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つるつる

 孤児院で軽く食事を挟んだ俺たちは、ムルトの森にやってきた。


 ムルトの森といえば、俺たちがパーティーとして初めて行ったクエスト『薬草採取』にて、入口付近まで来たことがあるところだ。

 今日は狩りをするため、入り口の先まで足を運ぶ予定となっている。



「そこまで迷うような森じゃないが、はぐれないよう気をつけるんだぞ」

「…………」

「わかりましたわ」

「ここは僕も昔よく来たことがあるので、余裕ですよ、先生!」

「私めも同行しておりますゆえ、何も問題ございません」


 クーリとリアナは素直に頷く。また、リオと執事さんは余裕シャクシャクな様子さえ見せている。

 リオの能力は俺たちでいうところのレベル30くらいで、執事さんは60くらいだから(リアナの家に行った時に軽く手合せしたら、思いのほか強くてビビった)、こういう反応をするのも当然か。

 この森の難易度は優しいからな。


 でも、絶対に安全というわけでもない。


「一応言っておくが、油断はするなよ。敵は魔物だけというわけじゃないんだからな」

「野盗が現れても僕たちなら簡単に追い払えますよ!」

「だから、そういう気持ちが油断につながるんだ――こんな風にな」


 俺は異能アビリティを使って、イマイチ緊張感のないリオに一瞬で近づく。

 そして、リオの首元に指を添えた。


「今のでお前は一回死んだ。次からは常に気を張っていろ」


 これはキィスにもしている訓練だ。

 気を張っていれば、ギリギリかわせる速度で行っている。


「ぼ、僕との間合いを一瞬で潰すなんて……やっぱり流石です! 先生!」

「あー……はいはい」


 軽く脅したつもりだったんだが、リオはどうにも緊張感の足らない様子が続いているな。

 人を見て目を輝かせるより、自分の周りをよく観察して、何も問題がないかを確認してほしい所だ。


 そう思いながら俺は、デカいミミズっぽいモンスター、『ラージワーム』がウネウネと蠢きながら近づいてくるのを視界に収めた。


「ほら、魔物がすぐ傍まで来てるぞ。早く注意を向けさせろ」

「おっと……わかりました。『シャウト』!」


 俺が指示を飛ばすと、リオはスキル(アース人的に言うと”技能”だな)を使用して魔物を引き寄せ始めた。






「やはり、僕たちの手にかかれば、こんな森で出てくる魔物など余裕ですね!」


 戦闘を難なく終えたところで、リオは笑顔を浮かべた。


 俺と執事さんはただ見守っているだけで、実際に戦ったのはクーリ、リアナ、リオの3人だけだった。

 それでも、簡単にモンスターを倒すことができた。


 敵が弱い部類のモンスターだったというのもあるが、やはりリオがそこそこ強い部類に入るというのが大きいな。

 実際に攻撃を加えていたのはクーリとリアナの2人のみで、殲滅速度はいつもより低い。

 しかし、リオがタンクとして安定しているため、危険な面がない。


 俺としては、もうちょっと苦戦してくれたほうが後々役に立つ経験が積めて良いと思う。

 だが、まあクーリとリアナは戦いの空気に馴染ませる時期であるから、今はこんなもんでいいだろう。


「流石でございます、お坊ちゃま」

「これも先生の教えがあってこそだ!」

「ええ、そうでございますね」


 執事さんはリオを微笑ましいといった表情で見ている。

 若干おちゃめな執事さんだが、こういったやり取りを見る限りでは、なかなか良い主従関係を構築しているようだ。

 リオが雇っているわけじゃないだろうけど。


「俺の教えがあってこそなら、いつまでも油断した姿を見せるな。敵は俺たちの隙を狙って襲撃してくるんだから」

「う……は、はい」


 またも俺は、リオの首筋に触れた。

 ちなみに、この訓練で3回俺に首元を触られると、帰りに持つ荷物が倍加するとう罰ゲームが待っている。


 リオはもうツーアウトだ。

 後がないぞ、頑張れ。


「…………」

「……? どうした、クーリ」


