後輩と同級生
「へえ……そんなものが、わかった、わざわざ探してくれてありがとうな」
町へと戻った俺達は迷宮で得たドロップアイテムを換金できる探索者ギルドに立ち寄り、その後とある人物からの連絡を受けて冒険者ギルドの前までやってきた。
「シン様、さっき通信してた人って誰だったの?」
「それは……ああ、今そいつが来たぞ」
サクヤの問いかけに答えようとしたが、そうする前に待ち人が俺達の目の前に現れた。
「……久しぶり……です、シンさん」
「元気そうだな、フィル」
風の如く颯爽と駆けつけてきた少女、フィルに向けて俺は軽く挨拶した。
「紹介する。こいつは俺がクロクロでパーティーを組むはずだったメンバーの1人で盗賊職のフィルだ」
「……ども」
するとフィルは首に巻いたマフラーで顔を下半分隠しながらもミナ達に頭を下げた。
「えっと、中学生?」
「……今年で中二……です」
フィルとはゲーム初日に一回会ったきりだが、それまでこいつは男だと思っていた。
レイジ……サクヤも俺は男だと思っていたけれどそっちの方は故意犯だ。
しかしフィルの方は違う。
リアルでの性別を聞く機会なんてなかったから俺が勝手に勘違いしていた。
「フィル、お前の方は上手くいってるか? クラスで苛められたりしてないか?」
「……オレは大丈夫だ……です」
けれど勘違いするなというのも難しい話だろう。
男キャラを使い、男女どちらでも使えるようなキャラネーム、口数が少なくて判断材料が足りず、おまけに自分の事を”オレ”と呼称する。
そんな人物を女の子認定することは俺にはできなかった……アースに来るまでは。
ゲーム開始直後の俺は不注意で僧侶職を選んでしまい、そのことを俺と組む予定だった4人のパーティーメンバーに知らせるべくコンタクトを取った。
勿論4人も俺同様キャラメイクが行えなかったので顔バレ上等だったのだが、そんなパーティーメンバー内に1人、やけに小さい子供が混じっていた。
それがフィルだ。
普段の言動からおそらくは小学生か中学生であろうと予想はしていたものの、ゲーム内でそんな事は関係ない。
しかし他の3人は大学生だったり社会人だったりで、フィルだけやけに浮いているというような印象を受けた。
……まあそんな事はどうでもいいか。
今はフィルと会った目的を果たそう。
「それで、例のアイテムは」
「ん……これだ……です」
フィルの日本語が微妙におかしいのはこの子自身が俺達にどう接していいのかわからないせいだろう。
アースに来る前は年齢なんて気にしなかったからタメ口だった。
だがここでは年が思いっきりバレるからな。
すると年上と判明した相手に敬語を使うかタメ口を通すかで判断に迷っているのだと思われる。
俺は別にタメ口でも気にしたりなんてしないんだが。
「……『死霊の首輪』と『欝の腕輪』、それに『脳筋のバンダナ』……です」
死霊の首輪 呪 耐久値10000 重量5
INT+4 MND-4
欝の腕輪 耐久値10000 重量4
VIT+2 MND-2 LUK-2
脳筋のバンダナ 耐久値10000 重量2
STR+3 VIT+3 INT-3 MND-3
「よくこんなに見つけられたな」
「えっと……シンさんのため……ですから」
フィルがアイテムボックスの中から取り出した装備品を目にして俺はフィルを褒めた。
アンデッド属性は俺が回復職としてそれなりに機能するためには必要なものだ。
将来的にはパーティーメンバー全員分集めたいと思っている。
この属性がつくと俺のヒール以外の回復手段が一時的に消える事になるけれど、戦闘中にでも首輪や腕輪なら取り外して回復薬を飲むというような工程を踏めば何とかならないでもないしな。
俺の着ているような鎧は戦闘中に脱ぐ暇なんてないから無理だが。
また、アンデッド属性付与以外にも、俺専用にMNDを下げるタイプの装備品も探すよう頼んでいた。
