むしろいびる
「紅vsナバタ! 決闘開始!」
「さあ! 来な後輩! あたいが根性入れてやる!」
「う、うらああああああああああ!」
早朝。
始まりの町から出て少し歩いたところにある開けた草原で、俺とナバタは2年生連中にしごかれていた。
しごかれていた、というと語弊があるかもしれないが、とにかく俺たちは自分の実力を見せるために【Noah's Ark】の連中と決闘をしていた。
「何? 決闘?」
「そっ、まずレイドを組もうにも、お互いにどれほどの力を持っているか見ておいたほうが無難でしょう?」
「まあ、確かにそうだが」
草原に連れてこられた俺たちはノアから決闘をするという提案を聞かされ、顔を見合わせていた。
決闘をすること自体は、やぶさかでもない。
むしろ、そういうのは俺の得意分野であるため、やるというのなら積極的にやらせてもらう。
だが、ナバタのほうは微妙な表情をしている。
あきらかに嫌がってるな。
「そんな顔しないで。何もお姉さんは君たちをいじめようって思っているわけじゃないんだから」
「は、はあ……そうなんですか? でも決闘って、教師の付き添いがないとやっちゃだめだったはず――」
「私がその代理になることを限定的に許可されてるから、問題はないよ。といっても、これは元々、【Noah's Ark】の決闘大会での結果が芳しくなかったから、そういうことも積極的に訓練するため取った許可なんだけどね」
ナバタはノアを警戒している様子だ。
昨日のことで少し怖がってるんだろうな。
上級生から「お前生意気だな」とか言われたら、こうなるのもしょうがないか。
「ナバタ君は魔術師職だから、同職の紅と決闘をしてもらうよ」
「なら俺の相手は僧侶職か?」
「いや、≪ビルドエラー≫君の相手はお姉さんが務めよう」
「ふぅん」
俺の相手をするのに僧侶職では荷が重すぎるとでも思ったのだろう。
僧侶職が相手なら、俺も気を引き締めて戦わないと足元をすくわれる恐れがあるんだが、僧侶を選んだ地球人は基本的に素の戦闘能力が低いから、しょうがないな。
にしても、【Noah's Ark】のギルドマスターが直々にお相手してくれるのか。
この人が戦っているところは見たことないけど、≪シャットアウト≫という異名を持つまでになったバトルスタイルについては伝え聞いている。
そして、そのバトルスタイルが本当なら、ノアは間違いなく最強の部類に属する地球人ということになる。
相手にとって不足なしだ。
「待ちたまえ、リーダー。≪ビルドエラー≫の相手は君ではなく僕でもいいと思うのだけど?」
と思っていると、ノアの隣で待機していたクロードが髪を指でいじりながら横やりを入れてきた。
そういえば、俺はクロードと今まで戦ったことがないんだよな。
サクヤとの一件で、こいつとはいずれ戦う運命なのだろうと思っていたんだけど、そんなことはなかった。
異能に頼った戦法を是とするこいつらのプレイヤースキルは低い。
中高生部門の決闘大会では見事に全員一回戦負けしてたが、あれからちょっとは強くなったんだろうか。
そういったのを見るためにも、ここでクロードと戦うのは悪い話じゃないな。
「私の園は君に譲ってやったんだ。だからこの子は私に譲れ」
「むむむ……まあ、リーダーがそこまでいうのなら、僕も引き下がろう」
しかし、どうやら俺は予定通り、ノアと決闘をすることになるようだ。
何気に【Noah's Ark】の副リーダーであるクロードは、リーダーであるノアの決定に従うんだな。
それが当たり前といえば当たり前なんだけど、ちょっと意外だ。
また、女たらしのクロードなら、ノアのことも放ってはおかないように思う。