 リオから視線を外して右を向くと、そこには、やけにソワソワした様子のクーリが立っていた。


 足を内股にして、顔を若干赤らめている。

 これは一体どういう状態だ。


「言いたいことがあるなら聞くぞ。ほら」


 とりあえず、俺はいつもキィスがしているように、クーリに近づいて耳を傾けた。

 今回はちゃんと気を引き締めている。


「…………おしっこ……もれちゃう」

「そ、そうか。じゃあ俺たちはここで待ってるから、行ってこい」


 気を引き締めていたつもりだったんだが、やっぱり耳元で囁かれるのはこそばゆい。


 いかんいかん。

 相手は男だ。

 変な反応をしてはいけない。


 そんなことを思いながら、俺はクーリが小走りで森の奥に入るのを見ていた。


「クーリはなんて言っていましたの?」

「トイレだってさ」

「あら、そうでしたのね」


 リアナが問いかけてきたので、俺は気分を入れ替えつつ、何気ない風を装ってそれに答えた。


 今日はキィスがいないから、トイレに行きたいと伝えられず、クーリはずっと我慢していたのだろう。

 もうちょっと早くに気づいてあげられれば良かったな。


「でも、クーリ1人を森の奥に行かせて、問題ありませんの?」

「……そういえば、そうだな」


 森のなかは見晴らしがよくない。

 小便をしている最中に死角からモンスターに襲われる、なんてこともありうる。

 そこまではちょっと気が回らなかったな。


「俺も用を足しにいくか……執事さん、少しの間、リアナとリオを頼めるか?」

「はい、承りました」

「ありがとう」


 下半身のほうに意識を向けると、少し尿意を感じた。

 なので、ここは1つ、クーリを追って一緒に立ちションしよう。


 俺はリアナたちとその場で別れ、クーリが向かった方角へと走っていった。


「おーい、クーリー」

「…………」


 クーリは思いのほか遠くまで進んでいた。

 ただ立ちションをするのに、ここまで俺たちと離れる必要はないと思えるほどの距離だ。


 しかし、俺は無事、クーリと合流できた。


「? 何を見ているんだ?」

「…………」


 クーリは自分の進む先を見ていた。

 なので、俺もその方向に目をやる。


 そこには崖があった。


「……こんなところに崖か。危ないなぁ」


 森のなかにこんなところがあったとは、俺も知らなかった。


 下を覗き見た感じ、そこまで深い崖というわけでもなさそうだ。

 でも、森のなかを急いで移動していたら、つい転落して大けがを負ってしまいそうなくらいには危険な場所だった。


「っと、そんなことはどうでもいいか。クーリ、リアナたちが待ってるから、手早く用を済ませるぞ」

「…………!」


 崖を見ると、なんとなく下に向かって小便をしたくなる。

 俺は崖の端に立ってズボンを下ろし、ジョロジョロと黄色い液体を排泄し始めた。


「ん? どうした。お前はしないのか?」


 クーリは俺が小便する様子を見て、目を丸くしている。


 なんか、驚いてるって感じの目だ。

 手をモジモジさせて顔も赤くしてるし、一体どうしたんだ。


「早くしないとリアナたちに怒られるぞ……って!?」

「…………!?」


 崖のすぐ傍で、クーリは俺を見ながら足をふらつかせた。



 その直後、クーリの立っていた地面が崩れ始め、体が崖のほうへとゆっくり傾いていく。



「ちょ、ちょっま……くっ!」


 驚いた俺は咄嗟に排泄を中断し、クーリに向けて手を伸ばした。

 だが、ズボンをきちんと穿いていなかったせいで、思わずそこに倒れ込む。


「う、うおおおおおおおおおお!!!」


 けれど、そこで俺は異能アビリティを発動させて速攻の立て直しを行う。

 それと同時に、クーリのほうへと思いっきり駆けだした。


 もう普通に手を伸ばすのでは間に合わない。

 俺はそう判断して、崖のなかに飛び込んでいた。


「クーリ!」

「…………!」


 そして、俺は空中でクーリをキャッチして抱きかかえた。


 こうなったら、このまま崖下まで落ちるしかない。

 そこまで深くはないから、俺のVITの高さなら十分耐えられる……!


