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会議前のひととき

 サクヤのおかげでスッキリした俺は、みんなと一緒に朝食を取るために宿内にある食堂へとやってきた。


「一之瀬。君と日蔭さんがそういう仲だということは知っているけど、開き直られていると先生方に注意を呼びかけるべきかと悩むんだが」

「むぐっ……」


 そこで朝食が載ったトレイを貰い、卓についてからしばらくすると、隣に(なぜか)座った氷室からお小言が飛んできた。

 俺は固いパンをもそもそと口に含みながらそれを聞き、渋い顔をした。


「……できればそういうことはやめてほしいな」


 氷室の言いたいことはわかる。

 同級生の男女二人が一つの部屋で夜を明かしていたら「なにいちゃついてんだよ死ね」と俺も思うだろうからな。


 俺はここで弁解することもなく、ただ見逃してくれと氷室に視線で訴えかけた。


「……まあ、俺からはこれ以上なにも言わないでおく。変なことにならない限りはだが」

「そうしてくれ」


 実際のところ、サクヤとかが俺の部屋で寝泊まりしたことは以前にもあって、早川先生たちはそのことを知っている。

 しかしマーニャンが、俺たちは何もやましいことなんてしていないと証明してくれているから、あまり強くダメだとは言ってこない。


 とはいえ、周りから不健全だと思われて風紀が乱れると判断されることもあるかもしれない。

 なので、今回サクヤが俺の部屋に来るときはコッソリとであったりする。


 しかし、氷室みたいな目ざとい奴が先生にチクれば、監視も厳しくなること請け合いだ。

 監視が厳しくなっても俺は別にいいけど、その他で何かしらのペナルティを被ることは避けたいので、黙ってもらったほうがありがたい。


「はぁ………………それと、昼からの地下迷宮40階層攻略会議にはちゃんと出席するんだぞ。赤点を回避したんだから、俺たちは一之瀬にレイド戦に出てもらうつもりでいるんだからな」

「ああ、もちろん出席する」


 氷室は軽くため息をついたあとコーンスープを静かに飲んで間を置き、話題を変えてきた。


 攻略会議か。

 地下10階層と地下20階層は唐突な攻略を強いられ、地下30階層攻略には参加すらできなかった。


 だから、ようやくまともな話し合いに参加できるわけだな。

 そう考えるとワクワクしてくる。


「……なんだいその顔は? 普段仏頂面の君が急にニヤニヤすると気持ち悪いんだが」

「うるさいな。俺だってたまにはニヤニヤしたりもするんだよ」


 気持ち悪いとか失礼な奴だ。

 そんな態度だとレイド戦でピンチになったとき助けてやらないぞ。

 まあ、試験勉強を手伝ってくれた分くらいは助けてやるけど。


「……あなたたちって、やっぱり仲良いんじゃないの?」

「んーん、全然」

「こいつと仲が良いだなんて冗談もいいところだよ、朝比奈さん」

「……あっそ」


 俺たちのやり取りを近くで見ていたらしきミナが訝しむような目つきをしている。


 なんでミナは俺と氷室を仲良しさんだと思いたがるのか。

 不思議だな。



 そうしたやり取りを行いつつ俺たちは朝食を取っていった。






「……シンさん、お久しぶり……です」

「おお、フィルか」


 朝食を終えたあと、攻略会議までの短い時間をどう使おうか考えていたとき、俺のところにフィルが訪れた。


 どうやら彼女も食事をしてきたみたいだな。

 マフラーの奥から僅かに見える口の端にミルクを飲んだような白い跡がある。


「フィル、少しじっとしてろ」

「え……あ……」


 俺は懐からハンカチを取り出してフィルの口元を拭った。

 いきなり俺がそんな行動をしたもんだから彼女は驚いたという表情をしているが、すぐに落ち着きを取り戻して頬を赤く染めた。


「……もしかして、何かついて……ました?」

「ん、ああ、まあ、ちょっとな」

「そう……ですか……うぅ……」


 フィルは顔を俯かせて口元をマフラーで隠したりしている。

 別に恥ずかしがる必要なんてないのに。


「急いで来たのが仇になった……りました」

「? 俺に何か急用でもあるのか?」


 朝食を手早く終えて俺のところに来たのだとすれば、それにはどういった理由が含まれているのだろうか。 

 俺はフィルを見ながら首を傾げる。


「急用、というわけじゃない……んですが、シンさんに早く伝えたいことがあって……」

「伝えたいこと?」


 一体なんだろうか。

 フィルの様子からして悪い話ではなさそうだけど、どんな話が飛び出てくるか全然予想できない。


「お、オレ……中間テストで学年7位に……なりました!」


 ……学年7位?

