VS迷宮地下40階層レイドボス
迷宮地下40階層にて行われたレイド戦、その前哨戦とも呼べるザコモンスターとの戦闘が終了した。
「……ここまでは特に問題もなさそうだな」
現時点における俺たちの状態は完璧だ。
少しばかり体力は消耗しているけど、それも精々軽い息切れ程度に収まっている。
HP、MP、回復アイテムも十分にある。
武器や防具も、この程度では壊れたりしない。
「総員、雑魚を蹴散らしたからといって気は抜くなよ! 戦いはここからが本番だ!」
部屋の中央にいるアギトがレイドメンバー全員に伝わる声で叫んだ。
アギトの言うとおりだ。
さっきまでは前哨戦であり、本命であるレイドボスとはこれから戦うのだから、ここで気を緩めるわけにはいかない。
「問題ねえさ! アギト! 今日の俺たちは絶好調だぜ!」
……今の発言をした奴はカイトか。
レイドのなかには、ザコ戦に手ごたえのなさを感じている奴もいるようだ。
「カイトさん。下級生のお手本となる立場の人間が、率先してそんなことを言ってはいけませんよ」
「でもよ、ここのモンスターは弱すぎっぜ。セツナさんもそう思うだろ?」
「まあ……それは否定しませんが」
「俺たちは強くなりすぎちゃったんだよ。レイドボスが出てもヨユーヨユー!」
なんだか物凄く気楽な奴だな。
確かに、ここで出現したザコモンスターは大したことなかった。
地下39階層のモンスターと比べると若干手ごわいと感じたものの、ボス部屋なんだからもう少し骨のある敵が現れるものと思っていた。
なので、カイトの言っていることには俺も少し同意する。
けど、変なフラグが立ちそうだから自重してくれ。
「……おっと、そう言ってる間にボスのご登場っぽいぜ!」
俺たちがカイトに向けて微妙な視線を投げかけていると、部屋の内部に変化が生じた。
アギトたちのいた中央部の地面が突然盛り上がっていく。
「くっ! 前衛は一時引くぞ!」
足場が不安定になったことで、アギトたちは後衛まで下がり始めた。
そして、アギトたちがいたところには巨大な人型のモンスターが――
「で、でかい……」
俺たちの目の前に現れたモンスターは人型ゴーレムだった。
形状については特に問題ない。
だが、これまでの敵とはスケールが桁違いだ。
先ほどまでのザコ戦で見たモンスターの最大身長は精々5メートル程度だった。
なのに、今出現したモンスターの全長はおよそ十数メートル。
最低でも3倍は大きさが違う。
こんなデカいのが地面に埋まっていたとは思わなかった。
部屋の中央部は、もはやクレーターといっていい状態になっている。
それらを全て含めて、俺たちは巨大なレイドボス――キングゴーレムを見上げながら驚いていた。
「……キングゴーレム、か。なるほど、あれがレイドボスのようだな」
アギトがそう呟き、鋭い眼光を俺たちに飛ばしてきた。
「レイドボスのお出ましだ! 総員! 早急に陣形を立て直せ! 前衛部隊は俺に続け!」
「りょ、了解!」
あの巨体に怖気づくこともなく、アギトはメインタンクとして前進を開始した。
今のところ、この部屋のなかに新たな敵が湧き出てくる気配はない。
つまり、俺たちは30人全員であのレイドボスと戦えるということになる。
なら俺も突撃するべきか。少し悩むな。
独立部隊として特別編成された俺たち5人は、他の25人と足並みをそろえて動くことが難しい。
