第二回、地下迷宮レイドボス戦攻略会議
「みんな集まったようですよ、アギトさん」
「そうか……なら第二回、地下迷宮レイドボス戦攻略会議を始める」
円卓の上座に座る男、【黒龍団】のアギトは両手の指を組みながら物々しく声を発した。
その様子は威厳に満ちており、僅かな失言も許されないような空気を部屋のなかに作り出している。
こうしている分には怖くとも頼りがいのある生徒会長さんだっていう感想も出るんだけど、決闘大会が終わってからのやり取りを思い出すと、どうにもこいつのキャラが掴めない。
本当に頼って大丈夫なんだろうか。
「今回は地下迷宮40階層のレイドボスを討伐するわけだが、今までの傾向から、敵はおそらくゴーレム系となるだろう」
俺の心配をよそにして、アギトは話を進めていく。
地下1階から地下10階付近まではゴブリン系、地下11階付近から地下20階付近まではコボルト系、地下21階付近から地下30階付近まではオーク系のモンスターが多く出現し、なおかつ地下10階層のレイドボスはキングゴブリン、地下20階層のレイドボスはキングコボルト、地下30階層のレイドボスはキングオークだった。
キングオークとやらは見たことないけど、まあ名前からして相当強かったんだろう。
で、この情報を元にすると、ゴーレム系のモンスターが地下40階層で待ち構えているという予測が成り立つ。
ゴーレム系は地下30階層からよく出てくるようになったからな。
この予測は十中八九当たるだろう。
「だったら物理攻撃系より魔法攻撃系のメンバーを集めたほうが良さそーですね、会長」
そしてそんな予想から、一人の女性が対策案を導き出した。
今発言した人物のプレイヤーネームは『ノア』。
ギルド【Noah's Ark】のギルマスである。
本当ならここが初対面になると思っていたのだが、俺はノアの顔を見て少し驚いてしまった。
なぜなら彼女は、地球の図書館で俺に絡んできた変な上級生だったからだ。
クロードも変人だったが、ノアも負けず劣らずの変人なのだろう。
【Noah's Ark】への偏見は深まるばかりだ。
ちなみに、ゴーレム系のモンスターは滅茶苦茶固く、物理攻撃でダメージを与えづらい。
しかし、魔術師職の扱う魔法でなら、他のモンスターに浴びせるのと同じくらいのダメージが与えられる。
だからノアはこの提案をしたんだろう。
「そうですね。副会長の言うとおり、今回の攻略戦に参加するメンバーは魔術師職を多めでいくと良いかもしれません」
セツナがノアの発言に相槌をうった。
副会長って、もしかして生徒会のか?
てっきりセツナがその役職に就いてるのかと思ってたけど、ノアが副会長だったのかよ。
【Noah's Ark】のみならず、生徒会も変人の集まりだな。
庶務の話を断っておいて良かった。
俺まで変人たちの同類だと思われたらたまったもんじゃなかった。
「ですが、気持ち多め程度にしておいたほうがいいと思います。万が一、レイドボスがゴーレム系じゃなかったり、魔法が効かない相手だったりした場合は目も当てられません」
セツナに続いてユミが声を上げた。
この攻略会議には高校生の主要な地球人≪プレイヤー≫が参加している。
ユミもまた、そうしたメンバーに数えられている一人だ。
まあ、何気にこいつは1年生ギルド【流星会】のギルドマスターだからな。
このことを知ったときは少し驚いたけど、ユミは人付き合いが良くて面倒見も良いので、まとめ役としては最適な人物だと妙に納得したっけか。
ちなみにサブマスは氷室だ。
こっちはどうでもいい。
「確かに、どんなモンスターが相手でも柔軟に対処できるような構成にしておいたほうがいいですね。貴重な意見、ありがとうございます、ユミ君」
「いえいえ」
以前にセツナがユミの携帯端末に連絡を入れたことがあったが、交友関係はここからできあがったものなのかもしれない。
セツナはギルマスじゃないけど、横暴なアギトとは違って話のわかる人だし、ギルド間の連絡役としてユミと話す機会も多かったんだろう、多分。
