ひざまくら
「うおおおおおおおおおおシン殿オオオオオオオオオオオオオオォォォ! 会いたかったぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
テスト週間が終わり、俺、ミナ、サクヤは10日ぶりにアースへとやってきた。
すると、ウルズの泉付近で待機していたらしきクレールにいきなり抱きつかれた。
俺にとっては10日間ぶりだが、アースにいたクレールにとっては8ヵ月ぶりくらいの再開になるわけだからな。
リアクションが多少オーバーになるのも仕方がないか。
「……っ……久しぶりだな、元気にしてたか?」
アースで意識を覚醒させた瞬間、とてつもない睡魔に襲われた。
だが俺はそれを無視して、クレールに無詠唱のヒールをかけながら訊ねた。
「ひゃふぅ……うむ、我は元気にしていたぞ。最近では町の中に長く滞在していても問題ないくらいだ」
「そっか」
初めて会ったときのクレールはかなり弱っていたようだが、俺のダメージヒールを浴び続けた結果、今では墓地以外でも長期間活動することができるまでに回復したらしい。
なので、クレールは本格的に活動拠点を墓地から町に移している。
また、クレールは俺たちと行動を共にするのに楽だからという理由で、地球人≪プレイヤー≫管轄である宿の一室を借り、そこを住処にしているみたいだ。
どういうやり取りでそうなったのかまでは知らない。
ちなみに、彼女が俺たち以外の地球人≪プレイヤー≫と話すことは滅多になかったりする。
これについては地球人≪プレイヤー≫相手にだけというわけでもないみたいだ。
アース人と話す場合にしても、彼女は一線を引いたコミュニケーションを取っているように見えるんだよな。
自由に行動ができるようになったら友達を作りたいとか前に言ってたけど、ちゃんと友達作れてるんだろうか。
ちょっと心配だ。
「フィルは一緒ではないのか?」
「ああ、あいつは明日来ると思うぞ」
いつも一緒に行動していたからか、クレールはこの場にフィルがいないことを気にかけたようだ。
俺たちとフィルはクラスも学年も違うから、同じタイミングでアースに来るということも珍しかったりする。
ただ、今回の俺たちはちょっと早めに来たという事情もあるから、フィルがいないのもしょうがない。
「それで、シン殿たちはアカテンとやらを回避することができたのか?」
「ああ、それはまあ……なんとか、みんなのおかげでな」
ミナやユミ、ついでにアギトや氷室とかにも助けられたが、特にサクヤにはかなり助けられた。
俺が赤点を無事回避できたのは彼女がほぼつきっきりで勉強を教えてくれたからに他ならない。
「ん? なあに、シンくん」
「いや、まあ、なんていうか、サクヤには感謝しないとかなって思ってな」
可愛らしく首を傾げるサクヤを見ながら、俺は頬を指で掻きつつ頭を下げた。
「サクヤ、俺に勉強を教えてくれて本当にありがとう」
「! い、いいよいいよ! 私は好きでシンくんに勉強を教えたんだから!」
感謝の言葉を告げると、サクヤは慌てた様子で両手をぶんぶんと振り始めた。
どうやら俺がここで「ありがとう」と言うとは思っていなかったみたいだな。
慌てっぷりが尋常じゃない。
「でも俺がサクヤに助けられたのは事実だ。ありがとう」
「う、うぅ……ま、まいっちゃったなぁ……シンくんが私に感謝してるよぅ……」
「たまには俺だってこういうことも言うさ」
キャラじゃないって言われたらそのとおりだが、俺も恥知らずではない。
恩を受けたらそれに報いたいという気持ちは当然持っている。
「……そうだ。サクヤ、何か欲しいものとかないか? お礼の意味を込めてプレゼントさせてくれ」