レイドボス以外の敵がいないでは、俺たちの役目がなくなってしまう。
もどかしいけど、どんな事態にも対応できるように、ひとまずここは様子見といこう。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
タゲ取りのために、アギトがキングゴーレムに向かって走る。
……やっぱり敵がでかすぎるな。
アギトもそれなりの高身長だが、キングゴーレムの膝にすら届いていない。
「!? なッ……グゥゥゥゥゥ!!!!!」
キングゴーレムがアギトに蹴りを入れた。
大きさの割に予想外の速さで動いたその足は、アギトの持つ大盾に激突する。
防御は間に合った。
間に合ったのだが……アギトは勢いよく後方へ吹き飛ばされた。
そんな馬鹿な。
『衝撃』という異能を持っているアギトが押し負けるなんて、どれだけの威力があの蹴りにはあったんだ。
「しょうがないなぁもう!」
アギトが吹き飛ばされたのを見ていたノアが、タンクとして前に出た。
ノアの異能は『遮断』。
こっちなら、押し負けるといったことは物理的にありえない。
守りに専念するのであるなら、彼女は間違いなく最硬のタンクだ。
最強のタンクであることは譲れないけど、今キングゴーレムの攻撃を止めている彼女の姿を見れば、そう認めざるを得ない。
「私にそんな攻撃は効か……あ、あれ、ちょ!?」
……と思っていたら、キングゴーレムはノアの立つ地面に手を突き刺し、さながら畳返しのようにひっくり返した。
すると、ノアはアギト同様、俺たちより後方へと吹き飛ばされてしまった。
ノア本人には攻撃が効かなくても、地形には攻撃が効く。
あのモンスターは通常のゴーレムと比べて別次元の知能を有しているようだ。
さっきまで余裕とか言ってた奴出てこい。
全然余裕じゃないぞコレ。
「くそっ!」
悠長にそんなことを考えている場合じゃない。
俺はタンクの代わりを務めるために、アギトとノアがいなくなった前線に向かって駆け出した。
「『エクスヒール』!」
ひとまずキングゴーレムの足元までたどり着いた俺は、ダメージヒールを唱えてみた。
ダメージのほうは……なさそうだな。
これじゃあアタッカーの総攻撃に勝るヘイトを稼ぐことは無理そうだ。
そう思いつつ、俺は回復魔法を無駄打ちしてヘイトを稼いでいった。
「ぐっ!」
すると、キングゴーレムが俺を踏みつぶそうとしてきた。
そんな攻撃に対して俺はちょこまかと逃げる。
このデカブツが。
向こうからすれば俺は虫サイズだから踏みつぶせば事足りると思っているのか。
「シン! こっちもそろそろ攻撃するわよ!」
「ああ! いけ! でもアギトたちが来るまでは加減しろよ!」
「わかってるわよ!」
俺の背後からミナの声が聞こえてきた。
そして、魔術師職や弓兵職ではないアタッカー連中が、キングゴーレムの踝部分へ一斉に攻撃を始めた。
が、その攻撃が始まった瞬間、キングゴーレムはミナたちのほうへと顔を向けた。
「!? ちょっと待て!」
「え……?」
キングゴーレムがミナたちに拳を下ろそうとしている。
それを見て俺は叫んだ。
ダメージは皆無であるとはいえ、俺はさっき回復魔法をキングゴーレムの目の前で唱えまくった。
ヘイトの上昇は、それなりにあったはずだ。
なのに、今キングゴーレムはミナたちに攻撃を加えようとしている。
これはつまり、こいつはヘイトという概念で攻撃をする対象を決めていない……!