「ぐっ……!」


 空中で体勢を整えた俺は、クーリを腕に抱えたままの状態で地面に着地した。

 多少足に痺れはあるが、それ以外は特に問題もなさそうだ。


「……ふぅ……大丈夫か、クーリ」


 俺は軽く一呼吸入れた後、クーリに問いかけた。


「……ぐす」

「…………あー、大丈夫じゃ……なさそうだな」


 クーリに怪我はない。

 怪我はないのだが……さっきまで我慢していたであろう尿意に負けて、ズボンをビショビショにさせてしまっていた。


 まあ、今のは怖かっただろうからな。

 お漏らししてしまっても、しょうがないか。


「ほら、泣くな、クーリ。サイズは合わないだろうけど、俺のズボンを貸してやるから」


 涙を目に浮かばせるクーリを地面に立たせ、俺はアイテムボックスから予備のズボンを取り出した。


 この服も刻印が刻まれている装備品だ。

 サイズ変更も多少なら自動で調節してくれる。

 とはいえ、さすがに俺のズボンだとクーリには大きすぎる。

 サイズ調整も気休め程度にしかならないだろう。


 でも、ベルトをきつく締めて裾を上げれば、着られないことはないはずだ。

 町に戻るまでは、これで我慢してもらおう。


「ほら、手伝ってやる」

「…………!?」


 その場にしゃがみこんだ俺は、クーリのズボンに手をかける。

 本当は自分でやってもらいたいんだが、こういうときは、ひたすら優しく接するべきかと思っての行動だった。


 俺も小学生くらいのころ、お漏らしをして泣いたことがある。

 なので俺はクーリを笑わず、よくあることだといった様子で、手早く着替えさせようとした。


 ……しかし、そんな行動は、もしかしたら間違いだったのかもしれない。


 俺はクーリのズボンを勢いよく下げた。


「…………」

「…………」


 俺とクーリは硬直した。

 クーリのほうは何を思ってなのか知らないけれど、俺が硬直した理由は明々白々だった。


 そりゃあ……そうだろう。

 だって……位置的に、俺の目の前にあるだったはずの、クーリの男のシンボルが……なかったのだから。


「……え? あれ? なんで? なんでつるつる? え? え? ……ええぇぇ?」

「…………」


 ちん○んがない。ちん○んがない。

 クーリのちん○んはどこにいった。

 崖の上にでも置いてきたか。


 ……いやいやいや、ちょっと落ち着け、俺。

 ただ単に俺が見落としているだけかもしれない。


 そうだ。女の子ごっこをしてるんだ。

 クーリは自分のちん○んを股に挟んで隠しているんだ。

 うん、そうに違いない。


「はははー……クーリってば、案外お茶目さんだなー……」


 そう思った俺は、そろりそろりとクーリの太ももを両手でつかんで、ゆっくりと股を開かせた。


「………………ひぅ」


 ……やっぱりなかった。


「あ、あれー……ど、どういうことかなー……?」


 俺は混乱していた。


 確か、クーリは男の子だったはずだ。

 今まで確認したことはなかったけど、男の子だと認識していた。

 早川先生から貰った資料にも、クーリが男子であると明記されていたはずだ。


 そもそも、クーリの来ている服は男性用だ。

 男性用の服を着用しているのだから、男でなくちゃおかしいだろ。


「…………っ……ぅ……」


 そんなことを必死に考えていると、クーリは顔を紅潮させて大粒の涙を流し始めた。


 まずい。

 これはまずいぞ。

 何がどうまずいのかよくわからないが、このままだと非常にまずい。

 どうすればいい、どうすればいいんだ。


 待て……焦るな俺。

 リラックスしよう……リラックス……リラックス……。


 ……よし。