そしてそれらを彼女はたった1日で3つも見つけてきた。
褒めるのも当然というものだろう。
「首輪とバンダナはマーニャンさんからで……腕輪はオレが見つけた……ました」
「何? マーニャンが?」
「う、うん」
「へえ」
と思っていたら俺達とゲーム初日に組む予定だったメンバーの1人である『マーニャンミ☆』(星がうざい)もどうやら手伝ってくれたようだった。
でもあのマーニャンがねえ。
昨日の通話では「めんどくせー」と言ってガチャ切りされたから彼女は俺のお願いを聞いてくれなかったのだと思っていたんだが。
まああいつにはまた後日にということにして今はフィルにお礼を言おう。
「ありがとうな、フィル。お前も何か困った事があったら俺を頼れよ?」
「ん……そうする……します」
コイツは舌足らずで年も若いが仲間を気遣えるいい子だ。
俺も『FO』ではよく助けられたし、その分狩りを手伝ったりした。
内気な性格なのか、コイツは積極的にパーティーやギルドへ入ろうとしない。
そんなフィルを俺はパーティーにちょくちょく誘って数々の戦いを潜り抜けた。
今ではコイツのプレイヤースキルも相当高くなり、頼れる仲間の1人と言える存在だ。
「それじゃあ腕輪とバンダナは俺がつけさせてもらうな」
MND低下装備は俺用だ。
これを装備すれば俺の回復魔法は更に攻撃力を増すだろう。
「あとは首輪なんだが……」
死霊の首輪はアンデッド属性を付与し、INTを上げるという性能を持っている。
ステータスの変化を考えるとこれは魔術師であるサクヤに渡した方が良い。
……でもなあ。
「それ、私が使った方が良いよね? 私につけてくれるんだよね?」
「…………」
サクヤの方に目を向けると彼女は何かを期待しているかのような目をして俺を見つめていた。
なんというか、これを渡すのに物凄く抵抗感がある。
が、ここで彼女以外のメンバーがつけるのは効率的ではない。
俺は複雑な感情を押し殺して決意する。
「ああ……これはサクヤの装備だ」
「じゃ、じゃあシン様がつけて。私に首輪をつけて」
「……自分でつけろ」
「そんなこと言わないで、お願いシン様ぁ」
「…………」
……俺はできる限り無表情になるよう徹し、サクヤに死霊の首輪を巻きつけた。
「ありがとうございます、ご主人様」
「……………………」
頭痛くなってきた。
「……ごしゅじんさま?」
「あー気にするな。コイツの事は何も気にしなくていいぞ、フィル」
これ以上は俺の心が持たないし、ミナから浴びせられる微妙な視線とフィルから向けられる無垢な瞳にも堪えられない。
俺はサクヤを無視してフィルの方へと向き直る。
「……とにかくだ、また何か良いのが見つかったら確保しておいてくれ」
そして俺はフィルに今回の装備品代として悪く無い額の金が入った袋を手渡す。
「ん……了解」
フィルは金を受け取ると俺達に頭を下げてから風のように去っていった。
多分自分のクラスが泊まる宿に戻ったんだろう。
「可愛い子だったわね。サクヤといい、あんな子まで手篭めにしてるなんて」
「……手篭めになんてしてないっつの」
俺はミナの若干棘がある言葉を聞き、それに反論しつつ昨日泊まった宿へ向けて歩いていった。
「サクヤさんをパーティーに加えてみてどうだった?」
宿に戻り、自分のベッドがある大部屋に入ると、その部屋にいた弦義から声をかけられた。
「まあ悪くはなかった。サクヤはあれで遠距離攻撃に関するPSが高いからな」
ただ性格に難がありすぎる。
俺の事を好いてくれているのだろうが重すぎて素直に喜べない。
俗に言うヤンデレだろあれは。
ネットストーカーとも呼べる。
「それならよかった。彼女、僕達のパーティーでは全然話さなかったからね。君達のパーティーに上手く馴染めたかちょっと心配だったんだ」
「なんだ、やけにサクヤを気にかけてるな。もしかしてお前ってああいうのが好みなのか?」
