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決勝戦

「うおおおおおおおおおおお!」

「うらああああああああああ!」


 時は夕刻。

 俺とケンゴの決闘が始まった。

 開始早々、俺たちは補助スキルを唱えながら走って互いに近づき、接近戦をやりだした。


 様子見も何もない。

 ただ初っ端から力の限りぶつかりあう豪快な出だしだ。

 これこそが、俺とケンゴが戦う場合の本来のやり方である。


「だらっしゃあああああああああああああああああ!!!」

「ぐぅっ!?」


 ケンゴは手に持つ剣――神器『ラグナロク』を横に構え、俺の大盾を向かってフルスイングをしてきた。

 そして剣が大盾にぶつかった瞬間、俺の体は十数メートル後方に吹き飛ばされ、観客席から「おおおおおおっ!」と沸き立つ声が上がった。


 とんでもないパワーだな。

 今の一振りにはどれだけの破壊力が秘められていたんだよ。

 大盾での防御じゃなかったら、あの一発で終わりかねなかったぞ。


「ちぇっ、今のは場外ホームランだと思ったんだけどなぁ」


 ケンゴは涼しい顔で野球選手がするようなスイングをしている。


 神器をバット代わりにするなよ。

 バチが当たるぞ。


 ……いや、当たんないか。

 神様っていってもロリだし。


「というか、剣が折れるかもしれないとか少しは考えろよ」

「あれくらいじゃ『ラグナロク』は折れねえよ。つか今までも結構荒い使い方してんだが、この武器はどれだけの負荷をかければ折れるのか全く見当がつかねえぜ」

「へえ」


 流石は神器だな。

 絶対に折れない剣というだけでも、剣士だったら喉から手が出るほど欲しいと思える一品だろう。


 しかし、『ラグナロク』の真価はそこじゃない。

 あれには『クロス』同様、とんでもない力が宿っている。

 俺は『ラグナロク』を見ながら警戒を強めていく。


「あ、言っとくけど剣の固有スキルは使わねえからな。そこは安心しとけ」

「なんだ、使わないのか」

「当たり前だろ。こんなところで使ったら大惨事になっちまうよ」

「そっか」


 ケンゴは『ラグナロク』のスキルを使わないようだ。

 ならあの剣は、ただ切れ味が良くて折れないってだけの武器として考えていいわけだな。

 それでも十分驚異だが。


「てめえも縛り入れてんだから、これについてはあんま気にすんなよ」

「…………」


 知ってたのか。

 あるいは、俺の戦い方を見て想像したのか。

 まあどっちでもいいけど、ケンゴは俺がダメージヒールの使用を縛っていることを察しているようだ。


 俺のダメージヒールも、ケンゴの持つ『ラグナロク』の力も、こういう試合で使ったら台無しもいいところだから、これでいいんだろう。


「というわけで、いくぜ! シン!」


 そしてケンゴはお喋りをやめて走り出した。


 ……て、はやっ!?


「ぐっ!?」


 突然スピードが速くなったケンゴの攻撃に、俺は慌てながらも大盾による防御を行った。

 それにより一応防御は成功したものの、今回も衝撃を緩和しきれなかったため、HPが僅かに減少する。


 今のはなんだよ。

 明らかに常人の出せるスピードを超えていた。

 こんな動きは前の戦いにはなかったぞ。


 ということはつまり、これはステータス補正によるものだろう。

 アイテムや装備品の効果という線も考えられるが、それで賄いきれるほどの速度ではなかったように思える。


 ケンゴめ。

 STR極振り命だったはずなのに、STR-AGI型に路線変更しやがったな?

 俺に負けたのがそんなに悔しかったのか。


 AGIにステ振りする分のステータスポイントはどうやって捻出したんだろうか。

 俺と前に戦った際はポイントを残していたか、あるいはあれからレベルを上げて取得したか。

 まあ、それはどちらでもいい。


 今はとにかく、ケンゴの速度に順応することだけを考えよう。

 ゲームとアースで長年戦い続けた経験と、常人離れしたバトルセンス、それに加えて異能アビリティによる未来予測を備えたケンゴが攻撃力だけでなく機動力までをも備えたのだ。

