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モンスタートラップ

 翌日、俺達は再び迷宮探索を行っていた。


 地下1階層の敵は小鬼型MOBモンスターのゴブリンとミミズ型MOBモンスターのラージワーム、それにコウモリ型MOBモンスターのフライングバットといったMOBが出現しているが、それを俺達は危なげ無く狩っていた。

 単体の敵ならINTに極振りをしているサクヤの攻撃魔法でほぼ瀕死になるし、複数なら俺がダメージヒールを使えば結構食いついてきてくれる上に通路が狭いことから物理的な足止めがしやすいため、ミナ達がダメージを負う事も無い。

 正直ヌルゲーもいいとこだが、迷宮の難易度は階を降りるごとに増していくのだろうと思い直して探索を続けた。


 そして迷宮地下1階層を2時間ほどマッピングをした頃、洞窟の奥から突然悲鳴が聞こえてきた。


「! 走るぞ!」

「わ、わかったわ!」

「う、うん!」


 俺はその叫び声が耳に入った瞬間に駆け出し、背後にいた2人も追随するのを軽く確認して前を向き直す。


 今の声はすぐ近くだ。

 おそらく目の前にある角を曲がった先から聞こえてきたのだろう。


 そう当たりをつけた俺は盾を前に構えながらも走り、曲がり角までたどり着く。



 するとそこには1つのパーティーが数十体のMOBモンスターに囲まれているのが見えた。

 パーティーはMOBの飽和攻撃を受けて後衛にまで攻撃の手が向かっていた。



「……! 『ヒール』!」


 それを見た俺は近くにいたMOBにダメージヒールを与えて周囲のMOB達の注意を引く。


「加勢する! 俺がMOBを引きつけるから早く陣形を整えろ!」

「!? わ、わかった!」


 MOBの目がこちらを向いたのを確認して指示を飛ばすと、MOBに囲まれていたパーティーの中の1人がそれに答えた。


 ……よく見るとその子はフィルだった。


 何してんだこんなところで。


「『ファイアボール』!」

「『スラッシュ』!」


 背後からミナとサクヤが追いついてMOBへ攻撃し始めた。


 今はうじゃうじゃいるMOBを全部倒すことだけに集中しよう。

 そう思った俺はフィルから目を一旦離し、2つの盾でMOBの行動を阻害し続けた。


「はぁ……はぁ…………全員無事のようだな」


 そして十数分という時が過ぎ、目の前にいたMOBを全て屠り終えたのを見て俺は息をつく。

 また、なぜここに大量のMOBがいたのかについて聞きだそうとして、肩で息をして座りこんでいる5人のパーティーへと近づいていった。


「お前達は見たところ中学生だな。どうしてこんな事になったんだ?」


 フィルがいたことからなんとなく察しがついていたが、MOBに襲われていたパーティーは全員俺より年下と見える容姿をしていた。

 おそらくはフィルと同じ中2だろう。


「ええっと……ついさっきそこにあった宝箱をキョウヤ君が開けて……」

「そしたらいきなりモンスターが沸き出てきたんだ……」


 なるほど。

 トラップか。


 迷宮内部にはいくつかのトラップが仕掛けられている。

 公式サイトに載っていた情報によれば、踏むと毒状態になったりだとか下の階に落っこちたりだとか……レベルが下がるなんていうものもあったはずだ。

 おそらく今回のモンスターハウストラップもその類なのだろう。


 しかし、だ。


「それならどうしてわからなかったんだ? 確か盗賊は罠感知のスキルがあったはずだが」


 俺はフィルの方を向きながら、今抱いた違和感をそのパーティーに訊ねた。


 フィルのジョブは盗賊だ。

 盗賊は剣士等の戦闘職と比べるとスキルの威力がやや弱くてHPの伸びも悪いが、その分あると便利なスキルを数多く取得できる。

 その中には、周辺に何か罠がないかを調べる事ができる『罠感知』というスキルも含まれている。

 なのでフィルがいる以上、こんな事態は起こらないように思えた。


 スキルレベルが低くて感知できなかったのだろうか。

 もしくは『罠感知』を後回しにし、他の有用そうなスキルを先に取得したか。

 こういった事情ならまあ納得できなくもない。


「そんなの聞いてない! 俺は悪くないからな!」


 俺がそう思考を巡らせていると戦士職の男子生徒がそんな事を言い出していた。


「キョウヤ。落ち着けって」

「落ち着けるか! 俺達は今死にかけたんだぞ! フィルが黙ってるせいで!」


 ……どうやらコイツが事の元凶である宝箱を開けたプレイヤーのようだ。


 しかしフィルは何も言わなかったのか。


「いや……フィルちゃんは言ってたよ。『あれは罠だ』って」

「へ?」


 なんだ?

 どういうことだ?

 それじゃあどうして罠に引っかかったんだ?


「あの時キョウヤ君、宝箱を見つけた途端に大喜びして駆け寄ってたよね……? フィルちゃんが罠って言ったのはその直後だったから……多分聞こえてなかったんだと思う……」

