お友達
最近、ミナの俺に対する評価がガタ落ちしている気がしてならない。
フィルにお兄ちゃんと呼ばれてニヤけたり、サクヤやクレールの前で下半身を露出しかけた俺が全面的に悪いのだけれど、ミナに悪印象を持たれ続けるのは、なんというか居心地が悪い。
パーティーメンバーとして、クラスメイトとして、友達として、俺はミナと良好な関係を保持したいと考えている。
なので俺は、本日の訓練を終えたところでミナとグッドなコミュニケーションを取ろうとして、彼女に話しかける機会をうかがっていた。
「……さっきから人の顔をジロジロ見てるけど、私に何か用かしら?」
が、ミナに先手を取られて微コケした状態からのスタートを余儀なくされた。
「いや、別に……あ、そうそう。ミナってさ、俺のことをどう思ってる?」
俺はミナのジト目を受け、意味深な言葉を口にしてしまった。
いかん。
先手を取られたせいで若干テンパってしまった。
この聞き方じゃ俺がミナに気があるみたいじゃないか。
既に3人の女の子とアレな関係になっているのに、ここへ更にミナを巻き込むつもりかとか思われたりしたら大変だ。
ミナは友達であって恋愛フラグなど立っていない。
よし、それをここで一度ハッキリさせておこう。
「ちなみに俺はミナのことなんて何とも思ってないからな?」
「あなた人にケンカ売るために話しかけたの?」
いかん。
完全にテンパってる。
冷静になれ、俺。
「そうじゃなくてだな……えっと、俺はミナとこれからも良い友達でいたいって言いたかったんだ」
「……なんかそれって、告白された時に振った相手へ言い繕うような言い方じゃない?」
「い、いやだな……邪推しすぎだろ」
ただ単にこれからも良い友達でいようねって言ってるだけなのに。
……ん?
でもこれって確かにそういうタイミングでしか異性に使わない言葉だ。
うわっ、俺やっちまったな。
「た、たとえそう聞こえたのだとしても、俺にそんな意図は一切ないわけで、ただ言葉の通りミナとは良い友達でいたいわけで……」
俺はしどろもどろになりながらもミナにそう言った。
傍から見たら俺はさぞ見苦しいことだろう。
自然体で話しかけるべきだったか。
仲良くなるためとか、そういうことを意識して話そうとしたのがいけなかった。
俺もそこまでコミュニケーション能力が高いわけではない。
今日はダメだ。
ミナと仲良くなろう大作戦は明日に持ち越して仕切り直しを図ろう。
「……私も、あなたとは良い友達でいたいなって思ってるわよ?」
俺が戦術的撤退を行おうとしていたところで、ミナがそっぽを向きながら呟いた。
今の発言が幻聴でなければ、ミナは俺と良好な関係でいたいと思っているということになる。
それは俺にとって喜ばしいことだ。
「でも、中途半端な気持ちで女の子と仲良くしているのはいただけないわね」
「はい……すいません」
しかし、どうやらその関係は俺を甘やかさないという意思も含まれているようだ。
俺がサクヤたちのアタックに流されているのをミナは近い位置から感じとり、友達としてそれを指摘する姿勢を見せてきた。
「それに……本当は私ともあんまり仲良くしちゃいけないと思うわよ」
「? どうしてだ?」
「だって……異性とは友達になれないってよく言うじゃない? それに、私があなたと仲良くするとサクヤたちが悲しむかもしれないわよ?」
ふむ、なるほど。
確かに異性と仲良くしすぎると恋愛に発展しかねないので、友達や親友という状態を維持するのは難しいって話はよく聞く。
なんだかんだでミナも美人だし、他人を気遣える優しさも持ち合わせている。
仲良くしすぎたら、俺も彼女を友達として見続けられるかという保証はない。
「でもサクヤたちが悲しむっていうのはどうなんだ? お前は俺たちの仲間なんだし、そこそこ仲良くしたところであいつらは怒ったりしないだろ」
「まあ、それは多分そうかもしれないわね……」