 この戦いは一瞬の油断も許されない。


「おらおらまだいくぜぇ!」


 俺が頭の中で状況を整理していると、ケンゴは剣を思いっきり振り下ろしてきた。

 それを見た俺は剣を受け流すため、盾を前に突きだす。


「ぎっ! ぐ……」


 ケンゴの剣は強烈だ。

 今のは完璧に受け流せるタイミングだったのに、予想外の剣圧を受けて俺はその場に膝をついた。


 力押しもいいとこだな。

 こっちはVIT極振りだっていうのに、それでもなおケンゴの攻撃力はあなどれない。


 それに、今のは破壊力も相当だったが、剣速も凄まじかった。

 力学的に見れば、破壊力は速度に比例するといっていいだろう。

 だから、AGIにステ振りすることは攻撃力を増す結果も生み出す。

 STR以外にステ振りして益々攻撃力に磨きがかかるとか、勘弁してほしい。

 まあ、純粋にSTRを上げた場合と比べれば威力は落ちるんだろうけど。


「参ったって言わない限りは俺の攻撃が止まることもないぜ! シン!」

「……わかってるっつの!」


 俺はケンゴの言葉を聞く前に立ち上がってその場から飛び引く。

 すると俺のもといた場所がケンゴの剣によって粉砕された。


 折れることはないにしろ、せめて剣が突き刺さるとかしろよ。

 なんで地面えぐれてるんだよ。


「ボサッとしてんな!」


 地面を見ながら軽く戦慄している俺へ向けて、ケンゴはお構いなしと言わんばかりに剣を振り続ける。


 アホみたいな攻撃力は驚異だが、さっきまでの攻防でケンゴの動きは大体把握できた。

 速度のほうも、フィルと同じくらいだと思えばなんてことない。


 この短い戦いで、俺はケンゴの動きに無理やり順応させていく。

 それができなければ、この戦いがパワーだけでケンゴに押し切られてしまいかねないからな。


「……お、やるじゃねえか」

「当たり前だ」


 ケンゴは剣を盾で捌く俺を見て「ほぉ」と声を上げている。


 さっきまでの俺はやられっぱなしだったから、ケンゴにとってはつまらなかっただろう。

 ――だが。


「ここからはそう簡単に俺へダメージを与えられると思うなよ!」


 俺の残りHPは八割。

 剣による攻撃を盾で防いだというのに、二割ものダメージを受けてしまった。

 大会のルールでは、HPが半減した時点で負けが決定する。

 つまり、俺はあと三割ほどHPを削られたらアウトだ。


 しかし、ケンゴの剣を受け流すコツはなんとなく掴めた。

 もう盾による受け流しでダメージをくらうことはない。


「それはどうだろうな」


 けれど、ケンゴは余裕顔だ。


 こいつは戦闘のとき、いつでもへっちゃらだという態度をとる。

 だから、こういった反応もいつも通りだ。


「なんてったって、俺もやっとエンジンがかかってきたって感じなんだからよ。さっきまでのを俺の全力だと思ってんなら痛い目見るぜ?」


 また、ケンゴがスロースターターであることも俺は知っている。

 最高のパフォーマンスを出す前でも十分に強いわけだが、戦っているうちに少しずつ剣筋が鋭くなっていくというのは結構怖い。


「へぇ……だったら、そろそろその全力って奴を見せてもらおうか」

「言われずとも見せてやるよ!」


 しかし、長期戦を余儀なくされる俺のバトルスタイルにおいて、ケンゴのそんな習性を怖がるわけにはいかないのも事実。

 俺は盾を持つ手に力を込めるのと同時に、『クロス』を握る手の感覚も軽く確認する。


 いかにケンゴへ一撃を当てられるかが勝負のカギだ。

 なので、こいつのエンジンがかかりきっていないこのタイミングで一気に畳み掛けてみよう。



 ≪身体加速フィジカル・アクセル≫、≪精神加速メンタル・アクセル≫。



 そして――≪範囲停滞エリア・スタグネーション≫!



「甘いぜ!」

「……チッ!」


 ≪範囲停滞エリア・スタグネーション≫を目の前にある空間全体に発動させると、それを見越していたかのようにケンゴは俺の視界外へと逃げていった。


 多分【未来予知】を使ったんだろう。

 数秒先しか見えないとか言っていたが、その情報を信じた上で今の結果を鑑みるに、ケンゴは異能アビリティを常時発動しているんじゃないか?