なので俺は彼女に向かって軽くそう言った。
アースでの俺はちょっとした小金持ちだ。
始まりの町にあるものでよければ、大抵の物が買える。
今の俺はサクヤのためなら家だろうが馬だろうが買ってやれる気分だ。
だけど、もし地球の物をサクヤが求めてきたら……その時また考えよう。
アルバイトをしていない高校生の懐事情など高が知れている。
一応、学校に申請すればアースの貨幣を地球の貨幣に両替してくれたりするものの、アースでの大金が地球だと子どものお小遣い程度にしかならない。
ぼったくりもいいところだから、この制度は未だに誰も使ったことがなかったりする。
だから、地球における俺の財力は非常に低いのだ。
というわけで、プレゼントはできればアースで買える物にしてほしい。
「そのプレゼントって、何でもいいの?」
「……常識の範囲内ならな」
今ちょっと怖い発言が出たな。
「何でも」というのは無茶振りをする予兆以外の何物でもない。
「じゃあシンくんの童貞をください」
「……常識の範囲外なので却下」
案の定、サクヤは突拍子もないものを要求してきた。
童貞とかストレートな発言をするなよ。
ミナがすぐ近くにいるんだぞ。
「じゃあシンくんの初めてをください」
「……さっきのと意味変わんないだろ」
もうなんなんだよサクヤは。
そんなに俺の体が欲しいのか。
あんまりがっつき過ぎだと流石の俺も少し距離を置かざるをえないぞ。
「全然違うよ。もちろんシンくんとはいつもセックスしたいと思ってるけど、今言った『初めて』っていうのはそういうことじゃないよ」
「そ、そうか」
今さらっとセックスしたいとか言ったな。
まあ、俺にしか言わないんだろうけど、でも女の子がそういうことを簡単に言っちゃいけないと思うんだ、うん。
それに、理性と本能の戦いが激しくなって、その、非常に困る。
普段クールを装っている俺だって意識してないわけじゃないんだぞ。
「……つまり、サクヤは何でもいいから俺の『初めて』が欲しい、と?」
「うん、そういうこと」
俺がサクヤの真意を言い当てると、彼女はコクリと首を縦に振ってそれを肯定してきた。
初めて、か。
なおかつ、サクヤにあげられるようなものとなると、何があるだろう……
「そんなに悩まなくてもいいと思うよ」
「いや、でもな……」
「たとえば、シンくんってベロチューしたことないよね?」
「な、ない……けど……」
サクヤの口からまたもや不穏な発言が飛び出てきた。
ベロチューって、あれだろ、大人のチューってことだろ。
唇同士のチューを超えて、互いの舌同士を絡めて唾液を交換しあうという、あのディープなチューのことなんだろ。
確かにそれなら俺は未体験だ。
軽いキスならサクヤともしたことがあるけど、そこまで深いものはやったことがない。
キスをしたとき、俺は口を固く閉じていたからな。
舌を絡ませる勇気は俺にはなかった。
そして今もそんな勇気はない。
「私はしたいな。シンくんとベロチュー」
「いや……でもな……そういうのはやっぱり大人になってからするべきものだと思うし……」
「これくらいは大人じゃなくてもしていいと私は思うな。ベロチューしたくらいじゃ赤ちゃんもできないし。あ、でももしシンくんとの赤ちゃんを身籠ったら、私は何が何でも生むからね」
相変わらずサクヤはとんでもないことを考えているな……
もしも今後、俺が雰囲気に流されてサクヤといたしてしまった場合、できちゃった婚待ったなしな状況になるかもしれない。
て、そんなことを今考えてもしょうがないだろ。
そもそもベロチューだけじゃ子どもはできたりしないし。
……で、できないよね?
