模擬戦
「僕の使い古しだが、防具の着心地に不満はないかな?」
「ああ! 問題ないぜ!」
リアナの家にお邪魔した俺たちは、フレイア家が所有する広大な庭園へと移動した。
今からここでキィスとリオが模擬戦を行うわけだが、2人ともやる気マンマンみたいだな。
キィスのほうは、普段自分が装備しているものと違うけれど、そこまで大きなマイナスにはならなそうだ。
むしろ、防具に限って言えば、いつも使っているものより遥かに上等なものを借りているため、かなり動きやすいと感じるだろう。
「ていうか、お前のほうは馬に乗って戦うのかよ」
「ああ、僕の天職適正は騎士だからな」
リオの天職、もといジョブは騎士なのか。
騎士職と調教師職はスキル『騎乗』を備えている。
『騎乗』があれば、馬に乗りながら戦闘をこなせるようになるのだとか。
地下迷宮内では邪魔になることが多いので、普段は乗っていないが、騎士職の氷室だったりが外で生き物に乗っている姿も、たまに見ることがある。
『乗ると、その後どうすれば馬が言うことを聞くのか、自然にわかるんだよ』とか言ってたっけ。
便利なスキルだ。
とはいえ、俺はちゃんと地に足を付けて戦いたい派だから、そんなスキルを所有しても使わないだろうけど。
「馬に乗って戦うのは卑怯だと思うか?」
「俺はそんなこと言わねーぜ!」
『一対一の決闘などを行う際、動物の類を共に戦わせることはオーケー』、という風潮がアースにはある。
禁止にすると、魔物を使役して戦う調教師職が一人負けすることになってしまうからだろうか。
まあ、そこはどうでもいいか。
それより、今の俺には別の疑問が浮かんでいる。
「……リアナの家系は代々僧侶職じゃなかったのか?」
俺はリオを見ながら、小さくそう呟いた。
リアナとリオは兄妹であり、フレイア家出身の人間だ。
だとしたら、リオも当然僧侶職だと思っていたんだが、実際は騎士職だった。
これはどういうことなのだろう。
「お母様が騎士職適正に恵まれていて、兄はそれを色濃く受け継いだのですわ」
「ああ、そういうことか」
俺の疑問はリアナによってあっさり解消された。
つまり、リアナたちから見て、フレイア家の当主である父親が僧侶職、別の家から嫁いできた母親が騎士職、というわけだな。
大した疑問でもなかった。
「さて、ではそろそろ始めよう」
「おう! 俺も早く戦いたくてウズウズしてるぜ!」
と、そこでキィスとリオが、もう待ちきれないと言わんばかりの様子で、互いに視線を交わした。
いがみ合うような形で模擬戦を行う流れになったが、2人とも戦えることを喜んでいそうな雰囲気だ。
「コッホン。それでしたら、僭越ながら私めが審判役を務めさせていただきます」
そんな2人の間に、1人の老紳士が割って入った。
あの人は以前、墓地へと付き添った執事さんだな。
今日も気品に満ちた佇まいだが、やはり今回も俺たちのやり取りを見て楽しそうにしている。
こういう、何事も楽しむような人が長生きするんだろう。
「両者、礼」
執事さんはキィスとリオが頭を下げあうのを見ながら、ゆっくりと手を挙げていく。
「両者、見合って――――――はじめ!」
そして、空に向かってピンと伸ばしたその手を勢いよく振り下ろし、模擬戦の開始を告げた。
「うおおおおおおおおお!」
まず最初に動いたのはリオのほうだった。
リオは馬を走らせ、キィスとの距離を数秒で詰める。
「ぐぅっ!」
そして、リオは手に持っていた槍をキィスに突き立てる。
するとキィスは、苦悶の声を上げつつも、その槍を剣で受け流した。
剣で攻撃を受け流すのは、盾以上に難しい。
なおかつ、馬に乗って突撃してくる相手の槍をとなれば、相当な技術が求められる。
だというのに、キィスはそれをやってのけた。
