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決闘大会一般部門準決勝

「来たか、シン」

「…………」


 俺は闘技フィールドへとやってきた。

 先に来ていたアギトが俺のほうを向き、声をかけてくる。


「俺とシン、どちらが最強の高校生タンクか、と地球人≪プレイヤー≫の間で比較がされていることをお前は知っているか?」

「……知らないな」

「そうか。なら、そういう話もあるということだけ覚えておくといい」


 俺はアギトの言葉に相槌を打つ。


「そして今、ここでその問いに答えが出る」

「……そうだな」


 俺は再びアギトの言葉に相槌を打つ。



 しかし、そんな今の俺は心ここにあらずといった状態で、目の前の男が口にする言葉を適当に聞き流していた。



「さあ、いくぞ。【黒龍団】のリーダーとして、学園の初代生徒会長として、俺はお前に勝つ」

「…………」


 俺はこれから戦う相手を目の前にして、さきほどあったケンゴとのやり取りを思い返していた。


 それは、フィルがさらわれたという事件に関する内容だ。






「シン、てめえはこれまで通り、次の試合に出場して戦え」

「ケンゴ…………」


 アース人の女性職員から渡された手紙を読んだとき、俺はフィルの安否だけを考えていた。

 『フィルというプレイヤーの命が惜しくば次の試合で負けろ。ビルドエラー』と書かれたこの紙を信じるなら、フィルは何者かに捕まったということになる。


 つまり誘拐だ。



「よく考えろよ。この手紙のとおりにてめえが次の試合で負けたとしても、フィルが無事に帰ってくるなんて保証はどこにもねえぞ。今は人質としての価値があるから生かしている可能性も十分あるが、試合が終われば用済みと判断して処分されるかもしれない。試合の結果に問わず、な」

