決戦前日
レイドボス戦に向けての訓練を始めてから、それなりの期間が経過した。
その間、2年だけでなく3年も交えた合同訓練を行った俺たちは、そこそこレイドっぽい動きができるまでに成長していた。
「明日はみんなで力を合わせて頑張ろうね」
そして、俺たち1年生は学校の食堂に集まり、ミーティングを行った。
レイド戦が行われるのは明日だからな。
地球でのミーティングは、これが最後となる。
とはいっても、作戦的なものはアースにいるときに立てているので、激励の言葉をユミこと弦義が口にするだけの緩いものだ。
「レイド戦で僕たちが得た素材アイテムはギルドの生産系メンバーに全部渡すから、楽しみにしててね」
「おう! 楽しみにしてるぞ!」
生産組の代表格であり、アースではロックと名乗っている岩崎が、満面の笑みを浮かべて弦義に相槌を打った。
レイドボスがドロップする素材アイテムは希少品で、加工すれば高性能な装備品に生まれ変わる。
また、生産連中にとっては、加工するのにレアアイテムを用いるとスキルレベルの上がりが良いため、とても助かるらしい。
岩崎たちが喜んでいるのも、それが理由だ。
「今回も凄い装備を作るから、お前たちも楽しみにしてろよ!」
「うん、楽しみにしてるね」
加えて、高性能の装備を生産組のギルドメンバーが作製したら、その装備は戦闘組のギルドメンバーに支給される。
それによって戦闘組の戦闘力はさらに増し、良い素材を集めるのも容易になっていく。
こうした、お互いに持ちつ持たれつの関係を築くことで、ギルドの組織力が上がっていくわけだ。
まあ、俺とフィルはギルドに所属していないから、そういった輪のなかには含まれていないんだけど。
やっぱり俺も【流星会】に入れてもらおうかなぁ。
前に弦義から誘われたことがあったけど、俺はそれを断った。
けど、こうしたギルド内のやり取りを見せられると、無性に入りたくなってくる。
でも、俺がギルドに入ったら、【流星会】に所属する1組連中はどう思うか。
カラジマとかは心のなかで歓迎してくれるだろうけど、他の奴らからは非難の声が殺到するかもしれない。
とりあえず、ギルド云々に間しては保留にしておこう。
今は明日のレイド戦に備えて気力を充実させることが重要だ。
「……ん? どうかしたか、生天目」
「い、いや……別に……」
そんなことを思っていると、氷室と生天目の話し声が聞こえてきた。
俺は、その二人がいるほうへと視線を向ける。
そこには、青ざめた顔をしている生天目を氷室が気にかけている姿があった。
「少し……調子が悪いだけだ……」
「調子が……? なら保健室に行くかい? 付き添ってやるから――」
「! いや、いい……そこまで調子が悪いわけじゃない……」
「……本当にそうかい?」
生天目の様子は明らかにおかしい。
顔色が悪いのもそうだし、体を小刻みに震わせているのも気にかかる。
どう見ても病人のソレだ。
「一休みしたら良くなるから……ほっといてくれ……」
「念のために保健室へ行くべきだと思うぞ、生天目」
「……一之瀬」
困った顔をしている氷室の代わりに、俺は生天目へ忠告を飛ばした。
「もしかしたら明日のレイド戦を欠病しかねないとか思ってるのかもしれないけど、体調が悪いときはやせ我慢するな」
「や……やせ我慢なんてしてない! 本当に少し休めば治る!」
「ちょ、生天目!」
生天目は俺の言葉が癇にさわったのか、怒鳴り口調で大声を出しながら立ち上がった。
すると生天目は突然クラっと体をよろめかせ、そのまま床に倒れ込んだ。
「う……」
「おい! 生天目! 大丈夫か!」
俺は生天目を抱き起して声をかけた。
「うぅ……だ、大丈夫だ、ただの立ちくらみで……大げさなんだよ……」
「……ただの立ちくらみでも、倒れるほど弱っているのは放っておけないな。一之瀬、生天目を保健室に運ぶから手伝え」
「ああ、わかった」
氷室の命令に従う気なんてサラサラないけど、今は生天目の体調が心配だ。
「よし、いくぞ」
俺と氷室は生天目に肩を貸し、両サイドから持ち上げた。
そんな俺たちの様子を弦義たちは心配そうな顔をして見ている。
「や、やめろ……ほ、本当に大丈夫だから……」
「うるさい、お前は保健室に着くまで黙っていろ」
「君が大丈夫かどうかは養護教諭が判断する。明日のログインについてもだ」
「ぐぅ……」
