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男二人の語らい

 朝、俺は目を覚ました。


「かー……かー……」

「…………」


 俺が目を開けたその先にはケンゴが大口を開けながら眠っていた。

 いや、だからといって同じベットに寝そべっているわけではない。

 中高生部門の決闘大会が終わった次の日も別の奴らがすぐ近くで寝ていたりしたが、今回はそういうアレではないのだ。


「ふぁ……ぁ……あー……」


 とりあえず俺は床の上に転がっている自分の体を起こして大きく背伸びをした。

 ちゃんとした寝方をしていなかったせいで少し体が痛い。

 こうなったのはケンゴのせいだ。


「……ったく。スヤスヤと寝てやがるな」

 

 俺は固くなった体を軽くほぐしつつケンゴのほうを向いた。

 ケンゴは一升瓶を抱えたまま、気持ちよさそうに眠っている。


 昨日は本当に大変だった。

 大会が大変だったのは当然なのだが、そのあとも色々あったのだ。






 決闘大会で優勝した俺は、観客席から降り注ぐ歓声を受けながら、今回こそつつがなく表彰式を終えた。

 そして、決闘大会一般部門の優勝者として結構な額の賞金を貰い(もちろんアースの通貨だ。ちなみに中高生部門のほうでは食券3ヵ月分だった。貰っておいてなんだが、微妙にセコイな)、俺はクタクタになった体を休めるために宿へと向かおうとした。