「っ…………」


 ケンゴの言うとおりだ。

 フィルをさらった奴が約束を守るかどうかわからない。

 とはいえ、現時点でできることは限られている。


「……だったら、どうしろっていうんだよ。次の試合までもうそんなに時間はないぞ」


 他の連中、たとえば早川先生とかに助けを求めるという手もある。

 しかしこういう場合、下手に事を荒立てて犯人を刺激するのは得策ではない。

 フィルに危害が及んでしまうかもしれないからな。


 なので、俺たちはできるかぎり内密に事態の収拾を図る必要がある。

 少なくとも、フィルの安全が確保できるまでは。


 だが、その方法が思いつかない。

 試合の時間まであと少ししかないというこの状況で、俺がすべきことは……


「俺に任せろ。てめえが試合で戦っている間に俺たちがフィルを救い出してやる」


 できる限り試合を長引かせ、ケンゴがフィルを助け出すまでの時間を稼ぐ……か。


 犯人が証拠隠滅のため、フィルをすでに亡き者としているのならもう手遅れだ。

 けれど、彼女をきちんと人質扱いしているのなら、試合の結果が出るまでは大丈夫であると言える。


 でも……ここで俺が試合に出場せず、不戦敗という形を取るという選択肢も存在する。

 試合など投げ捨て、フィルを探しに行くという選択肢が最良であるのではとも思わずにはいられない。


 なのに、ケンゴは試合に出ろと言う。

 フィルがさらわれた以上、もう試合なんてどうでもいいだろ。


「シンは俺のことが信じられねえか?」


 ケンゴを信じていないわけではない。

 が、ここで試合に臨めるほど俺は図太い神経をしていない。


「そう睨むなよ。これはフィルのためでもあるんだからよ」

「何? フィルの?」

「そうさ。考えてもみろよ。フィルのせいでてめえが試合に負けたなんてことになったら、あいつはすっげーヘコむぞ。てめえはフィルを悲しませたいのか?」

「…………」


 ここで俺が不戦敗、あるいは負けるようなことになれば、フィルは自分を酷く責めるだろう。

 それは容易に想像できる。彼女は人一倍責任感のある子だからな。


「まあ、ここは俺に任せておけよ」


 ケンゴはそう言うと、腕に巻きつけてあり、簡単には外れないようになっているアビリティジャマーを素手で引きちぎった。


「…………! ケンゴ、何を」

「今はフィルを救出することが先決だ。そうだろ?」

「…………ああ、そうだな」


 確かにケンゴの言う通りだ。

 細かいことは後でまた考えよう。


「……とりあえずフィルは安全っぽいな」

「そうなのか?」

「ああ、詳しくはあいつを助けてから話そうぜ」

「わかった」


 今、遠い目をしたケンゴが何を見たのか俺にはわからないが、こいつが言うのだからフィルは安全ということでまず間違いはないのだろう。


「それじゃあここらで別行動といくか。絶対フィルを助けだすから、てめえも負けんじゃねえぞ?」

「……頼んだぞ、ケンゴ」

「おう」


 こうして俺たちは、お互いにすべきことをするためにその場で別れたのだった。






「どうした、シン! お前の実力はその程度か!」

「…………」


 そんなケンゴとの会話を終えた俺は今、決闘大会準決勝の相手であるアギトの猛攻を受け続けている。


 右手に『クロス』を携えているため二枚盾の戦法ではないものの、守りに回った俺の防御に隙はない。

 アギトの攻撃はほぼすべて防ぐことができている。


 とはいえ、HP的には少しずつダメージを受けている。

 傍から見たら、俺が攻めあぐね、防戦一方となっているように見えるだろう。


 まあ、そう見えるように意識して動いているのだから当然だが。

 ここで俺が意図的に試合を長引かせていると誘拐犯に思われたらフィルの身が危ないからな。

 HPが徐々に減っていて、このまま試合が続けば俺は負ける、というように思わせる動きを取っている。


 だが、あえて守りに徹して苦戦を演出している部分もあるものの、アギトの実力は俺の想像以上だ。


 アギトのプレイヤースキルは高校生の中でもかなり高い。

 おそらく、この男はアースに来る前からタンク役のあるゲームとかをそれなりにこなしていたんだろう。


 剣で俺を攻撃しつつも盾による防御をおろそかにしていない。

 いつでも俺の攻撃を受けられるという構えだ。


「守ってばかりでは勝つことなどできないぞ!」

「ぐっ……!」


