見取り稽古
「決闘大会一般部門本戦! 三回戦第一試合、シンVSセツナ! 決闘開始!」
審判の声が響いた瞬間、俺とセツナは互いに向かってほぼ同時に走りだした。
剣士職であるセツナの攻撃手段は右手に持った片手剣に依存する。
彼女の剣は大きな武器ではないので、小盾で十分受け流せるだろう。
「『プロテクション!』 『ブレッシング』!」
「『パワーアップ』!」
また、自分に補助魔法をかけることも忘れない。
それは向こうも同様だ。
俺は小盾を前に出しながらセツナとの距離を詰める。
「ハッ!」
セツナは走った勢いをそのままにして、俺に剣を振り下ろしてきた。
多少威力が高いものの、攻撃が素直なため、盾で難なく防ぎきることに成功する。
そして防いだ直後、俺は右手に持った『クロス』でセツナを突こうとした。
「フッ!」
するとセツナは、そのカウンターが来ることを予期していたのか、あっさりと引いて攻撃を避けた。
やはりこの程度の攻撃では当たってくれないか。
ただ単純なプレイヤースキルがセツナはもの凄く高い。
こんなことはわかりきっていたから、そこまで驚いているわけでもないけど。
「やはりあなたの防御を崩すことはなかなか難しそうですね。今の一撃だけでもよく理解できましたよ」
間合いの外に出たセツナは軽く息をつきながらそう言った。
「そりゃどうも」
俺はセツナにおだてられて少し嬉しくなる。
盾役として褒められるのは、お世辞であっても悪くない。
「ですが……私の攻撃はそれを上回ります。覚悟!」
セツナは大きく息を吸い、再び俺のほうへ走ってきた。
なので俺は、いつでも攻撃を受けられるように待ちの構えを取る。
「セイッ! ハッ! ヤッ!」
身構える俺に向かってセツナが剣を振るった。
俺はそれを今回も真正面から小盾で受け止める。
重い。
さっきとは段違いだ。
どうやらさっきのはただの小手調べだったみたいだな。
かつてミナの攻撃を盾で受けた時と同じくらいの威力を秘めていると感じる。
これはセツナのステータスによるものか、はたまたプレイヤースキルの賜物か。
「どうしました? 先ほどのようにカウンターを仕掛けてはこないのですか?」
「…………」
セツナが挑発してきた。
俺も隙あらば『クロス』を叩き込むつもりだが、いかんせん、セツナの身のこなし方はとても上手い。
下手な攻撃をすれば、むしろこっちがカウンターを受けかねない。
俺は、セツナの異能――【模倣】を驚異に感じていた。
「クッ!」
怒涛の連続攻撃が俺の盾に衝撃を与えてくる。
一発、二発、三発。
一つ一つの攻撃が全て強烈で、俺はなかなか『クロス』を叩き込む機会に巡り合えないでいた。
これほどのプレイヤースキルを持った地球人≪プレイヤー≫はそうそういない。
フィル以上、カタール以上、もしかしたら俺やケンゴにさえ匹敵しかねない技量をセツナは有している。
異能、【模倣】。
それは他者の動きを模倣するという異能らしい。
要するに、セツナは真似をすることに長けているというわけだ。
真似ができるだけの異能かと軽く見るべきではない。
ところどころに俺やフィル、大会に出場した選手たちすべての動きが彼女に見受けられる。
つまりこの大会を通して、この戦いを通して、彼女の動作はより洗練され、強くなっているのだ。
そんな彼女の二つ名は≪見取り稽古≫。
見るだけでメキメキと強くなっていくという、俺とは別種であるが十分チートと言える力を有しているため、そんな二つ名がつけられたのだとか。
この戦いは長引けば長引くほど俺が不利になっていく。
彼女は今、リアルタイムで俺の守りを学習していることだろうからな。
そう思って動いたほうがいい。
「……だったら!」
俺は【時間暴走】を発動させた。
求められるのは短期決戦。
この試合が彼女にとっての見取り稽古とならないように、とにかく早く決着をつけなければならない。
彼女がどれほど強いか十分に見ておきたいところではあるのだが、それはまたの機会にしておこう。
ここで遊んだ場合、残り二戦が体力的にキツくなる。
なので俺は、彼女がこれ以上強くならないうちに勝負を決めるべく動き出す。
「くっ!? ……なるほど、これがあなたの本当の異能ですね、シン君」
「…………」
俺が『クロス』で高速の突きを放つと、セツナはそれに対応してきた。
