VRMMOにおける遠距離攻撃の難易度について
翌日、ミナがサクヤを連れてきた。
「……おい……どういうことだ」
「どうって言われても、私達とパーティー組みたいってこの子が言うから」
朝、宿屋でのホームルームが終了した後、俺は休憩を挟んでから迷宮へ行こうとしていた。
そんな時、ミナがサクヤを引き連れてきて「この子をパーティーに入れてもいいかしら?」と訊ねてきたのだった。
「私はシン様と一緒のパーティーがいい」
「いやいや……とは言ってもだ、お前は他の奴と組んでたんだろ? そいつらはどうしたんだよ」
パーティーメンバーが増えること自体は悪い話ではない。
特にMMO慣れしているサクヤのようなメンバーであれば――人間性を考慮しなければだが――大歓迎だ。
しかし他でパーティーを組んでいたのであれば、俺達は戦力を引き抜いたとして周りから良い目で見られなくなる。
人間関係を悪化させるような事になるのであればパーティーに入れさせるべきではない。
「まあいいんじゃないかな? 僕達の方は大丈夫だから」
「……誰だ?」
そう思っていた俺のところに一人の男子生徒が現れた。
目の前にいるその男は小柄で、どこかひ弱そうな印象を受ける。
「僕は橘弦義。昨日サクヤさんと組んでいたパーティメンバーの1人だよ」
そして男は俺に向けて自己紹介をしてきた。
橘といえば聞き覚えがある。
確か俺達と同じCコースを選んだ奴じゃないか?
というか名前カッコいいな。
キャラネームの方は……
「……キャラネーム、ユミっていうのか?」
「あ、あはは……」
なんかやけに女っぽい名前だな。
名前に弦が入っているからユミなのかもしれないが。
しかもつるぎなのにゆみなのか。
「弦義は元々女キャラ使おうとしてたんだっ」
「し、しー! 言っちゃ駄目だってば!」
と、そんな俺の疑問は橘と一緒にやって来た一人の女子によって出された。
そこにいたのは昨日俺を窮地から脱出する機会をくれた武道家の子だった。
今日も相変わらずの爆乳だ。
「私は橘真衣。弦義とは双子で私の方が姉ってことになってるよ。名字だと紛らわしいから名前で呼んでねっ」
橘真衣。
長い髪をツインテールにした、活発そうな女の子は俺達に向かってそう名乗った。
「キャラネームも同じくマイ。わかりやすいでしょっ?」
「確かにわかりやすいな」
しかしリアルネームをそのままキャラネームに使うのはいかがなものか。
まあ俺のキャラネームもそこまで捻ったものではないからあまり人の事は言えないが。
「まあとにかく、私達の方はサクヤちゃんが抜けるのも了解済みだから、気にしなくてもいいよっ」
「不束者ですが末永くよろしくお願いしますね、シン様!」
ホントに不束者だよ。
と言いたいところだが、ここで俺が拒否してもサクヤはついてくるのだろう。
「はぁ……まあ優秀なパーティーメンバーが増えるのは俺にとって悪くない」
「優秀で頼れる妻だなんてそんな……」
「言ってねえよ……」
サクヤのボケた発言を聞いて不安を隠せなかった。
なので俺は言葉を続ける。
「……俺とはパーティーメンバーとして接しろ。じゃないとパーティーから追い出すからな」
「ん……わかった、シン様がそう言うなら」
サクヤに向けて俺が睨みながら注意をすると、彼女はややしょぼくれた様子で了承するような声を上げた。
「ふふっ仲が良いね、二人とも」
「どこがだ」
そんな俺達のやり取りを見ていた弦義が微笑んだ。
サクヤと仲が良いとか思われたくない。
俺は弦義に対しても睨みを利かした。
サクヤをパーティーに加えた俺達は必要な装備とアイテムを揃えた後、予定通り迷宮へとやってきた。
地下一階層はゴツゴツとした岩肌が続く迷路のような洞窟といったエリアだ。
地下迷宮『ユグドラシル』への入り口は始まりの町を出てすぐのところにある。
この巨大迷宮へはプレイヤーしか入る事ができず、ウルズ大陸内にあるそれなりに大きな町には、一方通行ながらもここへと一瞬で移動することができる転移魔法陣が設置されていたりするらしい。