「…………」


 ……つまりお前のせいか、キョウヤ。

 コイツは宝箱が罠であるという可能性を考慮せず、罠感知ができるフィルに確認を取らないで宝箱を開けたという事になる。


「な……そ、そんなの俺は聞いてないぞ! そんな重要な事を大声で伝えなかったフィルが悪い!」


 だがキョウヤは自分の非を認めず、フィルに向かってそんな事を言い始めた。


 確かにフィルは罠であるという事をパーティーメンバー全員に伝えきれなかった。

 しかしだからといって彼女に全ての罪があるだなんて事はないだろうに。

 というべきか、今回は罠である可能性を考えなかったこの男が一番悪い。


「こんなんじゃわざわざ1人あぶれてたお前をパーティーに入れてやった意味もねえよ! つかえねえ盗賊だな!」

「…………」


 なのにキョウヤは自分の事を棚に上げ、フィルに心無い罵声を浴びせていた。


 そしてフィルは目元に涙を溜め、震えながらもそんな言葉に堪えている。


「ちょっとあなた……っ」

「待て」


 ミナが前に出ようとしたのを俺は手を前に出して止めた。


 彼女もおそらく俺と同じ気持ちなのだろう。

 また、サクヤも眉をひそめていて明らかに不愉快だというような表情をしている。


「俺が言う、2人は黙って見ていてくれ」


 だから俺は彼女達の思いを背負ってキョウヤの前に立った。


「おい、キョウヤといったな、お前」

「な、なんだよアンタ……」

「今の言葉……訂正して彼女に謝れ」


 身長的に勝っているため、見下ろすようにして俺はキョウヤに訂正と謝罪を要求した。


 フィルは決して無能ではない。

 また、こんな事で彼女が泣いていいわけも無い。

 今回の件はパーティーの連帯責任であり、それでも誰かが糾弾されるのならそれは不用意な行動を取ったキョウヤである。


 そう思ったからこそ、俺は大人気ないと思いながらも年下の男子生徒に対して本気で怒っていた。


「彼女の方にも非はあると思うが、今回は状況的にお前が一番悪い。だから彼女を責める前にまずお前がパーティーメンバーに謝るべきじゃないのか?」


 加えてこの男はパーティーメンバーに対して未だ一言も謝っていない。

 俺はそれについても苛立ちを感じ、睨みつけながら少しキツイ口調で訊ねた。


「……助けてもらった事は感謝してるけどさ、俺達の問題にしゃしゃりでてくるのやめてくんない? うざいんだけど」

「…………そうか」


 けれどそれは無意味だった。

 ただ単に引っ込みがつかなくなったとも考えられるが、このキョウヤという男は典型的な自己中なのだろう。


 子供過ぎて周りへの配慮が欠けている。

 でかい口を叩けば偉いのだと思い込んでいる。

 まるで鏡を見ているようで反吐が出る奴だ。


「だったら助けてやった報酬を払え。そしたら俺達は退散してやる」

「何? 報酬?」

「そうさ。まさか俺達がタダで助けてやったと思っているんじゃないだろうな?」


 だから俺はキョウヤに対して報酬を請求した。

 本当なら「ありがとう」「どういたしまして」で済む話で、こんな事を言うつもりなんてなかったのだが、今回は仕方がない。


「報酬はお前達の有り金と装備品、それにアイテムボックスの中身全部だ」

「な、なに言ってんだ!? 馬鹿じゃねえの!? そんなん払うわけねえだろ!」


 払わないだろうな、普通。


「ならあのままMOBに轢き殺されていた方がマシだったか? 俺達が助けなかったら確実に死んでいただろうな、お前達は」


 MOBを侮るなかれ。

 一体一体は弱くともそれが数十匹ともなれば、大きなレベル差がない限りは嬲り殺しの目にあう。


 そして俺達生徒はまだ2日と少ししかアースにいないのだから、そんな極端なレベル差にはなっていないはず。

 ならさっきの出来事はこの中学生パーティーにとって致命傷になっていた事態だろう。


「キョウヤ君、この人の言う通りにしよ? 私達、この人達に助けられたんだよ?」

「ぐ……で、でも助けてなんて一言も言ってねえし……」

「僕もアヤの意見に賛成だ。僕達がここにいる事への口止め料としてという意味合いも込めてさ……」

「何? 口止め?」


 と、そこで俺にとって予想外な言葉が中学生パーティーメンバーの口から小さく漏れてきた。


「実のところ僕達……クラス単位でやってた狩りから抜け出してここにやってきたんです」

「おいおい……」


 そうだったのか。

 まあ思ってみれば今現在プレイヤーの中で自由に行動している中学生なんてあんまり見かけない。

 それに迷宮内でプレイヤーと会ったのも今回が初めてだ。


 昨日フィルと町中で普通に会えたからあまり気にしていなかったが、中学生なら教師陣の目は俺達より厳しいだろう。

 加えて、町の外や迷宮といった死が身近にあるところへパーティー単位、個人単位で行くのはプレイヤーにそれなりの力があると教師が判断してから、というのが学校の基本方針だったはずだ。