 そうじゃないと、今の停滞を回避しきることは不可能だ。


 持続力はどれほどのものかは知らないが、ガス欠で動きが鈍るというような甘い期待はしないほうがいいだろう。 

 むしろ俺のほうが先にガス欠を起こしかねない。


 出力を抑えているとはいえ、≪身体加速フィジカル・アクセル≫と≪精神加速メンタル・アクセル≫を維持していられるのも二時間が限界だ。

 二時間という限界を超えれば、俺は一時的に虚脱状態となって行動不能になってしまう。


 ……いや、実際には二時間よりもっと短いだろうな。

 ケンゴ戦に挑む以前、準決勝までの戦いで俺の体力はそれなりに消耗している。

 そういう意味では、決勝シードであるケンゴが大会ルール的に有利だ。


 まあ、ケンゴもフィルの捜索で異能をそれなりに使用して消耗したはずだけど、ちょっと不公平な気がする。

 勝ったあとにでも運営に文句をつけてやろう。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 そんなことを思いつつ、俺はケンゴに攻撃を仕掛けた。


「ぐおっ! 今度はそっちからか! いいぜ! 相手になってやんよ!」


 するとケンゴは獰猛な笑みを浮かべたまま、俺が放つ連続の突きを紙一重でかわしていく。


 【未来予知】による部分も大きいのだろうが、攻撃を避ける動作に淀みがまったく感じられない。

 これは一発当てるのだけでも一苦労しそうだな。


「てめえのターンは終了だ! 次はまた俺のターンだぜ!」


 こちらの攻撃が一段落ついたところでケンゴの攻撃が再開された。


 休む間もない。

 ケンゴと戦うときは常にフルスロットルだ。


「うらぁ! 『スラッシュ』!」

「?」


 と思っていたら、ケンゴはなぜか近距離でスキルを使用してきた。


 『スラッシュ』は剣士職の基本スキルであり、出だしが速くて発動後の硬直時間も少ないため、どの場面でも結構扱いやすいらしい。

 しかし、こういった対人戦で通用するのはミドルプレイヤー(中級者)までだ。

 俺やケンゴクラス相手では、スキルを使った後の僅かな隙が命取りとなる。


 それくらいのことはケンゴも重々承知しているはずだ。

 だからこそ、補助スキルしか使わなかったはずなのだ。


 なのに使った。

 俺に対し、無防備な一瞬を晒してしまうスキルを発動させた。

 それが俺には理解できなかった。


「…………」


 予定調和というべきか、俺はケンゴの『スラッシュ』を避けた。

 このスキルはミナもよく使うので、剣がどのような軌道を描くのかよく知っている。

 来るとわかっていれば避けることなど造作もないし、そこからカウンターを狙うことも余裕でできる。


 俺はスキルを放って動けずにいるケンゴの懐に潜り込み、『クロス』を――


「うらぁ!」

「ぶっ!?」


 殴られた。

 剣を持っていない左手でケンゴに頬を殴られていた。


 予想外の攻撃を受けて思考は真っ白となり、俺の体は後ろに吹き飛ぶ。


「がっは!?」


 そして数メートル飛んだ俺は、追撃が来る可能性を考慮して、盾をケンゴに向けて構えた。

 だが、ケンゴはそこから続けて攻撃する気もないらしく、その場で左手を握ったり開いたりを繰り返している。


「おーいてー……なんで攻撃した側がダメージ受けてんだよ。てめえ固すぎだろ」

「……なんではこっちのセリフだ。どうして『スラッシュ』を使ったのに硬直がないんだよ」


 ケンゴのほうもHPゲージが微妙に減少しているが、俺のほうは一割近く削られた。

 素手で殴られただけなのに一割とか勘弁してくれよ。


 まあ、それはそれとして、さっきの攻撃はどうにも不可解だ。

 あのタイミングでケンゴが俺を殴れるわけがない。

 スキルの硬直時間を俺が見誤ったとでもいうのか?


「驚くことでもねえよ。ただ単に、スキル発動を途中でキャンセルしたってだけの話なんだからよ」

「……なんだと」


 スキルキャンセル。

 そんな技術がアースのスキルにあるなんて初耳だぞ。


「だから驚くことじゃねえだろっつの。てめえだってスキル発動中に邪魔が入ればどうなるかくらい知ってんだろ? つまり、さっき俺はそれを意図的に起こして硬直時間を失くしたのさ」

