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いびられる

 今日も俺たちはレイドを組んで、迷宮へと足を運んでいた。

 そして、今回は時間も十分にあったため、ボス部屋までの移動の予行演習もかねて、地下39階層まで来てみた。


 俺たち10人でなら、地下30階層から39階層までたどり着くのも楽勝だ。

 出てくるモンスターを倒すのに、危なげな場面は一切ない。

 早く地下40階層台のフロアに行きたいな。


「シン、余裕だからといって油断しちゃだめよ」

「ああ、それはわかってる」


 ミナから注意が飛んできたが、そんなことを言う必要はない。

 戦闘における俺に油断などなく、たとえ戦闘中でなくとも、モンスターが出現する区域内で常に周りを警戒するくらいの所作は身に着けているからな。

 だてにミーミル大陸を冒険してきたわけではない。

 あの大陸に行ったこと自体は不本意だったけど。


「ふん、地下39階層といっても、所詮この程度か」

「油断するなよ、氷室。ここがモンスターの巣窟だということを忘れるな」

「……君はさっき自分が言われたことを俺に言って、なにがしたいんだい?」


 ただの注意喚起だよ。

 油断してそうなことを言っていたから注意したってだけで、とくに他意はない。

 だからそう睨むな。


「ふふふっ、2人は一緒にいるといつも仲が良いね」

「それはお前の勘違いだぞ、ユミ」

「俺は一之瀬がつっかかってくるのをいなしているだけであって、仲が良いなどということは断じてないからな」

「はいはい、ふふふっ」


 俺たちの様子を見てユミが笑っている。

 今のは笑いどころじゃないぞ。


「……この場合、もう一度注意したほうがいいのかしら」

「好きにさせてあげればいいんじゃないかなっ。どうせこの辺りのトラップは大体調べつくしてるし、モンスターも狩りつくしちゃったんだからさっ」

「シンくんがユミくんたちに取られてるのは許せないけど、シンくんが緩んでる分は私が引き締めるから問題ないよ」


 ミナたちの会話が聞こえてきた。


 まあ、こうして会話をすることができるのは、周囲が安全であることを確認したからである。

 迷宮内とはいえ、若干気が緩んでいるように見られても、仕方がない面もある。


 それに、地下39階層には俺たち以外にも、2年生、3年生のレイドがきているため、モンスターと戦闘する機会が少ないのだ。

 これはちょっと予想外の出来事だった。


 とはいえ、今までは他のパーティーが同階層に多くいても、そこまで影響はなかった。

 多分、レイド戦を控えた奴らのやる気が満ち満ちていたりするのだろう。

 じゃないと、ここまでモンスターと出くわしにくいことの説明がつかない。


 迷宮の内部は大きいが、モンスターが湧くのには時間がかかる。

 俺たちがモンスターと戦えるのは、いつになることやらだ。


 ちなみに、迷宮内に出現するモンスターは、外のモンスターと外見こそ似ているものの、生物的には大きく異なる存在であるらしい。


 水や食料があまりない迷宮内部にモンスターが生息できている理由については諸説あった。

 迷宮が外にいるモンスターを転移させて配置している。

 迷宮がモンスターを真似て製造している。

 迷宮内という厳しい環境下で生きられるようにモンスターが進化している、などなどだ。


 しかし、俺たちが迷宮探索を始めてから、迷宮内部に卵らしきものが発見されだして、それから孵化する生物は成熟した状態のモンスターであったため、どうやら迷宮が文字通りの意味でモンスターを生み出しているという結論に落ち着いた。

 39階層ではまだ見ていないが、ここにもどこかにモンスターの卵が置かれた巣が複数存在するのだろう。


 その場所を把握できれば、より効率的なレべリングも可能になる。

 なので、通称『卵部屋』を発見して学校に報告した際は、ちょっとした報酬が貰えたりする。

 今の俺にとっては大した金額じゃないので、積極的に見つけるようなことはしないけど。


「……お、戻ってきたな。フィル、おかえり」

「ん……ただいま……戻りました」


 そんなことを考えていたら、フィルが俺たちのところにやってきた。


 彼女は斥候役として、周辺のトラップを発見、解除してもらったり、遠くにいるモンスターの位置を割り出したりしてもらっていた。

 こういう作業は盗賊職から派生した『ローグ』が一番上手いらしいのだが、『忍者』のフィルでも十分こなせている。

 レベルが高い分、そういった性能が強化されているという見方もできるな。


「で、結果はどうだった?」

「この辺りにモンスターはいない……です」

「そっか」


 フィルの索敵能力を駆使してでさえ発見できなかったか。

 ここは、一つ上の階層に戻ったほうが、モンスターと戦うには良いかもしれない。

 