 つまり、中学二年生のなかでフィルは7番目の成績を収めたということか。

 それは凄いことだな。


 凄いことなんだが……それが俺に早く伝えたかったことなのか?


「お、おー、すごいじゃないか、フィル。お前って結構頭良かったんだな」

「し、シンさんに褒められるために頑張りました……」

「そうなのか……俺に褒められたくて、か」

「ん……そ、そう……です」


 なるほど。

 最近フィルの姿を見かけなかったのは、そういった理由もあったのか。

 もしかしたら、俺の勉強を邪魔しちゃ悪いから会うのを控えめにしていたのかと思ってたけど、自分のテスト勉強に力を入れてたってわけだな。


 うん。

 まあ悪くはないだろう。

 誰かに褒められたいからという理由であっても、それで積極的に勉強をするっていうなら悪いことではないはずだ。


「よく頑張ったな、フィル。偉いぞ」

「……ど、ども」


 なので、ここは目一杯フィルを褒めよう。

 彼女もそれを望んでいる。


「よしよし、今日はいつもの3割増しで撫でまわしてやるっ」

「ぁぅ……」


 俺はフィルの頭を豪快に撫で始めた。

 これは普段もよく行っていることだが、今回はできるだけ丁寧に、そしてフィルが気持ちよさそうにしているポイントを重点的に責めていく。

 豪快さと繊細さを兼ね備えた撫でまわしは、長い間彼女を撫で続けた俺だからこそできる技術と言えよう。


「次は……もっと頑張りますね……」

「その意気だ。応援してるぞ」

「ん……だ、だから……そのときは……も、もっと可愛がって……くださいね……」

「あ、ああ……わ、わかった」


 可愛がってとか、そんなことを言われると益々可愛がりたくなる。

 フィルは純粋だから狙ってやっているわけじゃないと思うけど、時々俺にクリティカルヒットを与えてくるな。


「なんという甘々空間……私ですら割り込むのを躊躇っちゃうよう……」

「…………」


 そんな俺たちをサクヤが見ていた。

 彼女は何か羨ましそうな視線をこちらに向けている。


「サクヤ、言ってみればこれはフィルの正当な報酬だ。変な焼きもちはするなよ」

「そう言われても焼いちゃうよう……フィルちゃんをナデナデするなら私もナデナデしてよう……私だってシンくんに教えるために必死で勉強して学年2位になったんだよう……」