「…………」


 確かに、スキルは途中でモーションが狂ったりすると中断することがある。

 スキルを発動した直後に何者かから大きな衝撃加えられたり、足場が悪くてこけそうになっていたりするときに起こる現象だ。


 ケンゴの足元には、先ほど剣で壊した不安定な足場がある。

 多分あれを利用したんだろう。


 でも、これはそう簡単に起こせるような芸当ではない。

 おそらくケンゴは、このプレイヤースキルを習得するのにかなりの修練を行ったはずだ。


「まぁこれを実戦で使えるのは俺くらいのもんだな」

「……へぇ」


 俺の想像はどうやら当たっていたらしい。


 スキル発動後の硬直を失くすプレイヤースキルか。

 これは攻撃系のスキルを持っている奴にとっては鬼に金棒だ。


 とはいえだ。

 さっきみたいにクリーンヒットをくらうような事態にはもうならない。

 ケンゴに説明をされずとも、これからの俺はスキルを放った直後であろうとも不用意な攻撃をしない。

 だからこそケンゴも、こんなペラペラと喋っているんだろう。

 こんなのが通用するのは一度っきりだ。


 そして――そんな奇策に頼らなければ、ケンゴは俺にまともな攻撃を与えられないということでもある。

 しかも、【未来予知】を行ってでさえ決定打に欠けるのだ。

 この事実は俺に戦う気力を与えてくれる。


「ケンゴ……今、俺は楽しいぞ」

「そうか、そりゃ奇遇だな。俺もちょうど楽しいと思っていたところだぜ」


 俺は息を整えつつ、ケンゴがいつ剣を振るっても対応できるように精神を研ぎ澄ましていく。


 向こうのHPは未だに十割近く残っているのに、こちらは七割ちょいしか残っていない。

 それだけを見れば俺が不利であると観客は思うだろう。


 けれど、俺は決して不利なんかじゃない。

 俺が行う全力の守りはケンゴの攻撃をも凌ぐのだから。


「こいよ、ケンゴ。お前は攻めるだけが能の男だろ?」

「言われずとも攻めてやるよ! 泣いちゃってもしらねえぜ!」


 なので俺は、あえて守りに入った。


 俺が異能を発動できるタイムリミットはおよそ二時間。

 その二時間、ケンゴがミスするのをひたすら待つのだ。


 守りを固め、相手のミスをひたすら待ち続けることこそが、俺の最も得意とする戦法だ。

 今回もそれを行うことに何の躊躇いもない。


「うらうらうらうらぁ!!!」


 ケンゴが怒涛のラッシュを仕掛けてくる。

 だが俺は、それを一つずつ丁寧に捌いていく。

 時折攻撃スキルを織り交ぜてくるが、俺がそれに引っかかることもないし、その威力に圧されることもない。


 俺の守りは鉄壁。

 もう僅かなダメージですらくらったりしない。

 それだけの自信がある。


「チッ! なかなかカテェな! チクショウ!」


 20分が経過した。


 相変わらずケンゴの攻撃が絶え間なく続いているが、俺にダメージは与えられていない。


「がああああああああああああ! いつまで殻にこもってやがんだ! ちっとは反撃して俺につけ入らせる隙を見せやがれ!」

「……そんなことを言われて反撃する馬鹿がいるか」


 40分が経過した。


 俺たちは軽口を飛ばしあいながらも、その間に続く攻防の手は落ちない。

 長年の付き合いがあるのだから、ケンゴも俺が何をしようとしているのかわかっているはずだ。

 なのに攻撃の手を緩めないとは、よほど自分のバトルスタイルに自信があるのだろう。

 まあ、自信があるのはこちらも同じことだが。


「そろそろ……へばってきたんじゃないか? 全力で攻撃をし続けるのも……シンドイだろ」

「……うっせ! だったらてめえも相当疲れてんだろ! 守ってばっかが楽だなんて言わせねえぜ!」


 一時間が経過した。


 ケンゴの言うとおり、へばってきたといえばへばってきた。

 ただひたすら守り続けるということが楽なわけがないのだ。

 しかし、俺はそれを顔に出さないよう努めて体を動かし続ける。


 これはもう根競べだ。

 俺の守りとケンゴの攻め。

 どちらが上かという真剣勝負。

 この戦いで引くことは許されない!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「ぐがああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 もはやこの試合中に受けた剣撃の数は1000や2000どころではない。

