昔話
ミナとの一件以外にも、俺には最近気になることができた。
それは、『アースガルズ』に来てから、俺たちのHPがちょっとずつ増えていっているという現象についてだ。
レベルを上げたわけでもないのにステータスが上がるということは滅多にない。
しかし一応、レベルが上がる以外のことでステータスが上がる場合はある。
前に早川先生から依頼されて調査した『生命の花』の蜜などを飲むことでも上がるし、体や技を鍛え続けていると稀に上がったりすることもある。
とはいえ、後者で考えるとHPの伸び方が少し早すぎる気がする。
毎日修行を行っているものの、それが原因で上がったのなら、今までもちょくちょく上がっていてくれたっておかしくないはずだ。
だとすると、この現象の原因は『生命の花』と似たような理由があるのではないか。
そう思った俺は、鍛練途中で挟まれた休憩時間の間に銀丈さんへ訊ねてみた。
「ふむ……体力が上がった原因……それはおそらく、『長寿の根』を食しているからでありましょう」
「『長寿の根』?」
「お主たちの毎日の食事に添え物として出しておる。見た目は白くて触感はシャキシャキとした瑞々しい植物ですな」
……ああ、もしかしてあれか。
微妙に大根の漬物と似ているから、俺たちは大根って呼んでいた添え物野菜があった。
あれは食事のたびに出されていたから、『アースガルズ』の名産品なんだろうなってくらいにしか思ってなかったけど。
「『長寿の根』は険しい山脈地帯にしか生えない植物なので、アースガルズ以外では栽培不可能なのだが、それを食すと滋養強壮になると昔から言われておる」
「へえ」
滋養強壮か。
どうやら『生命の花』と近い効能がある植物のようだ。
それを毎日食べた結果、俺たちのHPがちょっとだけ増えたというわけだな。
「もしかして龍人族が長寿なのも、これが理由だったりするんですか」
「いや、あれはそれなりに希少な食物なので、普通の龍人族は祝いの日や病で床に臥せった場合にしか食しませぬ。龍人族が長寿であることとは関係ないと思われますな」
「そ、そうでしたか……そんな食べ物を俺たちが毎日食べてもいいんですか?」
「あれは龍王様がお認めになられた者へのもてなしとして決められたものなので、そう気にすることはありませぬぞ」
「は、はぁ……」
結構レアだったんだな、あの大根みたいなの。
ただの添え物野菜だと思って適当な食べ方をしてたけど、これからはもうちょっと味わって食べよう。
「でも、そんなものを毎日食べていたらとんでもないことになりそうですね。もしかして火え……龍王も毎日食べていたりするんですか?」
「無論、龍王様は毎日食しておられる」
「へえ……」
1000年以上も毎日食べ続けていたっていうなら、あの底なしな体力にも納得がいく。
前に火焔と半日以上戦い続けたとき、こちらはバテバテだったのに向こうはピンピンしていたのには少し理不尽だと思っていた。
「まあ……龍王様は『長寿の根』を食すようになる前から常識外の力を持っておられたが」
が、龍王という存在の規格外さは相当昔からだったみたいだ。
……というか。
「見た目的には龍王より銀丈さんのほうが年上に見えるんですが、本当はどっちが年上なんでしょうか?」
銀丈さんは白髭白髪を生やした初老の男性だ。
そして玉座にふんぞり返っている火焔の見た目は20歳前後。
これだけで判断するなら、銀丈さんのほうが年上であるように思える。
しかし、火焔は『龍化』の応用とやらで肉体を好きに変化させることができるらしいので、普通の龍人族以上に見た目では判断できない存在だ。
「某も1200年ほど生きておるが、年でいうなら龍王様のほうが上ですな」
そうなのか。
龍王って呼ばれてるけど、それじゃあ火焔が龍人族の長老って認識でいいのだろう。
1200年生きているという銀丈さんも相当な長生きだけど。
「余談ですが、龍王以上に長生きをしている人っているんですか?」
「神以外にはおりませんな。同時期、というのであれば精霊王、アリアス・ファーラー様がおるが」
「精霊王が?」
マジかよ。
あの人ってそんなに長生きしてたのか。
精霊族特有のポヤポヤした性格だから、あんまり年寄りだとか思えなかったけど、実際は火焔と肩を並べるほど長生きだったとは。
「でも三王戦役では名前が出てきませんよね? そのとき精霊王はどうしてたんですか?」
三王戦役。
神が姿を消した際に龍王、獣王、魔王がアースの覇権を賭けて争った時代だ。