「危ない! ミ――」
「ヘルファイア!」
俺がミナたちのほうへ駆け寄ろうとした瞬間、後衛から上級攻撃魔法を唱えるサクヤの声が聞こえ、キングゴーレムの頭部に大きな炎の塊が直撃した。
「敵は無差別に攻撃してくるタイプだよ! 全員気をつけて!」
どうやらサクヤも俺と同じ結論にいたったらしい。
しかも、今の攻撃はキングゴーレムの注意をミナたちから逸らすためのファインプレーだ。
やっぱりサクヤは頼りになるな。
「あんまり無茶するなよ! ヘイトで動いてないといっても、こいつは考えて攻撃対象を選んでるからな!」
「うん! わかった! ありがとうシンくん!」
キングゴーレムの視線がサクヤたちのいる後方に移った。
足元にいる前衛より、後衛の魔術師部隊が脅威と判断されたかもしれない。
俺たちに攻撃がいく分には問題ない。
タンクは防御特化だしアタッカーもそこそこの防御力は備えている。
でも、後衛にまで攻撃が届くようなことは、絶対にあってはならない。
特に魔術師職は、紙装甲+低HPで撃たれ弱いからな。
レベルが高くとも、一撃で沈みかねない。
なので、もしもこのレイドボスが後衛に向かって移動しようとするものなら、俺たちは全力で足止めする必要がある。
「今戻ったぞ!」
「みんなゴメンね! ちょっと油断しちゃったよ!」
と、そこへアギトとノアが前線に復帰した。
2人とも結構遠くへ飛ばされたが、見たところでは大したダメージを負っている様子もない。
このままタンクを続けられそうだ。
だが、ヘイト無視で動く巨大な敵を足止めするというのは難しいな。
こういう敵はとても厄介だ。
「でも……やるしかないか」
そこで俺は気合を入れなおし、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「このデカブツはタンク全員で止めるぞ! ダメージ覚悟で食らいつけ!」
「そうするしかないようだな! タンクは半々に分かれろ! 3年は右足! 2年と1年は左足だ!」
俺の意見に同調するかのように、アギトが怒鳴り声で指示を飛ばした。
右足はアギトとカイトだけで止めるつもりか。
余計な見栄を張ってるな。
だけど、信じてやるか。
あいつらも仲間だからな。
「よし! では前衛攻撃部隊は俺たちの――」
話がまとまりかけていたその時、アギトは視線をキングゴーレムの右手に向けた。
なので俺も見てみると……そこにはキングゴーレムが身近にあった巨大な岩を手に持つ姿が目に映った。
「……!?」
キングゴーレムは俺たちを無視し、後衛にいた魔術師部隊に岩を勢いよくブン投げた。
「チィッ!」
俺は大きく舌打ちをしながら≪身体加速≫を発動させ、全力で走り出す。
敵が近接特化のモンスターだと油断していた。
こんな攻撃を仕掛けてくるだなんて。
「グッ!」
駄目だ。
間に合わない。
このままだと後衛に甚大な被害が及ぶ。
気づくのが遅かった。
もっと早くに気づいていれば、≪範囲停滞≫の範囲内だったのに、岩が遠すぎる。
……クソッ!
「逃げろ! サクヤ!」
加速した状態の俺では、何を言っているのかサクヤたちには伝わらないだろう。
でも、俺はそう叫んだ。
たとえHPが0になっても、蘇生が間に合えば復活はできる。
なので、ここではまだ焦らなくても問題はない。
けれど、俺は目の前でサクヤが死ぬ姿を想像し、つい口走っていた。
他にも危険にさらされている奴はいるのに、つい彼女の名を叫んでいた。
「させるかよ!」
「!?」
そんな俺の叫びとほぼ重なるタイミングで、魔術師部隊のなかから1人の男――カラジマが前に出た。
あいつ、いったい何を――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
カラジマは大声を上げながら目の前にせまる岩を睨みつけた。
そして……その岩の軌道は右に逸れ、カラジマたちの真横を通り過ぎていった。
今のは、もしかして……
「はぁっ! はぁっ! ……ど、どうだ! これが俺の力だ!」
カラジマの持つ異能は『視線誘導』。
俺は今までその力を、攻撃の命中補正に使う程度にしか考えていなかった。
しかし、それは大きな間違いだった。
『視線誘導』は敵の遠距離攻撃を逸らすという用途にも使える。
今の現象を見る限りでは、そう判断するしかないだろう。
カラジマの異能は今日のラストミーティングで知ったばかりという事情もあるからしょうがないという面もあるけど、我ながら思慮が足りなかったと言わざるを得ない。
今回組んだレイドメンバーのなかで最もレベルが低いカラジマがこんな活躍をするなんて。
まったく……よくやってくれた!