「なのでできれば今回の事は黙っていてもらいたいのですが……」

「……はぁ、わかった。黙っておいてやる。その代わり俺達とのやりとりは全て口外禁止だからな」

「わ、わかりました」


 勝手に迷宮に入って死にかけましたなんて言ったらどんな処罰が下されるかわかったものではない。

 それに俺は俺で中坊から金銭を巻き上げるという世間体の悪い事をやっている。

 お互いに黙秘した方が賢明というものだ。


「ちょっと待てよ! だったら帰りはどうするんだよ! 装備もアイテムも取られた状態じゃ安全に迷宮を脱出するなんて無理だぞ!」


 少し話が逸れたが、ここでやっと俺が予定していた話の展開になり始めた。


 キョウヤは他のパーティーメンバーに対し、全ての持ち物を取られると帰れなくなるという懸念を持ち出してきた。


「そういう事なら譲歩してやる。装備と消費アイテムは取らないでおく代わり、お前達の中から1人、俺達のパーティーに貰っていく」


 だから俺は予め考えていた台詞を口に出す。


 俺がしたかったのはキョウヤに痛い代償を払わせて反省してもらうことと、フィルに悪印象を持たれないよう引き抜く、という事だ。


 ここでなあなあにしていればこの中学生パーティーはいずれまた同じ失敗をして全滅しかねない。

 また、このパーティーにフィルを置いておくのはあまり良い事のようには思えなかった。


 どうもフィルは孤立していたところをパーティーに誘われたような形だからか、キョウヤの言葉に反論できないでいる。

 ただ単にフィルが引っ込み思案なだけな部分もあるのだろうが、こんな事があってなおこの中学生パーティーにい続けるのはキツイだろう。


 それに加え、ここで強引な形でフィルを引き抜けば中学生パーティーにとって悪者は俺達だけになる。

 これからクラスメイトとして接しなくちゃいけないフィルは、あくまでこの取引によって発生した被害者という事にしておけば角も立たない。


 なのでそれら全てを解決する方法として俺は中学生パーティーにこの要求をつきつけた。

 5人から4人になる事で攻撃力が落ちるだろうが、タンクとヒーラーが揃っていれば迷宮の外に出るだけなら十分に行えるはずだからな。


「! あ、アヤは渡さないぞ! こいつは俺らの生命線なんだからな!」


 ……と思っていたら別の人間を引き抜く懸念を持たれてしまったようだ。

 キョウヤはさっきから俺達の会話に積極的に参加していた僧侶の女の子を庇うようにして両手を広げていた。


 もしかしてこいつはこのアヤって子が好きなのだろうか。

 まあどうでもいいな。俺もヒーラーを引き抜くほど鬼畜では無いし。


「ならしょうがない。そこのフィルという盗賊を寄越せ。迷宮探索でちょうど盗賊職が欲しかったところだからな」


 けれどこれはこれで使えると思い直し、俺は続けてそんな台詞を吐いた。


「なぁに、別に取って食おうってわけじゃないんだ。ただその子に俺達の手伝いをしてもらうだけの事さ」