彼女は俺の攻撃を片手剣ですべて弾いたのだ。
しかも、今の攻撃に異能が絡んでいることまでもを看破してのけた。
「学校には【瞬間認識】ということで登録されているようですが、あなたの異能は……もしかして時間干渉系……でしょうか? 凄いですね。それならまず間違いなくSランク指定されていたのではないですか?」
Sランクか。
まあ、確かにSランクで合ってるよ。
操作性に難アリということで、暫定扱いになっているがな。
「……あなたはあまり自分の異能に良い感情を持っていないようですね。私は素晴らしい力だと思うのですけれど」
「ほっとけ」
俺もこの異能を手に入れて調子に乗った時期はあったさ。
だけど結局、俺が欲しかったのはこういう力じゃなかったということを理解し、異能を使うことそのものを自重するに至った。
一応今では俺と同等の奴がいるということを知ったので、昔よりもこの異能を使うことに抵抗を感じなくなってはいる。
とはいえ、他人から異能についてを聞かれるのはやっぱり嫌だ。
「俺の異能なんてどうでもいいだろ」
セツナに俺はそう言って『クロス』の先を彼女に向けた。
ここは異能についてを話す場じゃないからな。
「……でも、このことについては黙っていてもらえると嬉しい」
「ふむ……それほどの異能を持っていながら2組であるということは、やむにやまれぬ事情があるのでしょう。このことは私の胸の内にとどめておきます」
そして俺が僅かに懸念した異能情報の漏えいは、どうやらなさそうだ。
セツナを完全に信用していいものかというところではあるが、口約束以外で彼女に秘密を強制させることはできないので、信用するほかない。
まあ、もはや俺の真の異能を2組のクラスメイトに知られても、多分大丈夫だとは思うんだがな。
たとえそれで周りから引かれても、サクヤたちは変わらずに俺と接してくれるという信じている。
「あ、これは私とあなたの間にできた秘密ということで胸の内にとどめておきます」
「…………」
……今のはわざわざ言い直す必要があったのだろうか。
口元に人差し指を置いてウインクする必要があったのだろうか。
さっきトーナメント表の前で話しかけられたときにも思ったが、この人は結構お茶目なところがあるな。
しかもそれを狙ってやっていそうだから性質が悪い。
「さあ! お喋りはこれくらいにして勝負を再開しますよ!」
「!」
セツナが先ほどまでより早い動きで攻撃を仕掛けてきた。
今回はもう一本の片手剣を腰に差した鞘から抜いて二刀流となっている。
彼女にとって二刀流もお手の物ってわけか。
それを見た俺は、今できる最大限の速度で対応し、彼女の剣を小盾で受け流す。
「くっ!」
さっきまではまだ全然本気じゃなかったみたいだな。
二刀流によって手数が増え、多少であっても先ほどより動きが速くなったセツナはさらに手ごわい。
俺はAGIの低さを異能でカバーしているが、セツナはAGIに大きくステ振りをしているようだ。
これにより、俺とセツナの速さはほぼ互角……いや、俺のほうが若干分が悪い。
セツナはAGI寄りのアタッカーなのだろう。
パワーもあるからSTR-AGI型か。
この状況はなかなか厳しいな。
早く試合を終わらせたいのに防戦一方だ。
なら……まだ三回戦だけど、アレを使うしかないか。
「? 随分と余裕そうな表情をしていますね」
俺が思考をめぐらせていると、攻撃の手を一旦止めたセツナが首を傾げていた。
別にそんなに余裕はないんだが、どうも俺は戦っていると自然に口元が緩む癖があるらしい。
勘違いさせてしまっても仕方がないか。
しかし、いくら楽しい戦いだとしても、ここで燃え尽きるわけにはいかない。
「悪いなセツナ。余裕があるわけじゃないが、そろそろ勝たせてもらう」
なので俺はセツナにそう宣言した。
彼女はそれを聞いた途端に二ヤリと口元を歪ませる。
どうやら今の発言がよっぽどお気に召したらしい。
「へえ……しかし、ここで私が負けたりなどしません。私はあなたに勝ち、次の試合でアギトさんと対戦するのですから」
セツナもなかなか負けず嫌いだったみたいだな。
だが勝つのは俺のほうだ。
俺はセツナを睨みつけて集中力を高めていく。
これは俺のとっておきだ。
存分にくらうといい!
