前哨戦
翌日、アースへとやって来た俺たちは、30人のフルレイドを組み、レイドボス討伐のために地下迷宮へと潜った。
レイドメンバーはナバタを除き、以前に行われた攻略会議で決まったメンバーが集結していた。
「うー……マジかー……マジで俺行くのかー……」
そんなレイドのなかで、ナバタの代わりに急遽参戦が決まったカラジマが、居心地悪そうに唸り声を上げていた。
「なにか問題でもあるのかな、カラジマ君? 前はレイド戦に出れないって怒ってたけど」
「いや……参加できるのは嬉しいんだけどよ……なんっつーか、もうちょっとこう、心の準備とかをだな……」
ユミとカラジマの会話を聞く感じでは、やはりいきなりすぎて戸惑っているというのがカラジマの現在状況なのだろう。
まあ、無理もないな。
もともと、1年の魔術師職が欠けた場合、カラジマが代役候補として挙げられていた。
しかし、こんな突発的にレイドを組むとあっては、いろいろ不安要素が多い。
一応カラジマも素人ではないから、ある程度作戦を伝えれば、レイドメンバーとしてきちんと動けるはずだ。
そのあたりについて問題があれば、ギルドマスターたるユミが一言付け加えていただろうけど、それがない。
つまりユミは、レイドメンバーとしてカラジマの実力を認めているということになる。
なら俺も、この男を信じるまでだ。
「もっと堂々としろよ! カラジマ!」
「お前は俺たちの代表なんだぞ!」
俺たちの近くにいた1組連中がカラジマに叱咤激励を飛ばしている。
こいつらはレイドボスに挑むメンバーではないが、39階層まで付き添って不測の事態に備える役割を担っている。
半分ヤジウマ的な意味合いもある連中で、そういうのが学年クラス問わず、なんやかんやで総勢30人くらい集まったわけだが、とりあえずは問題ないだろう。
今日はレべリングをしに来たわけじゃないから、大所帯でも構わない。
近寄ってくるモンスターは数の暴力で蹴散らしてくれるし、俺たちはボス部屋に着くまで楽チンだ。
「この戦いで2組の連中にギャフンと言わせてやれ!」
「異能を駆使すれば俺たちが2組に負けるわけないんだからな!」
でも、少しうるさい奴らが混じっているな。
俺たちの前で堂々とそんなことを言う度胸は認めるけど、お前たちも【流星会】の一員だろうに。
「お、おう……まあ、頑張るぜ」
カラジマは1組の連中に苦笑いを向けつつ答えた。
1組と2組のギルドメンバーに板挟みをくらっているカラジマの心境は想像するに難くない。
俺からは心のなかで「頑張れ」と言うくらいしかできないな。
「うふふ、1年生組はなかなか士気が高そうですね?」
と、そんなことを思っていたら、俺たちのところに【黒龍団】の副リーダーであるセツナがやってきた。
彼女は俺たちを見て微笑ましそうな表情をしている。
ここは別に笑うところじゃないと思うんだが。
「競争意識を持つことは良いことだと思いますよ?」
「……そういうものか」
確かに、対抗意識を燃やして切磋琢磨するのは悪い話じゃない。
自分たちを優位に立たせるために他者を蹴落とすようなことさえしなければ、推奨してもいいくらいの意識だ。
【流星会】に所属している1年メンバーは、口こそ悪いが行動としては比較的大人しい。
ザイールたちのように、曲がったことをする連中にはなってくれるなよ。
「さて、そんな楽しいお話をしている間に到着しましたね」
「あんまり楽しい会話でもなかったと思うんだが……まあいいか」
セツナの言うとおり、俺たちは迷宮地下40階層へと続く階段前までたどり着いた。
ここまでの道中で、レイドメンバーは特に被害らしい被害も受けていない。
全員ベストな状態で戦いに臨めるだろう。
「……よし。総員、準備はいいな?」
【黒龍団】のギルドマスターにして、このレイドの指揮官であるアギトは、階段の前に立って最終確認を俺たちにしてきた。
