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決闘トトカルチョ

 アギトとの決闘を終えた俺は控室前まで戻ってきた。

 するとそこにはフィルやケンゴ、セレス、マーニャン、カタール、それにミナたちや職員と思われる地球人≪プレイヤー≫数名が立っていた。


「……シンさん!」


 集団のなかにいたフィルが俺に向かって勢いよく飛び込んできた。

 なので、俺はそんな彼女を抱き留めて声をかける。


「フィル! 無事だったか!」

「ん……シンさん……ごめん……オレ……シンさんの足、引っ張った……」

「そんなことはどうでもいい。フィルが無事だっただけで俺は嬉しいぞ」


 フィルは涙声で謝ってきた。

 彼女が俺に謝る必要なんてないというのに。

 謝るとしたら、みんなに心配をかけたことくらいだ。


「ありがとうな、ケンゴ。フィルを助けてくれて」


 そして俺は近くにいたケンゴに感謝の言葉を述べた。


 今回の誘拐事件を何事もなく解決できたのはこいつのおかげだ。

 感謝してもしきれない。


「礼を言われることじゃねえよ。フィルは俺にとっても大事なダチだからな」


 ケンゴは頭を下げる俺の肩をバシバシ叩き、気にするなと声をかけてくる。


 しかし、気にしないわけにはいかないのも事実。

 なぜなら――


「ケンゴ選手。アビリティジャマーはどうしましたか?」

「ああ、そんなもん外しちまったよ」

「そうですか……」


 職員らしき男が難しい顔をしている。

 これはつまり……そういうことなのだろう。


「事情はお察しします。しかし今回の大会規定では、アビリティジャマー無しによるあなたの異能行使は三日間禁止となっています。よって、ケンゴ選手を規則違反として失格扱いにしなければなりません」


 そう。

 フィルを助けるために、ケンゴは三日間つけっぱなしにしていたというアビリティジャマーを外してしまったのだ。

 試合以前に三日間もつけっぱなしにしなければならないというのは、ケンゴの異能の特性上、仕方のないことなのだろう。

 未来を見ることができるだなんてチートは、それくらいの厳しい処置を施さないとやりたい放題だからな。


「け、ケンゴさん……」


 そこで事情を理解したらしきフィルが顔を青くし始めた。

 結果的には俺でなく、ケンゴに迷惑をかけてしまったのだと思っているのだろう。


「後悔はしてねえさ。あの場ではあれが最善だった。それだけなんだからよ」


 しかし、ケンゴのほうはあっけらかんとしている。

 その姿には悔やむような様子がまるでない。

 いつも通りのケンゴだ。


「で、でも……」

「それに、これで観客が納得するはずもねえだろ?」

「え?」


 そしてケンゴは口元をニヤリとさせつつ、職員の男に視線を向けた。


「元々この大会は固いことを抜きにして最強を決める祭りだったはずだろ? 規則だの何だのはその祭りを円滑に進めるためのガイドラインってだけで、その程度の意味しかない。違うか?」