生天目は弱々しく抵抗を試みていたが、俺と氷室はそれを無視し、保健室へと歩き出した。
保健室の先生の話によると、生天目の症状は貧血だろうとのことだった。
しかし、念のために大事を取って、明日のログインは控えるようにと告げられてしまった。
明日ログインできない。
それはすなわち、地下迷宮のレイド戦にも参加できないということになる。
レイド戦には、できるだけ万全の状態で挑むよう調整が行われているが、1人程度の欠員が出たくらいで攻略を延期することはない。
生天目が参加できなくても、代わりの奴が参加する。
レイド戦は予定通りの日程で行われることだろう。
「…………」
「…………」
「…………」
ベッドの上で横になっている生天目の表情は暗い。
元々体調が芳しくなかったというのもあるだろうけど、レイド戦に参加できないということが決まったせいで、かなり落ち込んでいるように見える。
こんなとき、なんと言って励ませばいいのか。
俺と氷室は顔を見合わせ、互いに「なにか言えよ」という視線を飛ばし合う。
「……また、俺だけおいてけぼりか」
と、そんなとき、生天目がポツリと呟いた。
それを聞いた俺は首を傾げる。
また、とはどういう意味だろうか。
レイド戦に参加できなくて悔しがっているのだろうけど、生天目は他のなにかについても悔しがっている気配を感じる。
「……もしかして、まだ仙道たちのことを気にしているのかい?」
「…………」
氷室が「仙道」という言葉を発すると、生天目は一瞬体をピクッとさせ、俺たちに背中を向けた。
仙道たちといえば、かつて生天目がよくパーティーを組んでいた、俺たちのクラスメイトだった奴らのことか。
「……あのとき、俺がログインできてれば、仙道たちはいなくならなかったかもしれないんだ」
「いなくなるって、仙道たちは別に死んだわけじゃないんだぞ?」
記憶の欠落で俺たちのことは忘れられてしまったけど、あいつらは別のクラスで元気にやっている。
アースでは死んでしまったかもしれないけど、地球ではちゃんと生きてるんだ。
「でも……仙道たちが俺たちの近くからいなくなったことには変わりないだろ……?」
「まあ、確かにそうだけど……」
「そうなった原因は俺にあるんだ……俺の体がもっと丈夫で、あの日もちゃんとログインできていたら、あいつらは今も俺たちと一緒にレイド戦を戦ってたはずなんだ……」
「…………」
生天目は、仙道たちがアースからいなくなった原因は自分にあると思い込んでいるのか。
仙道たちがいなくなったあの日、もしも生天目がログインしていて、あいつらとパーティーを組んでいたら、誰もいなくなることはなかったんじゃないのか。
そんな「もしも」が生天目を悩ませているのだろう。
「だが、生天目がいても、どうにもならなかったかもしれない。むしろ、生天目も巻き添えになっていた可能性もあると俺は思うんだが、その辺はどう思うんだい?」
氷室が反論意見を挙げた。
確かに、その可能性も否定できない。
仙道たちがやられた状況は不明瞭だ。
ただモンスターに殺されただけかもしれないし、何者かの悪意が引き起こした人災なのかもしれない。
こういった状況では、どのように行動できていれば最良だったのかなんて、簡単に導き出せるものでもないだろう。
「でも……でも……俺があのときいなかったことは事実なんだ……俺だけが生き残ったことは事実なんだよ……」
5人パーティーの残り1枠はコロコロ変わっていたらしいけど、仙道、倉橋、松田、それに生天目の4人は固定メンバーとして動いていた。
そして、仙道たちのパーティーから、仙道、倉橋、松田がいなくなった。
残った生天目の心境は複雑なものだっただろう。
「あんな思いはもう嫌なのに……今回も俺は……みんなにおいてかれるんだ……」
「…………」
生天目は仙道たちとの一件と今回の一件にデジャブを感じているのだろう。
だったら、俺がここで言うべきことは決まっているな。
「安心しろ。俺たちは仙道たちみたいに引退したりなんてしないから」
「一之瀬……」
「なんてったって、俺がいるんだからな。タンクとして俺がみんなを守る。だから、誰もいなくなったりしない」
生天目は、自分が不在の間に仲間が消えるのを恐れている。
しかし、今回のレイド戦には俺も参加するのだ。
タンクの俺が、みんなを守るのだ。
「俺のタンク性能がどれほどのものかは、お前も十分知ってるだろ?」
「ま、まあ、一応レイド組んでたからな……」
