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タンクの役割

「……なんでお前までいるんだ」

「………………俺のほうが聞きてーよ」


 翌朝、俺達の泊まっている宿屋にフィルが訪れた。

 彼女が来たのは俺達と一緒に行動するためだからわかるのだが、その後ろに余計なものまでついてきているのを見て、俺は疑問に思いつつ眉を顰める。


 フィルの後ろには中学生パーティーを全滅させかねない事態を引き起こした張本人たるキョウヤがいた。


「それはこの子も君達のパーティーに入れるためさ、一之瀬君」

「…………」


 そして俺達が宿の前で微妙なけん制をしているところへ早川先生がやってきた。


「早川先生……それは俺への当てつけでしょうか?」


 昨日の俺は先生に向かって生意気な口をきいた。

 それに俺以外のパーティーメンバーが全員女子だという事にもあまり良いとは呼べない反応をしていた。


 だからこの人は俺達のパーティーに男子プレイヤーを入れようとしているのだろうか。

 でもなんでよりにもよってコイツなんだ。


「ああいや、別にそういうことじゃないさ。ただここにいる山田君は昨日迷宮で面倒を起こしたらしいな?」


 山田君ってもしかしてキョウヤの名字か。

 というかそれよりも、昨日あった迷宮での一件はバレてるみたいだな。


「山田君達が一之瀬君達に助けられたという事も、その後のやり取りについても全て聞かせてもらった。君なりに理由があっての事だと思うが、中学生相手に金品を巻き上げるのはどうかと私は思うね。たとえそれがこの子達を救った報酬なのだとしても」


 どこからどうバレたのかは知らないが、中学生パーティーの誰かが全部ゲロッたようだ。

 まあそのあたりは別にどうでもいいが。


「俺は身の丈に合わない迷宮探索をする位ならフィールドマップで修練を積んだ方が良いと思っただけですよ」


 迷宮探索はそれなりに高いPSと金がかかる。

 中で稼げる金も相当なものだが、下準備も無しに入れば外よりも死にやすい。


 また今回の件は、トラップである可能性を碌に考えずにいるプレイヤーはそれなりの代償を支払う羽目になるという事を知らしめようとして加えた制裁だ。

 フィルを引き抜きやすくするという理由もあったけどな。


「つまり金品を奪ったというのは否定しない、と?」

「報酬として貰っただけですよ」

「まあ、山田君以外の子は全員それで納得しているようだな」


 そうなのか。

 他の子達はキョウヤの巻き添えのようなものだったから少し可哀想な気もしていたんだが、そう思っているならこちらも気が楽だ。

 しかし事を起こした張本人が納得していないってどういう事だ。


「けれどここでそれを完全に見過ごすというわけにもいかないな、教職の立場にいるものとして」

「……それでキョウヤを俺達のパーティーに入れる、と?」

「そうだ。山田君にはしばらくの間、昨日の件で反省してもらうのと同時にアースでの振る舞いを君達から学んでもらう。そして一之瀬君達にはこのひよっ子プレイヤーを育ててもらう」


