゃんが女性からモテていたから、どうしたというんだ。

 ハッキリ言って、どうでもよすぎる。


「目障りなんだよ。人の職場を荒らしやがって」

「荒らしただと? 俺たちは新米冒険者を育てているが、お前の邪魔になるようなことはしていないはずだぞ」


 荒らし認定されるようなことをした覚えなど、俺にはない。

 言いがかりもいいところだ。


「直接の邪魔はしてなくても、いずれ邪魔になるんだよ。地球人は養殖が忌み嫌われてるってことを知らねえのか?」

「それは知っている」


 俺たちにとって『養殖』とは、すなわちパワーレべリングのことだ。

 それを口にしたということはつまり、この男は地球人が新米冒険者を安易な手段で強くしている、と思っているのだろう。


 だとしたら、それは大きな誤りだな。


「俺たちは養殖なんてしてないぜ! 馬鹿にすんな!」


 キィスが男に向けて怒鳴った。

 こいつは養殖否定派みたいだから、こんな反応をするのも頷ける。


「だが、お前らはそこにいる地球人に手助けしてもらってんだろ?」

「そ、そうだけど……それがどうしたってんだよ!」

「手助けしてもらってんなら、それはもう養殖認定していいんじゃねぇの? 地球人に保護されながらの狩りなんて、ヌルすぎるだろ」

「う……」


 男の言葉を受け、キィスは歯を噛みしめた。

 多分、男の言葉にも一理あると思ったんだろう。


「キィス、聞く耳持つな」

「で、でも……」

「これは命令だ」


 地球人監修のもとでの狩りがヌルいと称されても、否定はできない。

 本来、狩りとは命がけの仕事なのだから。


 セーフティーネットが十分に敷かれている環境での狩りなど、緊張感の欠片もない。

 そして、緊張感がなければ、いつか取り返しのつかない事故を引き起こす。


 とはいえ、今はまだ戦闘に慣れる時期だ。

 ガチガチの状態より、多少はリラックスできる状態のほうが、良い結果となるだろう。


「へっ、地球人様に守られて、楽しい楽しい冒険者ライフを送ってますってか。良いご身分だな、ガキ」

「! お前! もういっぺん言ってみやがれ! ぶっとばしてやる!」


 男の挑発に乗ったキィスは怒鳴り声を上げた。


 聞く耳持つなって言ったのに。

 キィスには後で厳しく言う必要があるな。


「なんだなんだぁ? もしかして、図星突かれちまったか?」

「ず、図星なんて突かれてねーぜ!」

「んなこと言わずに認めちまえよ。『僕たちは地球人様に守られなきゃ狩りもできない臆病者で~す』ってな!」


 ……にしても、この男は俺たちに何か恨みでもあるのか。

 いい加減にしないと、俺も怒るぞ。


「おい、お前、そろそろその辺に――」

「フン! 成熟した男が子どもを苛めて悦に浸るほど、見苦しいものはないな!」


 俺が男に声をかけようとしたそのとき、リオが大きく鼻を鳴らしながら前に出た。


「ああ? なんだお前。ガキのクセに上等そうな装備しやがって」

「そ、装備は今の話に関係ないだろ!」

「うるせえな。どいつもこいつも目障りなんだよ」


 うん。

 やっぱりこの男は何かを根に持っている。

 じゃないと、ここまで粘着する理由が思いつかない。


 でも、こいつとは今日初めて会った。

 多分それは、キィスたちも同様だろう。


 とすると、本当に根に持っている相手はねこにゃんあたりか。

 どういったことがあったとか、その辺りは推測するしかないけど……。


「お前、スイーヤで、俺たちみたいな奴らにぶちのめされたクチか」

「!!」


 男は、俺の言葉に大きく反応した。


 どうやら当たりのようだな。

 おおかた、こいつはスイーヤでねこにゃんに絡んだんだろう。

 それで、返り討ちにあったから、ほとぼりが冷めるまで町を離れることにした、と。


 この男がスイーヤからミレイユに来た理由は、そんなとこか。


「どういう事情かは知らないが、その鬱憤を俺たちに向けるな」


 俺たちに悪意を向けるのは、見当違いもいいとこだ。

 そう思った俺は、男に対して睨みを利かし、リオたちの前に立った。


「……スイーヤの奴と同じこと言ってんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」


 すると、男は突然俺に殴りかかってきた。

 だが、俺は目の前までやってきた拳を避け、流れ作業のごとく男の手首を掴んで投げ飛ばした。


「がはぁっ!?」


 床に叩きつけられた男は、口から苦悶の声を吐いた。


 俺のSTRは0だが、これくらいのことはできる。

 攻撃なんて、『クロス』を手に持っていない限りは滅多にしないけどな。


「セバス! この者の頭を少し冷やしてやれ!」

「かしこまりました、お坊ちゃま」


 いつの間に来たのか、リオたちの家の執事さんが傍にいた。

 執事さんはリオの命令で、男を肩に担ぎだした。


 神出鬼没な人だ。

 多分、リアナとリオを迎えに来たんだろうけど、少し驚いたぞ。


「さあ、私めが冒険者とは何かについて、みっちりたたき込んで差し上げましょう。これでも私、Aランク冒険者の資格も保有しておりますので」

「や、やめろジジイ!」

「ジジイではありません。執事です」

「ひぎぃ!?」


 執事さんは男の尻を思いっきりつねりつつ、俺たちに軽くウインクをして冒険者ギルドを去った。

 一緒に連れていかれた男がどうなるのかは知らないけど、あの執事さんに任せておけば大丈夫だろう。


 というか、あの執事さんも冒険者だったのか。

 しかもAランクとは、やはり只者ではないな。


「まあ、なにはともあれだ。さっさと換金を済ませよう」


 俺は執事さんの底しれなさに思いをはせながらも、狩りの成果を冒険者ギルドに伝えるべく歩き出した。


「……俺だって、シンにぃがいなくても十分戦える」


 背後でキィスが何かを呟いていたが、俺はそれを聞きとることができなかった。

 そうしたことがありながらも、俺たちは今日の活動を終えた。


 ちなみに、明日はお休みだ。

 俺も体をゆっくり休めよう。


 俺は、そんなお気楽調子で換金を済ませ、みんなと別れて宿へと戻った。

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