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初給料

 初戦闘を終えた俺たちは、その後もビッグフロッグを4匹倒すことに成功した。


「……全部で5匹、か」


 今日は夕日が落ちてくる頃合いまで狩りを行ったが、合計5匹のビックフロッグを倒すのが限界だった。


 俺はまだまだ平気だったけど、他の4人がへばってしまったのが主な理由だ。

 それに、アイテムボックス縛りの関係上、4~5匹分くらいしか町に持って帰ることができなさそうだったという面もある。


 ビッグフロッグの解体作業に時間を結構取られたという理由もあるけれど、その作業自体はキィスのおかげで全部綺麗にできた。

 なので、冒険者ギルドで換金すれば、肉だけで250ゴールド、モンスターの体内に存在する魔石で150ゴールド、合計400ゴールドが俺たちの懐に入ってくることになる。

 1人頭、80ゴールドの収入だな。


 始まりの町で一日80ゴールド稼げるのなら、物価的に考えて一応食っていくことができる。

 でも、命がけで戦った報酬としては少なく感じる。


 アース人のみの新米冒険者でパーティーを組んだ場合、1日の収入がもっと低くなるだろうし、装備品の手入れやアイテム類の仕入れなどもしなくちゃいけないことを考えると、冒険者としてやっていくことの厳しさが俺にも十分伝わる。