 なるほどな。

 早川先生達は俺達を反省させ、そして今後似たような問題を起こさないようキョウヤを教育させようとしているのか。

 確かに俺はやりすぎたしキョウヤの行動は目に余る。

 この辺が落ちどころと教師陣は考えたんだろう。


「でも俺なんかでいいんですか? コイツの教育ならもっと他に適任者がいるんじゃないですか?」


 だがメンドクサイものはメンドクサイ。

 俺は早川先生に反論してキョウヤのお守りを拒否しようとした。


「君以上の適任者なんてそうそういないさ。私は君に期待しているよ」

「……そうですか」


 なのに早川先生はニヤリと口元を歪ませて俺に激励の言葉を与えてきた。


 俺に何を期待しているんだこの人は。

 わけわかんねえ。


「私は良いと思うわよ。別にずっと組むってわけじゃないんだし」

「男の子ならシン様を持ってかれる心配は多分無いしね」


 どうやらミナとサクヤは早川先生の提案を呑むつもりのようだ。


 まあミナの言うとおり、これは一時的なパーティー編成だからそこまで深く考えなくても良いんだが。

 パーティーメンバー枠は余っていたわけだし。


 つかサクヤ。

 俺は男に走る趣味なんて絶対無いからな。

 多分とか言ってんじゃねえよ。


「というわけだから君達は今日から5人メンバーだ。期限は中学生プレイヤーがログアウトする5日後まで。以上」

「……はぁ……わかりました。でもスパルタでいきますからね」


 こうして俺は不承不承ながらもキョウヤをパーティーに加えた。






「パーティーメンバーを置きざりにして1人で敵に突っ込もうとするな。敵と味方の位置、距離を常に把握して立ち回れ」


「スキル範囲内に敵を全員収めたらさっさと『シャウト』を使え。何のためのタウント(挑発)スキルだ。みんなお前がスキル使うのを待っているんだぞ」


「誰のヘイトが一番高いかは敵の目を見ればすぐにわかる。目の前の敵が自分を見ていなかったらパーティーメンバーが危ないと思え。その際タウントスキルが使えなかったり攻撃スキルが振れなかったりで視線をこちらに戻せないようなら体を敵と味方の間に割り込ませて物理的に食い止めろ」


「ヘイトが十分溜まっているのなら無理に攻撃するよりダメージを貰わないことの方に気を配れ。戦闘時間を短くできれば負担も少なくなるが、自分の役割であるタンクがちゃんとこなせるという状況で攻撃することを心がけろ。ゴリ押しの戦いは回復職のMPと回復の機会を無駄にするだけだ」