「俺たちの平均レベルは49。地下40階層程度なら、余裕を持った攻略が可能なレベルと言えるだろう」
地下迷宮『ユグドラシル』の攻略は、基本的に階層数=平均レベルくらいのフルパーティーで問題なく行える。
また、それはレイドボス戦にも似た概念が当てはまる。
地下40階層のレイドボスを倒すには、フルレイド30人の平均レベルが40ほどあれば大丈夫なはずだ。
俺たちの平均レベルが49なら、まず間違いなく楽勝な戦いとなる。
楽勝になるかどうかは、レイドの平均レベルだけじゃなく構成なんかも重要だったりするわけだが、それも問題ない。
「だが、油断はするなよ。俺たちがこれから始める戦いは、ゲームではなくリアルだ。常に不測の事態が起きる可能性を視野に入れて行動しろ」
ゲームではなくリアル。
誰かが管理しているというわけではない。
ゆえに、どんなことが起こっても不思議ではない。
そんななかで俺たちは死に覚えができず、死んだら重いペナルティが待っている。
安全性を十分考慮したレイド戦であるとはいえ、アギトの言うとおり、油断なんて絶対にできない。
アギトの言葉を俺は静かに胸に刻んだ。
「俺から言えることは以上だ。では……進軍を開始する! 俺に続け!!!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
そしてアギトは階段を下りていき、俺たちもそれに続いていった。
「頑張れよ! お前たち!」
「ちゃんと全員生きて帰ってこいよ!」
「私たちはここで待ってるからね!」
俺たちの背後からエールが送られてきた。
今回レイド戦に参加しない奴らの声だ。
あいつらはレイドに入っていなくとも、俺たちの立派な仲間ということなのだろう。
俺たちは30人だけで戦っているわけじゃない。
そう考えると、これから始まる戦いはますます負けられないな。
-
「ボス部屋が見えてきたぞ!」
レイドの最前列からそんな声が聞こえてきた。
地下40階層に降りる階段はとても長かったが、あと少しで戦闘が始まる。
気を引き締めていこう。
「総員! 突撃!」
そして俺たちはボス部屋に足を踏み入れた。
部屋のなかにレイドメンバーが全員入り込んだ瞬間、俺たちが通ってきた通路が重厚そうな扉によってガゴンという音を立てて閉められる。
もう後戻りはできないというわけだな。
「……やはりゴーレムか」
背後の確認をそこそこにして前を向きなおすと、部屋の中央にある地面が変化し始め、石細工のモンスターがわらわらと出現し始めた。
まずはザコモンスターとの戦闘というわけか。
なら、こちらも軽いウォームアップ程度に相手をしてやる。
「よし! いくぞ! フィル!」
「……了解!」
俺とフィルは、レイドの集団から飛び出し、こちらから見て右側にいるモンスターへ向かって走る。
今回のレイド戦で俺が担う役割は、ザコモンスターの殲滅とそれの補助だ。
本当は俺もレイドボスと戦いたかったんだが、アギトとノアがメインタンクになるっていうんじゃ、しょうがない。
タンクとしての技量はあの2人に劣っていないけど、レイドとして背後の仲間と連携をするところまで考えた場合、俺は一歩劣ると言わざるを得ない。
なんだかんだで、アギトとノアは10人以上のメンバーが所属するギルドのマスターだ。
レイドとしての連携で、俺があの2人に勝てるわけがない。
それに、死霊装備を着込んだ俺は、ヒーラーにとって邪魔くさい存在だ。
無理に俺がみんなと混じって戦うと、ヒーラーが扱う範囲回復の難易度を上げる結果になりかねない。
なので、俺は隅っこでこそこそとザコ処理するのがお似合いというわけだ。
ションボリしちゃうぜ。まったく。
でも、そんな俺は決して1人ではない。
ヒーラーの負担を考慮し、俺に合わせて死霊装備を身に着けた仲間が4人存在する。
その4人のうちの1人がフィルだ。
彼女は俺と一緒になって、ザコモンスターの足止めを行う役目を担っている。