それが起きたのは今から約1000年前。また、精霊王の名前が出始めたのは約500年前。
つまり、500年くらいの間、精霊王は歴史で語られずにいたということになる。
「精霊王はミーミル大陸の者。おそらくは自らの役目を獣王に譲り、隠居生活を行っていたのでしょう」
「隠居生活……」
まあ……ずっと遊んでいたいって感じの人だからな。
だけど役目ってなんだ。
「精霊王には何か役目があったんですか?」
「うむ。精霊王にはミーミル大陸を守護する役割がある」
「守護……?」
「端的に言えば、神の代行者として大陸の民たちに平穏を与えるというものですな。龍王様と精霊王、それに魔王はその役割をこなすために神々が直接作り上げた至高の存在なので」
「…………え、魔王も?」
火焔と精霊王は神が生んだ存在。
それは、あいつらの規格外さを目にすれば、そうなんだろうと納得することもできる。
が、それに魔王も絡んでくるとは思わなかった。
魔王っていうと、最強の存在である龍王の下にいる獣王と同列くらいっていうイメージが俺のなかにはあったんだけど。
「龍王様はウルズ大陸。精霊王様はミーミル大陸。そして初代魔王……ニドル・フィヨルドはフヴェル大陸を守護するはずだったのです」
「へえ……」
実際に同列なのは龍王、精霊王、魔王だったというわけか。
しかし実際のところ、魔王は代替わりをしていて、火焔や精霊王とあんまり同列には思えない。
……いや、もしかしたら初代だけ別格だったのかもしれないな。
火焔と普通の龍人族にも差があるし、精霊王と精霊族にも差があるのだから、初代魔王も普通の魔族とは格が違ったという可能性は高い。
それに、俺は現魔王を見たわけじゃない。
前に魔王の息子とかいう奴と戦ったせいで感覚がおかしくなっているが、それで現魔王が弱いだなんて思わないほうがいいだろう。
「で、その初代魔王はもういないんですか? 龍王や精霊王のように存命していたりするのでは?」
「それはありえんですな。初代魔王は龍王様が直々に葬りましたゆえ」
葬った……か。
それはつまり殺した、ということなんだろう。
「初代魔王はフヴェル大陸のみならず、ウルズ大陸とミーミル大陸をも手中に収めようと画策した。なので、そうする他なかったのです。龍王様にとっては苦渋の選択でありましたが」
「……ふぅん」
どうやら三王戦役っていうのは初代魔王が原因だったようだ。
自分の住んでいる大陸だけを統治してればよかったのに、なんでそんなことをしでかしたんだか。
「まあ……結果として、魔王の因子を受け継ぐ魔族が初代魔王の意思を告ぎ、数百年におよぶ戦争へと発展してしまった。そのことを龍王様は今も尚悔いておられる」
「……そうですか」
初代魔王を殺しただけでは事態が収まらなかった、というよりむしろ、殺してしまったからこそフヴェル大陸の民は龍王たちに反発するようになってしまったということになる。
大陸に住む民のためを思ってしたことが逆に民の首を絞めることになるとは、皮肉なもんだ。
「それで、その頃銀丈さんは何を?」
「1000年前は某もただの一兵卒であった。ウルズ大陸に進攻せんとする魔族の兵と戦う日々を送っておりましたぞ」
銀丈さんに関しては予想通りだ。
今では重要な役職に就いているとはいえ、1000年前も同じことをしていたとは思えなかったからな。
銀丈さんも新兵時代があったということなのだろう。
「……さて、話はこれくらいにして、そろそろ鍛練を再開するとしよう」
銀丈さんはそう言いながら立ち上がり、服に付いた土ぼこりを払いつつこちらに目を向けた。
「これからシン殿には百人組手を行ってもらいましょう」
「ひゃ、百人組手……」
「何かご不満か?」
「いえ、何も……」
俺は銀丈さんが口にした、聞くだけでもその内容が恐ろしいものだとわかってしまう鍛練に軽く身震いした。
もしかしてあれか。
銀丈さんは俺が組手だと真剣味を増すところを見て、そんな無茶振りをしているのか。
「今日はこれが終わるまで宿舎に帰らせませんので、覚悟するとよいですぞ」
「わ、わかりました……」
こうして俺はその後、百人の龍人族を相手にして戦い抜いた。
そして宿に戻るころには精も根も尽き果て、俺は泥のように眠った。
また、翌日からこの百人組手は日課として行われるようになり、俺はミナたちよりハードな毎日を送ることとなった。
流石の俺でも弱音吐いちゃうぞコラ。