朝カレー
「……あ! シンくんだ!」
墓地から町へと戻ると、地下迷宮へ向かう最中らしきサクヤたちと出くわした。
「こんなところで出くわすとは珍しいな」
「きっと、運命を司る神様が私たちにずっと一緒にいなさいって言ってくれてるんだよ! いやーまいっちゃったなー!」
サクヤは今日も飛ばしてるな。
ただ単に道端で遭遇したというだけだというのに。
「はいはい、ここは町中なんだから、ちょっと落ち着きなさい、サクヤ」
「あ、うん。そうだね。シンくんと運命感じちゃったから、つい舞い上がっちゃった」
ミナがサクヤを制止させに入ってきた。
サクヤが暴走気味なときにミナがいてくれるとホント助かるな。
というか、こんなことで運命感じられちゃっても困るぞ、サクヤよ。
道端で偶然出会うくらいで運命感じちゃうなら、俺が一番運命感じちゃってるのは氷室になっちゃうんだから。
「ところでシン君、後ろにいる子たちって、例の新米冒険者たちかな?」
「なにコレみんな可愛いんですけどっ! 早く私たちに紹介してよっ! シン君!」
そんなことを考えている俺にユミとマイが声をかけてきた。
「ん、ああ、まあ、とりあえず紹介しとくか」
特に紹介する必要もないかと思っていたけれど、いずれは面識を持つようになる機会もあっただろうから、今のうちにやっておこう。
俺は新米冒険者たちをサクヤたちの前へと誘導した。
「こいつらが俺の担当する新米冒険者たちだ。サクヤたちから見て、一番右にいるのがキィス」
「よろしくな!」
「そのすぐ隣にいるのがエマ」
「えっと……こんにちわ……」
「それで、弓を持っているこいつがクーリ」
「…………」
「最後に、この縦ロールがリアナだ」
「人を紹介するときに縦ロールはないんじゃありませんの!?」
4人の新米冒険者はそれぞれの反応をし、サクヤたちに挨拶した。
若干一名、俺にツッコミを入れるのに熱心で挨拶がなっていない奴がいるが、まあ別にいいだろう。
「初めまして、未来の一流冒険者さん。私の名前はミナ。シンとはよく一緒にパーティーを組む仲よ」
ミナがキィスたちに向かって微笑んだ。
「未来の一流冒険者なんて……照れるぜ!」
キィスは頭をポリポリと掻いている。
未来の剣王候補様はミナの言葉を受けて上機嫌のようだ。
「み、未来の一流冒険者だなんてそんな……私たち……まだ駆け出しの冒険者ですし……そのような過度の期待をされましても……」
また、エマは自分が一流冒険者になれる自信がないのか、大分腰が引けた様子だ。
「シンが育てる子たちですもの。あなたたちは間違いなく一流になるわよ」
「え……そ、そう……ですか……?」
「そうよ」
なにげにミナは俺のことを高く買っているようだ。
ちょっとビックリだな。
「まあ……一流になるのは戦闘面だけかもしれないけど」
「せ、戦闘面だけ……ですか……」
「ええ、戦闘面でのシンは保証するけど、一流冒険者と呼ばれる存在と比べると、知識も経験も浅いから。私たちと同様にね」
と思ったら、ミナは俺への評価を若干加工修正し始めた。
確かに、俺たちはまだ一流の冒険者未満である。
ミナの言うとおり、知識や経験が浅いから――冒険者として過ごしてきた月日が浅いから、どうしても一流にはなれていない。
冒険者稼業も、ただ強ければ一流になれるというわけではないのだ。
「次は私が自己紹介してもいいかな?」
「ああ、いいぞ」
と、そこでサクヤが今度は自分の番とばかりに前へと一歩出てきた。
そういえば今は自己紹介の流れだったな。
少し話が脱線していた。
「こほん……初めまして、新米冒険者のみなさん。私はサクヤ。夫がいつもお世話になってます」
「はい、ちょっと待とうねサクヤさん」
もはや、いつも通りと言うべきか、サクヤはとんでもない発言を冒険者たちにかましてきた。
「なにかなシンくん。私、なにかおかしなこと言ったかな?」
「いや、おかしいだろ……夫って誰だよ夫って」
「え、そ、それはもちろん……」