ノアの言動は変態くさいものの、見た目は悪くない。
自分のことを時々お姉さんと呼称するだけあって、結構大人な色気を出しているし、胸の大きさもなかなかだ。
そんなノアの言葉にクロードは従っているし、口説くような様子もない。
2年生間での格付けが行われた結果なのかもしれないな。
でも、園ってなんのことだろう。
それだけは予想がつかない。
「ふぅ……やれやれ、じゃあ僕は審判役にでもまわろうかな」
クロードがため息をつきながらそう言い、ナバタと紅のほうを向いた。
「さぁて、どう料理してやろうかねぇ……」
「ひっ!?」
紅はナバタを見て舌なめずりをしている。
怯えるナバタの姿は小動物のソレと似ているな。
「安心しな。異能は使わないでやるから、2組のあんたでもあたいに勝てる可能性は十分にあるよ」
「え、そ、そうなんですか?」
「ああ、そうさ。だから、あんたの全力見せてみな!」
「は、はい!」
紅の異能は【発火】。
何もないところから火を発生させるという、異能としてはわりとよくある力だ。
ただ、紅の操る炎は威力が高い。
彼女が2年の1組に所属している理由はそこにある。
まあ、決闘大会ではかなりの制限を受けたせいで異能がろくに使えず、近接特化であるマイに敗北したわけだが。
「紅vsナバタ! 決闘開始!」
「さあ! 来な後輩! あたいが根性入れてやる!」
「う、うらああああああああああ!」
クロードが合図をしてすぐというタイミングで、ナバタは魔法陣を空中に展開させて戦闘態勢に入った。
ナバタも決闘大会のことを知っていたのかは定かではないが、紅の言葉はあいつに戦う勇気を与えたようだ。
……しかし、いくら勇気をもったからといって、絶対に勝てるというわけでもない。
「こんなもんかい? あんたの全力は?」
「うぐぅ……」
地に伏しているナバタから呻き声が上がっている。
紅は強くなっていた。
同職同士の対決だったというのに、紅はナバタを圧倒してのけた。
どうやら、あの決闘大会から今までで相当な修練を積んだようだな。
「勝者、紅! ……ナバタ君はもう少し、自分を守る動きを学習したほうがいいと僕は思うね」
「は、はい……」
ナバタの敗因は一対一という戦闘に不慣れな点にあった。
多分、仲間に守られながら魔法を放つことに慣れ過ぎていたのだろう。
それはパーティープレイとして正しいが、緊急の事態では足元をすくわれかねない慣れだ。
早急に直す必要があるだろう。
「さて! 次はお姉さんたちの番だね!」
ナバタがヒーラーに回復魔法をかけられているのをよそにして、ノアは元気よくそう言って俺に笑顔を向けてきた。
この人はそんなに俺とやりあいたいのか。
「ナバタ君たちは半減勝負だったけど、お姉さんたちのほうは一発勝負でどうかな? ≪ビルドエラー≫君」
「ああ、それでいいと思うぞ」
一発勝負がいいというなら、俺も同意するまでだ。
俺とノアが決闘する場合に限っては、そのほうがお互いにメリットがあるからな。
「それと……前から気になってたんだが、俺を呼ぶときは≪ビルドエラー≫で固定なのか?」
「いや、変えてほしいなら変えるけど? 君はお姉さんにどう呼んでほしい?」
「普通にシンでいい。みんなもそう呼んでる」
「だったら私は君のことをシンちゃんと呼ばせてもらおうかな」
「…………」
ビルドエラーのときは君付けだったのに、シンになったらちゃん付けかよ。
どういう基準でそうなった。
「まあ……なんとでも呼べよ」
「ああ、そうさせてもらうよ。ラブリーシンちゃん」
「ラブリーとかつけんのやめてもらえません!?」
肯定したらさらに酷くなった!
この人完全に遊んでるな!