「く……ぅ……」
だが、巨大な物体の軌道を変えるのにはそれなりの精神力が必要だったようだ。
カラジマはその場で膝をつき、荒い呼吸をし始めた。
「気をつけろ! 2発目が来るぞ!」
そんなところへ、アギトの声が響いてきたので俺は振り向く。
キングゴーレムが、また岩を魔術師部隊に向かって投げてきていた。
「ま、まだまだ……く……」
カラジマは限界だ。
次の攻撃を防ぐだけの余力は残されていそうにない。
――けれど。
「ナイスファイトだ、カラジマ。あとは俺に任せろ」
俺はカラジマの前に立つ。
そして精神集中を行い、キングゴーレムが投げてきた岩のある範囲へ向かって≪範囲停滞≫を発動させた。
もはや、今の俺は自分の力を隠す気などない。
あとでクラスメイトからどのような視線を向けられるかわからないが、ここで出し渋って後悔するわけにはいかないからな。
それに、ミナやサクヤにはもうバレている。
ザイールたちとの一件で俺が説明を渋って以来、あいつらはこの力について何も訊ねてこない。
でも、龍人族との修行の合間に、俺は異能を制御する訓練を隠すことなく行っていた。
今更あいつらに引かれることはない。
だったら、それでいいさ。
俺はそれだけで十分だ。
「え……?」
「な……なにが……」
「今のうちだ! 早く逃げろ!」
「うん、わかった!」
戸惑う後衛たちに俺は指示を出した。
すると、サクヤが率先して走り出して、ゆっくりと近づく岩の進む方向から退避した。
それに続くようにして、後衛連中はカラジマ以外、俺の背後から全員いなくなった。
カラジマはまだ立てそうにないか。
「……しょうがないな」
俺は大盾を前に出し、≪範囲停滞≫の効力が切れた岩が直撃する衝撃に備えた。
「ぐぅぅぅぅっ!!!」
大盾に岩が命中し、俺は苦悶の声を上げる。
今にも吹き飛ばされそうな衝撃だ。
だが、ここで吹き飛ばされるわけにはいかない。
俺の背後にはカラジマがいる。
なので俺は歯を食いしばり、その場で踏ん張った。
そんなことをしていると、岩は一部が砕けつつも、俺たちの真上を通り過ぎていった。
「……ふぅ……大丈夫か、カラジマ」
そして俺は後ろを振り返って、カラジマに声をかけた。
「あ、ああ……俺は大丈夫だ。というか、お前は大丈夫なのか?」
「ん? ああ、大丈夫だ。HP見ればわかるだろ?」
「いや……それはそうなんだが……なんていうか、規格外だな、お前って……」
カラジマは苦笑いを顔に浮かべていた。
高速で飛んでくる大岩を大盾で逸らしたってだけだろ。
これくらいならアギトでもできる。
「まあ……いっか。それより……助けてくれてありがとな」
「礼なんていらない。仲間を守るのがタンクの仕事なんだから」
「仲間……か、そうだよな。俺たちは仲間……レイドなんだからな!」
俺の言葉に強く相槌を打ったカラジマは立ち上がり、キングゴーレムのほうへと目を向けた。
「うっしゃあ! 俺たちはありったけの魔法をレイドボスにお見舞いしてやるから! 守りは任せたぞ!」
「ああ! 守りは任せろ! その代わり攻撃は任せた!」
カラジマは俺はこんなやり取りをしながら、互いに互いの命運を任せた。
タンク1人が直接後衛を守るという特殊な陣形となったが、もともと俺はこういった非常事態に対応する役割を任されている。
レイドに支障はきたさない。
「ねえシンくん! さっき私の名前呼ばなか――」
「気のせいだ!」
途中でサクヤが話しかけてきたが、俺は勢いでそれを流し、キングゴーレムとの戦闘を継続した。
思い出すと顔が熱くなるから勘弁してくれ。
というか、よく聞こえたな。
そんなことがありつつのレイド戦は、最後まで熾烈を極めた。
俺たちのスキルに惑わされず、自分で攻撃対象を選ぶ巨大なレイドボスに対する守りは常に後手に回った。
けれど、そのような戦いであっても、俺たちは1人も引退者を出すことなく、長い時間をかけてではあったが勝利したのだった。
そうした勝利が、後日に行った打ち上げ会の美味い肴となったのは言うまでもない。