「ま、待ってください! フィルちゃんだけに――」

「……いや、いい……オ……私がいく」


 するとアヤという少女が反対というような声をあげようとしていたが、そこで俺の思惑を察したらしきフィルが取り成すように喋りだした。


 というかクラスメイトの前では”オレ”ではなく”私”なのか。

 言い直した様子からしてあまり使い慣れていない様子だけど。


「……私が行けば全部丸く収まる。アヤ達は気にす……しないで」

「で、でも!」


 俺達と一緒に行こうとするフィルをアヤが引き止めた。


 まあ見ず知らずの男子高校生に女子中学生が連れ去られようとしている状況だからな。

 何かしら危険だと思っても仕方の無いことだろう。


「安心して。私達は本当に盗賊が欲しいってだけだから」

「え……?」

「だから身の安全は私が保証するわ」


 そこで俺の分が悪いと見たらしきミナが前に出てアヤを説得しにかかった。


 女性メンバーがいてくれて良かったな。

 説得がスムーズになる。


「私達のパーティーは女性の方が比率高いのよ。だからもしこの男が変な真似をしようものなら私達が黙ってないんだから」


 ミナはそう言うと俺に向かってニヤリとした笑みを向けてきた。

 そんな彼女を見て、俺は嘆息しながら両手を軽く上げる。


「わかってる。俺は中学生相手に手を出したりなんてしない」

「ふふっ、それならよかった……ということでその子をウチに預からせてもらえないかしら?」


 俺が「無害です」と主張するとミナは薄く笑い、キョウヤに見えないような位置で彼女はアヤにウインクを飛ばしていた。


「あれ……もしかして前にテレビによく出てたミーナ……さんですか?」


 するとミナの顔に見覚えがあったのかアヤはそんな事を訊ねていた。


 そういえばミナってそこそこ有名人なアイドルをやっていたんだっけか。

 ならミナを知っている子がいても不思議じゃないな。


「……ええ、そうよ。でもここでは私のことミナって呼んでね、アヤちゃん」

「…………! は、はい。では、フィルちゃんをよろしくお願いしますね、ミナさん!」

「うん、任されました」


 彼女はミナを見てフィルは安全だと思ったのかホッと息をつき、俺達に向かってペコリと頭を下げてきた。


 アヤという子はミナのファンか何かだったんだろう。


「よし、話も纏まったな。それじゃあまず有り金から全部出せ」

「……それは変更無しなんですね」

「当たり前だ」


 このパーティーには痛い目にあって反省してもらうというのも今回の提案には含まれている事だからな。

 今後はもっと慎重に動けよ。


 こうして俺達は人目の届かない場所で中学生から金品をカツアゲし、更に1人の女子中学生をゲットする事に成功したのだった。

 なんか俺達すげえ悪者だな。

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