「…………――――≪範囲停滞≫!」
「!?」
俺はセツナに向けて異能を放った。
すると彼女の動きが途端に鈍リ始める。
『アースガルズ』で修業をしていた際、俺は自分の異能【時間暴走】で行えることを整理した。
俺が【時間暴走】で発動できる力は、己の身体・思考を加速・停滞させることと、危機的状況に陥った際に周囲の時間を停止させることだ。
また、これまでこっそりと訓練を行った結果、ある程度の自由性を獲得するに至り、俺の視界に入る限定的な空間の時間を任意で停止させることもできるようになった。
そして今発動させた力は、俺の視界に入っている空間へ作用する停滞、名付けて≪範囲停滞≫だ。
かつての俺は危機的状況に陥ると、周囲の時間がまるで止まったかのような現象を起こす≪時間停止≫が使えたし、それを自発的に使えるよう練習を重ねていたが、実戦で使い物になるレベルにはならなかった。
そんな背景から生み出された≪範囲停滞≫は≪時間停止≫の劣化バージョンと言える。
≪時間停止≫は使うと極度の疲労感にみまわれるうえに、射程、効果範囲、発動時間などに難があるため、使いどころが難しかった。
しかし≪範囲停滞≫の場合は、そういったデメリットを大幅に緩和できる。
つまり、威力を下げた代わりに使い勝手を上昇させたというわけだ。
この異能が発動した場合、俺の目の前にある空間の時間が周囲と比べて遅れだすことになる。
今、≪範囲停滞≫を受けたセツナから見たら、俺が更に速くなったと錯覚していることだろう。
本当は俺が速くなっているのではなく、セツナが遅くなっているんだけどな。
また、この異能は身体の時間を加速させる≪身体加速≫や思考を加速させる≪精神加速≫などと併用してもアビリティセンサーになかなか引っかからない。
例として挙げるなら、≪身体加速≫のみで四倍速を出すよりも、≪身体加速≫で二倍速、≪範囲停滞≫で周囲の時間速度を半減したほうが異能の持続時間が長くなるのだ。
おそらくは別物の異能としてカウントされているんだろう。
だからこそ、これは今大会における俺の切り札となりうる。
本当はケンゴ戦まで取っておこうと思っていたんだが、しょうがない
「いくぞ! セツナ!」
≪範囲停滞≫を使った以上は速攻で決めさせてもらう。
俺はセツナに向けて『クロス』を振るった。
「……くっ!?」
時間が停滞するという反則級の技をくらったセツナは俺の攻撃を避けきれず、苦悶の声を上げた。
それに加え、『クロス』の特殊効果によって彼女は更に動きが遅くなる。
なので俺はそこで攻撃の手を止めず、怒涛のラッシュをかけていく。
「うぅ……」
二発、三発、四発と当たっていくうちにセツナの表情が曇り始めた。
もはやこうなってしまっては俺の攻撃から逃れることなんてできない。
彼女もそれを悟りだしたんだろう。
悟るのが少し遅かったがな。
俺は動きの悪くなったセツナに容赦なく『クロス』を叩きこんでいく。
「うらっ! おらっ! そこぉ!」
結果的にあっさりとした幕引きになったが、また今度戦う機会があれば彼女は間違いなく強敵になる。
そう思いつつ、俺は彼女のHPゲージが半減したのを確認した。
「そこまで! セツナ選手HP半減! よって勝者! シン選手!」
審判が俺たちの間に入り、この試合の結果を告げてきた。
これにより、決闘大会三回戦第一試合は俺の勝利という結果が確定した。
「はぁ……はぁ…………ふぅ…………負けてしまいましたか」
するとセツナは荒い呼吸を沈めつつ、俺のほうを向いて軽く微笑んだ。
「同世代で私に勝てるのはアギトさんだけだと思っていましたが、まさか一年生に負けてしまうとは思いませんでしたよ」
「そうか」
つまり、アギトはセツナ以上に強いというわけだな。
ならここで勝ったかいもあったというものだ。
「そのアギトも俺がぶっ倒してやるから、俺に負けたからって気にするなよ」
「ふふっ、そこまで言われてしまうと逆に腹も立ちませんね。まあ、勝つのはアギトさんですが」
試合が終了し、俺たちはそんな軽口を言い合う。
そして、互いの健闘を称えるために握手を交わしたのだった。
このときの俺は、次の試合で戦うことになるであろう相手、アギトにも負けるつもりなんてまったくなかった。
だが、そんな俺の思いとは関係なく、何者かが大会を台無しにするべく裏で動き始めていた。