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「今日の訓練はこれで終了! みんなゆっくり休みなさい!」


 迷宮から町に戻ってきた俺たちはノアの言葉を聞き、へとへとになった体を引きずりながら宿へと向かって歩き始めた。


 【Noah's Ark】との連携は、まずまずといったところだった。

 レイドとしてここ数日ほど一緒に戦闘をこなしたわけだが、予想よりも上手くいって少し驚かされた。

 だてに2年の代表ギルドを務めているわけじゃないってわけだな。


「ぐぅ……つ、つかれた……」


 しかも、【Noah's Ark】は結構なハイスピードでモンスターを殲滅していた。

 2年1組のギルドメンバーが保有する強力な異能アビリティをフル活用しているからこそ実現できる速度だった。


 けれど、1年2組所属のナバタは異能に頼れない。

 俺はハードなレべリングに多少慣れているところがあるから、異能を使わなくてもピンピンしているけど、こいつは今も肩で息をしていて非常に疲れた様子だ。


 今ではもう昔のことに感じられるほど前の話になるが、ナバタはかつてクラスメイトだった仙道たちと組んでいた。

 そして、仙道たちがMPKらしきものにあってアースから引退(いなくなった奴らのことを俺たちの間で最近そう呼ぶようになった)したとき、こいつは地球で体調を崩していてアースには来ていなかった。


 あまり深く聞くことはしないけど、ナバタはもともと体力がないんだろう。

 アースでの俺たちの体は丈夫な補正を受けているはずなんだけど、魔術師職だからその補正もあまり効かなかったのかもしれない。


「大丈夫か、ナバタ」

「! だ、大丈夫だ! お前に心配される筋合いじゃない!」

「そっか」


 ナバタに肩を貸そうとしたが、断られてしまった。


 最近では隔たりを感じることも少なくなってきたけど、まだ俺は何人かのクラスメイトから嫌われてるっぽいんだよな。

 嫌われてる理由はいろいろあるだろうけど、できればクラスメイトとは仲良くしていきたい。


「助けが必要なときは遠慮なく俺を頼れよ」


 なので俺はナバタにそう言った。


「……お前の助けなんていらない。俺のことはほっといてくれ」


 するとナバタは顔を俯かせ、早足で俺を抜き去って宿のなかへと入っていった。


 ほっといてくれ、か。

 まあ、本人がそれを望むなら、俺もこれまで通りの接し方をしよう。


「……うおっ」

「…………」


 と、そんなことを考えていた俺の目の前に、この間つっかかってきた1組のカラジマとその仲間らしき集団が現れた。


 どうやらカラジマたちも今、宿に戻ってきたところらしい。

 着ている装備の汚れ方から察するに、どこかで狩りをしてきたのだろう。


 人数からして、レイドを組んでいたっぽいな。

 しかも、1組と2組の混成レイドだ。

 なんだかんだで上手い関係が結べている奴もいるということか。


 レイド戦には参加しない連中だが、それでへこたれずに今までレべリングをしていたのなら、これから芽が出ることも十分ありえる。

 地下40階層の攻略は楽しみだが、こいつらのうちの誰かが参加するかもしれない地下50階層の攻略も、今から楽しみだ。


 とはいえ、1組の連中とはできるだけ接触を避けたい。


「よお、≪ビルドエラー≫。お前もレべリングの帰りか?」

「そんなところだ」


 俺はカラジマの問いかけに軽く答えた。


 1組の生徒は、ザイールたちのことがあるから、あんまり話したくない相手だ。

 しかし、話しかけられたのなら受け答えくらいはする。

 それくらいの必要最低限な愛想は俺も持っているからな。


「おい、ちょっと待てよ」

「…………」


 早いとこ部屋に戻って休もうと思って足を動かそうとしたそのとき、俺はカラジマに呼び止められた。


 なんだよこいつは。

 お互いに不干渉でいればいいものを。

 どうしてわざわざ絡んでくるのか。


「……んだよ、その嫌そーな顔はよお」

「実際にその通りなんだから仕方ないだろ。俺になんの用なんだ」


 話をするなら、できれば手早く済ませてくれ。

 カラジマが今見ている俺の顔には、そんな心情がありありと映っているだろう。


「ちょっとツラ貸せ。話がある」


 けれど俺の思いは届かなかった。


 ツラを貸せとか、どうするつもりなんだ。

 もしかして、元クラスメイトのお礼参りでもするつもりか?