「…………」
サクヤは俺を見ながら頬を赤らめ、キャッと言いながら顔を両手で隠した。
うん。なんというか、そういう反応をされると俺のほうも恥ずかしくなってくる。
この前に結婚とかそういう話を考えたばかりだから、余計に意識してしまう。
「し、シンにぃって妻帯者だったの!?」
「都会は進んでるって話は村でもよく聞きましたけど……本当に進んでますね……」
キィスとエマがサクヤの言葉を鵜呑みにしてしまった。
しまった。
普段ならサクヤのボケにツッコミを入れる流れだったのに、変に意識したせいでツッコミが甘くなった。
「いや、待て。違う、違うぞ。俺はまだ独身だ。サクヤの言葉を真に受けるな」
「え、そうなのか? シンにぃ」
「あ、ああ、そうだぞ」
「うん、そうだったね、シンくんは『まだ』独身だよね。うんうん」
「サクヤはちょっと黙っててくれ……」
『まだ』とか言った俺が悪かったけど、それにすかさず反応して訳知り顔な態度を取らないでくれ。
滅茶苦茶恥ずかしい。
違うからな。
別に他意があって『まだ』とか言ったわけじゃないからな。
「なんで顔赤くしてんだ?」
「気のせいだ。それより次、こいつらに自己紹介したいって奴はいるか?」
「はいはーいっ! 次は私にやらせてっ!」
俺はキィスの問いかけをはぐらかし、【流星会】のメンバーに話を振った。
その際、ギルドメンバーの数名から『なに昼間からイチャついてんだよ、死ね』というような視線を向けられたような気がするけど、多分気のせいだ。
こうして俺たちは挨拶をそこそこに済ませ、その場で別れた。
ギルドメンバーは迷宮探索をしにいくようだが、俺たちはこれから朝食を食べる。
とはいっても、適当な食堂で食べるわけではなく、町中にある広場での自炊だ。
外でやってもよかったんだが、流石に墓場で食事をするのは気が引けるから、ここでいいだろう。
「……これも一人前の冒険者になるためには必要なことなんですの?」
「当たり前だろ」
冒険者に絶対必要な力は2つある。
1つは戦闘能力。そしてもう1つは家事能力だ。
冒険者の主な仕事はモンスターと戦うことであるわけだから、戦闘力が必要不可欠なのは言うまでもない。
リアナもそれは理解しているだろう。
だが、炊事や洗濯といった家事能力についての認識は甘いようだな。
「魔物を狩りに遠出した際、外で数日過ごすというようなことは冒険者には普通にある。そういうとき、自炊や洗濯くらいはできないと辛い目に遭うぞ」
俺たち地球人の場合はアイテムボックスの恩恵で、いつでも暖かな食事を取ることが可能だ。
しかし、アース人は旅先で自分の食事を用意する必要がある。
また、可能なら洗濯もできるようになっておきたい。
何日も同じ服を着続けるのは不衛生だからな。
装備の点検と並行し、身を清潔に保つことで、自分の体を守るのだ。
冒険者は体が資本なんだから、これくらいはできてもらわないと困る。
それに、これはそもそも冒険者に限ったことでもない。
洗濯機などという便利家電はアースに存在しないため、自分の服は自分の手で洗うのが基本だ。
とはいえ、優先順位的なものを考えると、一番重要なのが戦闘関係で、二番目が食事関係だ。
洗濯は優先度が低いので、後回しでもいいだろう。そもそも、リアナ以外は全員それなりにこなせるようだし。
モンスターに関する知識や地理情報を頭に叩き込む等々といったことも重要だが、これも必要になり次第教えていけばいい。
思考が脱線したな。
とにかく今は食事関係についてだ。
「リアナは携帯口糧を美味いと感じるか?」
「……あれはあんまり美味しくありませんわね」
「だろ」
この間、冒険者の嗜みとして、携帯できてすぐ食べられる食料である携帯口糧をみんなに食べさせてみた。
するとその際、リアナは食料の味がお気に召さなかったようで、かなり渋い顔をしていた。
地球の携帯口糧は結構マシな味になっているらしいのだが、アースのソレは不味い。
