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一番弟子

 リアナの家を訪問した次の日、なぜかリオが俺たちについてきた。


「先生、本日はどのようなご予定でしょう?」

「……俺たちはいつも通り、町の外に行って狩りをするつもりだが?」

「なるほど! 冒険者の基本は魔物討伐ということですね! わかりました! 僕もついていきます!」

「…………」


 しかもリオは、どういうわけか俺のことを『先生』と呼び、敬語まで使いだしている。

 昨日のお茶会にて、俺がこいつに色々語ったことがマズかったのだろう。

 戦闘のことやアースでの冒険について、差し障りのない無難な話しかしなかったつもりなんだが、リオは目を輝かせながらそれを聞いていたからな。


 ……それはそれとして、だ。


「お前は冒険者じゃないだろう」

「冒険者ではありませんが、こうして民衆の仕事に直接触れる機会も、僕にとっては悪くありませんので!」


 それは、まあそうなんだろう。

 リオが普段どのようなことをしているのかは知らないけど、いずれはこの町を主軸として、周辺地域をまとめあげる立場にある家の人間だ。

 だから、民の気持ちを理解する機会を持つというのは、むしろ素晴らしいと言える。


 けれど……昨日まで冒険者を小馬鹿にしていそうな態度だったのに、こうも心を入れ替えられると気持ち悪い物さえ感じるな。

 それだけ、俺との模擬戦が堪えたということなのだろうけれども、複雑な気分だ。


「それに、リアナに悪い虫がついていないか調べるという理由もあります」

「悪い虫ねえ……」

「! ああ! いえ! 僕は別に先生のことを悪い虫などと申しているわけではなくてですね! 他の冒険者が妹によこしまな目を向けていないかを警戒しているだけでして――」


 うん。なんかすごく鬱陶しいぞ。

 昨日もシスコンの気を感じたが、さらに俺への配慮が加わって、ますます変なことになっている。

 こいつの言っていることは話半分程度で聞き流すことにしよう。


「邪な目っつってもなー、アナってそんな目で向けられる要素あんのか?」

「……キィス? それは一体どういうことですの?」

「いや、だって女っつーと、もっとこうバインバインなもんじゃん? でもアナは全然チチねーぃごごごごご……」


 リオから視線を外し、キィスとリアナのほうを向くと、今日も今日とて2人はじゃれあっていた。

 キィスのほうは頭を拳でグリグリされて痛そうにしているが、まあいつものことだ。


「……おい、君。昨日から思っていたが、僕の妹に対してちょっと失礼じゃないか?」


 2人の様子を見て、リオが苦言を呈した。


 これはしょうがないか。

 今のはキィスの失言だ。

 リアナだって、れっきとした女の子なんだからな。

 あたかも女の子と認めないような発言は、彼女の兄であるリオにとって看過できるものではないだろう。


「リアの胸は小さいから良いんだ。大きい胸など下品でしかない」

「お兄様!?」


 ……訂正しよう。

 キィスは巨乳党だが、リオは貧乳党だ。

 兄がどうとかいう問題の話ではなかった。

 どこかがズレている気がするけど、気にしないでおこう。


 ちなみに俺は巨乳党だ。

 やはり俺とキィスは気が合うな。

 今度2人っきりになったらじっくり語り合おう。

 リオは俺たちの話に混ぜてやらん。

 妹党になら入れてやらんこともないと一瞬思ったけど、実妹萌えはNGだ。


「あの……このお話はいつまで続くのでしょう……?」


 俺たちの話はあさっての方向に突き進んでいたが、それはエマによって軌道修正された。


 エマはいつでも真面目さんだな。

 クラスに1人はほしい委員長さんタイプだ。

 今度是非メガネをかけて『ちょっと男子ー! 先生に言いつけるわよー!』とか言ってみてほしい。

 あ、この場合先生は俺になるのか?

