怖がりっ子
ある日の早朝、俺たちはアンデッドモンスターと戦うためにミレイユ大墓地へとやって来た。
ここへ来た理由は、クレールに会うためじゃなく(一応今日も軽く探してみたが、見当たらなかった)、新米冒険者たちにアンデッドモンスターとの戦闘経験を積ませるためだ。
以前にキィスとリアナがここで戦闘をしようとか言っていたからな。
俺も少しは気が利く男になったのである。
『はぁ……なんで僕のパーティーは男ばかりなんだろう……』
そして俺は、4人で話し合いをしている新米冒険者たちを観察しながら、クロード、ねこにゃん、そしてアギトの3人と通話していた。
俺たち地球人が持つメニュー画面からできるこの意思疎通手段は、複数人と同時に行うことも可能だ。
「冒険者になるって連中なら、男である可能性は普通に高いだろ」
『……だったら、どうして俺のほうは女性ばかりが集まっているんだ?』
「それは……知らない」
話を聞く限りでは、クロードは男だらけのパーティー、ねこにゃんは女だらけのパーティーとなったらしい。
2人とも、自分の担当するパーティーに不満を抱いているようだ。
『……女性ばかり? ねこにゃん先輩、僕のパーティーと取り換えっこしませんか?』
『言うと思ったぞ。だが、それはしないようにと、事前に先生方から注意を受けている。ゆえに不可能、悪く思うな』
『くっ……そうですか……』
「…………」
クロードの声からは本気で悔しがっている様子が察せられる。
お前はそんなに女性とパーティー組みたいのか。
『……パーティーメンバーが全員女性なら、担当する地球人も女性でよかっただろうに……どうして俺なんかを起用したんだ』
「その辺の文句は俺たちにじゃなく先生たちに言ってくれ」
おそらく先生たちは、ねこにゃんなら女性冒険者と変なことにはならないだろうと判断して、そういうパーティーを組ませたのだろう。
しかし、男1人で知らない女性の集団の和に入るとか、なかなか酷なことをさせているな。
俺たちにその不満を吐かれても困るけど、少し同情する。
『それで、一之瀬のほうはどうなんだ』
「俺のほうは……ぼちぼちだな。ちなみにパーティーは男子2人に女子2人だ」
ねこにゃんが訊ねてきたので、俺は素直に答えた。
こっちは可もなく不可もなくといった具合で、クロードたちのように不満を持ってはいない。
『ほほう……女子2人……なら僕のパーティーと――』
「俺も先生からそれはするなと厳しく言われている。取り換えっこはナシだ」
『ぐぬぅ……』
クロードがすかさずパーティー交換を要請してきたので、にべもなく俺は断った。
『……ちなみにだけど、その子たちって可愛い? 僕たちより年下?』
「そうだな、可愛いほうだと思うぞ。ちなみに全員年下だ」
『神は僕を見放した!』
さっきからキャンキャンうるさいな、クロードは。
そんなに自分の現状が気に入らないのか。
「野郎だけの空間も良いものだと思うんだが……変に気を遣わなくて良いし」
『粗暴で言うことを聞かない年上の連中を指導することになった僕の立場になっても君はそんなことが言えるのか! 死ね!』
「死ねとか言うな」
なんか、クロードのキャラが崩壊している。
もっと余裕のある奴だと思っていたんだが、身近に女性がいないだけで、こうも取り乱してしまうとはな。
あるいは担当する新米冒険者がそれだけ最悪なのか。
『はぁ……で、龍宮寺のほうはどうなんだ?』
ねこにゃんはため息をつき、アギトのほうに話題を振った。
そういえば、アギトはさっきからやけに静かだ。
『何が、とは何がだ』
『パーティーメンバーについてに決まっているだろう』
『ああ……そのことか。俺もクロードと同じ、全員男のパーティーだ』
アギトは一応俺たちの会話を聞いていたようだ。
全員男か。
やはり冒険者の比率は男のほうが多いことになりそうだな。
『それと、クロードに一つ言っておいてやる』
『……なんでしょう、アギト先輩』
『年や性別、それに態度といったものは、冒険者にとってどうでもいいことだ。冒険者にとって、力こそが唯一無二の価値観。力があることを見せつければ、その粗暴な連中は自ずとお前の指示に従うようになるだろう」
『そういうものでしょうか……?』
『そういうものだ』
アギトの言い分はかなり荒っぽいが、俺も大体同感だな。