「だから何度も言っているだろう。タンクが2人いる時に複数の敵を相手取る際は――」

「だああああああ! うっせーよ! ちょっとだまってろよ!」


 迷宮に入ってから3時間程が経過した。

 その間俺はずっとキョウヤにタンクの心構えや立ち回りについてを説明しながら戦闘をしていたのだが、キョウヤは突然キレ始めて俺に視線を送ってきた。


「余所見をするな。敵が目の前にいるときはソイツから目を逸らすんじゃない」

「ぐっ……!?」


 するとゴブリンの棍棒がキョウヤの腕に当たり、手に持っていた盾を落っことしてしまっていた。


 言わんこっちゃない。

 全くもってメンドウな子守だ。


「……ほら、早く盾を拾え」


 俺は自分が相手していたMOBがサクヤの魔法で焼き尽くされたのを確認した後、キョウヤの前まで走ってゴブリンの攻撃を盾で防いだ。


「べ、別に助けてなんて――」

「そういうのいいから。マジホントそういうのいいから早く盾持って体勢直せ」


 フォローに来た俺に向かってキョウヤが何か言っている。

 それを聞いた俺は若干苛立った調子で盾を拾うよう再び指示を出した。


「『パワースラッシュ』!」


 が、キョウヤがモタモタしているうちにミナがトドメの一撃を決めてゴブリンは消え去ってしまった。

 なんというかグダグダだな。


 そう思った俺はここでパーティメンバー全員に小休止をすると告げ、キョウヤの方を向く。

 キョウヤは若干ひるむような様子を見せていたが、俺は特に気にすること無く口を開いた。


「タンクは一時的にであっても機能しなくなればパーティーの全滅に繋がりかねない重要な役だ。戦闘途中に盾を落とすとか大チョンボもいいところだぞ」

「う、うるせーよ! それはお前がいちいち話しかけてくるのが悪いんだろーが! 気が散ってしょうがねーんだよ!」

「この程度の事で集中を乱すな」


 戦闘中に集中力が無いというのは問題がありすぎる。

 俺はため息を吐きつつも、キョウヤに対して何度目になるかわからない言葉を言い放つ。


「……タンクが死ねばみんな死ぬ。お前はパーティーメンバー全員の命を背負っているのだということを自覚しろ」


 これは大げさな事ではない。

 タンクとはパーティーメンバー全員の命がかかっている役割だ。


 アタッカーが死んでもまだ挽回はできる。

 ヒーラーが死んでも、蘇生手段があるのならタンクが生きている限りはなんとかなる。

 しかしタンクが死ぬとパーティーは一気に崩壊する。

 もしタンクが死んで蘇生が少しでも遅れればそれは致命的な痛手となり、最悪の場合パーティーは全滅してしまう。


 パーティの盾であるタンクは滅多な事では死んではいけない。

 盾を失ったパーティーほど脆いものはないのだ。


 だからタンクをやる者にはそれなりの自覚が必要になる。

 タンクは死んではならない、タンクは軽率な行動をとってはならない、という自覚が。 


 けれどその自覚がキョウヤには足りない。

 コイツはMOBを見つけたら1人で勝手に飛び込んでいくし、タウントスキルの前に攻撃スキルをぶっ放す。

 敵をひきつけ、尚且つ死なないことが最大の役目であるタンクとして失格だ。

 キョウヤの動きはソロの動きであってパーティープレイをしていない。


「キョウヤ、お前はちゃんとわかっているのか」

「な、なにをだよ……?」

「アースでは他のゲームのようにやり直しができないということをだ。死に覚えなんてできないんだぞ」

「そ、そんなことわかってるっつの……」


 俺が念を押して聞くとキョウヤは下を向きながらも頷く。

 でも本当にわかっているんだろうか。


「一応HPが0になっても蘇生が間に合えば生き返る。だが間に合わなければ死ぬ。この世界から消えて無くなるんだぞ。それを本当にわかっているのか」

「わかってるって言ってんだろ!」


 流石にしつこかったか。

 俺が何度も訊ねるとキョウヤは怒ったような表情をして睨みつけてきた。


「でもそれが俺なんだよ! 元々俺はタンクなんてガラじゃねえんだよ!」


 そしてキョウヤはそんな事を俺に向かって言ってきた。

 俺はそれを聞き、ほとほと呆れたといわんばかりに大きなため息をついてキョウヤに視線を送る。


「だからどうした。お前は昨日のパーティー構成からしてタンクをしていたはずだ」


 中学生パーティーは戦士、盗賊、僧侶、魔術師、軽装備の趣味人だった。

 戦士はタンク、魔術師はアタッカー、盗賊はサブアタッカー、僧侶はヒーラー、そして重装備ではなく軽装備に身を包んだタイプの趣味人は戦闘において歌や踊りでパーティーメンバーにバフ(強化)をかける援護、というのがクロクロにおけるそれぞれの職の役割である。

 つまりあのパーティーでは戦士であるキョウヤがタンクとして機能しなければならなかったはずだ。


「タンク職でタンクがしたくないのならソロでもしたらいい。パーティーメンバーに迷惑をかけるな」


 クロクロにおける戦士職はタンク職。

 サブタンク兼サブアタッカーという形でも機能するが、タンクを一切しないのであれば戦士職がパーティーにいてもあまり意味はない。

 タンクをしたくないのならパーティーなど組まずソロで行動しろという話だ。


「死にたいなら1人で死ね」


 ソロで行動するのならどんなプレイスタイルだろうと構わない。

 加えてそのプレイスタイルで死ぬことになってもソロであればそのプレイヤー1人の責任となる。


 だから俺はキョウヤを突き放すかのようにそう言った。


「……本当は俺だってわかってんだよ。自分がキレやすくって周りも碌に見れないって事くらい」


 するとキョウヤは俺を睨みつけていた目を下に向け、悔しそうに眉を歪ませながら呟いた。


「目の前に敵がいればぶっ叩きたくなるし宝箱があれば飛びつきたくなる……それに自分が悪いんだって思っても謝れない……そういう奴なんだよ」

「…………」


 なんだかんだ言いつつ、コイツも意地を張っているだけで昨日の事は自分が悪かったって理解しているんだな。

 しかしそれを態度で表せないのなら俺は容赦しない。


「関係ないな。お前の性格なんてどうでもいい。俺にとって重要なのはお前がタンクとして機能するかどうか。それだけだ」


 お前の事など知った事ではない。

 俺はキョウヤにそんな意味の篭った言葉をぶつけた。


「……でも……1人は嫌なんだよ……俺は……」


 するとキョウヤはそんな事を呟きながら体を震わせた。


「俺は……アヤ達と一緒にいてえんだよ……1人にはなりたくねえよぉ……」

「そうか」


 つまりソロになる気は無いって事か。

 ならやる事は1つだ。


「……どうしても1人が嫌だっていうのならだ。お前のそんな性格をわかってやれる仲間に上手くフォローしてもらうんだな」


 自分に足りないものを仲間に補ってもらうというのもパーティープレイだからこそできることだ。

 キョウヤがキレやすいのなら誰かが緩衝材になればいいし、視野が狭いのなら誰かが代わりに見てやればいい。

 だがそれはパーティーにちゃんと貢献できるからこそしてもらえる対価と言える。


「お前は自分のために動いてるんだろうが、タンクは仲間のために動くものだ。仲間をいかに守りきるかがタンクの醍醐味なんだよ。だからお前はまだタンクの面白さをわかっていない」


