可愛いもの好き
「シン君とまともに組むのも久しぶりだね」
「昔よりグッと強くなった私たちの実力を見せてあげちゃうよっ!」
地下迷宮の攻略会議を終えた俺は、1年生グループとの連携を取るためにユミたちとレイドを組んでいた。
地下40階層のレイド戦に参加する1年生は俺の他にサクヤ、ミナ、それにユミ、マイ、氷室といったメンツが選ばれている。
あとは魔術師職ということで優先的に選ばれた生徒が3人と、特別枠であるフィル、この合計10人が1年生グループの主力だ。
1年1組から1人も選ばれていないということに少し歪さを感じてしまうが、これはまあしょうがないだろう。
レイドを組むにしても、元からそれなりに連携を組んだ連中で構成したほうが安定度は増すし、今の1組勢は現在チームワークも何もあったもんじゃないからな。
かつて1組のトップは、俺が倒したザイールという男が率いるパーティーだった。
だが、力で支配するザイールたちがいなくなったために1組内のパワーバランスが激変した。
それに伴って足の引っ張り合いが発生し、結果的に1組の平均レベルは2組に負ける形となり、更にはこの前の決闘大会が決定打となって、戦闘においては2組が1組より優秀であるという格付けがなされたのだ。
自分がトップになるために周りとの協調性を欠いた1組と、ミナやユミを中心にしてまとまった2組の戦力差は大きい。
ゆえに、1年1組勢は今回の攻略会議にも参加していない。
1組の連中はそのことを気に食わないと内心で思っているだろうけど、これもしょうがない。
まとめ役だったザイールたちのパーティーが消えた原因である俺が思うことでもないけど、こうなった一番の原因は他者と協力できなかった1組生徒たちにあるのだから、気に病むこともしない。
「今回はレイドだから普通に組めるね」
「そうだな」
ユミたちとは以前、クレールがパーティーに電撃参入したために別行動を取ることにしたが、今回は10人以上で行動するので、特に問題なく組むことができる。
レべリングの観点から見ると非効率的だが、今回はレイド戦へ向けての連携を上達させることが目的だから目を瞑ろう。
それとは別にして、なんだかんだでこいつらと一緒に戦うことができるというのは嬉しい。
どれだけ強くなったか、すぐ傍でよく見させてもらおう。
「でも、クレールさんはレイド戦に参加しなくていいのかな?」
サクヤが唇に指を当てて首を傾げている。
「それはしょうがないだろ」
レイド戦、というか、レイドボスが控えている部屋には30人までしか入れない。
これは地下30階層でもそうだったらしいので、これからもそうなのだろう。
色々策を練って無理をすれば入れないこともないのかもしれない。
けれど、部屋の大きさにも限りがあるので、まあ30人くらいが戦闘をするのにちょうどいい人数だと見ることもできる。
離脱経路を確保する手段なら欲しいが、参戦人数を増やす手段はあまり考えなくていいだろう。
で、その30人という縛りのなかにクレールを入れるのは、どうにも躊躇われる。
クレールがいてくれたほうが、万が一のときに助けてくれるという期待が持てるものの、それで枠を一つ潰すのは反感を買いかねない。
レイドボス戦は多少危険を伴うが、その見返りはとても大きい。
リスクはあるが、メリットを求めて参加したいという連中も多いのだ。
地下迷宮レイド戦で被害者が今まで一人も出ていないというのが、この傾向をさらに後押ししているといっていい。
みんなというわけではないが、殆どの高校生地球人≪プレイヤー≫はレイド戦を舐めているように感じる。
この状況で、素性がよくわからないアース人の女の子をレイドに加えようと俺が提案したら「なんだコイツ、うざっ」という反応が返ってくるのが目に見えている。
説得するのもメンドクサイし、実際のところ、よほどのことがなければ被害も出ないだろうという判断も間違ってはいない。
