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みんなと寝泊まり

 宿屋のなかに入り、個室でゆっくりしていたところへ、ミナ、サクヤ、マイ、ユミの4人がやってきた。

 そこで俺は彼女らを部屋に招き入れると、椅子に座って元気のなさそうにするミナが口を開いた。


「……さっきは変なとこ見せちゃったわね」


 変なとことは、カラジマたちに対してミナが静かに怒ったような様子になったことについてだろうか。


「俺は別に気にしてないぞ」


 人間なんだから、怒るときは怒るもんだ。

 とくにミナは少し短気っぽいところがあるからな。

 珍しくもないといえばそれまでだ。


 まあ、あんな怒り方をしたのは初めて見たけど。


 ミナがアイドルを辞めた理由は、なんとなく察せる。

 俺もだてに3年間、異能者アビリティストをやってたわけじゃないからな。


 しかし、俺はミナに確認するようなことはしない。

 さっき怒ったのは、触れられたくない過去だったということだろう。

 そんな過去をほじくり返そうとするほど、俺も空気を読めない人間ではないつもりだ。


「というか、そんなことを言うために大勢でここに来たのか?」


 俺はミナたちに向けて若干おどけた調子でそう言った。


 友達なんだから、いつだってここに来てくれて構わないんだが、雰囲気が暗いというのは、どうにも居心地が悪い。

 ここはひとつ、話題をもうちょっと明るいものに変えたいところだ。


「僕たちがここに来たのはそれだけってわけじゃないよ」


 と思っていたら、どうやら他に話題があったらしいので、俺は気を引き締め直してユミのほうを見やった。


「そんな畏まらなくてもいいよ。話しづらくなるし」

「……そうか? にしてはお前も表情が硬いぞ」

「あれ、そう見えちゃった?」

「なんとなくな」


 ユミの表情はいつもにこやかだが、今はどことなくそれに陰りがある。

 友達として、俺もそれくらいの機微はうかがえるようになった。


 ここに来た理由とは一体なにか。

 さっきまでユミは1組の連中と話しあってただろうから、その辺についてか?

 だとすると、パーティー編成に一部変更があるとか、そういうことについてで俺に話がある、ということだろうか。


「僕たちは……シンくんが僕たちと一緒にいるのは辛いと感じてやしないかと思ってここに来たんだ」

「俺が?」

「うん」


 パーティーに関してではなかったようだ。


 でも、どういうことだろうか。

 もう少し詳しい話を聞いてみよう。


「さっきカラジマ君たちが言っていたように、シン君は1組の人に嫌われてるって自覚はあるんだよね?」

「あるに決まってるだろ」


 1組連中は俺に対して良い感情を抱いていない。

 それは、ザイールたちを俺が退場させたという疑惑の目を向けられるのだから、仕方がないことと言える。


 だけど、その感情が俺とパーティーをよく組んでいるミナたちに向けられなくて本当に良かったな。

 もしかしたら俺がいなかった時期にイザコザがあったかもしれないけど、カラジマたちの態度からして、ミナたち4人は別段、嫌われてはいないように思えた。

 理由はミナたちの人柄が良かったからだったり、俺だけにいろいろなヘイトが集まったからだったりなのだろう、多分。


「じゃあ、今も一人部屋を使っているのは、2組の人からも嫌われてると思っているからなのかな?」

「…………」


 続けて話したユミの言葉を受け、俺は一瞬固まった。


 確かに、そういう面がないわけではない。

 一人部屋なら気楽で良いという面もあるけれど、同性であるユミがパーティーにいた時期は2人以上と同じ部屋で眠っていた。

 学校のほうからも、常に団体行動を心がけるようにと言われていたからな。


 しかし、今は始まりの町に戻ってきてさえ一人部屋に住んでいる。

 本来なら、部屋数の問題だったり安全面の問題だったりで、クラスメイトと一緒に寝るところなのだが、ちょっとした事情がある生徒については、始まりの町内でも一人部屋が許されている。

 俺もまた、先生から許可を貰って一人部屋を使わせてもらっているクチだ。


 あんまり気にすることでもないのだが、ミーミル大陸から帰還したときの俺は、入学から間もないうちに交通事故に遭ってクラスに馴染めなかった生徒、みたいな心境だった。


 要するに居場所がない。

 始まりの町に帰ってきた俺は、クラスのなかで浮いた存在になってしまったのだ。


 浮いた存在であっても、それなりに気心が知れた仲であるユミに頼ることだって俺にはできた。

 でも、クラスの中心人物、ギルドマスターとして動いているユミに頼るのは気が引けたので、結局俺はクラスの連中と積極的に近づくことをせず、サクヤやミナだけと行動するようになっていったのだ。


「一応言っておくけど、シン君は2組の生徒から嫌われてるわけじゃないよ。ただみんな、シン君との接触の仕方がよくわからないってだけで」

「ああ、それはわかってる」


 ミナを独占しているとして、あるいはハーレムと揶揄されるパーティーを構築しているとして、微妙な視線を送ってくるクラスメイトはたまにいるが、それ以外で俺を嫌悪しているような様子は見られない。