「た、確かにそうですが……」

「とりあえず主催者連中にかけあってこい。てめえら以外、全員決勝を行うことを望んでる。俺も、観客も、対戦相手も、全員な」

「は、はぁ……」


 ……なるほど。

 ケンゴは自分がアビリティージャマーを外したことをうやむやにする気だ。

 そんな理屈が通るかって感じだが、俺もそれに乗らせてもらおう。

 ここで不戦勝になってもつまらないからな。


「俺からもお願いします」

「し、しかしですね……」

「決勝戦に勝ち上がった俺がケンゴと戦いたいって言っているのに、それでもダメなんですか?」

「それは……」


 職員の男はそこで口をつぐみ、難しい顔をし始めた。


「……わかりました。では上にかけあってみます」 


 悩むようなそぶりをしたが、男は何かを決心したかのように首を縦に振った。

 どうやら、決勝戦を行うか否かという議論に再考をする余地が生まれたようだ。


「なんだかんだで、私もあなたたちの試合は見たいですからね。できる限りの説得はしてみます」

「おう、そうしてくれ」

「よろしくお願いします」


 こうして、俺とケンゴの決勝戦をどうするかについての審議が行われることになった。


 けれど、俺はこの時点で、おそらく決勝戦は無事行われるのだろうと予測していた。

 なぜなら、さっきからケンゴの様子が明らかに軽いからである。


「……で、このあとはどういう流れになるんだ?」

「まー主催者連中による話し合いが開かれたあと、観客に決勝戦を行うかどうかのアンケートを取ることになるな。それでその結果、九割の賛同を得て決勝戦を行うことになる」

「へぇ……」


 やっぱこいつの異能は全面的に禁止したほうが良いんじゃないか。

 ここまで先のことを見通すなんてチートもいいところだぞ。


 アビリティジャマーを腕に巻きなおすケンゴを見ながら、俺はひきつった笑みを浮かべた。


「それはそれとして……結局のところ、フィルをさらった奴は誰だったんだ?」


 また、俺は今回の事件について、もう少し詳しく訊ねることにした。


 フィルをさらった動機は、俺を決闘大会で負けさせたかったからだろう。

 しかし、誰がやったのかというのと、そんなことをしてどんなメリットがあるのかがわからない。


 俺に対するただの私怨だろうか。

 人に恨まれるようなことはしていないつもりなんだが。


「それがイマイチよくわかってないんだよな」

「は? よくわかっていない?」


 ケンゴの答えを聞き、俺は口をぽかんと開けた。


「いや……一応犯人らしき連中と、そいつらの目的についてはわかったんだけどよ」

「? とりあえずそいつらについてを詳しく教えてくれ」


 なんだかはっきりしない物言いだが、まずはケンゴが知っている情報だけでも知っておこう。


「フィルを拉致った連中は俺らと同じ地球人≪プレイヤー≫だ」

「だろうな」


 それはなんとなく察している。


 なんだかんだ言ってもフィルは強い。

 彼女が後れを取ったというのだから、相手は相当の実力者ということになる。


 そして、始まりの町にいるアース人ではフィルにまず太刀打ちできない。

 たとえ複数人の犯行であろうとも、さらうことができるとしたら上位の強さを持った地球人≪プレイヤー≫でなければ不可能だ。

 ゆえに、犯人は高校生以上の地球人≪プレイヤー≫であると予想していた。


「で、そいつらの目的は、俺が決闘大会で優勝することだ」

「……へ?」


 だが、続けて聞かされた動機については意味が分からなかった。


 ということはあれか?

 もしかして、フィルをさらった犯人はケンゴの熱狂的なファンだったとかか?

 ケンゴを勝たせるためにそんなことをする理由があるとしたら、そうとしか考えられない。


「いや、もうちょいつっこんだ話をすると、俺が優勝することによって配当が得られるからだ」

「配当?」


 けれど、俺の想像は外れだったみたいだ。


「この大会は裏で賭博行為……決闘トトカルチョが行われてたんだよ」

「トトカルチョっていうと……サッカーとかでどっちのチームが勝つかを賭けるギャンブルだったか?」

「そうだ。フィルを拉致ったそいつらは、決闘参加者のなかで誰が優勝するかを賭けてやがったのさ」

「……へえ」


 つまり、ケンゴが優勝することに賭けていた奴らが俺を負かせたい一心でフィルを誘拐したというわけか。


 ただ、それをするなら準決勝ではなく決勝戦でのほうが確実な気がする。

 俺とアギト、どちらが脅威なのかと比べて、俺のほうを選んだということだろうか。

 よくわからない。


 ただ、ケンゴを勝たせたい理由については納得した。

 アースでのとはいえ、金が絡んでいるんだからな。

 魔が差すこともあるだろう。


「賭博行為は禁止されているのに、まさかこんなことをしでかす人がいるとは驚きでしたわ」


 セレスも若干怒気の含まれた声で言っているが、決闘大会において賭博行為は全面的に禁止されている。

 八百長紛いのことが起きる可能性を考慮しての結果だ。


 今回のような決闘大会は、あくまでお祭りのようなものなのだから、厳正なものにしなくてもいい。

 とはいえ、締めなければいけないところは締めていかないと、楽しい祭りもグダグダになる。

 この措置は仕方がないものだろう。


「……でも、ちょっときな臭えんだよなー」

「何? きな臭い?」


 そして、マーニャンが俺たちの会話に加わり、渋い顔をしながら話を続けた。


「今回フィルを拉致った連中は決闘トトカルチョで賭けてた奴らに違いねーんだけど、主犯が誰なのかよくわかんねーのよ」

「主犯が……?」

「しかも、直接フィルに接触して捕まえたっつー女が未だに見つかんねえーんだ。一応今も調査員を動かして探させてる最中なんだけどさ」

「…………」


 つまり、事の発端が誰なのかがわからないということか。

 それは確かにきな臭いな。


「フィル、お前は自分が捕まったときに相手の素顔を見たのか?」

「ごめんなさい……突然のことで、仮面をつけた高い声の女の人だったっていうことしかわからない……です」

「……そっか」


 主犯はおそらく女。

 俺に手紙を渡すよう頼んだという奴も女だから、多分そいつと同一人物だろう。

 だとすると、人相なども割り出せるか?