なんだかんだで俺たちはかなり強くなっているからな。
そうした理由から、クレールはレイド戦に参加しない。
このことに対して彼女は「前回、アギトという男に門前払いをくらったから、もとより参加するつもりはなかったぞ」と言っていた。
アギトを根に持っているというわけではないっぽいが、迷宮攻略は俺たちの役目だとクレールは結論付けているらしい。
もしかしたら一時的にでも俺と離れることでダダをこねるかもしれないと思ったけど、案外聞き分けが良かったな。
最近は1人で町をふらついているようなので、むしろそれについて俺のほうがちょっと気になっていたりする。
悪い大人にお菓子とかで釣られてないといいんだが。
「こ、こんにちは、みなさん……」
「……と、来たな」
そんなことを思っている間にフィルが俺たちのもとへとやってきた。
彼女は午前、中学生連中の子守りをしていたが、俺たちと一緒にレイド戦を戦ってもらうことにしたので来てもらったのだ。
もちろん、先生たちからの許可も既にとってある。
万事抜かりはない。
「よろしくね、フィルちゃんっ。頼りにしてるよっ!」
「ど、ども……です…………!?」
突然、マイがフィルを捕まえてギュウっと抱きしめ始めた。
フィルはそんなマイの行動についていけず、なすがままにされている。
「前からちょくちょく会ってたけど、やっぱりこの子カワイイねっ!」
そんなの当たり前だろ。
フィルが可愛いのなんて今更過ぎる。
……まあ、それはいいんだけど、フィルが苦しがってるぞ。
マイの爆乳に顔をうずめているのは羨ましいが、そろそろ放してやれよ。
「シンくん。今羨ましいとか思わなかった?」
「ぜ、全然」
サクヤは相変わらず俺に対する観察眼が鋭い。
もしかして、俺の思ってることは全部筒抜けになってるんじゃないかと思うくらいだ。
「ぷはっ……はふ……」
「ねえねえシン君。この子、私の妹にしていいかなっ? 代わりにユミをあげるからっ」
なんとか顔を上にあげて呼吸を再開したフィルをマイがナデナデしている。
「そういうことは俺じゃなくてフィルの親御さんにでも言え」
マイの言動はなかなかイカレていた。
フィルをマイの妹にする権利なんて俺にはないぞ。
「あと。ユミを交換条件に出されても困る」
貰ってどうしろというんだ。
お兄ちゃんにでもしろというのか。
「兄にするのも弟にするのも自由だよっ!」
ビンゴだった。
血のつながらない妹なら欲しいと思ったことあるけど、兄弟だったらいらないな。
「マイは可愛いもの好きだからね。今までは我慢してたみたいだけど、仲間として動くことになったからタガが外れたんだと思うよ」
「……そうなのか? ユミ」
「うん。だから大目に見てあげて、シンお兄ちゃん」
「…………」
俺のほうがお兄ちゃんかよ。
というか、お前もマイのノリに乗るなよ。
「……君たちはいつまでバカ会話を続けているつもりだい? 午後からの行動なんだから、手早く動かないとあっという間に日が暮れてしまうというのに」
そうした俺たちのやり取りを近くで見ていた氷室がトゲのある声をかけてきた。
バカ会話とか失礼にもほどがあるけど、実際バカな会話だったので、ぐうの音も出ない。
「ひっ……」
そんな氷室を見てフィルは怯えたらしく、マイの緩んだ拘束から逃れて俺の背中に隠れだした。
「ぐ……」
氷室は苦い表情をしてフィルから視線を逸らした。
怯えられてちょっと傷ついたっぽいな、こいつ。
自業自得だ。バーカバーカ。
「何笑ってるんだ! さっさと行くぞ!」
「はいはい」
ニヤニヤ笑う俺を見て氷室は怒った様子になりながら、迷宮へと続く道を早足で歩きだした。
まったく、しょうがない奴だな。
「……相変わらず、氷室君と絡むときのあなたってイキイキしてるわよね」
「そんなことはない。俺はいつでもこんな感じだぞ」
ミナがため息をつきながら謎の指摘をしてきたが、それは見当違いもいいところだ。