 なんてこった。


 ……また思考が脱線した。

 真面目にいこう真面目に。


「ゴッホン……そろそろ町の外に出るぞ。今日はムルトの森で狩りと山菜取りを――」


 俺は軽く咳払いをしつつ、新米冒険者たち+1に今日の予定を話そうとして、前を向く。

 すると、ちょうどそこで俺の知り合いが近づいてくる姿を目にした。


 あれは――フィルたち中学生の集団だ。


「し、シンさん! こんなところで会うなんて、奇遇……ですね!」


 俺が手を振ってみると、フィルは元気よくこちらに走り寄って挨拶をしてきた。


 今日の彼女はご機嫌そうだ。

 最近は色々あって、なかなか会う機会もなかったが、この様子なら中学生勢と上手くいっているのだろう。


 にしても、この前はサクヤたちと会って、今度はフィルたちと会うとは。

 やはり、始まりの町にいると知り合いによく出くわすな。


「久しぶりだな、フィル。元気にしてたか?」

「ん……! 元気にして……ました!」

「そっか」


 彼女が元気なのは声の大きさで十分伝わる。

 しかし、普段ならもうちょっとテンションを抑えていたはずなんだが。

 何か良いことでもあったのだろうか。


「……お、アヤも一緒か。久しぶり」

「お久しぶりです」


 フィルのテンションに若干首を傾げたが、俺はアヤの姿も目にしたので、彼女とも挨拶を交わした。


 アヤはフィルと仲が良い友達だからな。

 礼を失するわけにはいくまい。


「おい! 俺は無視かよ!」

「あー……はいはい。キョウヤも久しぶりだな。俺が近くにいないからって、フィルをいじめてないだろうな?」

「してねーよ!」


 ついでにキョウヤのほうも、変わらず元気そうだ。

 だが、もしフィルを困らせていたらぶっとばしてやる。


「フィル、もしキョウヤにいじめられたら正直に言うんだぞ」

「ん……わかった」

「ちょ、フィルも何わかったとか言ってんの!? 俺いじめたことなんてねーだろ!?」


 いや、いじめかどうかは微妙だけど、初めて会った頃にフィルを泣かしてただろ。

 お前が自分の失態を棚に上げてフィルを糾弾したこと、俺は一生忘れないぞ。


「シンにぃシンにぃ、こいつらもシンにぃの知り合いか?」

「ああ、そうだ」


 フィルは別だが、他の中学生連中と会うことは稀だから、あえて紹介する必要もないだろう。

 でも、ここで会ったからには、それをしないというのも据わりが悪い。


「紹介する。こいつらは仕事の関係で俺が面倒を見ることになった冒険者たちだ」

「仕事の関係? 高校生って、そんなこともすんの?」

「そうだ。まあ、たまにだけどな」


 キョウヤが『へー』という声を漏らしながらキィスたちに視線を向けた。


「お前たちから見て右からキィス、エマ、クーリ、リアナ、リオだ」

「よろしくな!」

「エマと申します……」

「…………」

「教官のご友人でしたら、仲良くしてあげてもよろしくてよ!」


 キィスたちはフィルたちに向かって、それぞれのやり方で挨拶をした。


「リオだ、よろしく。ちなみに僕は冒険者ではない」


 また、リオは自分が冒険者でないことも付け加えた。


 確かに、さっきの俺の言い方だと、リオも冒険者みたいに思われるな。

 別にいいと思うんだが、自分が冒険者であると見られるのはイヤなのだろうか。


「冒険者じゃない? それじゃあアンタは何繋がりでここにいるんだ?」

「何繋がりと言えば、僕はリアナの兄という繋がりでここにいる。しかし、それと同時にシン先生の一番弟子として教えを乞うべく行動を共にしていたりもする!」


 おい、いつの間にお前が俺の一番弟子になった。

 俺の一番弟子はフィルだぞ。


「ちょっと待て! シンにぃの一番弟子は俺だぜ! お前は二番弟子だ!」

「何!?」


 と思っていたら、今度はキィスが一番弟子だと言い出し始めた。


 リオが驚いているが、俺のほうも『何!?』と言いたくなる。

 まあ、キィスも俺の弟子としてカウントして良いと思うけど、それでも一番弟子ではない。

 一番弟子はフィルなのだ。


「おいおい、誰がこいつの一番弟子っつー話なら、認めたくねーけど俺が一番弟子だろ。アンタらは二番以降の弟子だな」

「マジで!?」

「なんということだ!」

 