「なら俺を……仲間の力を信じてくれないか?」
「仲間……を?」
「ああ」
クサいセリフだけど、今の俺は大マジメだ。
俺は肩を並べて戦う奴は全員仲間だと思っている。
だから生天目も俺の大事な仲間だ。
「はぁ……おいおい、タンクは一之瀬だけじゃないぞ? 俺もタンクとしてレイドに参加するんだ。一之瀬じゃあ不安を感じるかもしれないが、俺なら信じてくれるだろう?」
氷室も茶化すことなく、余裕そうなツラをして俺の言葉に乗ってきた。
「いいや……お前とは結構長くレイド組んでるからな……信じてないなんてこと……あるわけない」
「そうかい? それならいいんだが」
「まあ……タンクを任せるなら一之瀬のほうが安心するけど」
「うぐ……そ、そうか……」
どうやら生天目は少しだけ元気を取り戻したようだな。
軽口をたたいて氷室に苦い表情をさせた生天目に、俺は心の中でサムズアップした。
「ああ……わかった……俺は仲間を信じるよ」
そして生天目はこちらに顔を向けず、震える声でそう言った。
鼻水もすすっているから、もしかしたら涙目になっているのかもしれない。
「……絶対帰ってこいよ……俺はここで……待ってるから」
「りょうかい。大船に乗ったつもりで待ってろ。で、早く体調を治して俺たちとまた遊ぼうぜ」
「帰ってきたら土産話をたくさんしてやるから、覚悟するといい」
こうして俺と氷室は生天目に勝利を誓い、保健室をあとにしたのだった。
「どうやら生天目君とも仲良くなれたようだね」
「……なんだ、いたのか、弦義」
「一応ギルマスだしね」
保健室の外に出ると、そこには弦義がいた。
「盗み聞きをしているくらいなら、君もなかに入ってくればよかったんじゃないかい?」
「いやあ、本当は僕もそうしようかと思ってたんだけど、2人が妙に熱くなってたから、割り込みづらくなっちゃったんだ」
「べ、別に熱くなんてなっていない。勘違いしないでほしいな。それにあれは一之瀬が言い出したことであって、俺は軽く相槌を打った程度のことであって……」
氷室は焦った様子で弦義に弁解を始めた。
それを弦義は微笑を浮かばせながらも聞き続けている。
なんというか、弦義に若干弄ばれてる感があるな。
いつも優しそうなツラをしているくせに、ちょっと黒いところがあるから油断できない。
「……で、話は大体聞いてたんだろ?」
「あ、うん。生天目君が今回のレイド戦を欠席するってことでいいんだよね?」
「そうだ」
俺は弦義に微妙な視線を送りつつも話の軌道修正を図った。
「だとしたら、早急に魔術師職のメンバーを補充しないといけないよね」
なんだかんだで弦義は、今の状況を正しく理解しているようだ。
生天目が参加できないので、その枠を埋める必要がある。
そして、できることならレイドのジョブ比率や学年比率をいじりたくない。
補充するメンバーは生天目と同じ魔術師職の1年生であることが望ましい。
「まあ、この場合は彼に頼むのが最善だろうね」
「彼?」
「うん、彼」
「そっか……」
弦義が誰に声をかけようとしているのかは、なんとなく理解した。
でも、本当に大丈夫なのだろうか。
いろいろな意味で。
「じゃあ、僕も生天目君のお見舞いをしてくるよ。積もる話はそのあとで」
「あ、ああ、わかった」
俺が一考しようとしたところで、弦義は保健室のなかにさっさか入っていった。
ここで立ち話をし続けるというのも疲れるからな。
ほどほどにして切り上げたということか。
「なあ、一之瀬。今の会話で誰がレイドに補充されるのか、君にはわかったのかい?」
「わかったもなにも、お前だってなんとなく察してはいるんだろ?」
「それは……そうなんだが」
氷室の表情は渋い。
もしかしたら、あいつをレイドに加えて問題ないか不安なのかもしれないな。
俺も少し不安だけど、一定以上の強さを持った1年生の魔術師職といえば限られている。
そして、あいつはその強さを持った魔術師職であり、生天目の代わりとして真っ先に挙がる人材だ。
ここで起用しなかったら、1組の連中からなにを言われるかわかったもんじゃない。
「一応、あいつ自身はマトモだよ。だからレイドを組んでも問題ないさ」
「そうだといいんだが」
俺はあいつがレイドに参加するのに賛成した。
レベルが少し心もとないけど、多分大丈夫だろう。
1年1組のなかで最も優秀な魔術師職と目される……カラジマなら、な。