俺たちは新米冒険者の導き手として、パーティーを纏めあげなければならない。
そのためには、パーティーメンバーの信頼を勝ち取れるだけの力を誇示することも必要だろう。
まあ、俺が力を見せる場合はモンスター相手限定だけど。
『……と、オイ! 貴様! 誰が休んでいいと言った! まだ休憩の時間まで1時間はあるぞ! さっさと走れ!』
『…………』
『…………』
「…………」
突然アギトが叫んだ。
こいつは俺たちと会話しながら何をやっているんだ。
『ふぅ……まったく。これではよそ見をすることもできないな』
『……もしかして、龍宮寺は冒険者を走らせているのか?』
『ああ、そうだ。冒険者として活動するにしても、まず体が出来上がっていなければ話にならん。俺が管理する以上、基礎からみっちり仕込んでやる』
……なるほどな。
どうやら、アギトは新米冒険者の体作りから始めているようだ。
さっきの怒鳴り声的に考えて、スパルタ方式なのだろうけど、その分ついていけば確実に強くなるはずだから頑張れよ、運悪くアギトとパーティーを組むことになった冒険者たち。
「なあ、シンにぃはさっきまで何1人でブツブツ喋ってたんだ?」
アギトたちとの通話を終えた俺は、キィスたちの傍まで歩いてきた。
「地球人は同胞と離れていても、そいつらと簡単に意思疎通を行う手段を持っている。今のがソレだ」
「へー、便利な力が使えるんだなぁ。俺も欲しいぜ」
「アース人じゃ、魔法に頼らないと難しいだろうな。それはいいとして、リアナのほうはどうだ?」
「あー……まだ駄目そうだぜ」
「……そうか」
そこそこ長い間話していたと思うんだが、リアナはまだ復活していないのか。
「うぅ……私は由緒あるフレイア家の一員ですのに……もっとしゃんとなさい……私……」
リアナは、墓地に棲みつく骸骨モンスターを見たときから、ずっと足腰が立たずにいる。
話を聞くと、どうやらリアナはアンデッドモンスターを今日初めて生で見たのだとか。
初めて見たとはいえ、アンデッドモンスターにビビるとは。
この前は『お化けなんて怖くないですわ!』って言ってたけど、あれはリアナの強がりだったんだろう。
ちなみに、こういった気が抜けている状態を回復魔法でシャッキリさせることはできない
癒しの効果であるため、疲労を回復するには多少意味があるけれど、意識の覚醒とかにはあまり効果がないのだ。
回復魔法も万能ではないということだな。
「お嬢様、お気を確かに」
「え、ええ……ありがとう、セバス」
余程不安だったのか、リアナは今日の活動に執事を同伴させていた。
気品漂う老紳士風の執事さんで、傍にいても特に困ることはない
だが、どこの世界に執事を連れて歩く冒険者がいるのか、とリアナを問い詰めたくなる衝動に駆られてしまうな。
「やっぱり町に戻るか? そんな状態じゃ戦闘なんてできないだろ」
「い、いやですわ! ここで逃げ帰ったらフレイア家の恥! 私は絶対に逃げませんことよ!」
「流石でございます、お嬢様」
「と、当然ですわ!」
リアナはかなり強情で、町へと引き返すという選択を取りたくないようだ。
さっきからキィスたちが説得しているわけだけど、それも効果はなかったみたいだな。
「だったら立て。いつまで地べたに座り込んでいるつもりだ」
「で、でも……腰が抜けて……上手く力が入らないのですわ……」
「リアナお嬢様は幼少のみぎりより怖がりっ子でしたゆえ、こうなってしまうのも仕方がありません」
「怖がりっ子ですか……」
なかなかメンドクサイお嬢様だ。
彼女をここに置いて、俺たちだけでアンデッドモンスターと戦うというわけにもいかないし。
んー……しょうがない。
「……もう日が昇るから、今日のところは町に引き返すぞ」
アンデッドモンスターは夜~早朝ぐらいの時間帯にしか出現しない。
昼間でもたまに見かけることがあるけど、それも本当に極まれな確率で、探すのがメンドウだ。
今日はアンデッドモンスターと戦うために、日の昇らない時刻から俺たちは集まったわけだが、無駄足になったな。
「わ、私は帰りませんわよ! 帰るならあなた方だけで帰って結構ですわ!」
「おいおい……」
俺の決定にすら反抗するとは、よほど今回の出来事は彼女のプライドにキズをつけるものだったんだろう。
しかし困った。
もうこのまま日が昇るまでここにい続けるか?