 上下左右から変幻自在に繰り出すケンゴの剣筋に疲れなど見えず、それどころか初めのころとは比較にならないレベルにまで到達している。


 スピードでは俺が勝っている。

 なのに、実際のところはギリギリ守りが間に合っている状態だ。


 流石にここまで来ると、俺でも焦りが芽生えてくる。

 異能アビリティを発動し続けるのも厳しくなってきた。

 HPは未だに七割をキープしているが、俺はじりじりと自分の負けを覚悟し始めてきていた。


「いっ!?」

「!」


 ――が、そこで俺たちの戦いに転機が訪れた。


 ケンゴは剣を上段から振り下ろす攻撃スキル『兜割り』を俺に放ってきた。

 それはもちろん、足場の悪さを利用したスキルキャンセルを混ぜてのものだろうと俺は思っていた。


 けれど……スキルがキャンセルされていない。

 剣を縦に振り、棒立ちとなったケンゴが俺の目の前にいた。


 これはスキルキャンセルを失敗したのか。

 試合開始前は夕方だったのに、今は陽が落ち始めて足場が見えにくくなっている。

 ミスをしたという可能性は高い。


 あるいは、俺を誘うための新たな罠か。

 【未来予知】を用いたのだとしたなら、罠であるという可能性もミスである可能性と同じく十分にありうる。


「うらっ!」


 そんなことを思いつつも、俺は一瞬の判断でケンゴへ『クロス』を振るった。


 ここでは様子見に回るという選択が一番無難だ。

 また、一番やっちゃいけないのは、散々迷った挙句に手を出して反撃を貰うことである。

 思考時間ゼロ秒で攻撃をするということは、その中間。リスキーでありながらも大きなリターンが見込めるというギャンブル性の高い選択肢と言える。


 だが、俺はそんな中間を選択した。

 なぜそうしようと決めたのか、具体的な理由はない。

 もはやこれは、俺の直感がこうしろと命令したに等しい行動だった。


「ぐぁっ!?」

「……うっしゃぁっ!」


 そして俺は――そんな賭けに勝った。


 今のスキルキャンセルミスはケンゴに致命的な隙を作り出し、『クロス』による俺の攻撃が綺麗に決まった。


 しかし、ここで攻撃の手を止めてはいけない。

 俺はケンゴに向けて再び『クロス』を振り上げた。


「そうはいくか!」


 するとケンゴは剣で『クロス』を弾くような軌道を描く。


 でも甘かったな。

 『クロス』によるマイナス補正が付いたケンゴの動きは僅かに鈍くなっている。

 その僅かに鈍くなった剣をかいくぐり、俺はケンゴの腕に『クロス』を叩きつけた。


「まだだ!」


 『クロス』による攻撃を受けた相手にどれだけマイナス補正がかかったかを確認させない。

 それだけで相手は自分が今どれだけの動けるかの目測に誤りを生じさせ、次の攻撃をヒットさせやすくなる。

 これは俺が決闘大会を通じて編み出した必勝スタイルだ。


 俺はその後も攻撃を三発、四発、五発と当てていく。


「ぐっがっがああああああああああああああああ!!!」


 苦しんでいるような表情をしながらもケンゴは俺との距離を詰めてくる。

 ここで起死回生のカウンターを狙うつもりか。


「ケンゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「シイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!」


 ケンゴの剣が俺の肩をかすめる。

 それによってHPが六割を切った。


 だが、それだけだ。

 体を無理やり捻って回避運動をした俺は、体勢を崩しながらも『クロス』による連続突きを放った。

 突きは綺麗にケンゴの腹に決まっていく。


「うらああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 そして俺は大きな動作で最後の突きを繰り出し、ケンゴを後ろに吹き飛ばした。


 ケンゴはパワーとスピードに重点を置いているせいでディフェンスが弱い。

 俺の攻撃十数発でHPを半減させ、地面へ仰向けに倒れこんだ。


「はぁ……はぁ……あー……最後は粘り負けか……」


 大の字になって体を自由にしているケンゴは、肩で息をしながらもそう口にした。


 結果だけ見れば、ケンゴの敗因は自分のミスにある。

 そんなミスをするくらいなのだから、ケンゴは多分、【未来予知】を持続的に使えるだけの体力も既に残っていなかったのだろう。


 とはいえ、それ以前は目立ったミスなど一つもなかった。

 一時間以上も隙のない攻撃をし続けたケンゴの力量は驚嘆に値する。


「あぁ……くそう……負け……ちまったのか……俺は……」


 ケンゴはその場で涙声になり始める。

 どことなく目も潤んでいて、今にも泣きそうな様子だ。


 少し状況が違えば、大の字になっているのは俺のほうだった。

 今のはそう思わせるほどにギリギリの戦いだった。


「次は……次は俺が必ず勝つからな! かぐごじやがれ!!!」


 次は俺が勝つ。

 大会中に何度も聞いたセリフではあるが、ケンゴも必ず言うと思っていた。


「ああ……楽しみに……してる。まぁ……次も……俺が……勝たせて……もらう……けどな……」


 俺はケンゴに決め台詞を言い放った。

 台詞を一息で言い切れなかったのは、まあご愛嬌だ。


 こうして俺はケンゴに勝った。

 異能アビリティに制限がかけられているとはいえ、俺は正々堂々とケンゴを打ち負かした。


 この事実に俺は喜びの声を出そうとするも、息は上がっているし視界は滲んでいるしで大声を出せそうにない。

 なので俺は声を出さず、観客席から溢れる拍手の音を聞きつつ右手を天に向けて突きだした。


 一時間十四分。

 これが決闘大会決勝戦の所要時間である。



 そして俺は決闘大会を優勝したのだった。

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