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タンクに目覚めた日

「てめえはアタッカーをやるよりタンクをやるほうが合ってると思うぜ、シン」

「……何?」


 かつての俺は、とあるVRMMORPGのなかでアタッカーをしていた。

 理由はもちろん「それが一番スカッとするから」だ。


 MMORPGの集団戦闘では、プレイヤーが各自にアタッカーやタンク、ヒーラーといった役割をこなして敵を倒す「パーティープレイ」で遊ぶのが主流だ。

 役割には他にもクラウドコントローラーやバッファーなどがあったりするが、これらが活躍するかはゲームデザインに左右される場合が多い。

 とはいえ、アタッカー、タンク、ヒーラーの三種は、どのMMORPGでも大体採用されている。


 その基本三種のなかで最も爽快感があるのは、言うまでもなくアタッカーだ。

 なんといっても、直接敵を倒せて派手な役割だからな。

 中坊時代の俺がアタッカーをしていたのは普通のことだ。


 また、タンクやヒーラーはアタッカーと比べると地味である。

 けれど、パーティープレイを行う場合には欠かせない存在だ。


 にもかかわらず、それらの役割は褒められることより貶される機会のほうが多い。

 特にタンクはミスが目立ちやすいので罵声を飛ばされやすい。

 ゲームによってはマゾのやる役割だ。


 正直なところ、その頃の俺はタンクなんてバカのする役割だと思っていた。

 イライラしそうな役割を進んでするなんて御免だと、内心で思っていたのだ。

 

 そんなタンクという役割をケンゴは俺に合っていると言ってきた。

 いつのまにかこいつと一緒に行動するのが当たり前となったころの話だが、何を考えているのか未だによくわからなかった。


「タンクをやるにあたって重要なのは、敵の動きを的確に読む目と冷静に攻撃を捌く精神だ。それをてめえは素で持っているから、多分タンクをやればすっげえ活躍できると思うんだよな」