「安心しろ、別に喧嘩しようってわけじゃねえからよ。それに、話すのは俺1人だ」


 俺が警戒心を高めていると、カラジマは近くにいた仲間を宿のほうへと歩かせた。

 するとこの場には、俺とカラジマの2人が取り残された。


「……わかった。行ってやる」


 一対一で話すというのであれば、それに応じないわけにはいかないだろう。

 ついていった先でお仲間が待ち受けているという可能性もありうるが、そんな突発的に罠を張れるものでもないはずだ。


 俺は周囲を警戒しつつ、歩くカラジマの後を追った。






「ここがちょうどいいか」


 カラジマと一緒に町のなかを歩くこと5分といったところで、俺たちは薄汚れてひっそりとした裏道で対峙した。


 さあ、俺になんの用なのか。

 この場で洗いざらい吐いてもらおう。


「だからそう警戒するなっつの。そんなに俺が変なことを企むような奴に見えんのか?」

「……悪い。ザイールたちのことを思いだすとどうしても、な」

「そうか……やっぱそうだよなぁ……」


 俺の回答を受けたカラジマは頭を掻きながら眉間にしわを寄せだした。


「なんっつーか、こういう言い方もどうかと思うんだが、1組の全員がザイールたちみたいな奴ってわけじゃないんだぜ?」

「そうなのか?」

「まあ、『俺こそがナンバーワンだ!』みたいな感じで威張り散らしてる過激派はまだいるけどよ、少なくとも【流星会】に入ることを決めた1組の連中は、俺も含めて比較的マトモな部類だ」

「ふぅん……」


 自分でマトモとか言う奴はマトモじゃないことが多いと思ったりもするけど、一応カラジマはザイールたちより会話が成立しそうな雰囲気だ。

 さりげなく周囲に気を配っても、俺たち以外には誰もいない。


 つまり、とりあえずカラジマは町中で剣を抜くようなバカヤロウではないということだ。


「でも、今の話を聞く限りではヤバい奴も1組にまだいるわけだよな?」

「否定はしねえよ。ただ、あいつらもヘタにちょっかいをかけたらザイールたちのようになるんじゃないかって思ってるっぽいから、【流星会】のメンバーに危害を加えるようなマネはしてこねえよ」

「? 【流星会】のメンバーだと危害を加えないのか?」

「ああ。だってそこにはザイールたちが喧嘩をふっかけた連中が多くいるからな」


 なるほど。

 確かにザイールたちは最初、俺と【流星会】の主要メンバーであるミナ、ユミ、マイ、サクヤを潰しにかかってきた。

 また、この状態でザイールたちの退場理由がよくわかっていないのなら、1組連中が【流星会】にあまり手を出したくないと思うのは普通のことだろう。


「念のために訊くが、ザイールたちがいなくなったのは、あいつらの自業自得なんだよな?」


 と、そこでカラジマは俺の目をまっすぐ見ながら問いかけてきた。


「ザイールたちがいなくなった理由を教師連中は隠しているし、ユミたちに訊いても微妙な顔をする。実際のところ、あいつらはお前らに返り討ちにあったんだろ?」


 カラジマの目は真剣そのものだ。

 多分、ここだけはハッキリさせておかないといけないと思っているのかもしれない。


「……そうだ。あまり口にするべきことじゃないが、ザイールたちは俺が倒した。そうしないと今後、仲間が危険にさらされるかもしれなかったからな」


 ザイールたちがどうやって倒されたのかわからなかったから、1組連中は【流星会】にちょっかいを出すことをしなかったんだろう。

 しかし、あいつらをミナやサクヤが倒したかもしれないという誤解は解くべきだと思い、俺はカラジマの問いに正直に答えた。


 本来なら、地球人プレイヤー地球人プレイヤーを倒すなんてことは許されない。

 地球でだったら殺人罪が適用されてもおかしくない所業なのだから。


 とはいえ、ザイールたちは越えてはいけないラインを越えてしまった。

 俺が引導を渡さずとも、あいつらの運命は似たり寄ったりの結果となっていただろう。

 なので、俺はあのときのことを思い出して後悔したりはしない。


 だが、どんな理由があったとしても、ザイールたちを手にかけたという事実は人聞きが悪い。

 あのときにおける最善は、ザイールたちを先生たちに任せることだった。

 わざわざ俺が手にかける必要などなかったのだ。


 にもかかわらず、俺は自分の手であいつらを倒した。

 ミナたちを危ない目にあわせてしまったことへのケジメや、学校側の処罰が軽いものになってしまうことを憂慮した結果でもあるけれど、多分、あのときの俺は腹が立っていたんだろうな。

