決闘大会一般部門三回戦
決闘大会一般部門本戦三回戦
第一試合
シンVSセツナ
第二試合
アギトVSヴォルス
二回戦の結果が出揃い、三回戦の組み合わせが発表された。
どうやら、次に当たる俺の相手は【黒龍団】の副リーダーであるセツナのようだ。
セツナの他にも何気にアギトが勝ち進んでいるところを見るに、どこぞのNoah'sなんとかとは違って【黒龍団】は本当に強い連中だったみたいだな。
負けても俺は全然構わなかったのに。
にしても、ネタネーム勢はここまで生き残れなかったか。
いやまあ生き残られても反応に困るから別にいいんだけど。
「私たちが負けていなくて残念でしたか?」
そんなことを思っていると、背後から女性の声が聞こえてきた。
なので俺は声のした方向に目をやる。
そこにはセツナが立っていた。
「いや、全然。むしろ俺と当たるまで負けていなくて良かったと思っているぞ」
「そうでしたか? 先ほどの表情からはそういう様子を感じさせませんでしたが」
この人は俺をよく見ていらっしゃるな。
最近になって俺もポーカーフェイスというものを意識し始めたのだが、なかなか上手くいってないみたいだ。
俺もまだまだ精進が足りない。
「……それより、俺に何か用か? 話しかけてきたってことは用事があったからなんだろう?」
「いいえ? 特には用事なんてありませんよ? ただ、次の対戦相手であるシン君がここにいたので話しかけてみたという軽い気持ちです」
「ふぅん……」
なんだ、俺に用事があったわけじゃないのか。
突然特に親しくもない女性から話しかけられるのは心臓に悪いからやめてほしいんだが。
「……もしかして、あなたは女性を怖いと感じていますか?」
俺の顔を凝視しながらセツナが訊ねてきた。
「いや、そんなことはない」
どうしていきなりそういう問いかけをしたのかよくわからないが、ひとまず俺は首を振って、問いの内容を否定した。
女性と話すのは怖いというわけではない。
ただ緊張するだけだ。
相手が美人であるならなおのこと、な。
「そうでしたか。それなら安心です」
セツナはそう言うと、ホッと息をついて微笑を浮かべた。
物腰が柔らかくて人当たりの良い人だな。
前に会ったときは、年下にも丁寧な口調をする人だなくらいにしか思ってなかったけど。
高圧的な態度だったアギトとは正反対だ。
あれ、そういえばあいつがいないな。
「……アギトとは一緒じゃないのか?」
「はい。同じギルドであるといっても、いつでも共に行動しているというわけではないのですよ」
「そっか」
周囲に視線を配っても、アギトの姿は見られない。
今は本当に別行動をしているようだ。
「それにしても、シン君はお強いですね。決闘大会の中高生部門からずっと”観察”していますが、あなたがタンクとして地球人≪プレイヤー≫のなかでも最強の部類に入るということは十分理解しました」
「俺を褒めても何も出ないぞ」
「うふふ、そうですか」
「…………」
観察、ねえ。
しかも中高生部門からか。
もしかすると、次の試合は結構きついかもしれないな。
「本当にあなたは強い……アギトさんが惚れこむのもわかります」
「?」
アギトが惚れこむ?
なんだそれ。
「おっと……これは言っちゃいけないことでした。お口にチャックです」
いや、もう言っちゃっただろ。
そんな指で口元にチャックをするような可愛らしい仕草をしても誤魔化されないぞ。
「アギトも中高生部門の決闘大会から俺の戦いを見ていたのか?」
「もちろんです。あの大会は私たちにとって、【黒龍団】へスカウトをする優秀な人材を発掘するための場であったのですから」
スカウトか。
つまりセツナたちはあの戦いを見て、俺やフィルをギルドへ誘おうと思ったわけだ。
しかしサクヤもスカウトされたのを見る限りだと、地下30階層の攻略に参加したメンバーにも声をかけているっぽいな。
まあ、スカウトをするのにアギトを同行させるのはやめておいたほうが良かったと思うが。
「あと少し語弊がありますね。アギトさんは大会以前からあなたのことを気にしておりましたので」
「な、なに?」
一体どういうことだそれは。
というか、さっきから惚れこむとか気にしているとか、男相手にされたくないワードがちょいちょい出てくるな。
もうちょっと言葉を選んでくれ。
「これも言っちゃいけないことでした。お口にチャックその2です」
「…………」
なんだこの人は。
だからそんな可愛らしい仕草をしても誤魔化されないぞ。
最後にニコッと微笑んでも騙されないぞ。
「ではそろそろこの辺でお暇させていただきますね」
しかしセツナはそこで話をするのは終わりと言わんばかりに回れ右をした。
さっきまでの会話をはぐらかすつもりか。
「次の試合、楽しみにしてますからね、シン君」
ここで引き留めて話を訊きたいところだが、そんなことをわざわざする必要もないと思い直した俺はセツナに言葉を返す。
「……ああ、わかった。次の試合ではよろしく頼む」
「ええ、正々堂々いきましょう」