上手いものだな。
キィスを育てた父親は、相当腕が立つ人だったのだろう。
もちろん、キィス自身の才覚と努力の賜物であることも否定しないが。
「なかなかやるな! ではもう一度行くぞ!」
しかし、今の芸当は何度も行えるようなものでもないだろう。
キィスもなかなかだが、リオという男も負けず劣らずの槍術を持っているように感じる。
リオの攻撃はシンプルでいて的確。
試練、というか養殖の成果か、パワーもかなりありそうだ。
そんな攻撃をいつまでも避け続けられるほど、キィスの技量は高くない。
時折センスの良さを感じさせるものの、総合的な戦闘技術は、まだまだと言わざるを得ないだろう。
「ぐあっ!?」
二合、三合と打ち合ううち、リオの槍先がキィスの腹に当たった。
キィスはそれにより、体を宙に浮かせて数メートルほど後ろに吹き飛ばされる。
「そこまで!」
執事さんの声が響き渡る。
何がどうすれば負けかというは細かく決めていなかったけど、まあ、この状況を見れば勝敗は明確だ。
「勝者! リオお坊ちゃま!」
リオの勝ち。つまり、キィスの負け、か。
最初の攻撃を見た瞬間、こうなるとは予想していた。
おそらくリオはパワーレべリングを行った経験があるのだろうけど、それで技量のほうを疎かにした人間というわけでもなかった。
けれど、できればキィスには勝ってほしかったな。
あいつもれっきとした俺の教え子なんだから。
ちなみに、この戦いは模擬戦なので、剣と槍の刃部分が潰してある。
それなりに大きく吹き飛ばされたキィスだが、防具の性能も相俟って、それほどのダメージは受けていない。
リアナのヒールで十分回復できる範囲の怪我だ。
「いってぇー……」
「キィス君……大丈夫……?」
「ああ……負けたこと以外は大丈夫だぜ……」
どうやら、キィスのほうも自分が負けたと感じたようだ。
馬に乗った相手と戦うのは対等な条件と言えないと思うが、しかし互いの全力をぶつけた結果がコレであるという認識は持っておくべきだろう。
そういう意味では、キィスは立派な戦士だ。
剣士だけど。
「僕の勝ちを認めるか。なら、先ほどの言葉は訂正してもらおう」
「……ああ、わかったよ。お前が弱いだなんて言ったことは訂正するぜ」
リオは馬を用いた戦法でキィスを倒した。
それは実戦でも通用するレベルのものだから、リオは強いと言っていい。
このことについて、特に否定する気はない。
だが、ここでこの話を終わらせるわけにはいかないな。
「確かにお前は弱くない。そこはキィスだけでなく俺も認める。しかし、まだ訂正しなければならない点が1つある」
「……何かな、地球人さん。その訂正しなければならない点とは?」
「俺が弱そうだと言ったことについてだ」
リオはキィスと模擬戦をすることに決める前に、俺のことを弱そうだと称した。
あれもまた、今この場で訂正されるべき内容であることに違いないだろう。
「だから、俺とも戦え。勝負形式はお前に全て委ねる。どんなルールでも俺は受けて立つぞ」
「……ほう。自分の力に余程の自信を持っているようだな」
俺の言葉を受けて、リオは顔の表情を引き締めた。
「なら、より早く相手に一本入れた者の勝ちという、先ほどと似たような勝負でいこう」
いわゆる、俺たちでいうところの『一発勝負』ってやつだな。
わかりやすくて、こちらも助かる。
しかし、ただ戦うのではつまらないな。
この戦いは、普通に勝つだけでは終わらせない。
「勝負形式はそれでいいが、加えて、俺からの攻撃は模擬戦開始から30分後ということにさせてもらう」
「さ……30分後……? いったい何を言っているんだ……?」
「言葉通りの意味だ。それくらいの時間をかけないと、俺の強さはわかってもらえないかもしれないからな」
俺の強さを証明する。