「『ハイヒーリング』!」
俺はモンスター集団との間合いを十分詰め、すぐさま範囲回復魔法を唱えた。
この回復魔法はもちろんダメージヒールだ。
普段ならこの攻撃で大ダメージが見込めるのだが……
「……やっぱり効かないか」
一応ヘイトは稼げたようで、人型や犬型のゴーレムモンスターが俺に群がり始めたものの、そいつらがダメージを負った様子はない。
それに、見たところ、この大部屋に存在するモンスターは全部ゴーレムみたいだ。
俺がアタッカーにはなれそうにないな。
まあ、今回はタンク兼ヒーラーということで手を打とう。
「シッ!」
そんなことを思っている俺の近くで、フィルが数体のモンスターに攻撃を加えていた。
彼女は固いゴーレム系のモンスターが相手でも、ひるむ様子をまったく見せない。
両手に持ったクナイで、動く敵の関節部分を正確に突き刺している。
的確に弱点を突いた攻撃だ。
あんな芸当ができるのは高校生でさえ1人か2人しかいない。
流石はフィルだな。
「よし! ナイスだ! フィル!」
「……! ど、ども!」
フィルの攻撃を受けたモンスターは動きが遅くなりだした。
なかにはその場で停止するのもいる。
これはフィルが敵に状態異常系のスキルをばらまいた結果だ。
自身のレベルやスキルレベルが中高生のなかでも異常に高いため、彼女の繰り出す状態異常は成功率がとても高い。
俺の周りにいたモンスターの半数は、フィルの状態異常攻撃によって動きを悪くさせていった。
「そろそろいくよ! シンくん! フィルちゃん! 『ドラゴフレイム』!」
「『エアカッター』!」
「く、『クレイスプラッシュ』!」
そして俺とフィルは、背後からサクヤたちの声が聞こえてきた瞬間、モンスターから大きく距離をとった。
すると、状態異常になっていないモンスターに向かって上級魔法がいくつも飛んでいき、そいつらはその攻撃でHPを0にして消滅した。
なかなか良いタイミングだったな。
『クレイスプラッシュ』を放ったカラジマだけワンテンポ遅かったけど、今日組んだことを加味すれば、まずまずの連携と言えるだろう。
命中精度も特に問題ない。
若干右に逸れかけていたものの、敵に命中するまでには修正されていた。
カラジマは『視線誘導』という異能を所持している。
どういった力なのか詳しくは知らないが、視線を向けただけで目の前に物体を移動させることができるのだとか。
カテゴライズ的には念動力系だな。
念動力ならザイールの仲間が使っていて、俺もくらったことがあるけど、余計な動作を挟まないでいい分、カラジマの異能のほうが強力っぽく見える。
まあ、このあたりの考察をするのはまた今度にしよう。
今は戦いに集中だ。
なにはともあれ、俺とフィルが前衛としてザコモンスターの動きを止め、魔術師職のサクヤ、ピョン太、カラジマが後衛の位置から一斉攻撃をする。
これが俺たち5人の役目だ。
レイドの本隊とは独立した、魔法攻撃に特化したチームとなっている。
そんな俺たちに求められるものは殲滅速度だ。
今回のレイド戦におけるキーパーソンとして揃えた貴重な魔術師職のうち3人も起用しているのだから、俺たちの責任は重大といえる。
「! シンさん!」
「ああ! わかってる!」
モンスターの残党がサクヤたちに目を付けた。
今の攻撃でヘイトが上昇したのだろう。
このままでは後衛に敵が流れてしまう。
しかし、これは想定通りの事態だ。
こうなることを予想して、残したモンスターに状態異常を付与していたんだからな。
加えて、サクヤたちは足の速そうな犬型ゴーレムを優先的に排除した。
動きが悪くなった人型ゴーレムなら、物理的に足止めするくらい造作もない。
俺はサクヤたちへ向かおうとしているモンスターの進む道を盾で塞いだ。
また、フィルもモンスターに攻撃を加え、動きを阻害している。
さっきまでより敵数も少ないから、俺たち2人だけで十分前線維持できるな。
