守銭奴
「……ん?」
トーナメント表を見たとき、俺はとあるキャラネームを目にして眉をひそめた。
中高生部門同様、色々ツッコミを入れたいキャラネームの奴がちらほらといるが、それはどうでもいい。
キャラネームでやっちゃった奴はクロスクロニクルオンライン配信開始時にログインしたやる気のある精鋭である可能性が高いため、こういった大会で上位に残るということは別に不思議ではない。
「ネタネームを使っている地球人≪プレイヤー≫は強い」、という風潮が最近出回りつつあったりするくらいだ。
だが、今の俺はそいつらよりも一回戦で当たる……カタールというキャラネームに目が釘付けとなっていた。
「カタール……」
そのキャラネームには覚えがある。
カタールといえば、ミーミル大陸にある精霊族の国、『アルフヘイム』の森で山賊の用心棒を行っていた『上忍』の地球人≪プレイヤー≫だ。
まさかこんなところであいつの名前を目にすることになるとは。
犯罪の片棒を担いでいたというのに、よくノコノコと現れたもんだ。
「なあ、ケンゴ」
「ん? どうした、シン」
「お前の知り合いにカタールって奴はいるか?」
俺はケンゴに訊ねた。
カタールは山賊の用心棒をしていたが、その際、あろうことか剣王の弟子……つまりケンゴの弟子を名乗っていた。
それを俺は嘘であると断じたけれど、詳しいことは結局何も聞けずじまいで逃げられてしまった。
しかし、わざわざケンゴの名前を出したということは、カタールはケンゴを知っている人物であるという可能性もありうる。
ケンゴの知名度が高いだけかもしれないが。
「ああ、知ってるぜ。忍者のロールしてる変わった奴だな」
俺の問いかけを受けたケンゴはそう答えを返してきた。
「知ってるのか」
「つか、そいつとは昔よくパーティーを組んだりしてた仲だぜ」
「へ、へえ……」
しかも結構仲良しさんだったみたいだ。
ちょっとこれは予想外過ぎる。
ケンゴの仲間だった奴がどうして山賊の用心棒なんかしてたんだよ。
「……もしかして、その男とは喧嘩別れでもした?」
「? うんや、別にそういうことはなかったと思うが」
「そっか……」
いったい何がカタールという男を変えてしまったのか。
あいつへの謎は深まるばかりだ。
「その様子だと、どこかであいつに会ったのか?」
「あー……いや、うーん……まあ……会ったな……ミーミル大陸で」
「へー、しばらく見ないと思ったらミーミルの方に行ってたのか。で、あいつは元気にしてたか?」
「元気といえば元気……だったな……うん」
俺はしどろもどろになりながらケンゴの問いかけに答えていく。
するとケンゴは訝しむような表情を作って首を傾げた。
「? なんか歯切れの悪い言い方だな。あいつと何かあったのか?」
「……ああ……実はな――」
やっぱり隠しておくべきではないか。
そう思った俺は重い口を開き、ミーミル大陸であったことを説明した。
「……ふーん。山賊の用心棒、ねえ」
俺の説明を聞き終えたケンゴは特に何とも思っていないという様子で、あさっての方向を見始めた。
別にショックを受けたとかそういう感じではなさそうだ。
「多分なんか理由があったんだと思うぜ。あいつは結構ずる賢いとこがあるけど、積極的に人を害するような奴じゃねえから」
そしてケンゴはカタールを擁護する発言を出した。
流石に驚きを隠せないな。
山賊の用心棒をしていたってだけで、俺にはもう悪人にしか思えないんだが。
カタールという男にはそれだけの信頼があるということか。
「……と、それについては直接本人に訊いたほうが早いと思うぜ」
「?」
ケンゴは俺の背後に視線を向けて口元をニヤリとさせた。
なので俺は眉を上げながらも後ろを振り返る。
「むむっ!? そこにいるのは我が生涯のライバル! ケンゴではござらぬか!?」
「…………」
ケンゴの視線の先にはカタールがいた。
あいつはケンゴを見つけ、俺たちのところに向かって歩いている最中であった。
「……む? お主は確か……」
「……久しぶりだな」
カタールはそこで俺たちに気づいたようだ。
闘技フィールドで会うことになるとは思っていたが、その前にここで出会うとは。
「ようカタル。元気にしてたか?」
「拙者の名はカタルではなくカタールである! ……で、その者たちとは知り合いでござるか? ケンゴ」
「おう。そういやてめえには話したことなかったっけか」
ケンゴとカタールはその場で話しあいを始め、俺たちのほうへと視線を向けてきた。
「紹介するぜ。こっちは俺の一番弟子でタンクのシン。んでこっちがシンの一番弟子でサブアタッカーのフィルだ」
「……よろしく」
「えっと……よろしく……お願いします?」
ケンゴは平然と俺たちを紹介した。
本当にそれでいいのか。