サクヤの容姿そのものは悪くないから弦義が「ちょっといいな」って思ってもまあ不思議ではない。
ただ単にアイツの性格をまだ掴めていないからそう思えるだけかもしれないが。
「いや、そういうことじゃないよ。それにサクヤさんは僕のストライクゾーンから結構離れてるし」
「ストライクゾーン?」
「うん。僕は年上の女性が好きなんだ」
「へえ」
つまりコイツは大人のお姉さんが好きなわけだな。
俺にはよくわからないが、弦義にとってはお姉さん属性が欠かせないのか。
「というと早川先生とかか?」
大人のお姉さんということで早川先生の顔が俺の頭に浮かんだ。
あの人も大人のお姉さんという印象だしなかなかの美人でスタイルも良い。
だから弦義の趣味に合致すると思って俺は訊ねた。
「いや、早川先生はまだ若すぎるかな」
「そ、そうか」
しかしそこで予想外の回答が返ってきた。
若すぎるって。
あの人もまあ若いっちゃ若いんだろうけど、若すぎるっていうほどの年齢でも無いだろ、多分。
もしかしてあれか。
弦義は熟女好きなのか。
お姉さんじゃなくて団地妻とかに欲情するタイプなのか。
「やっぱり女性の魅力は30過ぎてから現れるものだと僕は思うんだ」
「30ねえ……」
それじゃあサクヤも早川先生もストライクゾーンには入らないな。
まあ悪い趣味では無いんだろうけど。
「それで? 一之瀬君はどんな女性が好みなのかな?」
「俺の事はアースではシンと呼べ……って俺も言わなきゃダメなのか?」
「当たり前だよ。僕だけ自分の性癖を暴露したんじゃ不公平でしょ?」
……確かにそうだな。
しょうがない。
弦義には話すか。
これもクラスメイトとの交友を深めるのに必要なことだ。
多分向こうもそう思ったからあえてこんな会話をしたんだろうし。
俺は弦義の傍に寄って誰にも聞かれないよう注意しつつ自分の性癖を耳打ちした。
「……へえ、君もなかなか良い趣味してるね」
「誰にも言うなよ。これは男同士だからこそ言った事なんだからな」
「うん、わかった」
そして俺が念を押して口止めすると、弦義は朗らかに笑ってそれに頷いてきた。
「それじゃあこれで僕達友達だね。これからよろしく、シン君」
「ああ、よろしく、弦義…………あー、ユミって呼ばれるのは嫌か?」
「いや、そう呼びたければ呼んでくれて構わないよ。みんな僕の事ユミって呼ぶしね」
「そうか、ならお前の事はアースではユミって呼ばせてもらう」
女性アバターにする予定だったと聞いたからもしかしたらユミっていうキャラネームで呼ぶのはマズイかと思ったんだが、案外普通にその呼び方を受け入れているんだな。
「それよりシン君。君やミナさんも確かCコースを選んでたよね?」
「ん? ああ、そうだが?」
「ならBコースを選んだ人達がログアウトしたら僕とマイとも組まない?」
「お前達と?」
「うん。僕達もCコースを選んでるから、どうかなって」
そうなのか。
ああ、そういえば確かCコースを受ける生徒を決める時に早川先生が橘姉弟とか言ってたな。
「今は別の人達と組んでるから君達と合流できないけどさ、Cコースの人達だけになったら気兼ねなく組めるでしょ?」
「そっか。わかった。俺の方は構わないが後でミナ達にも聞いてみる」
俺達3人パーティーに橘姉弟が加われば丁度5人、パーティーの上限人数に達する。
また、ユミは弓兵でマイは武道家だ。
パーティーバランス的にも悪くはない。
「前向きにお願いするよ。なんだか君となら気兼ねなくレべリングができそうだしね」
「もしかして廃プレイする気か」
「うん、一日中MOBを狩り続けるっていうの、嫌いじゃないでしょ?」
「まあ嫌いじゃないな」
「だよね」
どうやらコイツもそれなりのヘビーゲーマーであるようだ。
それを察した俺は今までどんなゲームをしてきたかという話でユミと盛り上がり、そして高校に入学して初めて男友達ができたその日を終了させた。