決闘大会一般部門三回戦結果発表
「準決勝進出おめでとう、シン」
「おめでとう! シンくん!」
決闘フィールドから観客席に移動すると、先ほどの戦いを見ていたらしいミナとサクヤが祝福の言葉を寄越してくれた。
「流石はシン殿だ。負けはせずとも苦戦はするかもしれん相手だと思ったのだが、それをこうも圧勝するとは」
「どうも」
また、クレールも祝福とは少し違う言葉を俺にかけてきた。
色恋沙汰が絡むと慌てだす彼女だが、戦闘面では俺を信頼しているということなのだろう。
「まさかセツナ先輩にも勝つとはな」
「この調子ならアギト先輩にも勝てるかもしれないね」
「そうなれば今度こそシン君は中高校生内最強を名乗れるねっ!」
そして、いつの間にか氷室、ユミ、マイがミナたちと一緒にいた。
こいつらは中高生部門で敗退したことを悔しがっていて、今日も特訓を行っていたはずなんだが。
「強い人たちの戦いを見るのも強くなるには大事でしょう?」
「そうだな」
ユミの問いかけるような声に俺は同意した。
多分、マイはユミに説得されてここに来たんだろう。
姉に振り回されているばかりではないということか。
「それに友達が大会で優勝するかもしれないんだから、きちんと見届けなくちゃだよね」
「こんなこと言われちゃったら流石の私も断れないってもんだよっ」
友達、か。
それは俺のことを指しているんだろう。
俺のために来てくれたのだと思うと、なんていうか、凄い嬉しいな。
「私たちが応援しに来たんだから絶対負けちゃダメなんだからねっ!」
「ああ、わかってる」
なんで俺は会場まで来てくれたユミやマイのためにも勝つと決め、心のなかで闘志を燃やした。
「それで氷室は――」
「俺が観戦しに来たっていいだろう。わざわざそんなことを訊くな」
また、ついでに氷室にも声をかけてみると途中で言葉を遮られた。
もはや俺が何を言おうとしていたかなど、こいつにはお見通しだとでもいうのか。
俺と氷室はそんなわかりあっている関係だとでもいうのか。
誠に遺憾である。
「随分と嫌そうな顔をしているな。そんなに俺が先――」
「お前に思考を読まれたくないなんて俺が思うのは当たり前だろう。わざわざそんなことを訊くな」
「ぐ……」
なので俺も意趣返しとして氷室の考えていることを先読みして答える。
すると氷室は顔をしかめて不機嫌そうな様子になり始めた。
どうやら氷室も俺が今抱えた気持ちを理解したようだ。
いや、氷室に俺の気持ちなんて理解されたくはないな。
あれ?
なんか喜んだらいいのか怒ったらいいのかわかんなくなってきたぞ。
「あなたたちって……本当は仲が良いんじゃないの?」
「いや、全然」
「一之瀬と仲が良いだなんて思われるのは心外だな」
「……あっそ」
ミナが俺たちのやり取りを見てため息をついている。
もしかしたら内心でメンドクサイ二人だとか思われてるのかもしれないな。
でもこれが俺たちの関係なのだから仕方がない。
「へえ、案外クラスメイトとも馴染めてるじゃねえか、シン」
「性格に若干難があったので、お友達がちゃんとできているか心配でしたが、この調子なら問題なさそうですわね」
「お前ら……」
そこへ更にケンゴとセレスが絡んできた。
ケンゴはともかくとして、性格に難ありとか友達ができているか心配だとかは余計なお世話だぞ、セレス。
お前は俺のお母さんか。
「……で、さっきから気になってたんだが、フィルはどこに行ったんだ?」
そして俺はケンゴたちに向けて苦笑いを浮かべつつ、この場にフィルがいないことをみんなに訊ねた。
フィルはさっきまでミナたちと一緒に行動していたはずなんだが。
トイレにでも行っているのだろうか。
「シン殿の試合が始まるまでは一緒にいたはずなのだがな」
「いつの間にかいなくなってたよね」
「どこに行っちゃったのかしら?」
クレール、サクヤ、ミナはそう言って周囲を見回す。
彼女たちもフィルがどこに行ったのか知らないようだ。
やっぱりトイレか?
