孤児院
翌日、俺は新米冒険者たちの様子を見るため、それぞれの住んでいる場所へと赴いた。
普段は冒険者ギルド前で待ち合わせをするんだが、昨日はそのあたりを決めていなかった。
そういう場合は、俺が直接出向くということにしている。
みんなの調子を見る必要もあったから、メンドウなどとは言っていられない。
一軒目は、リアナとリオが住む貴族街。
俺がフレイア家を訪ねると、元気そうな様子の2人と出会えた。
マーニャンの言うとおり、地下迷宮の呪いの効果もなくなったようだな。
しかも、そこからは執事さんが馬車を出してくれたので、移動が楽チンになった。
ありがたい。
馬車に揺られながら次に向かったのは、町内にある安宿だ。
ここにはキィスとエマが宿泊している。
リアナとリオは大丈夫だったようだが、キィスとエマのほうは少し問題が生じていた。
「わりい、シンにぃ。今日は俺とエマ抜きで狩りに行ってくれ」
キィスとエマに会うことはできた。
だが、エマのほうはベッドに横たわったままの状態だった。
「……昨日からこんな調子なのか?」
「まあ、そうなんだけど……もともと疲れが溜まってたみたいだし、シンにぃが気にすることはねーぜ」
エマは病弱体質だ。
冒険者としての活動を行うのも負担が大きかったろうし、昨日の一件で体調に止めを刺されてしまったんだろう。
一応キィスは気にするなと言ってくれているが、こうなってしまった原因は俺にあるのだから、気にせずにはいられない。
とはいえ、2人は俺に何かをしてもらいたいとか、そういうことは言わないだろう。
ならば、ここで無理にアレコレ手を焼くのは、俺の自己満足でしかない。
でも、ヒールくらいはかけてやるべきか?
俺が僧侶職だっていうのは、絶対に秘密というわけじゃないし。
「気休め程度の効果しか見込めないけれど、回復魔法を唱えてさし上げますわ。『ヒール』」
「……ぁ……、ありがとう……リアナさん……」
「こ、これくらいは当然ですわ!」
と思っていたら、リアナがエマにヒールをかけた。
すると、エマの表情が若干和らいでいった。
先を越されたな。
エマは別に怪我をしたというわけじゃないから、ヒールをしても症状に変化はない。
けれど、気持ちを安らげる効果くらいならある。
ちなみに、この場にリオはいない。
あいつは外で執事さんと一緒に待機している。
大勢で宿のなかに押しかけても迷惑になるからな。
「ゴホッゴホッ……ごめんね……キィス君……ベッド……独り占めしちゃって……」
「そんなこと気にすんなって。俺は床で寝ても全然問題ねーぜ!」
……この2人はいつも同じベッドで寝てるのか。
ちょっと驚いたな。
まあ、そうしている理由は、決してイチャラブ的なものではないということくらい、俺にもわかる。
キィスたちが泊まっているこの宿は、かなり安い代金で利用することができるため、根無し草の新米冒険者にとってはありがたい施設だ。
しかし、やはり値段相応と言うべきか、宿としては質が悪い。
エマが寝ているベッドは固そうだし、シーツもシミだらけで、場所によってはカビすら生えている。
もちろん、個室などではなく、相部屋だ。
見たところ、この部屋には10人分のベッドがある。
どれも寝心地は悪そうだな。
「……俺たちって、結構恵まれてたんだな」
この宿と地球人専用の宿舎を比べると、天と地ほどの差があるようだ。
相部屋という点はそう変わらないものの、俺たちはいつでも清潔なシーツとフカフカのベッドを使わせてもらっている。
睡眠の質は段違いとなるだろう。
おまけに、俺たちの使う宿舎のなかにいる人間は身元が全員しっかりしているため、変なイザコザも起こりにくい。
少なくとも、隣のベッドにどんな人物が眠っているのかで心配する必要はないと言える。
今までそんなことを気にしたことなんてなかったけど、よくよく考えると、俺たちはかなり恵まれた環境下で活動させてもらっていたんだ。
俺たちより早くアースへ来た地球人には感謝しなければならないだろう。
後続が安心して活動できる環境を整えてくれたんだからな。
それはそれとして、今はキィスとエマについてだ。
「ここでの暮らしには慣れたか?」
「ああ! 最初はボロッちい宿だなって思ったけど、なんか慣れたぜ!」
「キィス君……ボロッちいなんていったら……失礼よ……ゴホッゴホッ……」
キィスたちの日給なら、この宿に泊まるので精いっぱいというわけでもないはずだ。
しかし、装備品の新調や修繕費、揃えるべきアイテム類の購入などなどを考えると、金はいくらあっても足りない。
節約できるところは節約しないと、序盤の冒険者稼業は務まらないだろう。
「……なあ、キィス」
「ん? なんだ、シンにぃ」
「なんだったら俺が……いや、なんでもない。忘れてくれ」
「?」
『俺がお前たちの寝床を用意しようか』と言おうとしたけれど、俺はそれを途中でやめた。
キィスたちは、そんな施しを欲しがらない。
そんなことくらい、今までのやりとりで十分理解している。
俺はキィスたちの師匠、あるいは上司のようなものではあるが、保護者、あるいは親代わりというわけではない。
この2人は俺同様、アースではもう大人として扱われる立場の人間なんだ。
自分の寝床くらい自分で考えて確保しなくては駄目だろう。
「2、3日分の食費と宿代くらいは残しているよな?」
「それはもちろん残してあるぜ」
「なら問題ないな。とりあえず、エマはゆっくり休め。キィスも休んでいいから、彼女の世話はちゃんとするんだぞ」