また、迷宮では十階層ごとにレイド級ボスが控えており、30人以内のプレイヤーが協力してそのボスを倒していく必要がある。
そしてそんな地下迷宮からアースの中心に向けて探索を行っていき、最深部にいる女神様を救い出すというのがクロクロのゲーム目的だった。
「迷宮探索楽しみだね! シン様!」
「…………」
俺の隣をサクヤが歩いていた。
彼女は迷宮につくまでずっと俺に喋りかけていた。
「……なあ、サクヤ。お前魔術師だろ?」
「そうだけど?」
「なら後ろに下がれ。もういつMOBが出てきてもおかしくないんだぞ」
魔術師職は後衛だ。
HPが低く、軽装備しか着用できない魔術師職はとても打たれ弱い。
なのでそんな魔術師職を後ろに下がらせてタンク職が前を歩くというのが基本と言える。
「俺は僧侶だがタンクだ。サクヤは俺の後ろにいろ」
「うん、わかった! いつまでも後ろをついていくね!」
「…………」
もうツッコミを入れるのもメンドクサイ。
俺はサクヤのテンションについていけず、ノーリアクションで前を向いて歩く。
「……ねえ、あなたとサクヤさんってどんな関係なの?」
すると俺と同じ前衛であるアタッカーのミナが小さな声で話しかけてきた。
ここまではサクヤがずっと俺にひっついていたから聞きづらかったんだろうな。
「ただのネトゲ仲間だ」
「そうは見えないんだけど? シン様とか言ってるし」
まあ流石に様付けは無いからな。
でもネトゲ仲間はネトゲ仲間だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
「シン様!」
「……ん?」
背後からサクヤの声が聞こえてきた。
俺は後ろを振り返る。
「…………」
「…………」
サクヤは恥じらいながらも黒ローブの前をめくりあげ、そこから彼女の綺麗な生足と……純白のパンツが俺の目に映った。
「おい……何がしたいんだ」
「シン様が他の女の子にうつつを抜かしてたから」
俺が問うと彼女は顔を朱に染めつつもそんな答えを返してきた。
他の女にって、ミナのことか。
というか何故パンツを俺に見せるんだ。
しかも可愛らしいリボンのついたシンプルな白のパンツとか、完全に狙ってやってるだろ。
俺がパンツは白がいいって言ったのを真に受けてやってるだろ。
それに何で若干足震わせてんだよ。
恥ずかしいならそういう事するなよ。
「……とりあえずパンツ隠せ」
「興奮しなかった? 顔は赤くなってるけど……」
「いや……興奮とかそういう話じゃないだろ……」
サクヤがパンツを見せる姿は目の毒だ。
いくら気が無いといっても女の子自体に興味が無いわけじゃない。
美少女が恥じらいながらも履いているパンツを見せてくるというシチュエーションに何も思わないわけでもない。
だが彼女はただのパーティーメンバー。
それに今は迷宮探索中だ。
「サクヤ。俺とミナはただのパーティーメンバー同士というだけでそこに何か特別なものがあるわけじゃないぞ。あとくだらない事をして集中を乱すな」
だから俺はサクヤに注意した。
するとサクヤはシュンとしながら前を隠す。
どうやらこれで再び迷宮探索に専念できそうだな。
「でも今ミナさんがシン様と仲睦まじそうに話してた……私を除け者にして」
「べ、別に仲睦まじくなんてないわよ!」
と思っていたらサクヤの言動に今度はミナが反応し始めた。
もしかしてサクヤにとって俺が他の異性と話すのはアウトなのか。
だとしたら益々メンドクサイと言わざるを得ない。
「会話するなら私も混ぜて。シン様と2人っきりで話すなんてずるい」
「それを言うならさっきまであなたもシンと2人で話してたわよね……?」
「むぅ……」
しかしサクヤの滅茶苦茶な言動にミナが反論してこの場は収まりを見せた。
サクヤはメンドクサイ性格をしているが、一応言葉はわかるようだ。
「……まあ、なんだ。迷宮内での私語は慎むということで――」