「むむむ……サクヤが、べろちゅう?をするのであれば、機会平等法にのっとって我もするのが道理というものだろう」
「いや、しないから……」
機会平等法とはなんだ。
平等に接するということにはなっているけど、俺の知らないうちにそんなものまで作られていたのか。
まあ、なんにせよ、俺はここでサクヤとそういう行為に及ぶつもりはない。
「サクヤ、できれば別のお願いにしてくれ」
「むぅ……それじゃあシンくんの体を舐めまわす権利を――」
「却下で」
「それならシンくんの体液を採取する権利を――」
「却下で! というかさっきから要求が変態チックだぞ!」
なんか頭が痛くなってきた。
サクヤの欲しいものって俺に直結したもの以外にはないのかよ。
「あなたたち……一応ここが公共の場だっていうことを理解した発言を心がけなさい……」
と、そんなことを考えていた俺の隣でミナが大きなため息をついた。
ここはウルズの泉前で、人通りが多い場所だ。
セックスだのベロチューだのと言うには不適切極まりなかったな。
まあ、言ったのは俺じゃなくてサクヤだけど。
「……とりあえず場所を変えるか」
「うん、そうだね。シンくんも眠たそうだし、宿のほうに行こっか」
ふざけた発言が多いけど、やっぱりサクヤは俺をよく観察しているな。
確かに、今の俺はとても眠たい。
これは前回のログアウト時、極度の寝不足状態であったからに他ならない。
なので、アースへ来てすぐ寝ても支障がないよう、あえて夜の時間帯にログインしていたりする。
それこそが、俺たちが早めにここへ来た理由だ。
「よし、ならサクヤへのお礼も宿で考えよう」
こうして俺たちは、勉強疲れを取るべく、いつも使っている宿に戻った。
「うふふ、ゆっくり休んでね、シンくん」
「…………」
現在、俺は宿の部屋に備え付けられたソファーに寝転がっている。
いや、正確に言うと、俺の頭だけはサクヤのふとももの上にある。
サクヤはいつもミニスカートを穿いているため、俺の頬には彼女の生肌が当たっている。
こんなことを素直に思うのは悔しいが、柔らかくてスベスベしてて暖かくて……すごく気持ちいい。
「……サクヤ、こんなお願いで本当にいいのか?」
これではサクヤのご褒美というより俺のご褒美だ。
そう思った俺は上を向いてサクヤに訊ねた。
「うん、いいよ。シンくんに甘えてもらえて私はすっごく満足してるよ」
「……そっか」
部屋のなかには俺とサクヤしかいない。
二人っきりになるというのも彼女の要望だ。
本当はこういった状況は学校規則的によくないことだけれど、もう何度目だって感じなので気にしたりしない。
また変な噂が立つかもしれないけど、それも今更だ。
そして、こんな空間で瞼の重い俺にサクヤがしたお願いは「寝ているシンくんにひざまくらをさせてほしい」というものだった。
まあ、俺がひざまくらをされるのは初めてといえば初めてのことなので、サクヤは十分満足するらしい。
「でも、これだとサクヤが休めないだろ」
「そんなことないよ。私はシンくんの寝顔を見れば十分癒されるから」
「……あっそ」
寝顔を見られるというのは少し恥ずかしいな。
これくらいなら大したことないから別にいいんだけど。
うん、セックスとかベロチューとかいう要望と比べたら、寝顔を見られることくらい可愛いもんだ。
「最近よく思うんだけど、優しくなったよね、シンくん」
「……ただ単にサクヤが勉強を教えてくれてたからってだけだろ」
「それって、勘違いしないでよねってやつ?」
「うるさい……そんなこと言うと……もう優しくしてやらないぞ…………」
サクヤといつも通りのアホなやり取りをしながらも、俺は睡魔に襲われてあくびをした。
「あ、ごめんねシンくん。私のことはいいから、グッスリ眠ってね」
するとサクヤは俺に謝罪めいたことを口にした。
別に謝らなくってもいいのにな。
俺は目を閉じて眠りの挨拶を告げる。
「お休みサクヤ……疲れたら……お前も休めよ……」
「お休みなさい、シンくん。それと、私を気遣ってくれてありがとうね」
瞼を閉じる瞬間に見たサクヤの笑顔はとても優しく感じられた。
「なあ……サクヤ……」
「なあに? シンくん」
「お前は……俺のこと……好きなんだよな……」
「うん、世界で一番大好きだよ」
「そっか……」
眠りにつく直前の微睡んだ思考で、俺はサクヤに今更なことを訊ねていた。
なんでそんな問いかけをしたのかはわからない。
でも、サクヤの答えを聞いた俺は安らぎを感じていた。
「何があっても、ずっと傍にいるからね、シンくん」
そしてサクヤは膝を若干浮かして、俺の額に軽くキスをした。
普段の俺なら恥ずかしがって「やめろバカヤロウ」とか言うところだったんだが……今日は別にいいよな。
気恥ずかしいものがあるものの、たまにはこういうのも悪くない。
俺はサクヤのふとももや、頭を軽く撫でてくる手のぬくもりを感じながら眠りについた。
翌日、クレールから「それで、サクヤとはどこまでいった?」と訊かれた。
あんま信用されてないな、俺たち。