 その対価を貰うためにキョウヤができる事はタンクだ。

 だからコイツは是が非でもタンクをやらなくてはならない。


 そして、できることならタンクはしたいからするという気持ちでやってほしい。


「ならどうやったらその面白さってのはわかんだよ」

「そうだな…………」


 俺はキョウヤの問いかけに数秒ほど悩んだ。


 タンクの面白さというものは実戦の中で感覚的に理解するものだと思うので、俺からその問いに答えを出すことはできない。

 けれどタンクの面白さを知る下地程度のものなら教えてやれる。


「お前に足りないのは仲間を守りたいと思う心だ」

「仲間を?」

「そうだ」


 いくらタンクが守ってナンボだからといって、守りたい物が曖昧では面白くはないだろう。


 何を守るために自分はタンクをしているのかをきちんと理解する事。

 加えてその守るものが守りたいと思えるものであればタンクをするのを苦だと思うはずもない。


「俺のせいで仲間が死んだら嫌だ。もしくは俺がいたから仲間は無事だった。戦いの初めや終わりにいつもこう思うことから始めるのが良いんじゃないか?」


 また、どうしても自分本位に動いてしまうのであれば、こういう考えで自分の行動を仲間の生死と直結させて考えればいい。

 そうすれば肉壁と揶揄されるタンクをするのにも少しは責任感やモチベーションが上がる。


「……まだあんまピンとこねーけど……やれるだけやってみる」

「そうか……っと」


 そこで俺はいつの間にか近くに来ていたフィルの方を向いた。

 彼女は俺達の会話が気になって様子を見にきたのだろう。


「とりあえずタンクが楽しくなるようにパーティーメンバーとは仲良くしとけ」


 なので俺はキョウヤの肩をたたいてフィルの方を向かせる。

 するとキョウヤはフィルが傍にいた事に若干キョドるものの、しばらくすると冷静さを取り戻していった。


「……フィル、昨日は……その………………俺が悪かったよ。あの時は血が上ってたんだ」


 そしてキョウヤはかなり抵抗感のある様子ではあったが、それでもフィルに頭を下げた。


 コイツも謝ろうとすればちゃんと謝れるんだな。

 なら俺からこれ以上言う必要もない。


「……ん……私も今度からもっと大きく声出すよう気をつける」


 謝罪を述べたキョウヤに対してフィルはそう言い、彼女も頭をペコリと下げる。


 これで昨日のいざこざはなんとか綺麗に解消できそうだ。

 フィルに謝れたなら他の3人にもちゃんと謝れるだろう。


 俺はそう思って口元を緩ませる。


「やっぱりパーティープレイは楽しくやらないとだよな」

「……だったらアンタも俺にもうちょっと優しく接しろよ」

「それは無理な相談だ」


 フィルにちゃんと謝ったとしても俺はコイツが嫌いだからな。

 パーティーメンバーとして助言はするが、それ以外で馴れ合うつもりもない。


「やっぱアンタ超うぜぇ……」

「言ってろ」


 コイツはガキだが俺も負けず劣らずのガキだということだ。

 まあ嫌いだろうがなんだろうが、同じパーティメンバーである以上は死なせたりなんてしねえけど。


 こうして俺達は軽口を言いあってから迷宮探索を再開し地下3階層への階段を見つけたところで町へと引き返したのだった。

 また、パーティープレイは朝よりもグダグダ感が減り、少しはマシになったかなという程度にはなっていた。


 やればできんじゃねえか、キョウヤ。


「シンさん……本当に……ありがと」


 その帰り道で、フィルは俺の傍に寄ってこっそりとお礼の言葉を告げてきた。

 俺は別に感謝されることなんてしてないんだけどな。

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