「ふむ……では、アタッカーの比重は物理4、魔法6でいくことにする。異存がある者は挙手をしろ」
アギトの声が部屋中に響き渡り、俺たちは黙りこくる。
どうやら全員賛成ということでいいらしい。
「それじゃあ、優秀な魔術師職はレイド戦に参加する優先権を得たってことでいいですかね?」
「ああ、いいだろう」
ノアの確認にアギトが頷く。
優秀な魔術師職か。
なら、サクヤはまず間違いなく参戦することになるだろう。
「ちなみに、今回もレイド戦参加者割合は1年生10人2年生10人3年生10人で?」
「……公平を期するためにはそうするしかあるまい」
ふぅん。
アギトだったら「ここは俺たちだけで十分だ」くらいのことを言うかもしれないと思ってたんだけど、案外そうでもなかったな。
しかし、高校生だけで30人の枠をすべて使うつもりか。
だとすると、ちょっと都合が悪いな。
「あー、発言いいか?」
「いいだろう。話せ」
「……どうも」
やっぱり、こうしてアギトと話すと近寄りがたいものを感じるな。
すごい上から目線だ。
って、それは今どうでもいいか。
「中学生にフィルという地球人≪プレイヤー≫がいることは、決闘大会を見た奴なら知っているだろう。俺は彼女もレイド戦の戦力として参加させることを推薦したい」
フィルはレベルとプレイヤースキルが飛びぬけて高い。
ここで抜け者にしておくには惜しい人材であることは確かだろう。
下調べや退却ができない一発勝負の地下迷宮レイド戦では、こちらも最大の戦力を用意する必要がある。
なので、彼女が参加しないという選択肢はないはずだ。
「ふむ……あいつか……」
「ああ、中高生部門の決闘大会で準優勝した子だね」
「なに! というと、ねこにゃんさんを倒して七強の≪中学生≫と呼ばれるようになった奴か!」
「私は良いと思いますよ。≪中学生≫のフィルさんなら頼もしい戦力になります」
フィルの存在も決闘大会の功績からそれなりに知られるようになった。
このことが彼女にとって良いことなのか悪いことなのかはわからないけど、中学生連中から一目置かれる立場になったらしいから悪い話ではない……と思う。
しかし、≪中学生≫という二つ名はどうなんだろうか。
なんていうか、そのまんま過ぎるだろ。
それだけ中学生が決闘大会で勝ち進んだという事実にみんな驚いてるってことなんだろうけど。
ちなみに七強とは、かつて六強と呼ばれていた俺たちにフィルを加えたものなのだそうだ。
≪衝撃≫のアギト、≪見取り稽古≫のセツナ、≪神に愛されし男≫のクロード、≪シャットアウト≫のノア、≪流星≫のミナ、≪ビルドエラー≫のシン、そして≪中学生≫のフィル。
アースだからこそ許されるノリだな。
地球でやったら白い目で見られかねない。
「そうしますとレイドの構成は……」
セツナは卓の上に紙の束を置き、俺たちにそれらを見せてきた。
どうやら、それは俺たちのデータをまとめた書類のようだ。
1枚につき1人分の情報が書かれてある。
ざっと50枚以上はありそうだ。
現在、アクティブにモンスターを狩ってレべリングをしている高校生は100人に満たない。
おそらく、あの紙の束はそいつら全員分の情報が記載されているのだろう。
そしてセツナはその紙を一枚一枚拾い上げていく。
「……こんな具合でどうでしょう」
今の行動はレイド30人を選ぶための作業だったというわけか。
セツナの集めた紙には俺やアギトといった七強の奴らや、サクヤ、紅、といった魔術師職、更にはギルドに所属していないが決闘大会で好成績を出したねこにゃん、ああああ、といった連中の情報が書かれている。
これがセツナの考える、現時点でのベストメンバーってことになるのだろう。
「ほほう……エクセレント! 先ほどまでの話し合いで決まった内容を上手く盛り込んでいますね! 流石はセツナさんだ!」
「うふふ、どういたしまして」
セツナの選んだメンバーを確認したクロードが賛辞を送っている。
