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地下迷宮39階層にて

「アギト! そっちのゴーレムは大丈夫か!」

「問題ない! 『シャウト』!」


 地下迷宮39階層にて、俺、ミナ、サクヤ、フィル、クレールはアギトたちのパーティーと共同戦線を張っていた。

 35階層あたりからはパワーのある石人形型モンスターであるゴーレムが襲い掛かってくるようになり、それ以前の階層よりも難易度がかなり上がる。


 ただの石人形と思うなかれ。

 こいつらは俺のダメージヒールが一切効かない強敵だ。

 アースの授業で学んだ話によると、ゴーレムは生命力で動くパターンと魔力マナで動くパターンの二種類存在するのだとか。

 そして、この迷宮内で現れるのは後者のパターンであるため、非常に厄介だ。


 『ヒール』は生命力、すなわちHPに作用する魔法なので、魔力マナで動くタイプのゴーレムには効果がない。

 俺にとってはアンデッド同様、相手したくないモンスターの類と言える。


「シン! ぼけっとしてる場合じゃないわよ!」

「……と、悪い。『ヒール』!」


 ミナの叱責を受けた俺は、目の前に来たオークに向けてダメージヒールを飛ばす。

 生命力がある敵になら相変わらずの鬼畜性能だ。

 オークはダメージヒール一発で煙と化した。


 ちなみに、この場にはアギトたちのパーティーがいるが、こいつらにダメージヒールを見せる分には問題ないだろう。

 一応『俺たちに回復魔法は飛ばすな』とだけは予め忠告してるけど、詳しい説明をする気はないし、こいつらはもう俺の真似をしようだなんてことを考えるレベル帯ではないからな。