リオに、俺のことがあまり強くなさそうだと言ったことを心から撤回させる。
そのためには、これまでの経験から考えて、こういう戦いをするのが一番なのだ。
「さあ、どこからでも来い。徹底的に捌ききってやる」
徹底的に痛めつける、というのとは真逆の発想だ。
相手が音を上げるまでしつこく守り続けることは、どうしようもないほどに力の差を感じさせるだろう。
そう思いながら、俺はアイテムボックスから盾を二枚取り出して構えた。
「僕をコケにするとは……良い度胸だ。30分と言わず、1分で手を出させてやる! 合図を出せ! セバス!」
「か、かしこまりました! では、はじめ!」
リオに急かされた執事さんは、いくつかの流れをすっとばし、すぐさま勝負を始めさせた。
「いくぞ! 地球人! ハッ!」
するとリオは、馬を俺に向かって走らせ、槍で突く動作を行い始めた。
「フッ!」
しかし、それはキィスとの戦いで見た動きだ。
俺はリオの槍を小盾で軽く受け流す。
戦闘に関する敵の動きなら、俺は一度見ただけで覚えるし、対応できる。
それだけの経験を積んできたんだ。
毎日余すことなく戦闘漬けだった俺を舐めるなよ。
「もっとだ! もっとこい! 30分なんてあっという間だぞ!」
「くっ……一度受け流しが上手くいったくらいで調子に乗るな!」
俺の挑発は抜群の効果を与えたようだ。
リオはその後、ひたすら突進を繰り返してきた。
だが、その攻撃の悉くは俺の盾によって受け流される。
さながら俺は、赤い布をヒラヒラさせて闘牛の角をかわすマタドールだ。
「ぐぐぐ……このままでは埒があかない!」
模擬戦の始まりから10分が経過した頃、リオは馬から降りて槍を構えだした。
馬に乗った状態じゃ、繊細な動きはできないからな。
パワーは下がるが、一回攻撃を当てればそれで勝ちになるのだから、リオの判断は間違っていないだろう。
少々遅い判断だったと俺は思うけど。
「ここからは先ほどまでと一味違う! セイッ!」
槍を構えたリオは、疾風のような素早さで俺との距離を詰めてきた。
意外に早い。
流石に馬に乗っているときより速度はないものの、重たそうな鎧を着込んでいるとは到底思えないほどのスピードだ。
これも『試練』の結果か。
けれど、俺に攻撃を当てるまでには至らない。
「まだだ! まだ足りないぞ! もっとお前の本気を見せてみろ!」
俺はリオの槍をかわしつつ、大声でそう叫んだ。
確かにこの男は早いが、対処できないほどの速さではない。
アースにおける素の俺で十分対応できる。
「く……なんて固さだ……!」
俺が盾で槍の攻撃を防御するたび、リオの表情は険しさを増していく。
どうやらリオは俺の防御性能に驚いているようだ。
しかし、驚くのにはまだ早いぞ。
俺の固さは、あと20分ほど味わってもらうんだからな。
「シンにぃすげえ!」
「以前から強いとは思っていたけれど……こんなに強いなんて……」
「次元が違いますわね……」
「…………」
背後から、教え子たちの驚くような声が聞こえてくる。
戦闘中に後ろを見る余裕なんてないので、これは推測だが、普段無口なクーリも驚いているのだろう。
みんなが見ている。
だったら、ここで無様なことはできないな。
良い機会だ。リオだけでなく、キィスたちにも、俺の力をきちんと把握してもらおう。
そう思った俺は、その後の20分間、張り切って防御に徹した。
これは俺にとって、なかなか楽しい時間だった。
「はぁ……はぁ……! ま、まいった……まいり……ました……」
だが、俺とは対照的に、リオは涙目になりながら膝を地につき、槍を下げて降伏の宣言をした。
……まだ俺は攻撃してないぞ。
「ルールでは相手に一撃入れた方の勝ちだったはずだが?」