「なんだよそれ。つまり俺はアタッカーのままじゃケンゴに勝てないとでも言いたいのか?」

「変な深読みはすんなよ。まあ、てめえが俺に勝つなんざ10年早いってのは事実だけどな」


 当時の俺はケンゴに勝負を挑みまくっていた。

 そして、その度に負けて煮え湯を飲まされ続けていた。


 俺とケンゴの間には大きな実力の差があった。

 この実力の差はゲームをプレイした時間の長さが違うことも関係していただろうが、それ以上にアタッカーとしての才覚に差があったように感じる。


 とはいえ、俺もそれなりに強い部類のプレイヤーだった。

 なので、怒涛の勢いでMOBを狩りまくるアタッカーの二人組として、他のプレイヤーから周知されていた。

 あの二人組にはタンクやヒーラーなんていらない。

 そう思わせるだけの勢いを俺たちは有していた。


 しかし、俺たちが本当にアタッカーだけで十分だと思っていたわけではない。

 こんな戦い方が通用するのは格下MOBだけであり、より強い敵と戦うには心もとないと感じていた。


 だから、ここで俺とケンゴのどちらかがタンクに転向するという話自体は悪くない。


「安心しろよ。てめえが一人前のタンクになるまでは俺がサポートしてやっから」


 どこかからタンクを引っ張ってくるというのも一つの案だが、ケンゴはあえて俺がタンクをすることを勧めてきた。

 それは、これからも同じパーティーでい続けようと言ってくれていたのだろう。

 アタッカー2人よりもタンク1人アタッカー1人のほうが、殲滅力は劣るけど安定する。


 しかも、俺とケンゴはポジションが同じだけではなく、ジョブやスキル構成なんかも全く同じだ。

 純粋なアタッカーがパーティーに2人以上いても問題にはならない。

 とはいえ、ずっとパーティーを組むにしても、そういうのはできるだけ違っていたほうが、あらゆる局面に対応できて有利に働く場合が多い。

 ケンゴはこのあたりをきちんと考えているのだろう。


 こういう風に思うと悪い気はしない。

 あのころの俺にとってケンゴはライバルであり親友でもあった。

 ネット上であるとはいえ、唯一と言っていいほどに気心の知れた仲だった。


 でも気に入らないものは気に入らない。


「だったらケンゴがタンクしろよ。俺がアタッカーやるからさ」


 わざわざ俺にタンクをやらせるな。

 そんな気持ちで俺はケンゴに反発した。


「だからタンク役は俺よりシンのほうが適任なんだって。つか、俺がタンクやってる姿をてめえは想像できんのか?」

「……できないな」


 ケンゴは『殺られる前に殺れ』をモットーにしているような男だ。

 たとえタンクをやっても、敵陣に単身で特攻するような図しか浮かばない。

 ひたすら耐え抜くようなポジションには向かないだろう。


 俺にタンクとしての才能があるかは置いておくとしても、ケンゴがタンクをやるくらいなら俺がやったほうが遥かにマシと断言できる。


「だけどなぁ……タンクかぁ……うーん……」

「まあ、無理にとは言わねえけどよ」


 俺は迷っていた。

 少なくとも、ケンゴのゲームに関する知識と経験は俺より豊富だ。

 そんなケンゴが、俺にはタンクが合っていると言う。


 なら、ここでタンクをやってみても悪いようにはならないだろう。


「他の役割をやってみるってのは良いもんだぜ。アタッカーにはアタッカーの面白さがあるように、タンクにはタンクの面白さがあるって気づくかもしれねえよ?」

「それをアタッカー一筋のお前が言うのかよ」

「俺は他のをやってみた結果、アタッカーに落ち着いたってだけの話なんだよ」

「……ふぅん。でもわかったよ。とりあえずケンゴがそう言うならやってみる」

「お! ホントか!」

「ああ」


 そして俺はタンク役を試しに一度やってみることにした。

 こんな軽い気持ちで始めたわけだが、三年経った今でもタンクをやっているのだから、人生というのはわからないものだ。


「あとはヒーラーを探すか。それも俺らと長くつるめそうな奴がいいな」

「? 野良のヒーラーじゃだめなのか?」

「いや、どうせならギルドでも立ち上げようかと思ってな。それも、このゲームの頂点に立てるようなギルドを」

「頂点……か」


 俺と一緒に行動する以前のケンゴはソロであり、アタッカーとしては最強クラスのプレイヤースキルを有しているということで知られていた。

 まあ、だからこそ俺はケンゴに何度も戦いを挑んでいたわけだが。


 とにかく、今まではどのギルドにも加入せずにいた男がここで自分からギルドを立ち上げると宣言したのだ。

 そんなケンゴを俺は期待半分心配半分といった気持ちで見つめる。


「なに我関せずってツラしてんだよ。てめえは俺の作るギルドのナンバーツーなんだぞ。もっとシャキッとしやがれ」

「え? 俺も入るのか?」

「当たり前だろ、この話の流れ的に」

「そうなのか……」

「……なんだよ……てめえは俺のギルドに入りたくないのか?」

「いや、そんなことはない。どうしてもっていうなら入ってやってもいいぜ」

「えらそーな言い方だな……まあ俺が勧誘したわけなんだから、それでもいいんだけどよ……じゃあよろしく頼むぜ、ナンバーツー」

「よろしく頼むぞ、ギルマス」


 そうして俺たちはギルドを設立することになった。

 行き当たりばったりもいいとこではあったが、俺たちはギルドの名前や活動方針なんかを話し合ったりして楽しんでいた。

 こういうのもMMORPGをする楽しみの一つと言えるだろう。


「よし、それじゃあこの前一緒のパーティー組んだヒーラーに声かけてみっか」

「この前っていうと……確か、マーニャンとかいうキャラネームの奴だったよな?」

「そうそう。あいつは自分からじゃ全然回復しに行かないからよく問題児扱いされてっけど、俺の見立てだと実際のところはかなりプレイヤースキル高いぜ」

「ふぅん……なら戦力としては申し分ないわけか。じゃあ誘ってみよう」

「その前にてめえはジョブチェンジな」

「へいへい」


 そんなやりとりを行った後、俺はタンクのやりがいを知って今に至る。

 この三年間も、アタッカーやヒーラーなどがどう動くかを学ぶためにタンク以外のポジションもやったりしたことはあったが、結局俺はタンクをメインにして活動することが多くなった。


 そして俺は、タンクになったからこそケンゴと同格になった。

 多分、アタッカーのままなら、曲がりなりにも俺が最強クラスのプレイヤーなどと呼ばれることはなかっただろう。






「シンとはもう3年以上の付き合いになるよな」

「ああ、そうだな」


 俺は闘技フィールドの上で過去を振り返りながら、目の前に立つケンゴに相槌を打つ。


「てめえがタンクになってからはガチで戦うって機会も少なくなったよな」

「役割が違うからな」


 アタッカーとタンクが戦って強いほうを決めるというのはナンセンスだ。

 それを言ってしまうと、この決闘大会もナンセンスってことになるが、この考えは正しいだろう。

 攻撃役も、盾役も、パーティープレイを前提とした役割だ。

 優劣を付けることなんてできない。


 けれど俺はこの大会に出場した。

 なぜなら、役割を超えて強い奴を決めるということがナンセンスでも、そこに面白いと感じるものがあったからだ。


 俺は決闘大会でケンゴより強いことを証明する。

 それこそが、今の俺を突き動かす原動力となっているのだ。


「この前は負けちまったけどよ、俺、結構アレを気にしてんだぜ」


 気にしてる、か。

 まあ、それも仕方ないだろう。

 なんせ、俺がケンゴに勝ったことなんてアースに来てからの一戦しかないんだからな。


「一発勝負なら俺が勝つこともあるだろう」

「だな」


 とはいえ、あの一戦は一発勝負。

 運が良ければ勝つし、悪ければ負けるってくらいの明確な優劣がつけられない戦いだった。

 そんな一戦だけで俺がケンゴを上回ったなどと思ってはいない。


「でも、今回負けたらそんな言い訳も立たねえ。だから……今回の俺は絶対てめえに勝つぜ」

「……そうか」


 俺は負けず嫌いだが、ケンゴも負けず劣らずの負けず嫌いだ。

 トータルでは勝ち越していても、俺と最後に戦った結果が黒星なのはケンゴにとって我慢ならないのだろう。


「こいよ、ケンゴ。今回”も”勝つのは俺だ」


 なので俺は挑発する。

 こんな挑発ができるのは、前回の勝者のみに許された特権だからな。


「……それでこそシンだぜ。じゃあいくぞオラァ!」


 ケンゴは獰猛な笑みを浮かべて剣を抜く。

 また、それを見ていた審判が慌てた様子で口を開いた。


「決闘大会一般部門本戦決勝! ケンゴVSシン! 決闘開始!」


 そして審判の声が会場全体に響き渡り、俺たちの戦いが始まった。

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