「第二弾いくよ!」
「わかった! いけ!」
そうした足止めをしているうちに、サクヤたちの攻撃準備が整った。
俺とフィルは再びタイミングを合わせて飛び引き、魔法攻撃をもらわない位置まで退避する。
すると、サクヤたちの攻撃が残りのモンスターに降り注ぎ、俺たちが相手をしていた分の敵はすべて消え去った。
「よし! 次行くぞ!」
「りょ……了解!」
「この調子でじゃんじゃんいこう!」
「俺らに敵う相手なんていないぜ!」
「お、おう!」
俺たちの戦意は上々だ。
ナバタの代わりとして入ったカラジマも十分機能している。
このままの調子なら、ザコモンスターを一掃するのも、そう時間はかからないだろう。
「アタッカーは1年が相手をしている奴を狙え! その間は俺とノアがこいつらを一体ずつ引き受ける!」
ふと大部屋の中央部へ目を向けてみると、そこではアギトが大声を張り上げ、周囲の仲間に指示を飛ばしている姿が見えた。
アギトとノア、それに氷室の3人は、そこら辺にいるザコモンスターとは違う敵を相手にしているようだ。
あいつらが戦っているモンスターの名前は『ギガントゴーレム』。
普通の大型ゴーレムよりもでかい人型モンスターが3体そびえ立っていた。
かなり強そうな敵だが、レイドボスではなさそうだ。
多分、いつぞやのレイドボス戦と同じく、今この場にいるモンスターを倒しきったら本命が登場するのだろう。
というか、ちゃっかりと良いポジションに氷室がいるな。
俺とポジションを交換してほしい。
「ぐあっ!?」
……と思っていたら、ギガントゴーレムのパンチをくらって氷室がすっころんだ。
なにやってんだよあいつは。
しっかりしろ。
「後輩の尻拭いができてこそ先輩というものだ……セイヤッ!」
そんな氷室にギガントゴーレムが追い打ちをかけようとしていたが、それは1人の3年生――盗賊職から派生した『ローグ』のねこにゃんによって防がれた。
ねこにゃんは歩いている途中だったモンスターの足に蹴りを入れ、重心をぶれさせて立ち止まらせたのだ。
「うおおおおおおおおおおおお! 流石はねこにゃんさんだ!」
「ねこにゃんさんはいつでも頼りになるぜ!」
なかなか人気があるな。
ねこにゃんといえば、以前に中高生部門の決闘大会に参加して、フィルに僅差で敗れた奴だが、なんでか熱狂的な支持層がいるみたいだ。
まあ、実際のところ強いし、ネタネームであることに目を瞑れば頼りがいのある人物なのだろう。
今回のレイド戦に参加している2年生の『ああああ』や、今は何やってんのかよくわからない1年生の『ダークネスカイザー』といった奴らと同様、ねこにゃんはギルドに所属していない、はぐれ者だ。
基本的に団体行動をすることが義務付けられているにもかかわらずソロをやっている連中は、性格面で一癖も二癖もある。
しかし、仲間のフォローを迅速に行えるあの対応能力を見ると、どこかしらのギルドに入ればいいのにとか思ったりもしてしまう。
あんまり人のことを言えた話じゃないけど。
「大丈夫か、1年」
「は、はい! 大丈夫です! ありがとうございます!」
HPバーがそんなに削れてないから全然心配していなかったけど、どうやら氷室は問題なく前線に復帰できそうだ。
俺はねこにゃんに感謝の言葉を述べる氷室を見ながら「ふぅ」と軽く息を吐き、フォローに行こうとしていた足を再びザコモンスターのほうへと向けた。
「さあ! 早いとこザコ処理を終わらせるぞ! 『ハイヒーリング』!」
こんなことがありつつも、俺たちはモンスターと戦い続けた。
やはり、みんなのレベルが高いので、敵との戦闘がとても楽だ。
たまに氷室みたいなポカをする奴はいるけれど、それで戦線が崩壊するようなことはなく、非常に安定感がある戦いだった。
そんな戦いを始めてから20分ほど経過したころ、俺たちはフロア内にいるザコモンスターをすべて殲滅することに成功したのだった。