「いや……もはやここまで攻撃を防がれたら……負けを認めるしかない……力の差は十分に理解した……」
「……そうか」
どうやら、リオは完全に戦意を喪失してしまったようだ。
ちょっとやりすぎたか。
筋は良いのに、自信を失わせてしまったのなら、少し申し訳ない。
いやでも、こういう場面で守りの手を抜くというのも、俺のポリシーに反するし。
うーむ……。
「しかし……二枚盾とは……いつもそういう戦いを……?」
「……ああ。地球人のなかでも、今のところは多分俺しかいないんじゃないか?」
「ほう……普段からそんなことを……それは随分と珍し………………!!! も、もしかして君は……び、《ビルドエラー》……?」
軽く頭を悩ませていると、リオは恐る恐るといった様子で俺に《ビルドエラー》かと訊ねてきた。
「? まあ、確かにそう呼ばれているが――」
「……やはりそうか! 噂には聞いていたが、まさか本当に二枚盾とは!」
なんだ、俺のことを知っていたのか。
俺も有名になったもんだな。
「え? シンにぃって有名人なのか?」
「有名もなにも、《ビルドエラー》のシンといえば、地球人の間で催された決闘大会の優勝者だぞ! 知る人ぞ知る、地球人最強の一角だ!」
「地球人最強の一角!?」
知る人ぞ知るって、微妙な知名度だな。
まあ、地球人ならともかくとして、アース人からの知名度はそんなもんか。
「も、もしかして、シンにぃって剣王より強かったりするのか!? 確か、今の剣王って地球人なんだろ!?」
「決闘大会における決勝戦の相手が、他ならぬ剣王だ! それを打ち負かしたのだから、剣王より強いに決まっている!」
「すげー!!!」
待て待て待て待て。
あれは本当にギリギリの戦いだったんだぞ。
そんな断定口調で言われるほど、強さに差なんてなかった。
「……し……知りませんでしたわ……まさか教官が……それほどの人物でしたなんて……」
それと、リアナのほうは俺のことをよく知らなかったんだな。
リオのほうは知っていたみたいだけど、これもまた、俺の知名度がアース人の間では知る人ぞ知るレベルだということなのだろう。
「先ほどは無礼な言葉を口にした。許してほしい」
リアナが体を震わせて『あわわわわ……』と言っているのを見ていると、リオが俺に謝罪をしてきた。
「いや、訂正してくれればそれでいい」
俺は別に怒っているわけじゃない。
訂正してくれさえすれば後腐れもないのだ。
「しかし、それでは僕の気が収まらない……セバス! この者たちを手厚くもてなせ!」
「かしこまりました、リオお坊ちゃま」
なんか、さっきまでと比べてリオの態度が180度変わったな。
力こそが全てだというカンジの冒険者なら、こういう態度も頷けるんだが、リオは貴族様だ。
俺のことを知っていることといい、弱いと言われて怒ったことといい、もしかしたらこいつも俺たちと同類――戦闘バカなのかもしれないな。
なにはともあれ、丸く収まって良かった良かった。
「……だが、君に1つだけ忠告しておく」
「? なんだ?」
「僕の可愛い妹には手を出すなよ」
「出さねえよ」
また、どうやらこいつはシスコンの気もあるようだ。
『僕の可愛い妹』って、普通に『僕の妹』と言えばいいだろに。
「何をコソコソと話してますの?」
「なんでもない。それより、はやくリビングへ行こう。いつまでも客人を庭に放置しておくものではない」
「暖かい紅茶とお茶菓子の準備は整っております。皆様、こちらへどうぞ」
そんなこんなで、俺たちはフレイア家から手厚いおもてなしをされた。
リアナの家族は変な人が多かったけれど、お茶菓子は美味かったから、俺たちは大満足だった。
こうして俺は、突発的な教え子の家庭訪問をつつがなく終了させたのだった。
翌日、リオが俺たちの活動に問答無用でついてきた。