 見せちゃいけないのは初心者ビギナーたちだ。


 とはいえ、ヒールでモンスターを倒し、タゲ取りをしている姿は物珍しく感じるだろう。

 アギトパーティーに所属する騎士職の男が俺に好奇の視線を向けてきている。


「なあなあ! さっきのヤツってどう倒したんだ!」


 周囲のモンスターを全滅させ、ここいらで休憩を挟むと決めたところで騎士職の男が俺に話しかけてきた。


「秘密だ」


 一応早川先生にも積極的に人へ教えることは控えるようにと言われているからな。

 見せはしても教えはしない。


「なんだよケチ! これでも俺はお前の先輩なんだぞ!」

「カイト、よせ。秘密と言ったのだから詮索するな」


 俺のダメージヒールに興味津々な男はアギトによって止められた。


 アギトは俺が放つ魔法について詳しく聞く気はないようだな。

 強引にレイドを組まされたが、こういったところで配慮をしてくれるのはありがたい。


 というか、何気にこのカイトって奴は決闘大会の本戦にもいたな。

 一回戦で敗退してたからあんまり記憶に残らなかったけど。

 だが、予選を勝ち抜いたのは事実のはずだし、こうしてアギトと同じパーティーのメンバーとして加わっているところを見るに、相当の実力者であることは確かなんだろう。

 少し声がうるさいのが玉にキズだけど。


「でもお前たちってパーティーでも強いんだな! 俺たちとタメ張れる高校生がいただなんて驚きだぜ!」


 ダメージヒールの話題が流れたところでカイトは別の話題を振ってきた。


「当たり前だろう。このパーティーはMPKモンスタープレイヤーキルが懸念されたときですらパーティー単位で行動していた猛者だ。他とは比べるべくもない」


 するとアギトがカイトに向けてそんなことを言った。


 MPKか。

 それはかつて、俺たちのクラスメイトたちがやられたときのことを言っているのだろう。


 あの事件からもうだいぶ経ったな。

 今では様々な警戒策が講じられているため、そういったことは殆ど起きなくなっているみたいだから、思い出す機会がなかった。

 結局のところ、あれは愉快犯の犯行だったんだろうか。


「お前たちはあのとき、レイドで行動していたのか?」


 そんなことを考えつつ、俺はアギトたちに問いを投げかけた。


「そうですね、あの頃の私たちは皆さんの安全を第一に考えて行動しなければなりませんでしたから」

「あれがなければ、俺たちのレベルもあと5は高かったはずだ」


 アギトたちも他のみんなと同じように安全志向でいったわけか。

 相当な実力者であるこいつらでさえレイド単位の行動をしていたとなると、あのときは俺たちだけがイレギュラーな動きをしていたわけだな。

 今思うと、俺も結構危なっかしいことしてたんだなぁ。


「まあ、最近ではパーティー単位で動くことも増えてきましたけどね」

「今の俺たちならMPKくらいどうってこともないしな!」


 ふぅん。

 確かに、アギトたちならMPKをくらっても余裕でモンスターを撃退できるだろう。

 余程のことがない限りは、という但し書きが付くが。


「あんまり気を抜くなよ。PKヤロウはいつどこから来るかわかったもんじゃないからな」


 MPKをやっているとおぼしき奴には、俺も一度煮え湯を飲まされたことがある。

 なので俺はアギトたちに「油断はするな」と注意を呼びかけた。


「……俺たちのことよりも自分たちのことを気にするべきじゃないか?」


 アギトは俺たちに向けてそう言いつつ眉をよせている。


「? なんでだ?」

「……お前たちのパーティーは男が一人しかいない。それで万が一のときに対処できるのか?」

「ああ……そういうことか」


 確かに、その辺りは若干不安に映るだろうな。

 ミナもサクヤもフィルもクレールも、全員か弱い見た目をしているし。


 しかし、一応は問題ないだろう。


「フッフッフ、我がいれば問題あるまい!」

「…………」


 俺たちの話を聞いていたクレールが仁王立ちをしながら「フフン!」と鼻を鳴らした。


「……シン、さっきから気になっていたのだが、この少女は一体なんなんだ」


 アギトは困ったというような渋面を作っている。

 あまり俺たちのことについて根掘り葉掘り聞く気はなさそうなアギトだけど、流石にクレールの存在は謎すぎてスルーしきれなかったようだ。

 まあ、ここにくるまで一切戦わずに背後で控えているだけのメンバーがいれば、訊ねたくもなるよな。


「……こいつはな――」


 今更過ぎると思いつつも、俺はクレールの素性を軽く説明した。

 八大王者の一人、ということでアギトたちは多少驚いた様子だったが、わりとすぐ冷静さを取り戻して頷き声を上げてきた。


「なるほど……お前は剣王とも知り合いらしいからな。死霊王がパーティーに加わっていてもそこまでおかしなことではない、か」

「今まで戦闘に参加していなかったのは力がないからではなく、力がありすぎるからだったんですね……」

「ただのマスコットだと思ってたぜ!」


 どうやら納得してくれたようだ。

 だが、俺たちが強くもないマスコットを連れて迷宮に潜っていたのだと思われていたのは心外だな。

 流石にそこまで余裕があるわけじゃないんだぞ。


「地下30階層攻略戦の会議では蔑ろにしてしまいすまなかった……いや、すみませんでした、か?」

「敬語は不要だ。それに我が参加しようがしまいが、結果は変わらなかったであろう」


 どうやらこいつらは俺のいなかったころに一度話したことがあるみたいだな。

 地下30階層のレイドボス戦にサクヤやミナは参加したらしいけど、クレールは参加しなかったらしい。

 その理由は、今の会話を聞く限りだと、どうやらアギトがクレールの参戦を認めなかったところにありそうだ。

 まあ、クレールは見た目で判断すると弱そうだから、詳しく話を聞かない限りはそうなっても仕方がないか。

 それ以前にアース人だし、地球人≪プレイヤー≫のみで構成されたレイドでは居心地が悪すぎる。


 おまけに、そもそもクレールは迷宮攻略をする理由を持ち合わせていない。

 彼女は俺たちが迷宮に潜るからついてきているにすぎないのだ。


「一応危なくなったらクレールがフォローを入れてくる。だから戦闘中、何もしない置物ってわけじゃないからな?」