 ……さらにキョウヤまで俺の一番弟子とか言い出し始めた。


 お前は弟子じゃないだろ。

 以前にパーティー組んでタンクのノウハウを教え込んだりしたけど、それでも弟子じゃないだろ。

 しかも何『認めたくねーけど』とか言ってんの。

 そんなの全然認めなくていいから。

 あと俺の一番弟子はフィルだから。


「し、シンさん……シンさんの一番弟子はオレ……です……よね……?」 


 フィルが涙目になって俺に訊ねてきた。


 なぜ泣きそうになっている。

 さっきまであんなにご機嫌そうだったのに。


「安心しろ、フィル。俺の一番弟子は未来永劫お前しかいない」

「! ……ん……良かった」


 だが、俺が即座にフィルを一番弟子認定すると、彼女はホッとしたというような様子で胸をなでおろしていた。


 これって、そんなに重要なことなのか?

 ……いや、まあ俺も以前、ケンゴの一番弟子を名乗った馬鹿野郎カタールにムッとしたことがあったから、あんまり人のことは言えないけど。


「おいちょっと待てよ! そんなの初耳だぞ! いつフィルがアンタの一番弟子になったんだよ! 答えろよ!」

「結局俺って何番弟子なんだ? よくわからなくなってきたぜ」

「く……流石シン先生だ……こんなに弟子を抱えていたなんて……きっと、まだまだ多くの弟子を取っているに違いない……」


 あと、そろそろ俺はこいつらを黙らせたほうがいいだろうか。

 なんか疲れてきたぞ。


「……弟子云々はどうでもいい。それより、お前たちはギルド単位でこれからどこに行くつもりだったんだ?」


 話題を変えるべく、俺はキョウヤたちにこれからの予定を訊ねてみた。


 俺たちの会話に入ってはこないものの、キョウヤたちの後ろには中学生らしき集団が待機している。

 あいつらは全員、同じギルドのメンバーなのだろう。


「私たち【中学連合】は今から地下迷宮にいくところでした」

「地下迷宮にか。というか、お前たちのギルドは【中学連合】って名前だったんだな」

「まだ仮の名前だけどな。俺は【バーニングボンバー】が良いって言ったんだけど、アヤたちが許してくれなくて……」


 バーニングボンバーって何だ。必殺技か何かか。

 高校生組のギルド名も若干カッコつけてるとこがあるけど、キョウヤはドコ方向に進んでるんだ。


「っと、こんなとこで油売ってる場合じゃなかったな、俺らは俺らで忙しいんだ。アンタらに構ってる暇なんてないんだぞ」

「へいへい」


 むしろ、俺たちのほうが構ってる側だと言いたいところだが、まあ元気そうに仲間とワイワイやっていることに免じて黙っていよう。

 精々頑張れ、ギルドマスター。


 俺はそう思いながら、キョウヤがギルメンを引き連れて去ろうとする姿を見守っていた。


「では、私たちはこれで失礼します。また今度ゆっくりお話ししましょう」

「ああ、またな」


 アヤが俺たちに向かって一礼した。


 この子はキョウヤたちのグループのなかでは一番礼儀正しいな。

 エマ同様、クラスに1人は欲しい委員長さんタイプだ。

 今度是非メガネをかけて『ちょっと男子ー! 真面目に掃除しなさいよー!』とか言ってみてほしい。


「……それと、フィルちゃんが最近寂しがってますから、なるべく構ってあげてくださいね」

「あ、ああ、わ、わかった」


 俺がくだらないことを考えていると、アヤは近くによってきて、小声で注意をしてきた。


 そんなところにまで目を配っていたのか。

 まあ、彼女はフィルと仲の良い友達だし、そういったこともすぐわかるんだろう。