そこで俺が今後の方針を打ち出すべく二人に向けて話していると、遠くから動物めいた鳴き声が響いてきた。
俺達はその音がした方角へと目をやり、周囲を警戒し始める。
「……ゴブリンだ」
洞窟の奥から1匹の子鬼型モンスター、ゴブリンが現れた。
そのMOBは手に錆びた剣を持って俺達の方へ走ってきている。
「『ファイアボール』」
そんなMOBを確認して俺は詰め寄ろうとした瞬間、サクヤが魔法を使用して炎の弾を作り出した。
遥か先にいたMOBは彼女の炎魔法一発でHPの9割が吹き飛びつつも俺達の方を向いて走りだす。
「……流石レイジだな。『ヒール』」
そして走り寄ってきた手負いのMOBへ向けてダメージヒールを放つ。
するとMOBのHPバーは消滅し、煙と化して消え去った。
「え……今のって『ヒール』だよね? シン様?」
「ああ、そうだ」
そこでサクヤが今の現象に疑問の声を上げてきた。
実際に見せた方がわかりやすいかと思って使ってみたが、やはりアンデッドでもない敵をヒールで倒すというのは衝撃的であるようだ。
俺は目を見開いて驚いているサクヤにダメージヒールの概要を軽く説明する。
「ほわぁ……アースに来てまだ2日しか経ってないのにそんな抜け道を見つけるなんて……やっぱりシン様凄い!!!」
サクヤは俺の話を聞くにつれて目をどんどん輝かせ、そんなダメージヒールを発見した俺を凄いと言って持て囃してきた。
しかし俺としてはこんなものより彼女の腕を賞賛したい。
「これに気づいたのはたまたまだ。それよりお前の方が凄いと思うぞ、レイジ」
サクヤが操っていたキャラのレイジも攻撃魔法を得意としていた。
俺はその事実を思い出してやはり頼りがいのあるパーティーメンバーだと再確認した。
現在のVRMMORPGにおける一般常識と言っていい概念の1つに『初心者は遠距離をするな』というものがある。
特にフレンドリーファイア(仲間への攻撃)が可能なゲームでその禁忌を犯すと罵声が当たり前のように飛ぶ。
VR以前、クリックゲーが流行っていた時代では画面上でカーソルを合わせるだけで「敵に狙いを定める」ということが比較的容易に行えた。
だが、よりリアリティのあるVRへと移行した結果、三次元的な空間把握が必要となって飛び道具、遠距離魔法を敵に当てる難易度が跳ね上がった。
一応スキルであったりゲームの仕様でホーミング機能が備わっていたりする場合もあるのだが、大抵のゲームでの序盤における遠距離攻撃はプレイヤーの技量次第、PSに左右される形となっている。
つまり下手なプレイヤーが遠距離攻撃をすると前衛にいる味方の背中を誤射する事がかなり多い。
フレンドリーファイアが可能なゲームにおいて「最大の敵は味方にいる!」とはよく言われる言葉だ。
そしてサクヤ、というかレイジはそんな遠距離攻撃をする上でのPSがかなり高い。
俺がタンクとしてMOBの前にいると、俺のすぐ横を通って魔法がMOBに当たっていくのだ。
しかもスキル枠節約のためにレイジはホーミング系のスキルを一切取っていない。
それにもかかわらず俺への誤爆率は1パーセントを切っており、運悪く当たってしまった時というのも殆どは俺とレイジの連携が上手くなかった頃の話だ。
「今はレイジじゃなくてサクヤって呼んで褒めて、シン様」
「あ、ああ……わかった……流石サクヤだな」
「でへへ……」
「…………」
俺が褒めるとサクヤは顔をニヤケさせて体をクネクネさせていた。
何も変な事をせずに黙っていれば美少女なのに。
色々残念だ。
「それじゃあさっきの続きはまた今度しようね」
「………………」
さっきのってどの事を指して言っているんだ。
パンツの事じゃないよな。
「さ、早く先に進もう!」
「…………」
サクヤが何を考えているのかわからない。
そう思いながら俺はため息を一つつき、再び迷宮の奥へと歩き始めた。
こうして俺はその後、背後でふざけた事を言いながらも的確な魔法で敵を燃やすサクヤを気にしつつタンクをこなし、レベルが3となったところで迷宮から町へと引き返したのだった。