 そして極めつけはこいつの異能アビリティだ。


 アギトの異能は【衝撃】。

 これは物体を弾くというただそれだけの力らしいのだが、実際に受けてみるとそんな生易しいものではないと感じる。


 大した攻撃ではないとたかをくくり、盾による防御を行うと、予想外の衝撃に見舞われて体勢を大きく崩されるのだ。

 今はまだ致命的な隙を与えていないが、下手をすると盾が弾かれる恐れがある。


 これは肉弾戦を主とするタンクでこそ光る異能だ。

 本人のプレイヤースキルと相まって、アギトのタンク性能は超高校級と言えるレベルに到達している。


「逃がさん!」

「チッ……!」


 しかも、こいつは移動速度もそれなりに高い。

 AGIにもそれなりに大きくステ振りを行っているのだろうけど、それ以上に異能の使い方が上手いのだと考えられる。


 アギトが走った後の地面には、ところどころにヒビが入っている。

 あれは普通に走っただけじゃまずつかない跡だ。

 多分、自分の足裏を【衝撃】で弾くことによって高速移動を実現しているのだろう。


 掛け値なしの強敵だ。

 高校生のなかにこれだけ強い奴が潜んでいたとは思わなかった。

 自分の思慮の浅さに恥じるばかりだ。


「……拍子抜けだな。これまでの戦いで見せていた勢いはどうした?」

「…………」


 しかし、向こうのほうは俺と逆のことを思ったようだ。

 アギトは攻撃の手を緩め、俺から若干距離を置きつつ、ガッカリといったため息をついている。


 まあ、こんな反応をされるのも仕方がない。

 今の俺は間違っても勝ってはならないわけで。

 勝つ気のない動きを見て、手を抜いていると判断されるのも当然だ。


「俺が戦いたかったのはこんな男ではない。数多の戦場を駆け抜けた≪二枚盾≫のシンはこの程度であるはずがない」


 そしてアギトはそう言って、俺を強く睨みつけてくる。


「……もしかして、お前はゲームの俺を知っているのか?」


 今のこいつの発言には、アース内のシンではなく、地球におけるVRゲーム内のシンを指しているようなニュアンスがあった。

 俺はアースに来るまでアギトを知らなかったが、アギトのほうは前から俺のことを知っていたのかもしれない。


「ああ、知っている。とはいっても、ゲームで俺とお前が話したことはないが」

「ふぅん」


 アギトは俺の問いかけを肯定した。

 どうやら俺の予想は当たっていたらしい。


「そのころの俺はやっと中級者を抜けたかという程度のミドルプレイヤーだったからな。ガチ勢との差は歴然としてあったため、声をかけづらかった」


 声をかけづらかった、ねえ。

 俺は初心者だろうが廃人だろうが、ゲーム内なら分けへだてなく接する。

 何も気にせず普通に話しかけてくれればよかったのに。


「実のところを言うと、俺はお前に憧れていた」

「そ、そうなのか」

「そうだ。だから今の気の抜けたお前の動きは見るに堪えない」

「…………」


 それは悪いことをしたな。

 でも、こっちにはこっちの事情があるんだ。


 しかし、この様子を見る限りでは、フィルをさらった奴はこいつと無関係っぽいな。

 もしかしたら、俺に勝つためにアギトが仕掛けた罠なのかもしれないと少しだけ勘ぐっていたんだが。


「最強タンクの名は今日を持って返上しろ。俺に負けるような奴が最強などおこがましい」


 俺はアギトの言葉を受けて歯を噛みしめる。


 随分厳しいことを言ってくれるな。

 まだ俺のHPは八割以上残っているというのに、もう勝った気になっているようだ。


「俺に勝つつもりなら、一発でもまともな攻撃を当ててみろ」


 なので俺は挑発返しを行った。

 今の状況で試合に勝つことはできないが、タンクとしての勝負に勝つことくらいなら許されるだろう。


「……面白い!」


 するとアギトは口元を歪ませ、俺との距離を一瞬で詰めて剣を振るった。


 アギトの攻撃は一発一発がとても重い。

 これはアタッカーであるミナやセツナ以上。

 タンクとしてだけではなく、アタッカーとしても機能するレベルだ。

 【衝撃】がこの攻撃の重さにプラス補正をかけているのだろう。


 まったく。

 みんな異能の使い方が本当に上手いな。


 だが、俺もアースに来てからそれなりに研鑽を積んだんだ。

 相手がどれだけ早くとも俺はその上をいくし、どれだけ攻撃が重くとも冷静に受け流してやる!