ならあまり気にしないほうがいいのかもだけど。
「まあ、次の試合までには戻ってくるでしょ」
「だといいんだが」
しかし、フィルがこのタイミングでトイレとかに行くだろうか。
彼女なら多少の尿意くらいなら我慢して俺に「おめでとう」と言うことを優先すると思うのに。
よっぽど我慢できなかったんだろうか。
って、そんなことを考えるのはマナー違反だな。
「……おっと、そろそろ席に着くか。次の試合が始まるみたいだぜ」
「次の試合か」
闘技フィールドのほうに目をやると、そこには二人の男が対峙していた。
一方の男には見覚えがある。
【黒龍団】のリーダー、アギトだ。
あいつはこの試合も勝ち進めるだろうか。
俺はそう思いながら、観戦席に座って結果を見届けた。
決闘大会一般部門本戦三回戦
第一試合
○シンVS●セツナ
第二試合
○アギトVS●ヴォルス
アギトは正真正銘強かった。
俺と当たるまできっちりと勝ち進んでくるとはな。
いや、この結果は俺たちより早くアースに来た大人連中が不甲斐ないと見るべきか。
決勝シードのケンゴを抜かすと、準決勝に勝ち進んだのは高校生である俺とアギトなわけだからな。
この大会で優勝したからといって地球人≪プレイヤー≫最強というわけにはならないけれど、ちょっと拍子抜けだ。
「なんか残念そうなツラしてんな、シン」
「まあな」
ケンゴの指摘に俺は頷く。
別にアギトは弱いわけじゃない。
弱いわけじゃないんだが……できればここまで勝ち進んだ奴ならケンゴと同等クラスの実力者であってほしかった。
しかし、アギトはケンゴの領域には届いていないように思う。
「あんま油断してっと、あのアギトって奴に負けちまうかもしれねえぜ?」
「油断はしないさ。油断できるほどの相手じゃないことは十分わかってる」
ケンゴの領域に届いていないとはいえ、中高生のなかでアギトはまず間違いなく最強クラスと言える。
あの男には、おそらくフィルやミナじゃ勝てない。
それだけの強さがあると、これまでの試合を観戦して感じた。
更にいうなら、あいつは戦士職のタンクだ。
対戦相手が俺と同じタンクであるなら絶対に負けたくないし、負けられない。
次の戦いへの意気込みはこれまでと比べて段違いだ。
「よし……それじゃあそろそろ控室で待機してくる」
「うん! 行ってらっしゃい! シンくん!」
「行ってくるがいい。我らは貴様が勝つのを観客席で見させてもらうからな」
こうして俺は少し早めに控室へ行くことにしてサクヤたちと別れた。
準決勝開始まであと30分はある。
本当は5分前くらいに控室前で待機していれば問題ないのだが、次の試合に向けて精神を集中したい。
そう思うほど、今の俺はやる気満々だった。
「……なんか俺に用か? ケンゴ」
控室への道のりを歩いていた俺は、背後についてくる人物のほうを見た。
俺の後ろにはケンゴがいた。
こいつはみんなと一緒に観戦しないのだろうか。
「いや、特に用ってわけじゃねえんだけどよ」
ケンゴは頭をガシガシと掻きながら俺に視線を送ってくる。
こいつにしては妙に歯切れの悪い態度だな。
いつもなら、何か言いたいことがあればスパッと言う奴なんだが。
「あー……まあホント、大したことじゃねえんだけどよ……てめえが学校の連中としっかりつるめてるようで良かったぜ」
そしてケンゴはやや言いづらそうにしながらも、俺に向けてそう言ってきた。
「……は? お前そんなことを言うためにここまでついてきたのか?」
「い、いいだろ別に! ちょっと言いたくなったんだよ!」
わけがわからないな。
俺はケンゴを見ながら眉をひそめる。
「……てめえが中学時代にダチと上手くいってなかったってことは知ってっからさ、高校でもそうなってやしねえかってずっと心配してたんだよ」
「なんだそりゃ。お前までセレスみたいなことを言い出すんだな」
確かに中学時代の俺は、ゲーム外ではぼっちと言っていい人間関係しか構築できなかった。
また、そんな事情をケンゴやセレスは知っているため、俺が高校でもぼっちになりやしないかと気にしていたというのも不思議ではない。
でも、ちょっと過保護過ぎやしないだろうか。
お前たちは俺の友達であって保護者じゃないんだぞ。
「実のことを言うと、前にてめえを俺たちと一緒に行動するよう誘ったのも、そんな心配をしてたからなんだぜ」
「だったら余計な心配をかけたな。俺は学校でハブられたりなんてしてないから、お前たちが気にすることなんて何もないぞ」
「ああ、それをさっき確認できて安心した。それだけでも今日ここに戻ってきた甲斐もあったってもんだ」