 いや、多分手紙を渡すときも仮面をつけてたんだろうな。

 捜査は難航するかもしれない。


「ま、なんにせよ、フィルが無事でよかったぜ。結果的に見りゃ、実害らしい実害もねえしよ」

「そうだな」


 俺はケンゴのまとめに同意する。


 フィルに何事もなくて本当によかった。

 ここでもし彼女に何かあったら悔やんでも悔やみきれなかった。

 とはいえ、誘拐した奴らを俺は許したりしない。


「そう怖い顔すんなよ。捕まえた犯人たちはちゃんと裁かれっから、変な気を起こして突っ走んじゃねえぞ?」

「…………」


 ケンゴから注意が入った。

 今考えていたことが顔に出ていたのだろう。


 ちゃんと裁かれる、か。

 それなら一応、俺もおとなしくしていよう。

 ここで事を大きく荒立てても周りの迷惑になりかねないからな。


「……で、なんでここにカタールがいんの?」


 とりあえずこの事件は一件落着ということにした俺は、なぜかここにいるカタールへと視線を送った。


 セレスやマーニャン、ミナたちがいるのは納得できる。

 でも、こいつだけメンバー的になんか浮いてるだろ。


「失礼でござるな! 此度の捜査劇では拙者が大活躍だったというのに!」

「……そうなのか、ケンゴ?」

「ああ、そうだぜ。カタールが【分身】して、そいつらが得た情報を俺が【未来予知】するっていうやり方でな」

「へえ……」


 そんな捜査方法を実行してたのか。

 カタールが異能で最大何人に【分身】できるのかは知らないけど、人手をいっきにカバーできるだけのレベルではあるのだろう。

 だとすると、ケンゴの【未来予知】が加われば、こいつらはたった2人で莫大な情報を得ることが可能になる。


「ちなみに、カタールの報酬は掛け金の全額払い戻しだ」

「……ん? 掛け金?」

「こいつ、決闘トトカルチョで自分が優勝することにアースでの全財産を賭けてたんだよ」


 ぜ、全財産……

 それは凄いといっていいのか、バカといっていいのか、よくわからないな。

 カタールは守銭奴だと思っていたが、ギャンブラーな一面もあったということか。

 単に自分が勝つことへ絶対の自信があったための行動ともとれるけど。


 というか、そのトトカルチョって決闘大会参加者もやれるのかよ。

 自分に賭ける分には特に問題ないということだろうか。


「本当なら払い戻しなんてするわけないし、トトカルチョをしてた奴らは全員しょっぴくところなんだが、俺の手伝いをしたら目を瞑ってやるってことで交渉成立したんだぜ」

「ふーん……」


 裏取引的なアレだな。

 しょっぴかれるのを免除してもらったのなら司法取引と言ったほうが正しいか。

 そのあたりは俺にとってどうでもいいから、深く考えないようにしよう。


「ケンゴ! 今日は戦えず、なぜか共闘までしてしまったが、次に会うときは拙者に斬られる覚悟をしておけ! でござる!」

「あーはいはい。楽しみに待ってるぜ」


 そしてカタールはケンゴに宣戦布告めいた言葉を残し、シュタタタタ! と素早く走り去っていったのだった。


 戦って少しわかった気になってたが、やっぱりあいつは変な奴だな。

 まあ、金のためとはいえ、フィルを助けるのを手伝ってくれたのには感謝しておこう。


「さて……そんじゃ決勝戦に向けて、お互い集中するってことでこの場はお開きにしようぜ」

「ああ、わかった」


 なにはともあれ、ケンゴのおかげで事件は無事に解決した。

 ここからは決勝戦を戦い抜くことだけを考えよう。

 じゃないと、こいつに勝つことなんてできないからな。


「決勝戦、楽しみにしてるぜ、シン」

「俺もだ。今度は公衆の面前で負かしてやる」


 こうして俺たちはその場で別れた。

 その30分後、ケンゴの言った通りに決勝戦を行うことが決定し、予知が外れる可能性もあるんじゃないかと僅かに心配していた俺は、そこでホッと胸をなでおろした。


 ケンゴにはアースに来てから一度勝ったことがあるが、今回はどうなるか。

 実のところ、俺がケンゴに勝った経験はその一度しかない。

 しかも、あいつは俺に負けてから確実に強くなっているだろう。


 だが、俺もまた数々の戦いを通して強くなっている。

 今はどちらが強いか勝負だ、ケンゴ。

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