「ユミ、お前はどう思う」

「そうだねえ……今日のところはこの階層での戦闘を諦めて、別のところに移動したほうが良いんじゃないかな」


 どうやらユミも同じ意見のようだ。

 なら、その方針で決定だろう。

 このレイドを構成するメンバーの大半は【流星会】に所属しているからな。

 ギルマスの決定とあらば、みんなも同意するはずだ。


「ちょっと待った。なんで俺たちのほうが移動しなきゃいけないんだ」


 と思っていたら、俺たちとレイドを組んでいるメンバーの1人である魔術師職の『ナバタ』が、ユミに待ったをかけてきた。


「モンスターと全然出くわさないのは【黒龍団】と【Noah's Ark】がこの階にいるからなんだろ? だったら、ここで俺たちが引くようなマネはしちゃいけないだろ」

「引いちゃいけない、というと?」

「決まってるだろ。先輩たちに出し抜かれないためにだ」


 出し抜かれないために、か。


 まあ、レイド戦では仲間として共に戦う奴らだが、それ以外では競争相手みたいなところがあるからな。

 狩場争いで負けるようなことは認められないんだろう。


「! ……シンさん」


 そう思っていたら、フィルが通路の奥に目をやりながら俺に声をかけてきた。


「どうした、フィル」

「誰かがこっちに来……ます」

「?」


 誰かって、誰だ。

 【黒龍団】か、それとも【Noah's Ark】か、はたまた巡回中の上級調査員たちか。


 調査員であってほしいな。

 今、2、3年生たちと会うのはちょっと気が引ける。

 ナバタが何言い出すか、わかったもんじゃないからな。


「おや、こんなところで会うなんて奇遇だねぇ」

「…………」


 俺の願いは叶わなかった。

 通路の奥からは【Noah's Ark】の一団がやってきた。


「ああっ! ミナさんにサクヤさん! このような場所で偶然にも出会うことができるなんて! やっぱり僕たちは惹かれあう運命――」

「クロード君、ちょっと黙りんさい」

「あ、はい」


 【Noah's Ark】のリーダーであるノアが前に出てきたクロードをたしなめた。


 上下関係的には、クロードよりノアのほうが上なんだな。

 どっちも変人だということには違いないが。


 にしても、この男はまだミナたちのことを諦めてなかったのか。

 しかし、ミナたちの表情は若干引きつってる。

 どう見ても脈ナシだ。


「で、君らもここへは狩りをしにきたんだよね?」

「はい、そうですよ」


 ユミがノアの質問に答えを返した。


 こういう場合は交渉担当に話を任せるに限る。

 何事もないよう頼むぞ、ユミ。


「だったら一足遅かったな」

「この辺りで出現していたモンスターは、私たち【Noah's Ark】と【黒龍団】がほぼ殲滅しました」


 クロードの取り巻きをしているカンナとアキが、俺たちにそんなことを言ってきた。


 殲滅した、か。

 多分、こいつらは昨日から迷宮内部に泊まり込んで戦闘をしていたんだろうな。

 それなら、安全面を考慮して一度引き返した俺たちが出し抜かれても仕方がないだろう。


「つまり、未だマッピングをしていない奥までいかないとモンスターに会う機会はまずない、てことか」

「その通り。【黒龍団】の人たちはそうしてるよ」


 ふぅん。

 だったらますます上の階に戻った方がよさそうだな。

 効率が若干落ちるけど、それも許容範囲内だ。


「ちょっと待ってください! もしかして【Noah's Ark】は迷宮内で一夜を明かしたんですか! じゃないと昨日今日でモンスターを殲滅するなんてこと、できるわけないでしょう!」

「うん、そうだけど?」

「だとしたらおかしいですよ! 迷宮探索は基本的に日が落ちるまでって決まってるはずでしょう!」


 そう思った矢先、俺の背後にいたナバタが前に出てノアたちに詰め寄り始めた。

 