 だが、ケンゴが俺と話をしたいと言ってきたため、休むのを後回しにしてあいつの取っている宿にやってきた。


「シィン……てめえ、つよくなったなぁ……ホント」

「まあな」


 そこで俺はケンゴに酌をさせられた。

 初めは酒を俺にも飲ませようとしていたのだが、俺が絶対に飲まないという態度を示すとケンゴは渋々といった様子で「それなら酌だけしてくれ」と頼んできたのだ。


 酒を飲むのはイヤだが、酌くらいならしてやってもいい。

 俺は酒瓶を持ち、ケンゴの持つおちょこにそれの中身を注ぐ。

 そんなことをしながら、俺はケンゴの話に相槌を打っている。


「まさかシンが俺に勝っちまうなんてなぁ……少し前までは想像もできなかったぜ」

「この間に一度勝っただろ。そんなしみじみして言うことでもないだろ」

「いやいや、あんときのと今日のとじゃ本気具合が違うだろ……まあ、それでも異能アビリティに制限が掛かっている状態だから、本気の本気かって言えば微妙なとこだけどな」


 確かにケンゴの言うとおりだ。

 前回こいつに勝った決闘では一発勝負・スキル使用ナシという制限がついていたし、今回も異能制限アリという制限がついた状態で戦った。

 一応そんな制限のなか、本気で戦ったけれども、俺たちはどちらも100パーセントの力を出し切ったというわけではない。


 俺とケンゴがもしも何の制限もなくやりあったら、果たしてどちらが勝つだろうか。 


「これで97勝2敗か……よし、まだまだ俺が勝ち越してるな」

「覚えてたのか……俺に勝った回数……」

「なんだよ、シンのほうは覚えてなかったのか?」

「わざわざそんなものを数える気にはなれねえよ」


 勝った回数ならともかく、自分が負けた回数なんて覚えていたくはない。

 俺がアタッカーだったころ、ケンゴに勝負を挑みまくって返り討ちにあい続けたのはもはや黒歴史だ。


「どうするよ、シン。俺に勝ち越すには最低でもあと95回も勝たなきゃいけねえんだぜ?」

「だからといってどうもしない。俺は昔じゃなくて今を生きているんだからな」


 過去にどれだけ負けようとも、今日ケンゴに勝ったという事実のほうが重いのだ。

 なので俺はできるだけ余裕のこもった表情で「ハッ」と鼻を鳴らした。


「そんな態度してっと、俺に負けまくったことを気にしてるのがバレバレだぜ?」

「……うるさいな。俺はそんなの全然気にしてない。これ以上その話を続けるならもう酌しないぞ」

「あーわかったわかった……そういうことにしといてやるよ。相変わらず勝負事になると可愛くない奴だな」

「お前に可愛いだなんて思われても鳥肌が立つだけだ」

「違いねえ」


 そんな会話を交わし、ケンゴがグイッと酒を飲んだのを見計らって俺は酒をおちょこに注ぐ。


 言葉では否定したが、どれだけケンゴに負けたのかは少しだけ気にしている。

 でも、それを肯定して、こいつを調子づかせたくはない。


「じゃあ話題を変えるか……なんにすっかな……」

「……というか、ケンゴは俺に用があったから部屋に呼んだんじゃなかったのか?」

「用なんてねえよ。ただ、たまにはてめえとゆっくり話してえって思ったから呼んだんだ」

「……ふぅん」


 今更になって俺を呼んだ理由を訊ねてみたが、それは案外どうでもいいことだった。


 まあ、ただこうやってなんでもないような話をケンゴとするのも悪くはない。

 アースに来てから、こいつとゆっくり話す機会もあまりなかったからな。


「わかった。それなら今日はとことんつき合ってやる」

「おう、あんがとな。それじゃあそのノリでてめえも一口くらい――」

「酒は却下な」

「ぐぅ……」


 ケンゴは隙あらば俺に酒を飲ませたがる。

 俺が酒を飲むことでケンゴに何の得があるっていうんだ。

 ただ自分の飲む酒が減るだけだろ。


「こういうときは一緒に酔っぱらってこそダチってもんだぜぇ?」

「未成年を酔わそうとするな。おまわりさんに捕まっちゃうぞ」

「へっ! アースにポリ公なんざ来やしねえよ! ……来るとしたら俺らの同類だ」

「まあ、そうだろうな」


 アースにおける飲酒の制限は曖昧だ。

 というより、大人と子どもの境界線自体が曖昧と言ったほうが正しいか。

 地球と比べてアースの倫理観は緩く、子どもを大人として扱わないと回らない部分もあるようだからな。


 なんにせよだ。

 俺がここで酒を飲んだところで、アースでは何の罰則も受けない。

 一応、学校が配布している手引書では、基本的に地球準拠の法を意識して行動すべしと記載されているから、早川先生とかにバレればアウトだけど。


「……そうだ、俺らは俺らでルールを作っていくしかねえんだ……他をアテになんてしちゃいけねえんだ」


 俺が頭の中で飲酒の件を整理していると、ケンゴが「ふぅ」とため息をついて遠い目をし始めた。


「……なあ、シン」

「なんだ?」

「てめえはよ、ここ(アース)にクリアなんてものがあると思うか?」

「……は? なんだいきなり」


 質問の意味がよくわからない。

 クリアっていうのは、ゲームクリアとかそういう意味でのクリアか?

 どういう話の流れでそんなことを訊ねてきたんだ。

 謎だ。


「いいから答えてくれ。てめえはどう思ってる」

「そうだな……たとえば、アースのどこかにはラスボスみたいなのがいて、そいつを倒したらエンディングを迎えるとか、そういった意味でのクリアはないと思ってるぞ」

「……そうか。それを聞いて俺も安心したぜ」

「?」


 意味不明だな。

 なんで今の答えで安心するんだ。

 ケンゴは酔っぱらった頭で一体何を考えているんだろうか。


「俺も同意見だ。アースにラスボスなんていねえ。エンディングなんて存在しねえ。地球と同じように、アースに住む奴らが滅ぶまで、あるいはこの星が滅ぶまで、終わりなんてものはやってきたりしねえ……はずだ」

「はず?」

「てめえも少しくらいは知ってんだろ? 『ユグドラシル攻略後エンディング説』について」

「……ああ、それか」


 新作VRMMORPG『クロスクロニクルオンライン』では、地下迷宮『ユグドラシル』の地下100層を攻略することがクリア目標として掲げられていた。

 MMORPGなのだから、実際のところはクリアをしてもそれで終わりとなるわけではなく、あくまで一区切り的な位置づけだ。


 しかし、この世界はゲームじゃない。

 この世界でそういったクリアをしたらどうなるのかなんて、俺たちにわかるわけがない。

 そんななか、「地下迷宮を100層まで攻略したら地球人≪プレイヤー≫はアースから消える」という噂話が存在していたりする。

 これには確証など何一つないのだが、それでもこの噂を信じたりする奴がたまに出るらしい。


 そして、そういった連中がいたから、大人組による迷宮攻略は断念されたのではという話も稀に聞く。

 何が真実なのか、俺にはわからない。


「迷宮を攻略して神を救い出す。それが地球人≪プレイヤー≫に課せられた使命であり目的である。ゆえに、その使命を終えたら神は俺たちに用なんてないから、地球へ強制的に帰されるって論調だったか」


 神々は自分たちを救う存在として異世界人の魂を呼び、アースにある器に入れて地下迷宮の攻略を行わせている。

 今は無きクロクロホームページの情報やアースにおける伝承を整理すると、こういった結果が導きだせるのだとか。


 まあ、俺たちがアースにやってきた理由には、そんな「神が異世界から救援を呼んだ」説の他に「とある異能者アビリティスト異能アビリティによってアースという世界を作り出した」説や「アースは国が密かに開発していた新VR技術の実験場であり、異世界なんて実は存在しない」説、「何者かが俺たち異能者を強くするために異世界への道を作った」説など、色々な考察がなされていたりする。

