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魔女の庭

 リオが俺たちのパーティーに同行するようになってから、一週間経過した。

 それまでの期間、俺たちは冒険者としてぼちぼちの成果を上げていた。


「この調子なら、冒険者ランクもすぐに上がるぜ!」

「GランクからFランクに上がる程度で喜んでいたら、また冒険者ギルドでひよっこ冒険者扱いされるぞ」

「う、わ、わかってるぜ! それくらい!」


 冒険者ランクはS、A、B、C、D、E、F、Gの8段階で評価されている。

 Gが新人でSが超一流の冒険者だ。


 そして、キィスたちはGランクからのスタートなわけだが、おそらくはあと1月程度も経てばFランクに昇格できるだろう。

 まだまだひよっこ同然だが、出だしとしては悪くない。


「そういえば、シンにぃって何ランクなんだ?」

「俺はAランクだ」


 サクヤたちの平均ランクはCからBといったところなのだが、俺とフィルはミーミル大陸でレべリングをした際の成果によってAランクにまで上がっている。

 ランクに差が生じても大した問題はないけど、やはりみんなと足並みがそろえられないのは気になるので、今まであまり意識しなかった。


「Aランク! さすがは先生だ!」

「やはり、冒険者としても一流認定をなされていたんですね……」


 しかし、新米冒険者にとってのAランク冒険者は大きな意味合いを持つようだ。


 Sランク冒険者になると、世界でもたった十数人ほどしかいないと聞く。

 それなら、Aランクでも十分すごいと感じさせるものがあるのだろう。 

 俺はアース人じゃないし、Aランクだからといって特に優遇されたこともないので、そのあたりの機微はわからないけど。


「それで、今日は俺たちをどこにつれてくつもりなんだ? シンにぃ」

「ん、ああ。そろそろパーティーでの戦闘に慣れてきたからな。ちょっとだけ難易度の高い狩場にいく予定だ」


 冒険者ランクについて喋る俺たちは、6人でとある目的地に向けて歩いていた。

 しかし、俺はその目的地について話すのを失念していた。

 キィスが訊ねてくるのも当然か。


「難易度の高い狩場って?」

「地下迷宮『ユグドラシル』。お前たちも聞いたことくらいはあるだろ?」

「え……」


 俺が目的地の名称を口にすると、キィスの顔がこわばった。


「…………」


 いや、キィスだけじゃない。

 エマ、クーリ、リアナ、リオ。

 この場にいるアース人全員が露骨に表情を曇らせている。

 みんな、いったいどうしたんだ。


「あの……シンさんはユグドラシルがどのようなものか、ご存知でしょうか……?」

「? ご存じも何も、俺たち地球人はよくあそこに潜るから、当然知っているぞ」

「そういえば……そうでしたね……」


 エマは俺の返答を聞き、苦い表情をしながらも納得の声を上げた。


「んー……まっ、俺たちもあそこに行くのは初めてだし、シンにぃがいれば多分大丈夫か……な?」

「でもキィス君……あそこは魔女の庭だから絶対に行っちゃいけないって……昔からよく言われてたでしょ……」


 キィスとエマのやり取りを聞いて、俺はこいつらが何に対して抵抗を示しているのかを悟った。


 地下迷宮『ユグドラシル』。

 それは、かつてアースの神々を封印するために『悪しき魔女』が作り出したものなのだとか。

 確かに、地下迷宮の最深部にはクロスが閉じ込められているから、その言い伝えは間違っていないっぽく感じる。


 けれど、その『悪しき魔女』とやらについての情報はほとんどない。

 1000年前にどういうことをしたのかという言い伝えだったり、子どもに言い聞かせるために『悪いことをする子は悪しき魔女に攫われるぞー!』みたいな使われ方をするくらいが精々だ。