「可愛い君にぴったりの名前だと思ったんだけど……気に入ってもらえなかったようだね」
……と思ったら、ノアは憂いを帯びた瞳をしながら俯いてしまった。
なんなんだよこの人は。
滅茶苦茶絡みづらいぞ。
「……俺の呼び方はどうでもいいだろ。それより、決闘をするなら早く始めよう」
「おおっ、そうだったそうだった。お姉さん、決闘のことを失念していたよ。ゴメンゴメン」
「…………」
……なんか、もういいや。
この人について深く考えるのはよそう。
頭が痛くなりそうだからな。
「それはそうとシンちゃん。君、ちょっと女装とかしてみる気はないかな?」
「お前すごいフリーダムだなぁ!? さっさと決闘始めろよ!?」
なんか本当に頭痛がしそうだ。
女装とか、さっきの話の流れと全然関係ないだろ。
早く俺に決闘をさせてくれ。
俺はそういった視線をクロードに向けて放った。
「そ、それじゃあ、ノアvsシン、決闘開始!」
クロードが決闘開始を告げた。
すると、俺の網膜にいつも通りの「決闘開始」という文字が表示された。
「いくぞ! ノア!」
先手必勝。
俺はノアに向かって走り、『クロス』による突きをお見舞いした。
「!」
だが、そんな俺の攻撃は不発に終わった。
『クロス』はノアの腹に当たる寸前で何かにぶつかり、手傷を負わすことができなかった。
「……これが≪シャットアウト≫か」
「あれ、知ってたんだ」
「俺もそれくらいの情報収集はしている。甘く見るなよ」
ノアが≪シャットアウト≫と呼ばれる理由を俺は知っている。
そして……彼女は今まで自分のHPゲージに一切の傷をつけられたことがないという噂も耳にしている。
アースでダメージを負ったことがない地球人。
こんな噂に説得力があると感じてしまうのは、ひとえに彼女の持つ異能が原因だ。
ノアの異能は【遮断】。
任意の空間を一時的に分断するという、驚異の力だ。
俺も詳しく調べたわけではないんだが、これだけの力ならAランク以上の判定がなされているはずだ。
つまり、俺やケンゴクラスのチート能力を彼女は有しているということになる。
そんな力があったら七強扱いもされるさ。
……しかし、プレイヤースキルのほうはどうかなっと!
「ふっ!」
俺は『クロス』による連撃を繰り返す。
先ほどと同じで様子見の攻撃だが、これをノアはどう捌くか。
「無駄だよ。私にそんな攻撃は効かない」
捌くまでもないってか。
彼女は俺の攻撃を避けることもせず、先ほどと同じように、見えない壁に当たった。
この見えない壁が厄介だ。
ノアに届くと思っていた攻撃が、ことごとくコレに阻まれる。
だからこそ≪シャットアウト≫などという二つ名がつけられたんだろう。
にしても、困ったな。
これじゃあノアに物理的な攻撃は届かないし、どれほどのプレイヤースキルを持っているのか判断できない。
一応、攻撃を届かせること自体は可能だろう。
俺の扱うダメージヒールは射程こそ短いものの、壁だのなんだのに邪魔されることなく対象者にブチ当てることが可能だ。
けれど、これを使って勝ってもあんまり嬉しくない。
ミーミル大陸でバンに圧勝して以来、ダメージヒールを人に向けて使うのはどうも抵抗があるんだよな。
まあ、今は切羽詰まった戦いというわけでもない。
相手の力量を計ることも目的の一つだし、使わない方針でいこう。
一種の縛りプレイだ。
楽しめるときは楽しむに限る。
それに、ノアへ攻撃を当てる手段はそれだけと言うわけでもない。
「ほら、今度はこっちからいくよ!」
ノアが反撃を開始した。
彼女は手に持った剣で俺に斬りかかってきた。
ちなみに、彼女のジョブは趣味人職。
もっと具体的に言えば、趣味人職から派生した『踊り子』だ。
踊り子は、踊ることによって味方にバフ効果、つまり補助効果をかける援護職とされている。