「……フィルちゃん、今こうしてシンさんと会えたから機嫌が良いんですよ。わかりませんでしたか?」

「あー……それはわからなかった」


 そうだったのか。

 フィルの機嫌が良さそうなところから、何か良いことがあったのだろうかと思ったけど、それは俺と偶然会えたからだったのか。


 そう思うと、フィルを大切にしたいという気持ちが胸の内からこみあげてくる。

 俺も単純な男だな。


「! おい! アンタ! アヤと何こそこそ喋ってんだよ!」


 遠くにいたキョウヤが怒鳴り声を上げた。

 向こうは嫉妬心でもこみあげたのだろうか。

 メンドウな奴だな。


「もう、キョウヤくんったら」


 しかし、そんな怒った様子のキョウヤを見るアヤは、まんざらでもないっぽく感じる。


 もしかして、アヤはああいうのが好みなのか。

 委員長さんタイプはダメな子に惹かれやすいとかいう話をどこかで聞いたことがあるけど、アヤもそれの類か。

 苦労するな、この子は。


「キョウヤがヤキモチ焼いていることだし、そろそろ行ってやれ」

「べ、別にヤキモチとか、そういうことではないと思うのですが……と、とにかく行ってきます! お達者で!」


 からかい交じりな俺の言葉を受け、アヤは焦った様子でキョウヤたちのほうへと走っていった。

 なんだか微笑ましいな。

 青春してるぜ。


「それじゃ、フィルもまた今度な」

「はい……シンさんも……お元気で」


 そして最後に、フィルとも別れの挨拶を交わした。

 もちろん、いつも通り盛大に彼女の頭を撫でるのも忘れない。


「今はこれだけだけど、お互いに時間ができたら、またどこかに遊びに行こうな」

「! ん! 約束……ですよ!」


 ついでに俺は、フィルとそんな約束をした。


 これは、アヤの忠告を聞いたがゆえのものだ。

 まあ、たとえそうじゃなくても、フィルと遊びに行くのは楽しいから、普通に誘ったかもしれないけど。


「シンさんとのデート……楽しみに……してますね」

「ま、まあ楽しみにしててくれ」


 やっぱりこれはデートになるのか。


 フィルとの時間をもっと取ろうとして口に出した遊びの約束だが、互いに好きと言いあってる相手と遊びに行くならデートになるに決まってるよな。

 とはいえ、デートとか意識すると、いまだに緊張してしまうな。

 普通に遊ぶだけであるものの、オシャレなお店の下見くらいはやっておこう。


 俺は内心でそう思いながら、フィルともその場で別れたのだった。


「なあ、シンにぃって、もしかしてタラシだったりするのか?」

「この間、教官の奥方を名乗る方とお会いしたばかりですのに……」

「女性は強い男性に惹かれるものというわけですか……流石です、先生」

「……不潔です」

「…………」


 キィスたちが俺を見て様々な感想を漏らしている。


 見た感じ、キィスは普通、リアナは呆れ、リオは尊敬、エマは侮蔑といった視線を俺に向けている。

 エマの目が厳しくなっていて一番堪えるな。

 ちなみにクーリはいつも通りボーっとした様子なのでよくわからん。


「俺のことはどうでもいい。さて、それじゃあ気分を入れ替えて町の外に行くぞ。ついてこい」


 そうした教え子たちの視線を無理やり無視し、俺は路地を足早にズンズンと歩き始めた


 サクヤが前に言ってたけど、やっぱり俺って思ってることが歩く速度に出やすいんだろうか。

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