 どれが正解なのかは知らないし、どれも不正解で別の答えがあるのかもしれない。

 そもそも、どれが正解であっても俺にとってはどうでもいい。

 こういったのは偉い学者さんとかが議論することだ。


 実はVRでした!って説には一言申したいけどな。

 その説だけは実際にアースへ来た奴らから支持されてないし、俺も支持していない。


「シンは神様と直に話したことがあるんだろ? この辺どうなってるか聞いたりしたことはねえか?」

「……そのことは誰から聞いたんだ?」


 と、そこでケンゴから予想外の問いかけをされた。

 俺が神様と会えるだなんてことは学校関係者にしか話したことはないし、反応の薄さから話半分で聞き流されていたように思うんだが。


「普通にマーニャンから教えられた。なんだかんだで俺は地球人≪プレイヤー≫のなかでもそれなりの地位にいるし、てめえの知り合いでもあるからな。あ、でもこの話を知ってる奴はそんないねえから安心しろよ」

「そうなのか?」

「おおやけにしずらい内容だしな」


 それならよかった。

 この話がおおやけになっていたら、周りから密かに「あの子って神様と会話できちゃうんだってー。きもーい」とか電波君認定されかねないからな。

 ちゃんと真面目に話を聞いてくれる奴だけが知っているのであれば問題はないだろう。


「……というか、それならなんで俺から神のことを根掘り葉掘り聞きだそうとしないんだ?」

「さわらぬ神に祟りなしってよく言うだろ? 実際のところ、てめえが神と会えるってことは俺らの間で物議を醸してたんだけどよ、神相手にどうこうするってのは流石に躊躇っちまったんだよな」


 ……まあ、確かにそうだろうな。

 神という突拍子もない存在を怒らすようなヘマは絶対にできないし、何か無理難題でも吹っかけられたらたまったもんじゃない。

 だったら、とりあえず神とのコミュニケーションは必要最低限に抑え、何かあっても俺を含めたごく少数の被害で済むようにしていたとしても不思議ではない。

 味方にするよりも敵にしてしまう可能性の恐ろしさを考え、できるだけ不干渉を貫きたかったんだな。

 事なかれ主義とも言える。


「でも、それなら俺に話すべきじゃなかったんじゃないか? 俺が今の会話を神様相手にポロッと言っちゃうかもしれないぞ?」


 俺は今まで知らなかったが、地球人≪プレイヤー≫は意図的に神様をスルーしていたということになる。

 神様が知ったらそれを知ったら、もしかしたら怒るかもしれない。


 こんなことで怒る神様というのも度量が小さすぎる気がするし、人間臭すぎる気がするけど。


「そんときゃそんときだ。もしそれで神が怒るってんなら、龍王様あたりに泣いて助けを求めるさ。元々俺はシンだけに責任を押しつけようとする上のやり方には納得してねえし」


 おいおい。

 随分適当な答えだな。

 まあ、龍王ならもしかしたら神の怒りを治めることも可能かもしれないし、そもそも神様っていってもアレだから、怒るとかそういうことを気にする必要はあんまりないような気がする。


「あと、俺としては……神様って奴が本当にいるなら、是非ともいっぺん話してみてえな」


 ケンゴはそう言うと酒をグイッと飲み干し、空になったおちょこの中身を俺に見せてきた。


「とりあえず、ゲームクリアなんてことがあるのかくらいは今度神様に会ったときにでも聞いてみる」


 なので俺は酒をつぎつつ、ここまでの話の結論をケンゴに告げた。


「そうしてくれ」


 この辺は直接神様……クロスに訊いてみればわかるだろう。

 今度あいつに会う機会があれば、真偽のほどを確かめてみるのも悪くはない。

 クロスが本当のことを話すのかはわからないけど。


「さて……じゃあそろそろ本題について話そうぜ」

「本題? そんなのがあったのか?」

「おう、さっきは用なんてないって言ったけど、実はあったんだよ。てめえをここに呼んだ本題ってやつが」


 話が一段落ついたと見たのか、ケンゴが今までとは雰囲気を変えて俺をじっと見つめてきた。


 真剣な表情をしながら話す本題とは一体何なのだろうか。

 俺はゴクリと喉を鳴らし、神妙な態度のケンゴに視線を向ける。


「――フィルだけだと思ってたのに、可愛い女の子をいっぱいはべらせてるなんて羨ましすぎるだろコノヤロウ」

「そんなことをシリアス顔で言うなバカヤロウ」


 ケンゴの話す内容は全然シリアスじゃなかった。


「てめえいつの間にモテるようになったんだよ。俺にも分けろ」

「分けねえよ。いや分けるとか分けないとかそういう問題じゃないけど、とにかく分けねえよ」

「なんだよケチ! 誰がてめえをここまで育ててやったと思ってんだ!」

「少なくともお前に育てられた覚えはない」


 こうして俺たちはバカ話を開始し、そのあとはずっとこんな調子のまま夜は更けていった。

 そして大会の疲れもあった俺たちは話の途中で力尽き、いつの間にか眠りについていた。


 結局、昨日のケンゴは俺と他愛もない話をしたかっただけだったようだ。

 俺は未だに床でグースカいびきをかいて眠っているダチを見ながら「ヤレヤレ」といった気持ちを込めて軽くため息をついたのだった。

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