勧誘その2
「シンくん! 大丈夫だった!?」
眠りこけているケンゴの部屋に書き置きを残して退室した俺は、その足で普段高校生層が使っている宿屋に戻ってきた。
すると宿のロビーでサクヤと出会い、そこで突然俺は彼女に詰め寄られた。
「ケンゴさんと一緒に姿を消してからずっとシンくんを心配してたんだよ! あとおはよう!」
「心配って、なんでだよ。あとおはよう」
なげやりな朝の挨拶をしつつ、俺はサクヤの話に耳を傾ける。
「だってシンくんって絶対ケンゴさんとフラグ立ってるんだもん!」
「立ってねえよ。いや、何のフラグが立ってるのか知らないけど立ってねえよ」
「体はまだキレイなままだよね? あ、でももしシンくんが汚れたとしても私は絶対見捨てたりしないからね!」
「キレイなままだよ。何をもって汚れるのか知らないけどキレイなままだよ」
「でも朝帰りだよ! 無断で朝帰りといったらそういうことだよね! 妻である私に言えないようなことをしてきちゃったんだよね!」
「お前俺とケンゴがどんな仲だと思ってんの?」
というか、いつお前が俺の妻になったんだよ。
籍を入れた記憶なんて俺にはないぞ。
言ってることが滅茶苦茶だ。
いやまあ、これがサクヤのいつも通りと言えばそうなんだけどさ。
「私、シンくんがケンゴさんに責められてるところを想像してたら夜も眠れなかったよ!」
「眠れないのは普段からだろうが」
「でもなんでだろう……シンくんが寝取られるのは嫌なはずなのに……背筋がゾクゾクして興奮する……これがいわゆる一つの寝取られってやつなのかな?」
「それはただの病気だ……」
サクヤは朝からフルスロットルだった。
前から思ってたんだが、もしかしてサクヤは腐った人なんじゃないか?
俺がケンゴに責められるところを想像して興奮するとか、もはや腐女子以外の何物でもない。
しかも寝取られ属性にも目覚めつつあるようだ。まあこれは男限定っぽいけど。
「俺は男に走る趣味なんてないぞ。だから変なところで妄想逞しくするな」
「じゃあシンくんは今も女の子が好き?」
「ああ、もちろん好きだ」
「じゃあ私のことも?」
「……まあ……す……好きだ」
「そっか、よかったぁ」
「…………」
……朝から何言わせるんだよ。
俺はそこで赤面しつつ、誰かが見てやしないかと思い、周囲に視線を配った。
幸いなことに時間帯的にはまだ早く、人のいるような物音もないので、多分大丈夫――
「……お前たちは朝から騒がしいな」
「あ……アギト……」
ロビーの奥には【黒龍団】のリーダーであるアギトがいた。
アギトはソファに腰かけ、足を組みながらコーヒーを飲んでいる。
どうやら朝っぱらからコーヒーブレイクとしゃれ込んでいたようだな。
様になっているところがちょっとだけ腹が立つ。
「朝の爽やかな時間をぶっ壊して悪かったな」
「ごめんなさい」
とはいえ、傍から見たら迷惑なのはどう見ても俺たちだ。
さっきまでしていた話の内容的にも、ここでするようなものではない。
俺とサクヤは軽く謝罪の言葉を告げた。
「まあいい。俺はその程度のことでいちいち怒るようなことなどしない。気にするな」
「……そりゃどうも」
気にするなとか、随分優しい言葉をかけてくるんだな。
この男ならもっと高圧的な態度で「そういった会話は俺のいないところでしろ。目障りだ」くらいのことを言いそうなものだと思っていたのに。
「それより、お前たちに話がある。ちょっとそこに座れ」
「?」
俺たちに何の用だろうか。
そう思って頭に疑問符を浮かべつつも、俺とサクヤはアギトの対面にあるソファに座った。
「話というのは他でもない。前回同様、ギルドへの勧誘についてだ」
「ああ……なんだ。そのことか」
アギトはまだ俺たちを諦めていなかったのか。
一応俺は前にきっぱり断ったはずなんだけど、
「その話なら答えは今回もノーだ」
「……シンくんがノーなら私もノーです」
「だが、お前たちくらいの強さを持っているのであれば、より強いギルドに所属したほうが有意義なはずだ」
一理ある。
強い奴は強い奴とパーティーを組んだほうが何かと効率的だ。
でも俺は首を振る。
「確かにそうだろうが、ギルドに入るか入らないかっていうのはそれだけで決めるもんでもないだろ」
ギルドというのは、端的に言ってしまえば人の集まりだ。
それゆえに、どうしても人同士のコミュニケーションが発生する。
俺は若干のコミュ障であると自覚しているものの、アースでの戦い方やタンクとしての動きなどの話題は豊富だ。
なので、【黒龍団】に入ってもそこまで孤立したりはしないと思う。
とはいえ、前にアギトが語ったパワーレべリングの是非を聞き、俺はこいつと仲良くできないと感じてしまった。
仲良くできそうにない相手と一緒のギルドにいるのはゴメンだ。
それ以前に、俺はでかいギルドに所属する気が殆どない。
規律だとかに縛られたくないからな。
また、俺がギルドに入らない限り、サクヤも入ることはない。
これは本人に訊くまでもないだろう。
「しかし……お前たちの力をここで腐らせておくのは忍びない」
「腐らねえよ。俺たちは俺たちで強くなっていく。甘く見るな」
どうも変なところでアギトは俺たちを過小評価しているみたいだな。
実力のあるギルドに加入しないからといって、俺やサクヤが駄目になるなんてことはないのに。
「む、むぅ……だったら…………そうだ、お前は生徒会の庶務になれ、シン」
「……いや、意味わかんないんですけど」
いきなり話があさっての方向にすっとんだ。
なんで俺たちをギルドに勧誘する話から俺を生徒会に勧誘する話に変わってんだよ。
「現在、我らが所属する学園の生徒会では1年生の庶務を募集している。俺のギルドに入る気がないならそっちに入れ」
「いや、いやいやいや……わけわかんないし……俺そんなの入る気ないし」
「生徒会は1組や2組といった組の隔たりなど関係なく、何かしら秀でた力を持つ者を集めている。そして俺はお前になら庶務を任せてやってもいいと思っている」
「だから入らないっつの!」
しかも結構グイグイくるな!