「ふへー……あー、大丈夫かー……エマー?」

「うん……大丈夫……荷物、持ってくれてありがとうね……」


 町への帰り道を歩く新米冒険者たちは全員グッタリしている。


 とりわけキィスは、エマの持つ分であるビッグフロッグの肉が入った袋を担いでいるため、かなりしんどそうだ。

 自分の分の袋もあるっていうのに、頑張り屋だな。


「手伝ってやろうか?」

「……いや、いい。これは俺がやるって決めてるから」

「そっか」


 念のため聞いてみたけど、案の定断られた。


 ここで俺に助けられちゃ男がすたるって心境なんだろう。

 逆の立場だったら、俺も断っていた。


「余裕がおありでしたら……私の分を持ってみても構いませんことよ……?」

「お前は自分で持て」

「ぐぅ……」


 リアナもへばり気味だが、ここで彼女に楽をさせるのはよくないだろう。


 エマは病弱だから、彼女の友人であるキィスが代わりに荷物を持つと言い出しても、俺は否定しなかった。

 でも、リアナは見た感じ健康そうだし、何か体にハンデを持っているという情報も聞いていない。

 強いて言うなら彼女は女の子だが、だからといって冒険者として当然の仕事を免除して良いほどの事柄ではない。


 冒険者は弱肉強食の世界。

 性別の違いが考慮される余裕などない。

 それを言ってしまうと、体の弱いエマが冒険者という職をこれからも続けていけるのかも疑問なんだが、口は出さないでおこう。

 通常、冒険者になる人間は、腕が立つか、何かしらの問題を抱えているかの2パターンだからな。


 ……この辺りは俺の範疇じゃない。

 気にしないでおこう。


「クーリを見習え。さっきから一言も喋らずに黙々と歩いているじゃないか」


 気分を変えるため、俺はリアナにそう言って、クーリのほうを向いた。


「さっきからもなにも……あの子は全然喋らないじゃありませんの」

「まあ……確かに」


 キィスはクーリが喋るところを見たことがあるようだけど、俺はそんなところを見たことがない。


 戦闘時ですら何もしゃべらず、弓矢をモンスターに放っていた。

 命中率はかなり高かったから問題はなかったが、やはり矢を放つ際に声をかけてくれた方が前衛としてはありがたい。

 FFフレンドリーファイアを少なくすることができるからな。


「ちょっとあなた、なんとか言ってみなさいな。じゃないと、あなたに私の荷物を持たせることになりますわよ」

「…………」


 リアナがクーリにちょっかいをかけ始めた。

 それってただ単にお前が荷物を持ってもらいたいだけだろ。


「ん? どうした、クー」

「…………」


 クーリは突然キィスの傍に寄り、顔を近づけた。


「ふむふむ……おいアナ、あんまクーを苛めんな。こいつ、怖がってるぞ」


 どうやら耳打ちでキィスに助けを求めたようだ。


 男同士でいきなり近づくもんだから、そっちの気があるのかと思って少しビックリしたぞ。

 でも、キィスの様子は自然体だし、クーリがこういうことをするというのをきちんと理解していたのだろう。

 以前に喋っているところを見たことがあるっていうのも、おそらくはこういった耳打ちでの会話だったのかもしれないな。


「べ、別に苛めてなんていませんわ! ただ、1人の人間として、自らの意思を他者に伝えることを放棄しては――」

「アーアー、聞こえなーい聞こえなーい。アナの言ってることなんて全然聞こえなーい」

「キィス! ちょっとあなた! 私相手だとかなり失礼じゃありませんこと! そんな態度ですと、私も出るとこ出ちゃいますわよ!」

「出るってどこがだ? 腹か?」

「むきいいいいいいいいいぃぃ!!!!!」


 仲が良いなこいつら。

 もう結婚しちゃえよ。


 地面に寝転がって土ぼこりがつきながらじゃれ合うキィスとリアナを見て、俺は素直で純粋な嘘偽りない心の内からごくごく真面目にそう思った。






「よーし、それじゃあ今日の成果を分配するぞー」


 冒険者ギルドに戻ってきた俺たちは、ビッグフロッグの肉と魔石を換金所にて売り払った。

 時価に多少変動があったようで、合計410ゴールドがパーティーの懐に入ってきた。


 1人につき82ゴールドだな。

 これが新米冒険者たちの初給料となるわけだ。


 正直なところを言うと、俺は82ゴールドを貰う必要なんてないんだが、こういう金が絡むところはキッチリしておかないといけないだろうから、貰うだけは貰っておく。


「それについてですが、私から提案がありますわ」

「ん? なんだ、言ってみろ、リアナ」


 リアナが挙手をしたので、俺たちは彼女に注目する。


「今回の稼ぎはキィスの装備を整えることに使いませんこと?」

「へ? 俺に?」

「そうですわ。だってあなた、教官に助けられてなかったら今日だけで何回危ない目に遭っていたか、わかったもんじゃありませんもの」


 ふむ、確かに。

 俺がいる限りはパーティメンバーに攻撃がいくことなんてまずないけど、もし攻撃がキィスのほうにいっていたらかなり危険だった。


 キィスの装備、厳密に言うと防具は、防御力が見込めるような代物じゃない。

 ビッグフロッグが体当たりをしようものなら、簡単に吹き飛ばされて、骨折なり何なりの重傷を負っていただろう。


「前衛の守りが薄いのでは後衛の私たちも落ち着けませんわ。だから、キィスの装備品を充実させたいと思ってますのよ」

「なるほどな」

「教官も同意していただけますかしら?」

「ああ、そういうことなら、俺の取り分もキィスの装備代に回そう」


 下手な施しはパーティーのためにならないが、こういうことで稼ぎを仲間に渡すなら悪くない。


 俺たちは5人で1つのパーティー。

 仲間を助けることが自分を助けることになるのだ。


「初給料を俺の装備に使っちゃって本当に良いのか?」

「ええ、私は良いですわよ。でも、キィスにはその分戦闘をはりきってこなしてもらいますわ。あと、明日の荷物運びもキィスがやるんですのよ」

「それくらいならお安い御用だぜ! なんだよ、お前良い奴だな! ありがとな! アナ!」

「い、良い奴だなんて……そんなことありませんわ! あと、私はアナじゃなくってリアナとお呼びなさい!」


 リアナはキィスに感謝されて恥ずかしがっている様子だ。


 褒められ慣れていないのだろうか。

 それとも、キィスに褒められたからか。

 どちらにせよ、年相応の可愛らしい反応だ。


 けれど、ここでリアナの意見をパーティーの総意とするわけにはいかない。

 まだ訊ねるべきメンバーが2人残っている。


「エマとクーリはどうだ?」

「私は構いませんよ……それでキィス君が怪我をしにくくなるなら……喜んでお譲りします……」


 どうやらエマは乗り気のようだ。

 彼女は幼馴染が危険なポジションにいるのを不安そうに見ていたからな。

 こういう回答になるのも頷ける。


「…………」