 まず、この状況を冷静に分析しよう。


 とりあえずわかったことは、クーリは多分男の子じゃないってことだ。

 股に何も生えていないところを見るに、そうとしか考えられない。


 じゃあ、男の子じゃなければ何なのだというと……つまりは女の子というわけか。

 うん、冷静だ。冷静な分析能力だ。冴えてるぞ、俺。


 では次だ。

 俺の目の前にいるクーリは、男の子ではなく女の子だったということになる。

 どこでどう情報がこんがらがったのかよくわからないけど、とりあえずそれは確定だ。


 そして、俺はクーリに股を開かせている。


 ……どう見てもアウトだ。


「……ごめんなさい」

「…………」


 俺はクーリの太ももから手を離し、土下座をしながら謝っていた。


 相手は小学校くらいの子だ。

 けれど、だからといって家族でもなんでもない男の俺が、クーリの股を見たり開かせたりするのは完璧アウトだろう。

 地球でこんなことしたら、事案として警察のお世話になりかねない。


 いつぞやに、全裸で気絶しているガルディアに首輪を付けようとしたことがあったけど、今回はそれ以上だ。

 クーリは泣いてるし、どう見ても言い逃れはできない。


「…………」


 俺が頭を下げ続けていると、クーリは何も言わず、布で股を拭いてズボンを履き替えた。

 音でしか判断できないものの、そういう音が森のなかに響いていた。


「…………」

「…………」


 そして、クーリは着替えを済ませたのか、無言のまま俺に近づいてきた。


 この子は今、どんな顔をしているのだろう。

 憤怒の顔か、悲しみの顔か。


 やばい。こわい。

 地下迷宮のレイドボス戦でも、こんなに怖いと思ったことはないかもしれない。


 俺はクーリに頭を足で踏みつけられて唾を吐きかけられるくらいの覚悟をしながら、土下座をし続けた。


「…………」


 すると、クーリは俺の肩に手を置いてきた。


 なんだ。

 もしかして、ヘッドバッドでもするつもりか。

 そうだとしたら、VITの関係で、むしろクーリが痛い目に遭うかもしれない。

 どうする、止めさせるか。


 俺はそんなことを考えながら、そのままの体勢を維持し続けた。


「…………えっち」

「…………………………」


 だが、クーリは俺に何も危害を加えることなく、ただ耳元でそっと「えっち」と呟くだけだった。

 俺が顔を上げたときに見たクーリは、赤く染まった頬をプゥっと膨らませていた。


 えっち、て。

 あれか、俺がえっちだということか。


 これがクーリ風の罵り方か。

 随分と可愛らしい罵り方だ。


 しかし、クーリが俺にするのはそれだけで、踏みつけることも唾を吐きかけることもしてこない。

 これは……つまり……。


「え、えっと……許してくれるの……か?」

「…………」


 顔を上げて俺が問いかけると、クーリは紅潮した顔のまま、コクリと首を縦に振った。


 どうやら……俺は許されたようだ。


「な、なら、みんなと合流するか……少し迂回することになるけど……少し歩けば崖上の場所まで戻れるだろ……」

「…………」


 俺は恐る恐るといった声音で提案し、クーリは先ほどと同じジェスチャーをして同意した。


 そうして、俺とクーリは森のなかを歩き始めた。

 十数分後、リアナたちと無事に合流できた俺たちは「遅いですわよ! 何をしていたんですの!」と怒られてしまった。


 「いや、何をしていたんですのと聞かれてもな……」という心境だった俺は、クーリと一緒にリアナの説教をしばらく聞き続けることになったのだった。

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