こうして俺たちは試合前の挨拶を交わしあい、準備をするためにその場で別れた。
「今セツナさんと話してたわね、シン」
「まあな」
そしてセツナと別れた直後、背後にいたミナに声をかけられた。
ミナの後ろにはサクヤ、フィル、クレール、それにケンゴ、セレスもいる。
あいつらは俺たちのやり取りを離れたところでずっと見ていたみたいだ。
「【黒龍団】の人とも30階層を攻略するときに話したことがあるんだけど、セツナさんとはあんまり話したことがないのよね」
「そうなのか?」
「ええ」
つまり普段は自分から話しかけてるって人じゃないってことか。
で、こうして俺に話しかけるというのも珍しい、と。
よくわからない人だな。
「……はっ!? もしかしてセツナさんもシンくんのことを!?」
「あんなポッと出の女がシン殿のハーレムに加わると!? それは流石に我でも認めんぞ!」
「なんでもかんでもそっち方面に絡めるな」
サクヤとクレールの反応を見て、俺は冷たい視線を送った。
いくらなんでも色恋沙汰はない。
ただ単にセツナは俺に試合前の挨拶をしに来たってだけだろう。
にしても、クレールがこうも拒絶するとは思わなかったな。
俺がハーレムを作るにしても(あくまで例え話だが)、誰でもいいというわけではなかったのか。
「シンさん……オレたちのことは忘れちゃイヤ……ですよ?」
「いやいや忘れないから……忘れないからフィルまでそんな目で見ないでくれ」
もしかして俺って、恋愛関係だとみんなから信用されてないのかな。
確かに、女絡みではあんまり褒められたことをしてないんだけどさ。
でもフィルにまでこんな不安そうな目向けられるなんて思わなかったぞ。
「あなたたち……話が脱線してるわよ?」
「……と、すまん」
ミナが俺たちにツッコミを入れてきた。
セツナについての話をしてたのになんでハーレムの話になってるんだ。
もっと真剣にいこう。
「別にいいじゃねえか。すり寄る女は全部食ってやるってくらいの気概を持っちまえよ、シン」
「ケンゴォ……」
と思っていたらケンゴからチャチャを入れられた。
こいつはマーニャン同様、俺の現状を面白がってやがるな?
「ケンゴさん、シンが困っていますわよ?」
「いっででで! わ、わかったわかった! 悪かった!」
常識人たるセレスがケンゴの尻をつねって自重させた。
よし、いいぞセレス。
俺が許す。もっとやれ。
セレスがやらないようなら俺がケンゴにお灸を据えるところだったぞ。
「つつつ……んで? シンはあのセツナって奴に勝てるよな?」
ケンゴは涙目で尻をさすりつつ、俺にそう訊ねてきた。
「当たり前だ」
「そっか」
こんなことを訊ねてくるっていうことは、ケンゴはカタールやセレスと同様にセツナを高く評価しているってことになるのだろう。
まあ、それは当然か。
大会で見せるセツナの戦いっぷりはかなりのものだからな。
あれは並大抵の奴じゃ対抗できない。
だが……
「相手が誰だろうと俺は勝つつもりだぞ。だから安心して決勝で待ってろ、ケンゴ」
「ああ、わかった。待ってるぜ、シン」
俺は誰にも負ける気なんてない。
ゆえに、相手がどれほど強くとも俺は負けない。
「それじゃあそろそろ行ってくる」
「おう、行って来い」
「私に勝った以上は負けることなんて許されませんからね、シン?」
「セツナさんは強いから気をつけなさい」
「頑張ってね! シンくん!」
「シンさんなら勝てるって……オレは信じてます」
「我も貴様が負けるなどとは初めから考えていない。ささっと勝ってくるがいい」
こうして俺はみんなの声援を聞きながら、次の戦いに赴くべく歩き始めた。
「来ましたね。お待ちしていましたよ」
「ああ、待たせたな」
闘技フィールドにやってくると、先に来ていたセツナがいつも通り丁寧な口調で俺を出迎えてくれた。
一応年齢的には俺よりセツナのほうが上であるはずだから、丁寧語なんて使う必要もないのに。
そんなことを思うと、こっちも年上に対してタメ口かよという話になるから黙ってるけど。
「ここで勝ったほうがアギトさんと試合をすることになります。個人的には、あなたとアギトさんが戦うのを見たいと思っていますが、だからといって容赦はしません」
もうアギトが準決勝に上がった気になっているようだな。
実際は三回戦第二試合を勝ち残る必要があるっていうのに。
それだけ彼女はあの男を信頼しているということか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今はとにかくセツナに勝つことだけを考えよう。
この場において、それ以外はすべて些事だ。
「【黒龍団】副リーダー、セツナ。ジョブは剣豪。どうぞよろしくお願いします」
「……ギルド所属無しのシン。ジョブはレイスプリースト。よろしく」
セツナが自己紹介をしながら腰に差した片手剣を抜いたので、俺も自己紹介を行いつつ小盾と『クロス』を構える。
「決闘大会一般部門本戦! 三回戦第一試合、シンVSセツナ! 決闘開始!」
そして審判の合図を聞き、俺たちは駆け出した。