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勉強会

 異能者アビリティストである俺たちは国立異能開発大学付属第二高等学校(長いので普段は『いのに高』とか呼んでいたりする)に在籍している。

 そして、いのに高の1組と2組に所属する生徒は、異世界である≪アース≫へと行くためのパスポート、通称『クロクロアカウント』を所持しており、≪アース≫の調査をすることを条件にして、一部の単位や学費が免除されたりする。


 俺もまた、そんな学校制度の恩恵を受けていたりしているのだが、それでも完全には回避できない学校行事が存在した。

 それは毎週土曜に行われている特別体育と、≪アース≫に関する知識を学ぶための授業『アース史』およびそのテスト、そして、基礎五科目として国が指定している国数英理社のテストである。


 特別体育以外の授業の出席免除は取得でき、家庭科や音楽といった授業は完全免除までこぎつけたものの、基礎五科目のテストは免除してもらえなかった。

 なので俺も、アース史と基礎五科目の中間テストを受けなければならない。


 アース史のテストは俺にとって脅威ではない

 だがしかし、高校に入学してからほとんどの時間をアースでの活動に費やしていた俺は、基礎五科目の勉強をろくにしてこなかった。

 出席が免除されていてもチョコチョコ授業に出たりしていたのだが、そういった中途半端なやり方で授業内容が身に付くはずもなく、俺の学力は中学生時代と大差などない。


 つまり、今の俺にとって中間テストは鬼門だった。

 冒険者ギルドに張り出されている難易度Aのクエストよりも難しいとさえ感じていた。


 ……いや、実際にはそう慌てることもないのだ。

 テストは五日後からあるものの、それはあくまで地球時間軸での話だ。

 アース時間軸に換算すると、まだ120日くらいある。


 実際にはもっと短い期間しかアースに居られないが、それでも十分猶予がある……と思っていた。


「テスト勉強のためにLSS(生命維持装置)を使うことはできない。あれも何気に高価な代物だからな。そんな理由での使用を認めるわけにはいかない」


 早川先生からLSSの使用を禁じられた。

 しかも通常通り、土日は地球で過ごすことと定められたため、現時点でアースにいられる期間は最大でも水木金の8時間……合計24時間分ということになる。

 地球で24時間分あるなら、アースでは24日分あるという計算になるからな。


 120日とくらべると五分の一しかないが、まだ猶予はある。

 そう思った俺は、なんとか赤点だけは回避すべく行動を開始した。


「ほら、そこ、スペルが間違ってるわよ」

「こういうイージーミスも失くしていかないとだよね」

「ぐ……」


 そんな俺は今日、宿屋の一室でミナとサクヤが監修するなか、必死こいて勉強をしていた。

 彼女たちも俺と一緒になって狩りとかしていたはずなのに、いつの間にか勉強面で大きな差をつけられていたためだ。


 ちなみに勉強道具は地球人≪プレイヤー≫が生産している紙の教科書とノート、それに鉛筆だ。

 ペーパーレスの進む昨今において、こんなに紙を消費していいのかと最初は思ったが、しばらく使っているうちにすぐ慣れた


 ここは地球ではなくアースだからな。

 森林伐採の影響で公害が起こるとしたら、それは数百年後の話になるはずだ。

 まあ、そこまで影響が出るようなことは地球での反省から流石にしないだろうけど。


「嫌そうな顔しないの。これは普段あなたが勉強してなかったのが悪いんだから」


 手が止まった俺をミナが軽く叱責した。

 つまり、裏ではみんなちゃんと勉強してたってわけか。

 こっそり勉強するなど卑怯である。


「でも安心してね。これからテストまでは私がずっとシンくんの勉強に付き合ってあげるから」

「ああ……サンキューな……サクヤ」


 ……とはいえ、勉強しなかったこと自体は俺に非がある。

 俺は善意で勉強を教えてくれているサクヤに頭を下げた。


 何気にサクヤは結構賢い部類に入るようだ。