 神々を封印した後、その魔女が結局どうなったのかといった部分については、一切わからない。


 まあ、そのことについては俺が考えることじゃないな。

 俺にとってはどうでもいいことだし、ほとんどのアース人にとっても、もはやどうでもいいことのはずだ。

 おとぎ話にしか出てこないような曖昧な存在であるうえ、たとえ実在してても寿命か何かで死んでいるさ。


 でも、キィスたちアース人にとって、『悪しき魔女』は触れてはならない禁忌の存在であることも確かなのだろう。

 地下迷宮に近づかせないよう大人がしつけているんだから、これは相当なものだ。


「もし抵抗があるなら引き返しても構わないが」


 実戦経験は地下迷宮でなくとも積むことができる。

 なので、無理に俺の立てた予定通り進める必要もない。


「いえ……教官が行くとおっしゃるのでしたら……私は行きますわ……」

「僕も……先生にお供します……」


 リアナとリオは俺の判断に任せると言った様子か。

 キィスも俺がいれば大丈夫と思っているようだし、あとはエマとクーリがどうするか、だな。


「…………」

「クーも行くってさ」

「……本当か?」

「ホントホント」


 クーリは凄い嫌そうな表情をしている。

 しかし、キィスの言葉を否定するそぶりも見せない。

 どうやら、しぶしぶながらも俺たちと一緒に地下迷宮へ行くつもりであるようだ。


「エマはどうする?」

「私は……はい……みんなが行くつもりでしたら……一緒に行きます……」

「そうか」


 決まりだな。

 満場一致、という雰囲気でもないけど、みんな地下迷宮にいくことで異論はないらしい。


「じゃあ行くぞ。地下迷宮まで、あともうちょっとだ」


 いつの間にか足が止まっていたので、俺はみんなに歩くよう促した。


 変なことに時間を取られたな。

 これもまた、俺たち地球人プレイヤーとアース人の文化的違いとでも受け取っておくか。


 俺はそんな風に、その物事を軽く考えていた。

 しかし、それは誤りだった。


「……うぅ……ゴホッ……ゴホッ」

「? エマ、大丈夫か?」

「は、はい……大丈……ゴホッゴホッゴホッ!」

「エマ!?」


 最初に変化が現れたのはエマだった。

 彼女は地下迷宮に近づくにつれて咳き込み始め、今では顔を青ざめさせるまでに体調を悪化させていた。


「え、エマ……大丈夫か……?」

「う、うん……大丈夫よ……ありがとう、キィス君……」


 キィスがエマの背中をさすっている。


 ……よく見ると、キィスのほうも大量の汗をかいていた。

 ここまで歩くのも大した運動ではなかったはずなのに、この発汗量はおかしい。


「だ、駄目ですわ……これ以上……進んじゃいけない気がしますわ……」

「す、すみません……先生……僕も……限界です……」

「…………」


 キィスやエマだけではない。

 俺以外の全員に体調不良めいた症状が出始めている。

 なんなんだ……これは。


「……一旦町に戻ろう。エマは俺が背負うから、少し手伝ってくれ、キィス」

「あ、ああ……わかったぜ……シンにぃ……」


 結果、俺はみんなを連れて町に引き返すことにした。


 ちょっとこれは想定外の出来事だ。

 何が起きたのか、早急に調べる必要がある。


 そう思った俺は、町に戻った後、みんなに『今日は臨時休業だ。ゆっくり休め』と言って、早川先生のところを訊ねることにした。






「あーそりゃ駄目だわ。お前何やっちゃってんの」


 教師専用の宿舎に足を運んだ俺は、なぜかマーニャンに怒られていた。


 早川先生に事情を話すつもりでここに来たんだが、彼女は今不在だった。

 ここに来ればいつでも会えるというわけでもないということか。


 それで、ついでというわけでもないが、マーニャンの姿を見かけたので挨拶をすることにした。

 すると彼女は、『ここに来たってことは、何かあったのか?』と言ってきたので、俺は先ほどまでのキィスたちを思い浮かべた。


 そしたらマーニャンにその思考を読まれたらしく、『何やっちゃってんの』とお叱りを受けることとなったわけだ。

 でも、なにをやっちゃったから駄目なのだろうか。

 もうちょっと詳しく説明してほしい。


「地下迷宮にはアース人避けの呪いがかかってる。あたしら地球人プレイヤー以外の人間は、あの迷宮に近づいただけで体調不良を訴えるし、場合によっては発狂するぞー」

「え」


 なんだそれは。

 そんなの俺は知らないぞ。


「あたしからすれば、なんでお前が知らないのって気持ちでいっぱいだー」

「とはいっても、そんなことを授業で教わった記憶はないんだが」


 『現国』やら『外国語』やらは適当に流すけど、『アース学』の授業については結構真面目に受けている。

 俺はそういう生徒だ。


「そりゃー、普通なら教える必要もないことだからなー。アース人は地下迷宮を意識して避けてるし、そもそも、アース人と地球人がパーティーを組むってケースも、あんまねーし」


 ……確かに、アース人とパーティーを組むことは、まずないな。

 俺は例外的にクレールや新米冒険者と組んだりしているけど、他の中高生でそういうことをしているという奴は、アギト、クロード、ねこにゃんくらいしか知らない。


 また、アース人が地下迷宮を避けているというのは知らなかった。

 キィスたちも地下迷宮に行くのには難色を示していたし、あの段階で引き返していたら、何も問題はなかっただろう。


 今まで支障がなかった。

 だから、先生たちは俺たちに呪いのことを教えることもなかったのか。


「ま、今回こういう問題が起きたってことは、ちゃんと上に報告しとく。機会があったら授業でその辺りにも触れるようになると思うぞー」

「最初からそうしてくれ」


 アース人のほうが積極的に地下迷宮と関わるのを避けているため、特に大きな問題が起こるようなことは今後もないだろうけど、一応知っておいたほうが良い情報だ。

 中高生の地球人がアース人と関わる機会は増えていくだろうからな。もしかしたら今後、アース人を連れて地下迷宮に潜ろうとする奴が出てくるかもしれない。


「アース学とかについての授業はあたしらも手探り状態なんだ。これくらいの不備は見逃してくれー。アメちゃんあげっからさー」

「……まあ許してやろう」


 俺はマーニャンからスティックキャンディーを一本貰い、それを口に含んで機嫌を直した。

 別に怒ってたわけじゃないけど、貰える物は貰っておく。

 甘くて美味しい。


「でも、お前はあの金髪合法ロリ巨乳と一緒のパーティー組んで地下迷宮にも潜ってたろー? 呪いについては聞かなかったん?」


 金髪合法ロリ巨乳とは、おそらくクレールのことだろう(というか、彼女しか思い浮かばない)。

 それはいいとしてだ、俺はクレールからそんな話を聞いたことなんて一度もないな。


「いや、聞いたことない。というか、アース人でも地球人と組めば地下迷宮に潜れるんだろ? 実際、クレールは何度も俺たちと一緒に潜ってるし、そういったことを早川先生も言ってたんだが」