「納得いってねえってツラしてんな」
「当たり前だろ」
「そっか。んじゃ本人に訊いてみようぜ」
と思っていたら、ケンゴはカタールの方へと向きなおった。
「カタール。てめえはミーミル大陸で山賊の肩を持ったらしいな?」
そしてケンゴは俺たちが懸念しているその一件についてを訊ねた。
「ああ、あれか……あれは非常にもったいない出来事であった……」
「もったいない?」
すると、カタールは腕を組んで難しい顔をしつつ、山賊に加担していた理由を俺たちに語り始める。
「あの山賊たちは街で盗んだ宝を『スルスの森』のどこかに隠していたのだ」
「? 宝?」
「そうだ。で、その情報を手に入れた拙者は宝の在り処を聞き出すため、山賊に取り入ったのでござるよ」
「おいおい……」
てことは、つまりカタールはお宝目当てで山賊の用心棒になったわけか。
なんというか、金に汚い奴だ。
「そして宝を上手く回収したら山賊を街の衛兵に突き出して懸賞金も独り占めする……という一石二鳥のパーフェクトなプランであったはずだったのだ」
「ほ、ほう……」
金に汚いというか、こいつは守銭奴だな。
用心棒代もちゃんと貰っていたみたいだし、山賊に近づいたのは全部金のためだったわけだ。
「なのに途中で横やりを受けてしまって、トータルの収支はマイナスになってしまった。お主には損害賠償を請求したい気分でござる」
「俺のせいじゃねえよ」
人に疑われるようなことをしたこいつが一番悪いだろ。
あの件に関して俺に非は一切ないはずだ。
「ほらな? カタルは金にがめついだけで、基本的には良い奴なんだよ」
「ケンゴ……」
いや……それはそれでどうなんだ?って気になるのは、俺が潔癖すぎるだけなのだろうか。
確かに、カタールは用心棒をしていたとき、女子供は殺さないとか、らしくないことを言っていた。
宝を回収できたら山賊を衛兵に渡すようなことも言っているし、結果的にはそこまで悪いことをする予定ではなかったみたいだ。
まあ、後者は100パー金のためだけど。
それに、あのときはこいつから話を聞く前に逃げちゃったし、そもそもケンゴの弟子とかホラを吹いてたしで、こいつに対する俺の心象は最悪だ。
……そうだよ。
こいつはケンゴの弟子を名乗ってたんだった。
「おい、お前は結局のところ、ケンゴの弟子なのか?」
俺はカタールにその疑問を問いかけた。
前回は有耶無耶にされたが、今度こそはちゃんと聞かせてもらうぞ。
「ケンゴの弟子かそれとも否かという問いであるなら、否であると拙者は答える」
だが、そんな俺の意気込みとは裏腹に、カタールは軽い調子で、自分がケンゴの弟子ではないことを明かしてきた。
「…………じゃあなんでそんなウソをついたんだよ」
「なぜなら、それなりの実力を見せた後に剣王の弟子であると吹聴すれば、山賊に取り入るのも容易いと考えたからである」
「……なるほどね。」
この上ない説得力だ。
ケンゴほどではないが、カタールはそれなりに腕が立つ。
また、地球人≪プレイヤー≫特有の力を見せれば、実力のほどを疑われることはまずなかっただろう。
それに加えて剣王の弟子であるという箔を付けたなら、もはや山賊たちもウエルカム状態だったはずだ。
多分、用心棒代の吊り上げとかもやっていたな。
というか、さっき生涯のライバルって言っていたくせに、ケンゴの弟子と名乗るのはオッケーなんだな。
己の心情よりも金を優先したということか。
「まあ……そういうことなら、これ以上は何も言わねえよ」
カタールの説明を聞いてある程度納得した俺は、渋々ながらもこいつへの悪感情を拭い去って、決闘へと思いをはせる。
「あとは決闘フィールドで語ろうぜ。今度こそぶっ倒してやるから」
「むむ? それはどういう……ああ」
俺の挑発を受けたカタールは首を傾げつつも、近くにあったトーナメント表を目にして頷き声を発した。
「一回戦の相手はお主か。これは面白そうな組み合わせであるな」
「まったくだ」
そして俺たちは互いを見合って不敵な笑みを交わしあう。
「こう見えても拙者は強いぞ? 前回は不意を突かれたが、あれが拙者の全力であるとは思わぬほうが身のためである、と忠告しておこう」
「わかってるさ。ちなみに俺のほうもあれが全力だと思わないほうがいいぜ、と忠告してやる」
カタールも俺も、前回は様子見という感じの戦いだった。
なのでこれから始まる戦いこそが本当のガチバトルということになる。
「ケンゴのライバルとして、拙者はお主を倒す! 覚悟しておけ! でござる!」
「なら俺はケンゴの弟子としてお前を倒す。覚悟しておけ。あとござる口調はいい加減うざい」
「うざい!?」
そうして俺たちは宣戦布告をしあった。
この男には色々不満があるけれど、それは全て決闘中にぶつけることにしよう。