あんまりこの男と同調したくはないが、確かにセツナのチョイスは完璧だと俺も思う。
「ふむ……ではセツナの提案したメンバーに異議のあるものは挙手をしろ」
アギトが俺たち全員に向かって確認を取り始めた。
それに対し、俺たちは誰も手を挙げない。
まあ当然だな。
「なら地下40階層のレイド戦はこの30名で攻略する予定で進める。3年メンバーはセツナ、2年メンバーはノア、1年メンバーは……ユミが招集をかけ、各自のスケジュールを合わせろ」
今、アギトがチラッと俺のほうを向いた。
多分ユミと俺、どちらを1年グループのトップとしてまとめさせるかで一瞬悩んだのだろう。
俺に話を振られても困るから、ユミに振って正解だったぞ。
ユミと比べると俺の交友関係は非常に狭いし、一部の人間から反感を買っているからな。
「あと、補欠要因としてこの10名を39階層まで同行させましょう」
「そうだな」
39階層で待機させておくにも、それなりの戦力がなければならない。
なので、10人くらいでレイドを組ませておいたほうが安全という判断なのだろう。
またもセツナが10枚の紙を選び取り、アギトがそれを見て合意を求めてきたが、俺たちはそれにも特に異論はなく、これもすんなりと可決された。
「よし、では地下40階層攻略は、アース時間計算で今より70日後、もしくは94日後に行うこととする。攻略開始の数日前に最終確認の場を設けるが、それまでは学年単位以上で調整を行え」
70日後は地球だと今週の木曜日の朝で、94日後だと金曜日の朝ということになる。
その辺りなら、まあ俺たち全員予定を合わせられるだろう。
なんせ、全員アースにログインした直後というタイミングなわけだからな。
「他にこの場で言いたいことがある奴はいるか」
「…………」
「いないようだな」
最後にアギトが確認を行った。
これについても特に手を挙げる奴はおらず、部屋は静寂で満たされた。
もしかして、みんなアギトにビビってるとかじゃないよな。
まあ、進行がスムーズなのは良いことだから別にいいんだけど。
「なら、最後に俺がお前たちに言っておく」
「……?」
と思っていたら、アギトが率先してこの静かな室内の平穏を崩した。
「前回同様、今回のレイド戦においても俺は被害者ゼロの攻略を目指している。だから全員――絶対死ぬなよ」
……そんなことは、言われるまでもないな。
学校の規則により、半強制的ではあるものの、俺たちはアースへ来ることを余儀なくされている。
また、迷宮の攻略も、神やアース人の手前、そして地球人≪プレイヤー≫の存在理由も相俟って、完全に止めるわけにはいかないという事情がある。
なので、ここで迷宮攻略を放棄するわけにはいかない。
いずれは迷宮内部にいるレイドボスも殲滅する必要に迫られる。
そうした戦いの果てで、たとえアースで死んだとしても、地球の俺たちは平穏な暮らしに戻るだけだ。
しかし、それでも俺たちは全員死ぬ気などサラサラない。
その理由は、自分の記憶のため、異能を保持したいがため、アースに留まりたいため、あるいは学費や単位のため、人によって様々だろう。
だが、一番の理由は全員、仲間との繋がりを消したくないからであるはずだ。
俺たちは一人だと弱い。
ゆえに仲間と一緒に行動し、強くなるためにモンスターと戦っていく。
そうすることで仲間たちとの絆を少しずつ深め、アースでの思い出はもはや何物にも代えがたいものとなっている。
だから俺たちは絶対に死なない。
ここでの思い出をなかったことにしないためにも、俺たちは絶対に死ねないのだ。
「俺の言葉を各自、胸に刻み込んでおけ。では、解散」
アギトから〆の言葉が出た瞬間、俺たちは席から立ち上がって行動を開始した。
ボス戦は早くても70日後とはいえ、実際に使える日数は20日そこそこだ。
それが俺たちに許された準備期間である。
20日そこそこといった短い時間ではあるが、できるだけのことをしよう。
そう思った俺は、仲間たちと共に部屋を飛び出していった。