アンデッドが姿を消せば、彼女も町へ帰ることに賛成するだろうし――。
「はぁ……あんま無理すんなよ、アナ」
「む、無理なんて私はしていませ――っうひゃぁ!?」
と思っていたら、キィスが突然リアナをお姫様だっこし始めた。
「ちょ、ちょっとちょっと! 突然何をしでかしてくださがりやがるんですの!」
「落ち着け。言葉が滅茶苦茶になってるぜ……っていでででで! 顔をひっかくなバカ!」
リアナはキィスの腕のなかで暴れている。
お姫様抱っこはリアナにとって相当ビックリする行為だったようだな。
まあ、俺もちょっとビックリしているけど。
「腰を抜かしたままじゃ動けないだろ……だから町まで俺がお前を抱えて運ぶんだよ……」
「でもお姫様抱っこはないでしょう! こ、こういうことをしていいのは、も、もっとこう……親密な関係の男女だけで――」
「あーうるせえ。もう町まで喋るな、アナ」
頬を赤らめてイジイジするリアナをよそにして、キィスは彼女を腕に抱えたままテクテクと歩き始めた。
「だ、だから私はここで町に戻るなんてしないと――」
「喋んなっつってんだろ。クー、ちょっと手伝え」
「…………」
「え、ちょ、な、なにするんですの。やめ、ふが、ふがが……」
キィスに指示を飛ばされたクーリはコクコクと首を縦に振り、リアナの口を布で塞いだ。
なんだこれ。
俺は今、誘拐事件の現場を目撃しているのか。
「ふご! ふごぐふごふご!」
「動くなっつの。これ以上暴れると肩で担ぐことになるぜ」
「ふご!?」
おいやめろ。
そこまでいったら本当に人さらいとして勘違いされかねない。
「キィス君……レディ相手にそれだけは駄目よ……」
「う……わ、わかってる。冗談だって……」
俺がそれだけはやめとけと言おうとするその前に、エマがキィスに注意を飛ばした。
流石はエマさんだ。キィスの言動に対する指摘は今日も冴えていらっしゃる。
後で彼女をキィスのしつけ係として正式に任命しよう。
「ああ……お嬢様……おいたわしや……しくしく……」
そして執事さんはなぜリアナを助けない。
もしかしてこの人、今の状況を少し楽しんでないか?
「ふごふご……!」
リアナは執事さんに視線を向けている。
だが、執事さんのほうは、まったく意に介していない様子だ。
しかも、ポケットからハンカチを取り出して泣き真似まで見せる余裕すら見せている。
このお嬢様にしてこの執事ありということか。
フレイア家の日常が少し気になる主従関係である。
そんなことを思いながら、俺はみんなと一緒に町へと続く帰路を歩きだしたのだった。
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。