「……あー、だから勘違いしたんだなー。ったく、めんどくさー」


 勘違い?

 それは一体どういうことだ。


「どういうこともこういうこともねー。もうちょい詳しく説明してやっから、黙って聞いとけー」


 いつも通り、気だるそうな様子を見せつつも、マーニャンは俺に地下迷宮とアース人の関係についてを語り始めた。


「地球人と一緒にいればアース人でも地下迷宮に潜れる。それは間違っちゃいないんだが、微妙に違う」

「微妙に?」

「厳密には、『複数の地球人と一緒のパーティーを組んでいる場合、強いアース人も潜れる』、だ。ちなみに複数ってのは、潜るアース人の強さによって人数が変わる。多くの地球人がいれば呪いの効力も弱まるし、強ければ地下迷宮の放つ呪いにも、ちっとは耐えられるようになるからなー」


 ふむ。

 つまり、俺が傍にいただけではキィスたちを地下迷宮の呪いから守ることはできなかったというわけか。

 リオがいる今、キィスたちはサポート役の俺を除いた5人で1つのパーティーを組んでいるという認識になっていた。

 ちゃんと俺がパーティーを組んでいると認識していないといけなかったのだろう。


 しかも、キィスたちはそこまで強くない。

 マーニャンの言うとおり、強ければ地下迷宮の放つ呪いにもある程度耐えられるようになるのだとすれば、逆に弱いキィスたちはモロに呪いの効果を受けたということになる。


「あー、つっても、そこまでエグイ呪いってわけじゃないぞー。地下迷宮に近づいたって程度なら、今日中には体調も直るだろー」

「……そうか、良かった」


 呪いというくらいなのだから、もしかしたらキィスたちは呪われた状態になっていて、今後も続くかもしれないと不安だった。

 しかし、マーニャンの話を聞く限りでは、おそらくキィスたちはすぐ復帰するだろう。


 でも、クレールは体調不良とかがあるなんて全然言ってなかったんだよな。

 死霊王クラスになると、呪いだとかもへっちゃらになるのだろうか。


「んなわけねー。多分、シンたちに気を使って、何も言わなかったんだろーよ」

「……そんな馬鹿な」


 いや……だけどクレールなら、ありえなくもない。

 彼女は俺が行こうとするところには何が何でもついてきた。

 多少気分がすぐれなくなる程度で俺たちの地下迷宮探索についてこなくなるほどヤワじゃない。


 今後、彼女に会ったら聞いてみよう。

 最近はどこにいるのか全然わからないけど。


「……なあ、シン」

「なんだ?」

「お前って、あの金髪合法ロリ巨乳のこと、結構好きだったりする?」

「…………」

「ふーん、まあ、あたしはお前が誰を好きになろうが知ったこっちゃねーし? 応援も邪魔もしねーから、精々あたしのいないところで乳繰り合ってなー」


 俺の心を読んだらしきマーニャンは、心底どうでもいいというような表情を浮かべつつ、ポケットからキャンディーを取り出して口に含んだ。


「……別に、俺はあいつと乳繰り合ったりなんてしない」

「でも、やろうと思えば乳繰り合える仲なんだろー?」

「…………」

「それにお前は胸がデカいほうが好きなんだろー。その点で言えば、あの金髪合法ロリ巨乳とは乳繰りしがいがあるんじゃねーの?」

「うるさいな。そういう冗談をかますようなら、俺はもう行くぞ」


 マーニャンの話題は俺をいじる方向にシフトしていった。

 なので俺は宿舎をあとにするべく歩き出す。


 聞くべきことは十分聞いた。

 これ以上ここにいる意味はない。


「つれねー奴だなー……まー、とりあえず頑張んなー。互いに生きてりゃ、いずれ会えるだろーからさー」


 背後からマーニャンの声が聞こえてくる。


 互いに生きてりゃ、か。

 向こうは生きてるんだか死んでるんだかよくわからない生き物なんだけどな。


 とはいえ、マーニャンの言いたいことは、なんとなく伝わった。


「またな、シン。今度会うときは、もうちっとスカした笑みを浮かべられるようになってりゃ、いつものお前らしいぜー」

「俺は普段スカした笑みなんて浮かべない……またな、マーニャン」


 こうして俺はマーニャンとの会話を終え、その場を去った。


 今日は無理そうだが、明日になったらキィスたちの様子を見にいくか。

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