俺はいつだってイキイキしている。
「私も時々妬いちゃうな。シンくんって氷室くんのことになると喜怒哀楽が一番表に出るんだもん」
一番って。
それはいくらなんでも言い過ぎだろう。
まあ、氷室がフィルに嫌われたり、怒ったりしている姿を見るのは楽しいと思っていることは否定しないけど。
しかし、改めてそう思うと、俺って性格悪いな。
これからは善良なゲーマーとして、暗い喜びではなく明るい喜びを積極的に見出していこう。
「というか、男相手に妬くとか言うな。寒気がするから」
「あ、ごめんねシンくん。そうだよね、シンくんが好きなのは女の子だよね。私みたいな女の子が好きなんだよね」
「…………」
この前の発言をサクヤはきっちり覚えているようだな。
撤回はしないけど、こうも堂々と言われると顔が熱くなるからやめていただきたい。
「…………っ」
サクヤの発言を受けてか、フィルの引っ付き具合も増した。
腕に引っ付いてくるのは別にかまわないんだが、これも同級生の前でするのはちょっと恥ずかしいからやめていただきたい。
贅沢なことを言ってるのはわかってるけど、氷室とかから向けられる視線が痛い。
けれど、それにも拘わらずサクヤとフィルは両サイドから俺に引っ付いてくる。
「ふふふ~シンくんだ~いすき~」
「お、オレも……シンさんのこと……大好き……です」
「いや……ここで張り合うのは勘弁してくれ……」
嬉しいけど、嬉しいんだけど……今はやめてくれ。
氷室たちがスッゲー睨んでるから今はやめてくれ。
こんなことでレイドが崩壊したら目も当てられないぞ。
「モテモテだね、シンお兄ちゃん。でも時と場所は考えようか」
「わかってるっつの……あとお兄ちゃんはやめろ」
ユミからお小言を貰うまでもなく、ちゃんと理解しているつもりだ。
俺はサクヤとフィルを振り払い、彼女たちから離れていく。
……悲しそうな目をこっちに向けるな、フィル。
慰めたくなるだろうが。
「抱きつくなら私にしてフィルちゃーんっ!」
「っ!?」
だが、そんなフィルにマイが背後から襲いかかってもみくちゃにし始めた。
マイは本当にフィルが気に入っているようだな。
「はー……しあわせー……あとはクレールちゃんもなんとかできればいいんだけどなあっ!」
しかもマイはクレールまで狙っているようだ。
まあ、フィルが好みならクレールもツボに入るだろうと納得はできるけど。
なんかもうやってることが某精霊王と同じだな。
女の子同士でイチャイチャしている様子を見るのは眼福だが、マイがレズじゃないことを一応祈っておこう。
「マイってあんなキャラだったかしら……」
「元からあんなキャラだったよ。部屋に飾られてるヌイグルミの数はミナも知ってるでしょ?」
「ああ……そうだったわね……」
サクヤの言葉を受けてミナが何か納得したという様子で頷いている。
いったいどういうことだ。
「マイは可愛いヌイグルミとかを集めるのが趣味なんだ。2人の様子からすると、多分マイのベッドの上は抱き枕代わりにしているヌイグルミで埋め尽くされてると思うよ。中学時代はそうだったしね」
「へえ……」
ユミの補足説明を聞き、俺は苦笑いを浮かべた。
ヌイグルミ集めとは可愛らしい趣味だけど、流石にベッドの上を一杯にするのはどうなんだ。
可愛いものに埋まりながら眠りたいってことなのか。
「私の好きなものは食べ物全般と可愛い物全般っ! どっちも食べたくなっちゃうくらい好きっ!」
俺たちの会話を聞いていたようで、マイはいつものように快活な声でそう言いだした。
食べ物は食べても構わないが、可愛いものを食べたくなるってどういう意味だ。
性的か? 性的のほうなのか?
俺はマイに疑念の視線を向けつつ、迷宮への道を歩き続けた。
こうして俺は、レイドを組んで間もないうちに、かつてのパーティメンバーの趣味を新たに知ることになった。
悪くない趣味をしているけど、ほどほどにしておけよ、マイ。