しかし、時には剣士職のような立ち居振る舞いもできるため、バッファー兼アタッカーという役割をこなすことも可能なのだとか。
剣舞ってやつだな。
ただし、剣士職以上に紙装甲なのが玉にキズだったりする。
だが、目の前にいるノア自身は紙装甲でも、異能によってその弱点を克服した。
彼女はアタッカー、タンク、バッファーという三種を同時にこなせる逸材として、地球人のなかでは評価が高かったりする。
「へえ! 噂通りの鉄壁具合だねぇ!」
「そりゃどうも! だ!」
俺はノアの繰り出す剣劇を小盾で防ぎ続ける。
彼女は強力な異能で防御性能を高めているが、俺のプレイヤースキルも負けちゃいない。
どんな攻撃だって受け流して見せる。
「だったら更にテンポアップだ!」
「!」
ノアの体が緑色の光を放った。
あれは速度上昇のバフがかかったときの色と似ている。
多分、攻撃の最中に、そういう効果のある踊りを混ぜていたのだろう。
器用なことをするな。
けれど、そんな小細工は俺に通用しないぞ。
「うっ!?」
俺は≪身体加速≫を発動させてノアの速度に合わせた。
今回はノアの実力を計るため、無駄に出力を上げることは控えよう。
「そこだ!」
「っ!?」
そして俺はノアの攻撃に合わせ、剣を持つ指先に向けて『クロス』を振るった。
すると、『クロス』は【遮断】の効果を受けず、ノアに僅かなダメージを与えた。
「あちゃー……いけると思ってたんだけど、バレちゃってたのね」
「まあ、多分いけるだろうって程度のものだったけどな」
【遮断】という異能も、絶対的な防御というわけではないのだろう。
たとえば、自分が攻撃をするタイミングでは武器周辺に【遮断】を使うことができない、とかな。
俺に攻撃を加えるためには、どうしても壁が邪魔になる。
一方通行の攻撃はできなかったというわけだ。
「いやはや、参った。このぶんだと、私が決闘大会に参加していたとしても優勝はできなかったね」
ノアは額についた髪を手で直しながらそう言い、俺のほうを向いて微笑を浮かべた。
まだまだ余裕そうだな。
次に戦うことがあれば、今回のように隙を突くこともできないだろうし、倒すのに難儀しそうだ。
「うん、シンちゃんのプレイヤースキルについては大体わかった。もともと、決闘大会を観戦してたから、わざわざ見るまでもなかったんだけどね」
「俺のほうは有意義な戦いだったぞ。少なくとも、【Noah's Ark】は頼りになるレイドメンバーだって思えた」
敵に回すと厄介だが、仲間として一緒に戦うのであれば心強い。
レイド戦が楽しみだ。
「さあ! それじゃあこの調子でも一本いってみようか!」
「え、まだやるのか?」
「当たり前だよ! 勝ち逃げなんて許さないからね! 今度は一本先取じゃなくて十本先取で勝負しよう! お姉さん張り切っちゃうよ!」
なかなか元気なギルドマスターさんだ。
しょうがない。
こうなったらとことん付き合ってやろう。
そして俺はノアと連続で戦い、全勝を収めた俺はその後になぜかクロードや他のギルドメンバーとも戦うハメになった。
けれど、それにもすべて勝った俺は、結果として【Noah's Ark】に所属するメンバーの大半を返り討ちにした。
「……君の体力は化け物級か。お姉さん驚いちゃったよ」
「連戦はそれなりに慣れてるってだけの話だ」
俺がまだまだ元気なのを見たノアの表情は引きつっていた。
もしかしたら、俺に勝つことで先輩としての威厳を保ちたかったのかもしれないけど、そうはいかなかったな。
龍人族との修行の成果が生きた。
こうして俺は、【Noah's Ark】の戦力を把握するのに有益な時間を過ごし、更にそのあと、地下迷宮に潜って集団戦闘も行った。
そんな過程を経て、俺はこいつらの力を認め、共にレイド戦をこなす仲間としての意識を芽生えさせていったのだった。