「フッ!」


 俺はアギトの攻撃を徹底的にさばき続けた。


 こちらがろくに攻撃してこないのを見てか、今のアギトは防御を捨てて攻撃一辺倒だ。

 とはいえ、その攻撃は苛烈で、反撃ができそうな気配でもない。

 攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。


 しかし――


「グッ…………!」


 アギトは俺にダメージを与えられない。

 いや、正確にはごく僅かであるがダメージは入っている。

 それは俺がアギトの攻撃を完璧に受け流せず、盾越しに衝撃を受けた結果のダメージだ。


 けれど、それ以外には一切ダメージを受けていない。

 剣による振り下ろしも、突きも、横なぎも、時折混ぜてくる蹴りや盾による打撃も、そのことごとくを俺は避け、受け流し、防いだ。


 アギトは強い。

 が、俺に攻撃を当てるまでには至らない。


「……これが最強タンクと呼ばれる男の守りか」

「二枚盾ならもっと堅いぜ」


 今の俺は大盾を装備しているが、『クロス』も装備しているために小盾は持っていない。

 ゆえに、これは二枚盾のシンと呼ばれた俺の100パーセントではないのだ。

 100パーセントなら僅かなダメージすら貰うことはないだろう。


「セイッ! ハッ! …………チッ!」


 アギトは俺になかなかダメージを与えられず、苛立ったかのように舌打ちをしている。


 決闘が開始してから、もうかれこれ30分は経過しているからな。

 そろそろ集中力が乱れてきても仕方がないだろう。


 そして、対する俺のほうはまったく問題ない。

 延々と戦い続けるというのは『アースガルズ』で龍人族相手にさんざんやってきたことだからな。

 この程度でへばっているようでは百人組手などできない。


 だが、この戦いもそろそろ決着をつける必要がありそうだ。

 観戦席からは、俺たちの戦いを見るのに飽きたらしき連中から野次が飛び始めている。

 時間稼ぎもここらが限界か。


 どうする。

 ここから防御を崩してアギトの攻撃をワザとくらうか、それとも防戦一方だった戦況をひっくり返して反撃に出るか。

 俺は決断をしなければならない。


「…………!」


 と、そこで観戦席から上空に火の玉が打ち上げられた。

 それを見た俺は、それを撃った人物に目を向ける。


「……間に合ったか」



 視線の先には、杖を掲げたセレスと拳を突き上げているケンゴ、それになぜかカタールやマーニャン……そして、こちらに向けて大きく両手を振っているフィルの姿があった。



「!?」


 フィルが無事であったことを確認した俺は、遂にアギトへの攻撃を開始した。

 するとアギトは目を見開く。


 いきなり俺の様子が変わったことに驚いているんだろう。

 けれど、そんな顔をしても今の俺は止まらない。


「うらぁっ!」

「くっ!」


 俺が『クロス』による突きを放つと、アギトはそれを必死な様子で回避した。


 この武器の性能をこいつはちゃんと把握しているようだな。

 まあ、セツナあたりに訊くなり、今までの俺の戦いを見ていれば当然か。


「ここからは俺のターンだ! 無駄にカッコイイ名前しやがって! 覚悟しろ! アギト!」

「名前は別に関係ないだろう!」

「うるさい! くらえ!」

「ぐっ!?」


 今までツッコムべきかどうか悩んでいた龍宮寺咢りゅうぐうじあぎとというリアル厨二ネームに俺は全力でツッコミを入れつつ、その勢いに任せて『クロス』をアギトの腕に叩きつけた。

 するとアギトは「しまった」というような表情を顔に浮かばせて盾を構え直した。


 さっきまで攻撃の流れだったために、アギトの防御には隙が生じている。

 しかも、それでさえ長いこと決定打を加えられなかったこの男の動きは精細を欠いていた。

 そんな状態の奴から一本を取ることなど、俺にとっては造作もない。


 いや、一本といわず、二十本三十本と決めてやる!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「ぐうぅっ!?」


 ここにきて俺はすべての鬱憤を晴らすかのような連続攻撃に出た。

 すぐに冷静さを取り戻したらしきアギトの構える盾を抜けて、俺は『クロス』を撃ち込みまくる。


 さっきまでは守りだけしか見せられなかったが、これが俺の全力の攻撃だ。

 出力を必要最低限に抑えていた≪身体加速(フィジカル・アクセル)≫、《精神加速(メンタル・アクセル)》、≪範囲停滞(エリア・スタグネーション)≫といった異能も限界まで使用している。

 今の俺を止められる奴はどこにもいない。


「そ、そこまで!」


 ……厳密には1人いたな。

 俺が繰り出す高速攻撃を見て、慌てた様子で審判が止めに入ってきた。


 アギトのHPバーは7割近く削れている。

 少しやりすぎてしまったな。


「アギト選手HP半減! よって勝者、シン選手!」


 そして審判はこの戦いの勝者が俺であることを宣言した。


 俺は息を整えつつそれを聞き、膝をついて俯くアギトに近づいていく。


「これでもお前を失望させたか?」

「……いや、そんなことはない。お前は……俺の知る最強のタンクだった」


 どうやら俺は、ちゃんとこいつに認められたようだ。


 さっきは拍子抜けだとか言われたからな。

 それを払拭できたのなら、俺がこいつに言う言葉はただ一つだ。


「また遊ぼうぜ、アギト」

「遊ぼう……か……まあ、それもいいだろう……だが、次は俺が勝つ」


 またライバルが増えた。

 俺の周りには負けず嫌いがいっぱいいるな。

 アギトは俺に顔を見せることなく、震える声でリベンジをすることを告げてきた。


 俺はここからアギトがどれだけ強くなるかと胸を躍らせ、自分も負けてなるものかという負けん気を心に宿らせつつ闘技フィールドから立ち去った。


 さて。

 それじゃあフィルのところに行こう。

 彼女がどうしてさらわれたのか気になっているからな。

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