ケンゴは俺の答えを聞くと軽く微笑んだ。
なんていうか気持ち悪いな。
俺のことを心配してくれてたっていうのはありがたいんだが、こいつとはもっと対等な関係でいたい。
「俺がこんなことを思っているのは気に食わないか?」
「当たり前だろ。俺を子ども扱いするな」
「別に子ども扱いしてるわけじゃねえんだけどよ……まあいいか」
変な奴だ。
普段のこいつならこんなことを言ったりなんてしないのに。
さっき俺がクラスメイトと話していた姿はケンゴにとってよほど衝撃だったらしい。
「あとはフィルだな。あいつもクラスに溶け込めてるか心配してんだけど、どんな様子かてめえは知ってっか?」
さらにケンゴはフィルについても心配だと言い始めた。
まあ、これについては同意だ。
フィルは口数が少なかったり、いつもおどおどしているから、上手く友達ができるかと心配になるのも仕方がない。
……て、これが今のケンゴの俺に対する心境か。
だとすると、保護者的な視線で見られるのもあんま否定できないな。
俺がフィルを心配するように、ケンゴは俺やフィルを心配していたということなんだから。
「フィルのほうも問題ない。あいつはあいつなりにクラスメイトと仲良くしている。だから安心しろ」
「そっか。てめえがそう言うのなら俺も安心できるぜ」
しかし、フィルも何かあったらキョウヤやアヤといった中坊連中に心配されるくらいの関係を築いている。
俺やケンゴがわざわざ気にする必要はなかったのだ。
それはそれで、ちょっと寂しいと思う気持ちもあるんだけどな。
「……にしても、フィルの奴は今どこ行ってんだろうな?」
「さあ、トイレとかじゃないのか?」
「多分そうだと俺も思うんだが……あ、そうだ。ちょっと通話してみっか」
と、そこでケンゴはそう言って、宙に指を彷徨わせ始めた。
おそらく、フィルに通話を飛ばしているんだろう。
「……あれ、出ねえな」
「まだトイレにいるんじゃないか?」
「つまり大のほうというわけか」
「ケンゴ、黙れ」
トイレに行っている時間が長いからといってそんな邪推をするな。
女の子相手にその想像は色々アウトだ。
「こういう場合は化粧直しとかそういう線もありうるだろ」
「フィルって化粧してねえだろ」
「……そういえばそうだな」
もしかしたらナチュラルメイクとかそういうのをしているのかもしれないが、俺の見た限りではフィルが化粧をしている様子なんてない。
自分で言っといてなんだが、化粧直しでトイレに行ったという線は薄かった。
「それによ、化粧直しなら通話にも出られるだろ」
「確かに……」
音とかを気にしているのなら、トイレの外に出てしまえばいい。
なので、通話に出られないという理由にはならないか。
「だったらフィルは今どこに……」
「やっぱ腹でも壊してんじゃね?」
「だからやめろっつの」
ケンゴは俺以上にデリカシーがないな。
フィルも流石に自分が下痢ってんじゃないかとか思われたくないだろうに。
そんなことは俺でもわかるぞ。
「てめえは潔癖すぎんだよ。そういう自然現象は別に恥でも何でも……って」
下品なことを言うケンゴはそこで唐突に話を止め、俺の後ろを見始めた。
なので俺も振り返ると、一人の女性がこちらへと歩いてくる姿が目に映った。
「すみません。地球出身のシンさんでいらっしゃいますでしょうか」
「? はい、そうですが」
見たところ、その女性はアース人だった。
多分アースにおける職員として地球人≪プレイヤー≫に雇われた人だろう。
でも、そんな人が俺に何の用だ?
「フィルさんの友人と名乗る女性の方からシンさん宛てのお手紙をお預かりしましたので、お届けに参りました」
「手紙?」
「はい、こちらです」
フィルの友人か。
しかも女性からってことは、アヤあたりの可能性が高い。
彼女は何気に地球の寮でフィルと同じ部屋を使っているくらい仲が良いからな。
……いや、俺と氷室みたいな例もあるから、部屋が同じだからといって仲が良いわけでもないか。
にしても手紙ねえ。
普通に通話機能を使えば済む話のはずなんだけど。
「では、私はこれで」
「ありがとうございました」
そう思いつつ、俺は職員のアース人女性から手紙を受け取って感謝の言葉を述べた。
「なんて書いてあるんだ?」
「ちょっと待て。今開けるから」
顔を近づけてくるケンゴを制止させながら、俺は手紙の封を解いて一枚の紙を取り出す。
そして俺はその紙に書かれている文を見て眉をひそめた。
『フィルというプレイヤーの命が惜しくば次の試合で負けろ。ビルドエラー』