 ユミの言う通り、クラスの連中は俺との距離感を測りかねているのだろう。


「だけど、俺のほうも、どう接していいかわかんないんだよなぁ……」


 対人関係において、俺はイマイチ積極的になれない。

 ゲーム内なら開き直ることもできていたのだが、アースはどうしようもなく現実だということを理解させられてしまっている。

 そんな俺は、いつぞやのようにみんなから仲間外れにされてしまうことを酷く恐れているのだ。

 こういう思考をしているから、人間関係が排他的になっちゃうんだろうな。


「シンくんがコミュ障でも私はずっと傍にいるからね!」

「お、おう……ありがとうな」


 まあ、今はサクヤたちがついてきてくれているし、別段寂しいと感じることもない。

 こいつらは俺がついてくるなと言ってもついてくるだろう。

 正直言って、俺みたいなひねくれた奴にとってはありがたいよ。

 俺はサクヤたちに大分救われている。


 ……しかし、人からコミュ障と言われるのはちょっとカチンとくるな。

 実際そうなんだから否定はできないけど。


「まずはみんなと一緒に寝泊まりするのを再開するところから始めたらどうかなっ?」

「そうね、それが同性同士で寝泊まりするのなら健全だと思うわ。色々と」


 一緒に寝泊まりするところから、か。

 それ自体はあまり難易度も高く感じない。

 地球の寮ではいつもユミ、それに氷室と一緒の部屋で寝泊まりしているわけだからな。

 今更他のクラスメイトとともに寝泊まりをするくらいで怖気づくわけもない。


 しかし、色々とはなんだ、色々とは。

 多分、稀にサクヤたちが俺の部屋で寝泊まりをしたことについて気にしてるんだろうけど、俺たちはそこまでやましいことなんかしてないからな?


「私は反対! シンくんがみんなと一緒に寝たら私が忍び込めなくなっちゃう!」

「よし、今日からみんなと寝るか」

「ええ!?」


 サクヤのボケた発言に後押しされ(?)、俺はクラスの男子たちと一緒に寝ることを決めた。






「アースでシン君と一緒に寝るのも久しぶりだなぁ」

「まあ……そうだな」


 思い立ったが吉日。

 俺は2組の男子連中が集まる大部屋にやってきた。

 ユミと2人で寝るという案もあったが、最近は初めのころのように大人数で寝るのがトレンドだということで、俺もそれに乗ることにした。


 現在、部屋には俺やユミを含めて8人ほどいるが、そのなかの4人ほどは今まで俺がろくに話したこともない生産系を中心に動いている奴らだったので、少し緊張する。

 ちなみに、残りの2人は氷室と、地下40階層のレイド戦に出る予定となっている魔術師職のピョン太だ。


「…………」

「…………」


 ユミ、氷室、ピョン太は俺が一緒に寝泊まりしても気にしないようだが、他の4人の挙動は不審だ。

 さっきからひっきりなしに俺のほうをチラチラ見てくる。


 俺は見世物じゃないぞ。

 見物料取っちゃうぞ。


「……うーん、ちょっと今更過ぎるかもしれないけど、改めて自己紹介でもしようか」


 そんな4人を見ていたユミがそう言い、あいつらに近づいていく。


「シンくんも来て」

「あ、ああ、わかった」


 ユミに呼ばれた俺は慌てながらも後を追う。

 どうやら俺をあいつら4人に紹介してくれるようだ。


「みんな、紹介するよ。決闘大会とかで有名だから全員知ってるだろうけど、彼が≪ビルドエラー≫と呼ばれているシン君だよ。ちょっとぶっきらぼうなところがあるけど優しくて頼りがいがあるから、みんなも頼りにするといいよ」