 さっきから俺がわからない問題を教えてもらっていたりするのだが、どんな問題でも淀みなく答えてくれるし、なおかつ教え方が非常に丁寧でわかりやすい。

 同学年ながら、家庭教師に欲しいとさえ思えるくらいだ。


「サクヤって頭良いのな、ちょっと見直した」

「シンくんが私を褒めてる……!」

「……俺だって感心したときは普通に褒めるぞ」

「そうだったね。褒められなれてないからびっくりしちゃった。にひひ」


 こんなことで驚かれても困る。

 俺だってたまにはサクヤを褒めることだってあるさ。

 あと変な笑い方をするな。


「…………」


 と、そんな俺たちをミナがじっと見ていた。

 しかし彼女はすぐに視線をそらす。


 今のやり取りに何か思うところでもあったのだろうか。

 あれはそういう目だった。


「さ、お喋りはこのくらいにして勉強を再開するわよ」


 そしてミナがそう言ったので、俺たちは勉強モードに戻ることにした。






 1時間後、そろそろ一息入れようということになった俺たちは、椅子に座りながら軽く背伸びをし始めた。


「あー……もー……勉強したくねー……」


 俺は自分の馬鹿さ加減に参っていた。


 一応現国と数学は何とかなりそうな感じだが、他の三科目はこのまま勉強を続けて何とか赤点を回避できるか、というレベルだろう。

 赤点になると特別補習が課されるから、できることなら回避したいというのに。


「だったら将来は私がシンくんを養ってあげようか?」

「……ちゃんと勉強します」


 俺が赤点だのなんだのを考えているなか、サクヤはさらにその先のことを考えていたようだ。

 異能者アビリティストである俺たちは世間から後ろ指を指されているが、それでも生きるためには働く必要がある。

 また、良いところで働きたいなら、それなりに勉強ができなければならない。

 これはいつの時代でもそう変わらないな。


 いのに校は大学までエスカレーター式で入れるとはいえ、突然異能がなくなって学園にいられなくなる、という場合もあり得なくはない。

 そんなとき、きちんと勉強ができるのならば、普通の高校生として早期復帰もできる。

 アースで死んでも地球の知識は記憶として大体残っているらしいからな。


 あと、俺はサクヤのヒモになるつもりなんて一切ない。

 主夫になれということなのかもしれないが、どちらにしても15歳という若さの俺たちには早すぎる話だ。

 将来サクヤとどうなるかなんて、現時点ではわからないと言わざるを得ない。


「ふぅ……なんていうか、喉が渇いたわね」

「あ、それじゃあ私、コーヒー貰ってくる。ミナはミルクたっぷりでシンくんは砂糖たっぷりだよね?」

「そうだな。頼んだ」

「お願いね」

「はーい」


 サクヤはみんなの分のコーヒーを取りに部屋から出ていった。

 今日のあいつは気が利くな。


「……サクヤって結構尽くすタイプよね」

「まあ、そうだな」


 尽くすタイプと言っていいのか微妙な感じだが、サクヤは俺のためなら基本的に何でもするような奴だ。

 俺はとりあえずミナに相槌を打った。


「……さっき、シンはサクヤのことを頭が良いって褒めたわよね?」

「? ああ、褒めたけど」

「勘違いしないでほしいから言っちゃうけど、サクヤは天才タイプじゃなくて秀才タイプだから」

「???」


 どういうことだろうか。

 俺はミナの真意がわからず、その場で首を傾げた。 


「……サクヤは毎日夜に休む時間を削って勉強してるのよ」

「へえ……あいつって結構努力家だったんだな」

「ええ、そうよ。『多分シンくんは勉強してないから、私が付きっきりで教えてあげるために勉強してるんだ』って、前にあの子は言ってたわ」


 ……つまりサクヤは俺のために勉強してたってわけか。

 相変わらず努力の目的が俺に依存しまくってるな。

 だが、勉強を頑張ること自体は悪くない。


 また、『それなら普段から俺に勉強させるよう言うほうが楽なんじゃないか』と思うところだが、俺といる時間を最大にするためのサクヤの努力は認めるしかないだろう。


「ならもっと褒めてやらないとだな」

「ええ、そうしてあげて」


 ミナは俺の返答に満足したのか、微笑を顔に浮かばせてドアのほうへと目を向けた。