 俺もザイールたちのことを悪く言える性質たちじゃあない。


 けれど、それでミナたちが地球人プレイヤー殺しの疑惑を向けられてしまうのであれば、俺はそれを否定しなければならない。

 ザイールたちは俺が1人で倒したのであって、ミナたちに非は一切ないのだから。


「『俺が』……ねぇ……お前って、もしかしていらない責任を自分1人で背負い込むタイプ?」

「うるさいな。で、俺の言葉をお前は信用するのか?」

「信用してやるよ。お前ならザイールたちを返り討ちにしたって言っても納得できる。なんたって、決闘大会の優勝者様だからな」

「ならいい」


 余計な分析を挟まれたが、とりあえずは信用してくれるようなので、この件に関してはこれ以上何も言わないでおこう。


「そういうことなら、俺たちからお前に言うことは特にない。ザイールたちは身から出たサビで引退した。それだけの話だったんだからな」


 どうやら、この話はこれでお終いらしい。

 もっと突っかかってくるかもしれないと身構えてたんだけど、案外あっさりしてるな。

 それだけザイールたちが傍若無人で嫌われていたということかもしれない。


「だけど、お前たちは【流星会】にどうして入ったんだ? 2組主体のギルドなんかに入ったら、1組の過激派が黙ってないだろ」

「……正直なところ、あんまよくねえなあ。1組は【流星会】に入った俺たちと過激派で半々に分かれて絶賛対立中だ」

「へえ」


 なかなか大変そうなことになってるな、1組は。

 俺は2組で本当に良かった。


「……まっ、そういうわけだから、俺たちはお前たちの味方だぜ。ここに呼んだのも、それが言いたかったんだ」

「味方……」


 こんな人気のないところに呼ぶもんだから少し警戒したけど、カラジマは悪い奴じゃなさそうだな。

 俺や2組の連中に危害を加えない限りは、こいつのことを信じてもいいかもしれない。


「でも、お前の口からそんな言葉が出るなんて思わなかったな」

「……んだよ、キャラじゃないって言いてぇのか? そんな互いを知りあってるっつぅ仲でもないだろ」

「普段のお前がどんな奴なのかは知らないが、この前会ったときは怒ってたから、多分俺って1組の連中に嫌われてるんだろうなって思ってたんだよ」

「ああ……そういうことか」


 カラジマは俺の説明を聞くと、頭をガリガリ掻きつつ苦い表情を浮かべた。


「≪ビルドエラー≫が1組では良く思われてないっつうのは合ってるぜ。だけど、俺個人の話では、そこまでお前を嫌ってなんてねえぞ」

「そうなのか?」

「……いつも女を引き連れてることに関してだけはちょっとイラッとするけどな」


 へ、へえ……

 女性関係以外では、ねえ……

 なかなか正直な奴だ……


「……じゃ、じゃあ、この前はどうして怒ってたんだよ」

「一応俺は【流星会】に入ってる1組メンバーのまとめ役みたいなことをしてっからな。あの場合はああいうことを言っとかねえと、周りが納得しねえんだよ」

「ふぅん……」


 なるほどな。

 確かに、あのときカラジマが言ったことは【流星会】所属の1組が抱く不満の代弁だった。

 結局、1組連中は宿に戻ったあとでユミに説き伏せられたらしいけど、ああいう主張は誰かしらがやらないといけなかったことなんだろう。


「なんだ、人にいらない責任を背負い込むタイプとか言っておいて、実のところはお前がそういうタイプなんじゃないか」

「そ、そんなんじゃねえよ! ただ、仲間といるときの空気を嫌なカンジにしたくねえってだけの話なんだよ! 勘違いすんな!」


 勘違いすんなといわれてもな。

 仲間のためになにかをしようとしているというのなら、それはとても良いことだろう。


 1組にもこんな奴がいたんだな。

 俺も少し偏見を緩めよう。


「……ちっ、変なこと話しちまった……俺の話はもう終わったから、これで帰らせてもらうかんな」

「ああ、それじゃあ俺も帰るか」


 同じ宿に泊まっているので、俺とカラジマは2人で一緒の方向に歩き始めた。


 まさか、1組の奴と雰囲気良く並んで歩く機会が訪れるとはな。

 ザイールたちとイザコザがあったときとは大違いだ。


 でも、念のために一応クギを刺しておこう。


「……言っておくが、お前たちが【流星会】を裏切るようなマネをしたらタダじゃ済まさないからな」

「わかってるよ。競争よりも共栄のほうが良い。好き好んで【流星会】や≪ビルドエラー≫に喧嘩を売るようなことはしねえさ。俺たちを裏切らない限りはな」


 競争よりも共栄のほうが良い、か。

 悪くない言葉だな。


 身内に甘くなり過ぎたり、発展意欲を失えば共栄という道も腐るが、カラジマたちとなら上手くいくだろう。

 お互いに利益があると思わせ続ける努力が必要なわけだからな。


 カラジマたちは1組の過激派をけん制するために【流星会】の武力を頼るし、【流星会】はカラジマたちを傘下に加えて組織力を上げる。

 【流星会】では今のところ二軍的ポジションに甘んじていても、1組であるなら強力な異能が使えるからな。

 レべリング効率や素材集めも捗ることだろう。


「だけど、俺たち以外の1組には気をつけろよ。ザイールほどじゃあないと思うが、倫理観がかなり麻痺ってる奴もいるからな」

「わかった」


 倫理観については、ある意味しょうがないといった面もある。

 異能を持った人間は、その力が強大であればあるほど社会から弾かれるのだから。

 そのことが原因で歪んだ奴も多いだろう。

 俺も人のことは言えない。


 そんなことを思いながら、俺はカラジマの忠告を胸に刻んだ。


「あと、もう一つ言っておく」

「? なんだよ」

「俺のことは≪ビルドエラー≫じゃなくてシンと呼べ」

「……お前って小さいことに拘るのな、シン」


 カラジマは口をへの字に曲げつつ、早足で俺の前を歩いていった。


 こうして俺は1組への偏見を一部緩め、カラジマと一緒に宿へと引き返したのだった。

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