「……シンだ。よろしく」


 ユミの紹介を聞いて若干恥ずかしさを感じつつ、俺はクラスメイトたちに軽く頭を下げた。


「あー……俺のキャラネームはロック。よろしくな、シン」


 するとクラスメイトたちのほうも次々に自分のキャラネームを俺に教えてきた。

 キャラネームは顔を見ればわかるのだが、まあこれは仲良くなるための儀式的なものなのだろう。


「…………」

「…………」


 でも、イマイチ仲良くなれた気がしないし、どう仲良くなればいいのかもわからない。

 俺もクラスメイトたちも、自己紹介が終わった途端に沈黙してしまった。


「……はぁ」


 奥のベッドを陣取っている氷室がため息をついている。

 そんなに俺たちのやり取りがつまらないものと感じたのか。

 返す言葉もないな、チクショウめ。


「なあ……シン、お前に一つだけ聞きたいことがあるんだが」

「……ん? 俺に?」


 と思っていたら、ロックが遠慮がちな声で、俺に何かを訊ねたいという意思表示をしてきた。


 クラスメイトのよしみだ。

 これから仲良くなる間柄として、答えられる問いであればなんでも答えよう。


 俺はそのとき、そう思っていた。


「シンは……その……4Pとかしたのか?」

「…………へ?」


 しかし、ロックが訊ねてきた内容はあまりにもあんまりなものであったため、俺はそこで一瞬呆けてしまった。


 こいつ、今なんつった。

 よ、ヨンピーといったか。


 それは……その、なんだ……いわゆる……


「つまり……お前はサクヤちゃんたちとエロいことしたのかって訊いてんだよっ!」

「いや……そういうことはしてないな……」


 エロいことって。

 しかも4……Pといったことから察するに、俺がサクヤ、フィル、クレールの3人と酒池肉林的な爛れた関係にあるのではないかと疑ったわけか。


「え、そうなの? だってお前たちって、決闘大会が終わった後とかに一緒の部屋で寝泊まりしたんだろ?」

「確かにそのときは同じ部屋で寝たけど……お前の想像しているようなことはなかったぞ。決闘疲れでクタクタだったからな」


 これは本当だ。

 まあ、ちょっとだけ良い思いはしたけど、ガチでエロいことはしていない。

 童貞のなせる業である。


「じゃ、じゃあお前ってサクヤちゃんたちとどこまでやったんだ?」

「どこもなにも……手を繋いだりデートをしたりっていう程度のことしかしてねえよ。決闘大会のときはいきなりチューされたけど、俺もあのときは驚いてたんだぞ」

「そうなのか……いや、可愛い女の子に三連続でチューされるなんて事態はうらやまけしからんのだが、4Pやそれに類することをしていたわけじゃないというのなら、ギリギリ許してやろう」

「ど、どうも」


 許してやるってどういうことだよ。

 俺が何をしようと俺の勝手だろ。

 でも許してくれるというのならとりあえず感謝しておこう。


「つまり童貞か」


 氷室がボソッと禁断のセリフを言いやがった。


 そうだけど、確かに童貞だけど、それは言っちゃ駄目だろう。

 本当のことを言っても名誉棄損は適用されるんだぞ。


 しかもなに笑ってんだよ。

 どうせお前も童貞だろ。


「シン君、どおどお」


 隣にいたユミが俺を鎮めようと肩を叩いてきた。


 ユミの表情は、いつも通りすこやかな微笑を浮かべている。

 これじゃあ、こいつが童貞かどうか判断がつかないな。


 ユミは氷室と違って女の子からモテそうだからな。

 すでに卒業済みだとしても驚くに値しないが、一応この微笑が経験者特有の余裕でないことを祈ろう。

 ちょっとだけ悔しいからな。


「ふぃー、よかったぜー……シンが童貞なら、俺たちも腹を割って話せるぜー……」

「まったくだ……一時はどうなることかと思ったけど……」

「よかった……このクラスに大罪人はいなかったんだ……」


 で、こいつらはなんで俺を童貞だと決めつけてるんだよ。


 さてはお前らも全員童貞だな?

 俺にはわかるぞ。

 さっきからちょっと親近感がわいてきているからな。


「でも、シン君ならその気になればすぐに卒業できるよね」

「…………」


 しかし、そんなアットホームな雰囲気もユミの一言でヒビが入った。


 お前は俺たちを仲良くしたいのか、それとも仲違いさせたいのか、どっちなんだよ。

 ロックたち、こっち凄い睨んでるよ。

 俺のことなんて敵だって目になってるよ。


「ギルティってほどではないけど、可愛い女の子を独占していることへの罰として、軽い制裁程度は加えておくか」

「そだな、ロックに賛成」

「俺も賛成」

「俺も俺も」


 ……まあ、それで心置きなくみんなといられるようになるというのであれば、どのような制裁でも甘んじて受け入れよう。

 実際、逆の立場だったら俺も制裁賛成派に回っていただろうしな。


「それじゃあどんな罰を与える?」

「あだ名を『童貞』にするっていうのはどうだ」

「いや、この場合は『ヘタレ』とかのほうが良くないか?」

「やめて」


 けれど、初っ端の案から俺の泣きが入った。


 ヘタレは百歩譲っていいとしても、童貞と呼ぶのは勘弁してくれ。

 というか、お前らも童貞なのに容赦ないな。


 そうしてその後の話し合いの結果、制裁はクラスのみんなに俺がアースで一回メシを奢るということで落ち着いた。


 これくらいなら別にかまわないだろう。

 俺はこのとき、愚かにもそう思っていたが、翌日の昼間に貸し切った高級レストランで容赦ナシに飯を食らうクラスメイトたち(とくに【消化】というふざけた異能を持った≪モンスターストマック≫さん)を見て顔をひきつらせた。

 結果として、俺はその代金だけで決闘大会の賞金をすべて使い切ることとなってしまった。


 メシを奢ることになった理由を詳しく聞いてこなかったのはありがたいし、どうせ食事代はあぶく銭なんだから気にしないけど、クラスメイト全員分以上はある量を1人で食うなよ、マイ。

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