「お待たせ! 厨房に行って私が丹精込めて入れたコーヒーだよ! 飲んで飲んで!」


 すると、コーヒーをトレイに乗せたサクヤがタイミングよく部屋へと戻ってきた。


「飲むのはいいんだが、ちゃんと断って厨房に入ったんだよな?」

「当たり前だよ! 流石の私もそこまで常識知らずじゃないよ!」


 多少なりとも常識知らずだという自覚はあったのか。

 俺は苦笑いをしつつ、サクヤの入れてくれた甘いコーヒーを飲む。


 美味いな。


「ど、どうかな、味のほうは」

「うん、美味い。サクヤは勉強ができる上にコーヒーを入れるのも上手なんだな」

「!」


 ミナとの会話を踏まえて、ややべた褒め気味に褒めてみると、サクヤは驚いたという表情をして俺を凝視してきた。


「普段あんまりデレてくれないシンくんが凄いデレてる……!」

「いや、別にデレてないっつの。今までもデレたことなんてないっつの」

「それはどうかな。私、デレたシンくんと寝た日のことは今でも鮮明に覚えてるよ」

「ぶっ!?」

「うおうっ!?」


 俺とサクヤの会話を聞いていたらしきミナがコーヒーを吹いた。

 そして彼女の口から噴出した黒い液体は正面にいた俺に降り注がれる。


 ……何してくれちゃってんだよ、ミナ。


「げほっげほっ……!」

「ちょ、み、ミナ、大丈夫?」

「けほっ……え、ええ……大丈夫……ちょっとむせただけだから……」

「そ、そう……?」


 サクヤは咳き込んでいるミナの背中を撫でつつ、俺にピンク色のハンカチをスッと渡してきた。


 今日のサクヤさんはフォローの達人さんのようだ。

 まあ、今フォローする必要ができた原因はサクヤにあるわけだが。


「……ミナ、一応言っとくけど、寝たっていうのは別にアレなことじゃなくて、添い寝程度のことだからな?」

「へ、へえ……そうなのね……て、そんなことはわざわざ私に訂正してくれなくてもいいから」


 ここでミナに誤解をされるというのは、なんだか据わりが悪い。

 そう思って説明したのだが、ミナはあまり気にしないようだ。

 コーヒーをぶちまける程度のことではあったみたいだけど。


「だけど、勘違いでもちょっと驚いたわ……いつの間にそんな仲になったんだっ、てね」

「シンくんがその気なら私はいつでもそんな仲になる所存です」

「そういうことは言うな……」


 意味深な発言をして俺を焚き付けないでくれ。

 俺がヘタレなのは自分が一番よくわかってるから。


「あ、でも今はこうして傍に寄っても怒られないから十分満足してるよ?」

「…………」


 サクヤはハンカチで顔を拭く俺の隣にすり寄り、肩をくっつけてきた。


 ……これくらいのことは許しておくか。

 今日の俺はサクヤに対して優しく接しようと決めているからな。


「なんとまあ、お熱いことで」


 ミナは俺たちの様子を見て軽いため息をこぼすものの、別に止める気はないようだ。

 「目の前でイチャイチャすんな!」とか、そういうことを言わない彼女は非常に懐が深い。


「あー……あと、コーヒーぶっかけちゃってごめんなさい……」

「それは別にいい」


 ミナは俺に顔射したことに対して謝罪の言葉を述べた。


 氷室とかにぶっかけられていたらガチギレするところだったが、ミナならセーフである。

 ミナに劣らず俺も懐が深いのだ。


「それじゃあこのコーヒーを飲み終えたら勉強再開といくか」

「ええ、そうね」

「さんせーい!」


 こうして俺たちは多少の雑談を挟みながらも真面目な勉強会を行った。


 中間テストまでの残り時間は少ない。

 しかし、みんなとレイド戦を戦うために、やれるだけのことはやっておこう。

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― 新着の感想 ―
[一言] アースで勉強してたら、万が一死亡したらその勉強内容も忘れそうだね。 あとサクラは、異能力的に覚醒してからの記憶をすべて忘れてもおかしくないよね
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