 ……そうだった。

 フィルの学年7位という成績も十分すごいけど、サクヤはそれを上回る学年2位という結果を叩きだしたのだ。

 これには俺も驚いたが、サクヤ自身が特に何も言ってこないから今までスルーしていた。


 しかし、こんな結果を出すほど頑張ったのは俺のためである。

 勉強を教えてもらったことに関する感謝の気持ちは昨日伝えたけど、それとは別にして、フィルと同じようにサクヤを褒めるべきなのではないだろうか。

 というか、そうするべきだろう。


「……わかった。じゃあこっちこい、サクヤ」

「わぁい! ありがとお! シンくん!」


 サクヤは喜びを体で表現するかのように軽やかなステップを踏み、俺の傍まで寄ってきた。

 俺はそれを見て苦笑いを浮かべるも、上目づかいで「早く早く」とせがんでくる彼女の頭を撫で始めた。


「……よしよし、サクヤもよく頑張ったな」

「はふぅん……頑張った甲斐がありましたぁ……」

「…………」


 同級生相手に何してんだろ、俺。

 まあ、本人が喜んでいるんだから別にいいんだけどさ。


「学年2位……ならオレは……次の期末テストで学年一位を目指……します」


 サクヤを撫でる俺を見ながらフィルはそう呟いた。


 変なところで張り合いだしたな。

 学年が違うとはいえ、サクヤに順位で負けたことが悔しかったんだろうか。

 俺とケンゴから引き継いだ負けず嫌い属性は、今もなおフィルのなかに根付いているとでも解釈しておこう。


「だったら私も次は一位狙おっかな。シンくんに褒められるために」

「……勉強を頑張るわけだから別に悪いことじゃないけど、体が壊れない程度にしておけよ」


 サクヤを見ていたら心配になってきた。

 俺は彼女たちに注意を促し、頑張るのもほどほどにしてもらうことにした。


「でも、シンくんは知性溢れる女の子にそそるタイプでしょ?」

「そそるとか言うな……」


 確かにそういう好みがないわけじゃないけど。

 相変わらずサクヤは俺の好みを熟知していらっしゃる。


 だからといって無理やりツンデレ風な言動をしたりしないところを見るに、自分でやってボロが出ない程度までしか俺の趣味に合わせないとかそんなカンジなのだろう。


「……というか、むしろ俺は自分が下から数えた方が早い順位にいるバカで、2人に呆れられてないか心配してるんだが」


 彼女たちが勉強を頑張ったこと自体は良いことだ。

 けれど、それによって俺のなかにちょっとしたコンプレックスが生まれてしまった。


「え、なんで?」

「いや、だって2人とも頭良いし、俺なんかじゃ釣り合いとれないなって思って」


 フィルもサクヤも学年内で上位の成績なのに、俺は赤点をギリギリ回避した程度の頭しか持ち合わせていない。

 これについては、メンドクサイ奴だという自覚はあるものの、ちょっとだけ劣等感じみたものを感じてしまう。


「そうかな? 私はシンくん頭良いって思うよ。暗記物は苦手でイージーミスも多かったけど、応用問題とかは結構スラスラ解いてたし」


 と思っていたらサクヤからフォローされた。


「お、オレもシンさんがバカだなんて思ってない! ……です」


 そして更にフィルまでもそう言って、俺を励ましてくれた。


「……2人とも……ありがとな」


 彼女たちが俺を罵ったりすることはなかった。

 俺だって、彼女たちのテストの成績が悪かったとしても、それで態度を変えるなんてことはするつもりもなかったから、これは自然のことなのだろう。


 でも嬉しいな。

 その気持ちはできるだけ行動で示したいところだ。


「……おっと……そろそろ時間だ。集会場に行くか」

「あ、もうそんな時間なんだ」


 フィルとサクヤの2人と話している間にそれなりの時間が過ぎていた。

 一応、歩いて間に合うだけの余裕はあるけど、もう移動を始めたほうが良いだろう。


「攻略会議……ですよね? 頑張って……ください」

「ああ、ちゃっちゃと終わらせてくるな」


 ちなみに、攻略会議にフィルは参加しない。

 参加するのは高校生のなかでも主要なメンバーのみだ。

 無駄に大勢で話しあっても収拾がつかないからな。


「それじゃ、行ってくる。フィルも中坊たちの子守り、頑張れよ」

「ん……頑張る……ます」


 フィルは最近、中学生連中のレイドに参加して狩りを行っている

 俺が試験勉強を始めたころに、そんなことをすると彼女から説明された。


 実際は彼女自身の試験勉強も同時に行っていたようだが、アースにいる間の昼は狩り三昧だったのだろう。

 彼女は俺と違って学力的に切羽詰まってなかったみたいだから、そういった余裕があっても不思議じゃあない。


 また、中学生の平均レベルなんて高校生と比べると20近く低いため、高レベルのフィルが加わってもよろしくないのだが、どうやら彼女はボディーガード的な立場で同行するよう教員に頼まれたようだ。

 中学生連中はレべリング時に10人以上での団体行動をすることが義務付けられている。

 そんな団体を保護している教師数人がコントロールしきるのは難しいんだろう。


「なんだかんだで、フィルちゃんは私たちのところ以外にも自分の居場所を作ってるんだね。偉いよ」

「そうだな。俺もちょっとその辺、フィルを過小評価しすぎてた」


 フィルは俺たちに頼らずとも、自分の力だけで周りと十分やっていけている。

 ちょっと寂しいと思ったりもしてしまうけど、それは俺のワガママだ。


 そんなことを考えながら、俺はこの場を去るフィルの背中を見守り続けた。


 ……まあ、フィルとはこれからもパーティー組むつもりだけどな。

 地下迷宮のレイド戦には一緒に出てもらうつもりだ。

 なので多分、明日からはまたこっちの手伝いをしてもらうことになる。

 もちろん、彼女が首を縦に振ればという話だけど。


「俺たちも行くか」

「そうだね」


 フィルの姿が完全に見えなくなったところで、俺はサクヤに声をかけて歩き出した。


「ちなみに、私の居場所はシンくんの傍にしかないからね?」


 そしてサクヤはそう言うと、いきなり俺の手を繋いできた。


 こいつは俺に依存しまくっていて非常に危なっかしく、多少は治したほうが良いんじゃないかと思うこともある。

 しかし今の俺は何も言わず、ただ手に力を軽く込めて彼女の存在を感じていた。


 結局のところ、俺も大分依存してるんだよな。

 サクヤのことは言えたもんじゃない。


「……みんなのところに着いたら離せよ」

「うん、でもその間はずっとこのままで、ね?」


 俺はサクヤの手を振りほどくこともできず顔を熱くし、それを彼女に悟られないようズンズンと前を歩き続けた。


 こんなことをしながらも、俺たちは2、3年グループと話し合うための集会場へと移動したのだった。

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