「言われずともだぜ!」
「よし」
キィスなら、つきっきりでエマの看病をすると思っていた。
なので、2人とも数日ほど冒険者稼業を休む、ということで、この話は終了だ。
「ご迷惑をおかけしてしまって……すみません……ゴホッゴホッ……」
「いや、迷惑だなんてことはない。元気になったらすぐに狩りをしにいくぞ」
「ああ! わかったぜ!」
こうして俺たちは、キィスとエマを置いて宿の外へと出た。
あの2人には何かしてやりたいけど、それは冒険者としての活動内で、ということにしよう。
さて、次はクーリのところへ行かなくちゃな。
「ここですわね、クーリが住んでいるという孤児院は」
「そうらしいな」
俺はリアナとリオを引き連れて、クーリのいる『ミレイユ孤児院』へとやってきた。
「ふむ、子どもばかりいますね、先生」
「そりゃあ、孤児院なんだから当然だろう」
孤児院手前の広場では、10才いくかいかないかくらいの子どもたちが遊んでいる。
ここには、様々な理由で身寄りのなくなった子どもたちが集められている。クーリも、そのなかの1人だ。
クーリがどのような事情で孤児になったのかまでは知らないが、まあ無理に知る必要のない情報だから、知らないままでいいだろう。
「……見た感じ、クーリの姿はないな」
「建物のなかにいるのではありませんの?」
「そうだな。じゃあ行ってみるか」
広場の先には、洋風の大きな建物がある。
あれが孤児院らしい。
俺たちはその建物へ向けて歩き出した。
「……っお、クーリだ」
その直後、建物のなかからクーリが現れた。
クーリはエプロンらしき前掛けを着用し、手にはフライパンとお玉を持っている。
「料理中か何かだったのか?」
「どうやら、そのようですわね」
俺たちが見ていることに気づく様子もないクーリは、フライパンとお玉を打ち鳴らしてカンカンカンと音をだした。
すると、広場にいた子どもたちが建物のなかに向かって一斉に駆け出した。
「……あれは、食事ができた合図か」
「ほほう……なるほど、そういう意味でしたか。さすがは先生! あの音がどのような意味を持つのかすら瞬時に分析してのけるとは!」
「…………」
リオが何か言っているけど、俺は無視した。
これくらいのことで流石と言われても、なんだ、反応に困る。
「……それよりどうする? 多分、クーリもこれから食事なんだと思うが」
今の時刻は朝と昼の中間あたりだ。
朝食なのか昼食なのかよくわからない。
もしかしたら、一日二食が孤児院の基本なのかもしれないな。
貴重なご飯時に訪問するというのは、なかなかタイミングが悪いぞ。
どうしよう。
「少しその辺をぶらついて時間潰すか?」
「その必要はないと思いますわよ」
俺の提案をリアナはすっぱりと否定した。
「クーリがこちらを見てますもの」
リアナの視線の先を見ると、そこには俺たちを見るクーリの姿があった。
「よっ、クーリ。今から飯か?」
目が合った以上は話しかけざるをえない。
俺はクーリに近づいて軽く挨拶をした。
「…………」
クーリはいつも通りの無言で、首をコクコクと縦に振っている。
つまり、これから食事タイムというわけだな。
やはり訪問タイミングが悪い。
「それじゃあ俺たちはその辺で時間潰してくる。30分くらいしたら戻ってくるから」
食事も取っていない状態で狩りをさせるのは忍びない。
諸々の準備もしないとだろうから30分では足りないかもしれないけど、足りなかった場合はここで待てばいいだけだ。
「…………」
そう思っていると、クーリは眉間にしわを寄せて、何かを悩むような表情を作り出した。
さらには、俺やリアナ、リオ、執事さんを見て、他に誰かいないのかというように視線を彷徨わせている。
もしかして、何かを伝えたいけどキィスがいないから伝えられないとか、そんな感じか。
相変わらず喋るのが苦手そうだな。
「クーリ、俺でよければ聞くぞ。ほら」
俺はクーリの傍によって耳を近づけた。
普段はキィスがその役目を担っていたけど、今はあいつがいない。
なので、今日は俺がクーリの話を聞こう。
「…………」
クーリは喋ろうか悩んでいたっぽいが、数秒後、自分の口を俺の耳元までそっと近づけてきた。
「…………一緒に食べる?」
「……っ」
こそばゆいものを感じた。
俺は背筋をブルっとさせ、慌ててクーリから顔を離した。
耳元から静かに聞こえてきたクーリの声は、とても澄んでいて綺麗だった。
声変わりもしていないせいで、まるで女の子みたいな声だ。
そんな声で耳元に囁かれるというのは、凄まじい衝撃を受ける。
今までよくキィスは大丈夫だったな。
「…………」
「あ、ああ、一緒に食べるか、って言ったんだよな?」
「…………」
「そうか。なら俺たちもご相伴にあずかるか。リアナとリオもそれでいいだろ?」
「教官とクーリがそれでいいのでしたら、私も同伴してさしあげてよくってよ!」
「僕も構いませんよ。庶民がどのような物を口にしているのか以前から興味がありましたし」
「お嬢様とお坊ちゃまが召し上がるのでしたら、念のため、私めも一口いただきます」
「決まりだな。それじゃあそういうことで」
変なことに気を取られつつも、俺は話を纏めた。
そして、クーリたちと一緒に建物のなかへと入っていった。
こうして、俺たちは食事をごちそうしてもらった。
朝食はすでに取っていたので、軽くではあったものの、孤児院の当番制でクーリが作ったという食事はなかなか美味かった。
クーリが女の子だったら、良いお嫁さんになっただろうなぁ。