 とはいえ、この世界における強者である彼女の存在は、この場においてかなり大きい。

 俺はそのこともアギトたちに説明した。


「パーティーのセーフティーというわけか」

「八大王者を安全対策として扱うなんて贅沢ですね」

「俺たちのパーティーに入ってたらガンガン前に出てもらってパワーレべリングするところだったな!」


 そういえば、こいつらはパワーレべリング推奨派だったな。

 確かに、クレールがいれば強い敵もガンガン倒せるので、レベルも上げまくりだ。


「言っておくが、クレールをパワーレべリングに使うのはナシだぞ」

「わかっている。俺たちもそこまで厚かましくはない」


 俺が釘を刺すまでもなく、アギトたちはクレールでパワーレべリングをするようなことはしないようだ。


「……でも、パーティー内にクレールがいるからといって油断はしないほうがいいわね。昨日のような一件が今後ないとも限らないし」


 と、そこでミナが俺にだけ聞こえるような声でつぶやき声を発した。


「……ああ、そうだな」


 先日の一件、というのはフィルが誘拐された事件についてのことだろう。

 俺たちは全員それなりに強いが、地球人≪プレイヤー≫相手にだと後れを取る場合がある。

 その辺は十分気をつけるべきだ。


「昨日の一件?」

「こっちの話だ。気にしなくていい」


 俺は可愛らしく首を傾げているセツナに軽く手を振り、なんでもないというポーズを取った。


 ミナの呟きは相当ちいさいものだったはずなのだが、セツナには聞こえていたようだ。

 なんという地獄耳。


「あ、ちなみに今のは聞こえたのではなく、口の動きでなんとなくそう言っているんだろうなっていうのがわかりました」


 ……無駄に多彩だな、セツナって。

 というか、また彼女は俺が思っていることを予測したな。

 読唇術だけじゃなく読心術にも長けているということか。


「シン君は何を考えているのかが顔に出やすいので非常に読みやすいです」

「…………」


 俺はセツナの言葉を聞き、意図的に表情をキリッとさせた。

 思考を読まれるのはマーニャンだけで十分だ。


「ふふふ、やっぱりシン君は面白い子ですね」

「…………」


 セツナは口に手を添えて上品そうに笑いだした。

 今の俺のどこに面白要素があったっていうんだ。


「そうやってムッとするところも可愛らしいですよ」

「…………」


 なんというか……俺は今、セツナに弄ばれてるのだろうか。


「セツナ、シンが嫌がっている。その辺にしておけ」 

「そうですね。あんまりイジりすぎてシン君に嫌われたくないですし」


 セツナはアギトに怒られると「うふふ」と笑い、俺たちから離れていった。


 あの人は物腰こそ柔らかいけど随分なお茶目さんだな。

 でも人からイジられるのはあんまり好きじゃないから、ほどほどにしてほしいところだ。


「セツナが困らせてしまったな」

「いや、別にそこまで気にしていない」


 いたずら心はあっただろうが、悪意があるような感じではなかった。

 ほどほどであれば俺も不快にはならない。


「そうか……それで話は変わるが。どうだ、少しは俺たちと組む気になったか」


 ……アギトはまだ諦めていなかったのか。

 よっぽど俺たちをギルドに入れたいんだな。


「……悪いが、今のところ俺はどのギルドにも入る気がない」


 ギルドで動けば色々楽なんだろうが、ここでアギトたちのギルドに入るのは躊躇われる。


 俺がアギトたちのギルドに入った場合、多分サクヤとフィルも一緒についてくるだろう。

 しかし、サクヤは既に【流星会】に入っているので、引き抜きという形になる。

 それはちょっと微妙だ。きちんとケジメをつければ問題ないだろうけど。


 また、ミナは【流星会】に残るだろう。

 あそこには彼女を慕う奴が沢山いるからな。

 引き抜きはそいつらが絶対に許さないはずだ。


 だとすると、ここで俺が【黒龍団】に入った場合、ミナとパーティーを組むこともなくなる。

 俺やフィルは今ギルドに所属していないから、ミナやサクヤと組んでいてもとやかく言われたりしない(本当はちょっととやかく言われていたりするが、それはスルーできる範疇だ)。

 だが、【黒龍団】に俺たちが入ったら【流星会】が黙っちゃいないだろう。

 パーティーは基本的に同じギルドメンバーで構成するものだ。

 じゃないとギルドという体裁を取る意味が薄れる。


 たまに別ギルド同士で合同の狩りや演習を行うことはあっても、日常的に別ギルドの人間とパーティーを組むことはしない。

 これは当然のことだ。


 つまり、俺が【黒龍団】に入るなら、今のパーティーを崩すということになる。

 でも、できれば俺はそういうことをあまりしたくない。


 ユミとマイがパーティーから外れたときも、内心では嫌だった。

 基本的に俺は狭いコミュニティに依存する癖があるんだよな。


「……そうか、まあ今はそれでもいいだろう。だが、俺たちのギルドに入りたくなったらいつでも言え。歓迎してやる」

「わかった」


 とりあえずアギトはここでひとまず勧誘をストップするようだ。

 あまりしつこいようだとかえって逆効果だとちゃんと理解しているみたいだな。


「ああ……そういえば、一つ言い忘れていたことがある」

「?」


 もう話は終わりだという様子で俺に背を向けたアギトは、ふと思い出したというような様子でこちらに振り向いた。


「決闘大会優勝おめでとう」

「…………」


 ……なんだ、そのことか。


「どうも」


 俺はアギトのほうを見ながら軽く微笑んだ。


 なんだかんだ言いつつも、こいつは悪い奴じゃあないんだよな。

 高圧的な態度が鼻につくときもあるが、こういうことも普通に言えるギルマスのいるギルドなら所属してもいいんじゃないかと思えてしまう。


「シンくんがアギトさんルートに突入しかけてる!?」

「しかけてねえよバカヤロウ」


 俺たちの様子を傍から見ていたサクヤが驚愕といった表情を浮かべていた。


 そして俺はそんなサクヤに冷ややかな視線を向けつつ、みんなに探索を再開しようと提案し、迷宮の奥へと歩き出した。

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