 上級生相手に物怖じしたりしないところは認める。

 でも、わざわざ揉め事を起こそうとするなよ。

 俺もその辺は少し気になったけどさ。 


「先生からはちゃんと許可をいただいている。なので何の問題もない」

「……そ、そうなんですか?」

「さすがの私たちも、無断で迷宮に籠ったりしないよ。それは【黒龍団】の先輩方も同じだね」


 【Noah's Ark】が迷宮内部に泊まった件については許可が下りていたのか。

 だとしたら、ナバタも引き下がるしかないだろう。


「おい、お前、上級生に対してちょっと生意気だな。ちょっとツラ貸せ」

「え、ええ!?」


 ……引き下がる前に絡まれちゃったか。


 ナバタはカンナに言動の不躾さをとがめられ、襟元を掴まれた。


「カンナ、焼きを入れるのはできれば勘弁してやってくれないか?」

「……お前に止められる筋合いはねえよ、シン。引っ込んでろ」

「だけど、一応そいつも俺のレイド仲間なんだよ。俺に免じて許してやってくれ」

「……上級生に対して態度が一番悪いのはお前なんだけどな」


 俺が仲裁に入るとカンナは顔をひきつらせながらナバタを放して距離を取りだした。


 彼女は中高生部門の決闘大会でペチペチ叩きまくったからな。

 あのときを思い出して、警戒されているのかもしれない。

 もしくは嫌われちゃったか。


 まあ、俺は別に嫌われても、あんまり気にしない。


「ホントはお前にも年功序列ってもんを叩き込んでやりたいところなんだが……今日のところは引いてやるよ」

「そうか、ありがとうな」

「……ちっ」


 カンナは舌打ちしながらも、クロードたちのほうへと戻っていった。


 話の分かる奴だな。

 大会で調教したかいがあったってもんだ。


「いや、ちょっと待って」

「? ノア?」

「お姉さんはここで手打ちにするのに反対だな」


 が、今度はノアが俺たちにいちゃもんをつけ始めた。


 なんだよ。

 ここは、なあなあにしてくれればいいものを。

 メンツか何かを汚されたって感じで許せないのか?


「この子とシン君には上級生を敬う精神を育ませるため、一時的にお姉さんたちとレイドを組むことを要求する」

「……レイドを組むだって?」

「不満かな?」


 【Noah's Ark】とレイドを組むことに不満はない。

 地下40階層のレイドボス戦では仲間として頼りにするつもりだし。


 でも、俺とナバタだけこいつらと組むっていうのは勘弁願いたい。

 上級生のなかにポンと放り込まれる下級生の心情は「心細い」の一言に尽きる。

 たとえナバタと2人で放り込まれるのであっても、それほど変わりはない。


「うん、いいんじゃないでしょうか。僕もその案に賛成しますよ」

「ちょっ!? ユミ!? 何考えてんだよ!」


 しかし、あろうことかユミがノアの提案に同意した。

 そしてナバタが驚愕といった表情をしながらユミに詰め寄っていく。


「ユミ! お前は俺たちを先輩たちに売るつもりか!」

「別に売ったりなんてしないよ。というか、僕に君たちを売る権限なんてないしね」

「じゃあどういうことなんだ!」


 ナバタは相当興奮している様子だ。

 まあ俺も、怒っているわけではないものの、ユミが何を考えているのかよくわからないと思っている。


 だから、俺は静かにユミの言葉を待ち続けた。


「君たち2人には【Noah's Ark】の情報収集を頼みたいんだ」

「なに? 情報収集?」

「今度行われるレイド戦では、【Noah's Ark】のみなさんと共同戦線を張ることになる。そのため、いずれは先輩たちとレイドとして動くための訓練を行うつもりでいるんだ。で、その訓練の一環に、お互いをよく知る機会として一時的にメンバーを交換するっていう企画が上がってたんだ」


 なるほど。

 つまり、ノアが言ったのは、交換するメンバーの指定って意味が含まれていたのか。


「ならどうして俺とシンだけなんだよ!」

「まあ、この企画はもう少ししてからみんなに伝える予定のものだったからね。シン君とナバタ君には先行部隊として行ってもらおうかなって、そういうことですよね? ノア先輩」

「そうだね。ユミ君の言っていることで大体合ってるよ」


 先行部隊ねえ……

 本隊が合流するまで孤軍奮闘を余儀なくされるわけだが、その期間に上級生たるノアたちは下級生たる俺たちをいびり倒すんだろうなぁ。


「でも俺は、一応【流星会】のメンバーじゃないんだが」

「これはギルド間じゃなくって学年単位での交流なんだ。だからシン君にも適用されるよ」

「……さいですか」


 一応俺だけでも逃げられないかと思ったけど、それはどうも難しいようだ。


 おい、ナバタ、こっち睨むな。

 さっきは助け舟出してやっただろうが。


「それじゃあしょうがないな」

「あれ、結構すんなり受け入れたね、シン君。もう少しゴネるかと思ってたんだけど」

「【Noah's Ark】の連中と組むこと自体は嫌ってわけじゃないし、レイド単位での実力も把握しておきたいとは思ってたからな」


 ノアはよくわからないが、クロードたち6人の実力は以前に決闘大会で見て大体把握している。

 けれど、異能制限ナシによるこいつらの強さがどれほどなのかについてはわからない。

 また、2年上位陣の総合力も見てみたいので、一時的であるならレイドを組むのも悪くないだろう。


「じゃあ決まりだね。お姉さんは君たちを歓迎するよ!」


 こうして、俺とナバタは迷宮から地上に戻った翌日、2年のレイドに加入した。


 ナバタのほうは2年連中に怯えまくっているが、俺のほうはいつも通りだ。

 また、サクヤがさりげなく俺たちについていこうとし、ミナたちに止められてションボリしていた。


 俺と一緒にいたいっていう気持ちは嬉しいが、ちゃんとした手順に従って行動しろよ、サクヤ。

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