極限までパサパサにしたパンみたいな物だから、決して美味くはないのだ。
「携帯口糧だけで食欲を満たせるのなら必要のないスキルだが、そうでないなら自分で作るしかない」
幸い、アースには食料となるものが豊富にある。
普通の動物やモンスターは解体すれば新鮮な肉になるし、見分ける力が必要になるものの、食べられる植物もその辺を探せばすぐに見つかる。
適切な調理方法を身に着ければ、始まりの町周辺で飢えることはないだろう。
もちろん、モンスターに襲われなければという但し書きがつくし、それが最も厄介な問題として存在するわけだけど。
「とはいえ、あまり身構えなくてもいい。この間、俺が作ったようなものが再現できれば、携帯口糧よりはマシな味の食事ができるようになる」
火や水を起こす魔法が使えるメンバーがパーティー内にいないと少し厄介だが、そのあたりもクリアできれば、最低限の食事を作るのにも手間はかからない。
俺は調味料入れ用の袋から一本のビンを取り出した。
なかには黄色い粉が入っている。
「……カレー粉ですわね?」
「ああ、そうだ。これがあれば、大抵の物は美味く食べられる」
地球人がアースにもたらした物として最も影響があったのはカレー粉のレシピだったと俺は思う。
アースにてカレー粉の再現が成功した結果、アース人の食文化に1つの革命が起こったとすら言っても過言ではないのだから。
これを料理に加えれば、野菜の苦みや肉の臭みなどをほとんど感じず、なおかつ美味しく食べることができる。
もちろん、アース人はアース人なりに癖のある食材の調理を長年工夫してきた。
だが、カレー粉の使用ほどお手軽で味も良く、なおかつ万能な調理方法はなかったのだ。
「父ちゃんも『これが俺の現役時代にあればどれだけ楽できたか……』ってよく呟いてたぜ」
そして、このカレー粉の恩恵を一番受けたのは冒険者なのだとか。
なんでも、冒険者はカレー粉のおかげで旅先での食事に困らなくなったらしい。
その場で仕入れた食材を調理するのに、特別な方法を用いることもなく食べられるようになったというのだから、それも当然か。
猛者になると、沸騰させた湯にカレー粉を入れ、それを携帯口糧に付ける食事だけで十日以上持つという。
冒険者にとって、カレー粉はもはや必需品の1つとして数えられるほどの調味料なのである。
……というようなことを、俺はリアナに説明した。
一部誇張表現があるかもしれないが、まあ大体合っているはずだ。
「これなら、今まで料理をしたことがないリアナにも作れるぞ」
「わ、私だって料理くらいしたことありますわ!」
「だったらナイフを両手で持つな。怖いから」
カレー粉を使った料理は初心者でも簡単に作ることができる。
そう。
さっきから肉を切る用のナイフをこちらに向けてオロオロしているようなリアナであっても、多分美味く作れるだろう。
「アナ、ナイフ貸せ」
「え、で、でも……」
「肉は俺が切るから、お前は火が消えないよう見張っててくれ」
リアナの様子を見ていられなくなったのか、キィスは彼女の手からナイフを取り上げ、別の仕事を与えた。
「いずれは肉を切るのもできるようになってもらうぜ」
「わ、わかりましたわ……」
まあ、料理中における火の管理も重要な仕事と言えるし、キィスの采配は悪くない。
しかし、やはりまだ生物を取り扱うのは彼女には難しそうか。
俺のクラスにも肉を捌くことに嫌悪感を示した生徒がいたし、あまり責められないな。
「あ、わ、わ、ちょ、ちょっとキィス! 火が弱くなってますわよ! ど、どうすればいいんですの!」
「お前そんなこともできんのかい!」
……だが、リアナの役立たずぶりは初期の俺たち以上であることは間違いないだろう。
そうしたやり取りの末、俺たちはやっと朝食にありつけた。
『やってみると料理も案外簡単なものですわね!』とか抜かすリアナには、もれなくパーティーメンバー全員から生暖かい視線が向くことになったけれど、朝カレーは非常に美味かった。