 しかし、クーリのほうは迷っているようだ。

 相変わらず何も言わないが、眉間にしわを寄せて悩んでいるそぶりを見せている。


「あー、無理にとは言わないぞ。これはあくまで強制じゃない。ほら、これがお前の取り分だ」


 ひとまず俺は、クーリに82ゴールド入った袋を手渡した。

 これをどうするかはこいつ自身に決めさせよう。


「……………………」


 数秒ほど手に持った袋を見つめていたクーリは、そこからゴールドを数十枚取り出し、自分の持っていた別の袋に入れてキィスに差し出した。


「……えっと、この分は俺の装備に回してくれるってことか?」

「…………」


 キィスが訊ねると、クーリは首をコクコクと縦に振った。


 クーリにも日々の生活があるから、全部渡すというわけにはいかなかったんだろうな。

 およそ半分ほどはキィスに渡していたから、それでも十分すぎるわけだが。


 こうして俺たちは、今日の収入410ゴールドのうち300ゴールドほどをキィスの装備代に充てることに決定した。






「いらっしゃい、お若いの本日はどんなものをお探し……む? おお、久しぶりじゃのう、≪ビルドエラー≫殿」

「ご無沙汰してます」


 新米冒険者たちを防具屋につれてきた俺は、店に入ってすぐに出くわした老人の店主と挨拶を交わした。

 この人の名前は、確かビーンだったっけ。

 今日も元気そうだ。


「びるどえらー?」

「……俺の通り名だ。気にするな」


 キィスが≪ビルドエラー≫という単語に興味を示した。

 しかし、ここでその名前の意味を教える気はないので、俺はそれを軽く流すことにし、店主のほうへと向き直った。


「今日はこいつの防具を見繕いに来ました」

「オッス! 俺の名前はキィス! よろしくな!」


 俺が紹介をすると、キィスは店主に明るく挨拶をした。


「ほっほっほっ、元気な子じゃな。見たところ剣士であるようじゃが、間違いないかの?」

「俺はいずれ天下無敵の最強剣士になる男だから、間違ってないぜ!」


 最強の剣士を目指してたのか。

 志が高い奴は俺も嫌いじゃないぞ。


「最強剣士……ということは、お主は剣王を目指しておるわけじゃな」

「その通りだぜ!」


 よかったなケンゴ。

 お前を倒そうと頑張る若きライバルがここにいるぞ。


「気概は一人前じゃな。じゃが、装備のほうは半人前以下と見た。どれ、予算を言ってみい。儂がお主に合った最適な装備を選んでやるわい」

「ありがとな! ジーサン!」


 店主はしわくちゃの顔に機嫌良さそうな笑みを浮かべている。


 もしかして、キィスのことを気に入ったのだろうか。

 敬語も何もできていないけど、元気だけは人一倍ある子だから、多分その辺が好印象だったのだろう。


「予算は大体300ゴールドあるぜ」

「ふむ……300か。ちときついが……そうじゃ、これなんかはどうじゃ?」


 キィスが予算を答えると、店主は1つの装備の前まで歩き、それを進めてきた。


 見たところ、その装備は革でできた、軽そうな鎧だ。

 剣士が着込むならスタンダードな防具と言える。

 裏にはきちんと刻印も施されているようで、ステータス補正がきちんとかかっているし、耐久値も削れていない。


 しかし安いな。

 たとえ革製でも、普通ならもっと高いはずなのに。


「結構良さそうな装備ですが、どうして安いんですか?」

「実を言うと、これは中古品じゃ。前の持ち主が頭部を魔物にやられて死んでしまっての、新品同様だったこの鎧を仲間が売り払ったのじゃ」

「ああ……」


 いわくつきの品物ってことか。

 たとえ品としての品質は保証されていても、前の持ち主がそれを着て死んだとあっては、縁起が悪いということで買い手もつきにくい。


 とはいえ、前の持ち主のことを黙っていれば、新品として売ることもできただろう。

 けど、それをあえて説明するとは。

 なかなか良心的な店だな。


「そっかー、じゃあこれくれ、ジーサン」

「え、ちょ、待ちなさいなキィス。あなた、このご老人がおっしゃったことを聞いていませんでしたの?」


 キィスは鎧にまつわる事情を気にしないようだが、リアナはこれを買うことに躊躇する姿勢を見せた。


「ちゃんと聞いてたぜ。でも、俺たちの金で買える一番良い物だっていうなら、これでいいだろ」

「……なんなら、私のポケットマネーで、ちゃんとした新品の方を買ってあげてもよろしくてよ?」

「いや、それは遠慮しておくぜ。これ以上借りを作るわけにはいかないからな」

「むむむ……」


 リアナはキィスの下した決定に反論するのをやめ、俺のほうに視線を投げてきた。

 多分、彼女は俺にも反対側に回ってほしいんだろう。


「キィスの好きにさせてやれ。いわくつきの品を扱って問題あるかどうかは、本人の気の持ちようで決まるんだから」


 俺は迷信とか祟りとか、そういったものを信じちゃいない。

 何かバッドステータスが付いていたりした場合はその限りじゃないが、俺の目にそのような記述は現れない。

 店主の言うとおり、新品同様の革鎧だ。


「どうやら、これで決まりのようじゃのう」

「ああ、これで問題ないぜ!」


 キィスは店主にゴールドの入った袋を渡した。

 取引成立だな。


「もう……夜にお化けが出ても知りませんわよ?」

「お化けが怖くて冒険者稼業なんかできるかっつの。ていうか、リアナはお化けとか怖がるタイプなのか?」

「べ、別に怖がってなんていませんわ!」

「本当かぁ? だったら今度、ミレイユ大墓地のほうに行ってみるか? 不死族アンデッドだけど、お前の怖がりそうな魔物がうじゃうじゃ出てくるぜ!」

「だから怖がってなんてないって言ってるじゃありませんの! 墓地だろうがどこだろうが行ってやろうじゃありませんの!」


 こいつらはすぐ口論を始めるな。 

 しかも、こんなところで騒いだら店に迷惑がかかっちゃうだろ。


「それはそうと≪ビルドエラー≫殿。最近≪死霊王≫の姿を見ないのじゃが、お主は何か知っておるかのう?」

「いや、俺も知らないですね。一応彼女も強いですから、あまり心配はしていませんが」


 店主はキィスたちが騒ぐのを咎めることなく、俺にクレールのことを訪ねてきた。


 まあ、今は俺たちしか客がいないっぽいからな。

 多少騒いだところで気にしないんだろう。


 にしても、この人もクレールの所在については把握してなかったのか。

 本当に彼女はどこに行っちゃったんだ。


「不死族の魔物が現れようとも、私の放つ光魔法でイチコロですわ!」

「言ったな! じゃあもうこれは決定事項な! 墓地に行って泣きべそかくなよ!」


 キィスとリアナの騒ぐ声が店中に響き渡る。

 俺はそれを聞きながら、クレールの所在についてを、人知れず気にかけていた。

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