いきなり庶務になれとか言われても困るぞ!
「こらこら、そんな乱暴な勧誘ではシン君が引いてしまいますよ」
「む…………セツナか」
と、そのタイミングで俺たちのところにセツナがやってきた。
「……まずは生徒会に入ることによって、こいつに俺たちを理解する機会を作ってやろうとしたのだが」
そんな理由で生徒会に勧誘したのかよ。
俺たちの通う学園の生徒会は本当に大丈夫なのかと心配になるな。
「だとしても、こういった横暴なやり方は生徒会メンバーの一人として認めるわけにはいきませんね」
セツナも生徒会に入っているのか。
まあ、【黒龍団】の副リーダーだからってわけじゃないんだろう、多分。
「なのでシン君たちにはお試しで私たちと一緒に迷宮探索をしてもらいましょう」
「ふむ……悪くない案だ」
「おい、ちょっと待て」
このまま場を収束させるのかと思っていたら、セツナは別の案を出してきた。
迷宮探索を一緒にって。
つまりこいつらと団体行動をしろっていうことかよ。
「何か問題でもありますか?」
「問題などあるはずがないだろう」
「勝手に問題がないとか断言するな……まあ、確かに問題はないけど」
地下迷宮30階層以降は、それ以前と比べて通路が広い。
ゆえに、10人くらいで行動したとしても、そこまで互いが邪魔になることはなかったりする。
「でしたら決まりですね」
「なら早速迷宮へ行く準備を始めるとするか」
セツナとアギトはもう俺たちと一緒に迷宮探索をするつもりでいるようだ。
ここで断るだけの理由もないし、しょうがないから一日だけ付き合ってやるか。
俺はカップに入っていた残りのコーヒーをグイッと飲み干したアギトがロビーをあとにするのを見ながら軽くため息をついた。
「ふふっ、アギトさんったら、あんなにはしゃいじゃって」
「はしゃぐって……」
俺にはアギトがはしゃいでるだなんて全然見えなかったんだけど。
セツナと俺は別のものを見てるんじゃないのか?
というか、アギトがはしゃぐ姿とか想像できない。
「それに、アギトさんがここまで熱烈にアプローチをするのは初めて見ました。シン君は余程彼に好かれているようですね」
「…………」
熱烈なアプローチ……好かれている……なんていうか、背筋がゾワッとするな。
別にそういう意味じゃないってことは俺もわかってるけど、セツナの言い方は前回同様とても危ない。
多分わざとこんな言い回しをしているんだろう。
「うふふ、シン君の反応はやっぱり可愛いですね」
「男相手に可愛いとか言うな」
カッコイイとかならお世辞でも言われたいけど、可愛いだなんて言われたくはない。
まったくもって失礼な奴だ。
「さて、ではそろそろ私も準備に取りかかります」
「……ああ、わかった」
俺はセツナを見ながら苦い表情をしつつ、待ち合わせ場所と集合時刻を軽く話し合ってから彼女と別れた。
アギトとセツナ。
2人ともアクが強いったらありゃしない。
話を聞く限りでは悪い奴らじゃなさそうなんだが、いつも一緒にいたら疲れそうなキャラしてやがる。
「むむむ……これはもしや、新しい恋のライバル出現の予感?」
そして俺たち以外が相手だと口数が少なくなるサクヤがそんなことを言い出した。
「恋のライバルって……セツナのことか?」
「ううん、アギトさんのほう」
「…………」
「ごめんなひゃい」
俺はふざけたことを言うサクヤの両頬を指で引っ張りつつ、無言のプレッシャーを彼女に与えた。
やっぱりこいつの思考は腐ってやがる。
今後はサクヤの前で迂闊に男と仲良くしゃべるようなことはなるべくしないでおいたほうがいいかもしれない。
「うぅ……シンくんはもうちょっと乙女のやわ肌を労わってもいいと思うな」
「だったら俺を怒らせるようなことを言わないよう気をつけろ」
「あ……でもシンくんに傷つけられていると思うとどことなく幸福感が……」
「…………」
サクヤはつねられた自分の頬をさすりつつフニャッとした笑みを浮かべた。
傷がつくほどの力は込めてない。
けど、これ以上サクヤにドM化されても困るので、こういった制裁も今後はしない方向でいこう。
俺は朝から絶好調すぎるサクヤにタジタジとなりながらも自分の部屋に戻り、迷宮探索の準備を行い始めた。