ミナはそこで軽くため息をついた。
今の発言に何か思うところでもあったのだろうか。
「…………」
「……なんだよ」
そして更にミナは俺の顔をじっと見て、「うーん……」と言いながら眉を顰めだした。
「別に。ただ、あなたってそんなにカッコイイのかなあって思っただけよ」
「俺がカッコイイ?」
「複数人の可愛い子があなたのことを好きになってるんだもの。だけど私からすれば、あなたはそこまでカッコイイわけじゃないと思うのよね」
「なかなかぶっちゃけてくれるな……」
「あ、いや、だからといって悪いって言ってるわけじゃないわよ?」
俺が若干へこんで下を俯くと、ミナは慌てた様子で言葉を足した。
自分の容姿が他の人より優れてるだなんて思い上がりを持っているわけじゃあない。
だが、それでもカッコよくないと言われてしまうと、ちょっとだけ傷つく。
「というか、サクヤは俺のリアルを知る前から惚れてたみたいだし、多分フィルもそうだぞ。だから俺の顔がカッコイイかそうじゃないかなんて関係ないんじゃないか?」
クレールは一目惚れに近いものみたいだから当てはまらないが、サクヤとフィルは「シン」としての俺を好きになったと言っていいだろう。
内面だけの存在である「シン」を、彼女たちは好きになったんだ。
「……でも俺ってそこまで内面が良いわけでもないよな」
そこで俺は悩んだ。
自分を客観的に見る力に自信はないけど、少なくとも俺が良い性格をしているだなんて思ったことは一度もない。
彼女たちは俺のどんなところが好きになったのだろうか。
よくわからなくなってきた。
「そうね……内面でなら、あなたがサクヤたちに好かれる理由もわからなくはないわ」
「え、そうなのか?」
するとミナの口から意外な言葉が出た。
「あなたって何気に面倒見がいいし、ちゃんと訊けば何でも答えてくれるでしょ? それにマメなところがあるから、サクヤみたいな子があなたを好きになるのはあんまり不思議じゃないわ」
面倒見が良くてマメってことは、つまり俺が世話焼きってことか。
確かにサクヤもフィルも、俺が積極的にゲームを教えたり一緒に遊んだ結果、仲良くなったといっていいだろう。
「あとは……あなたって結構子どもっぽいところがあるから、そこに母性本能をくすぐられたのかもしれないわね」
「は? 子どもっぽい?」
「そうでしょ。だってすぐムキになったり負けず嫌いだったり、嫌なことがあるとむくれるところなんて子どもそのものよ」
「う……」
負けず嫌いなのは認めるけど、ムキになったりむくれるところまで指摘されるとは思わなかった。
もしかして、みんな俺をそういうふうに見てたりするのだろうか。
「だけど戦うときは妙に頼りがいがあって、実際に強くって……そういうギャップが良いんじゃないかしら?」
「ふ、ふーん」
な、なんか、そう言われると褒められているようでちょっと嬉しいな。
それに、普段ムッとしているミナからというのが、サクヤたちから言われるのとは違うものを感じる。
「あ、で、でも私はあなたのことを友達としか思ってないからね? あなたと同じで」
「お、おう」
そこで「あんたのことなんて全然好きじゃないんだからねっ」みたいなことを言ってくれれば完璧だったんだけど。
って何考えてんだ俺。
ミナは別にそういうのじゃないし。
ツンデレとか求めてないし。
「2人はなんの話をしてるのかな?」
そこへサクヤがやってきた。
どうやら彼女も今鍛練を終えたところみたいだな。
「ただ単にシンのどこがカッコイイかについて話していただけよ」
ミナがサクヤの問いに答えた。
まあ、確かにそうなんだけどさ。
彼女は今の話を隠す気もないようだ。
別に隠す必要もないと言えばそうなのかもだが。
「サクヤはシンのどこがカッコイイと思う?」
「全部! 私はシンくんの全部がカッコイイと思ってるよ!」
「ああ、そう……」
ミナがサクヤに話を振るものの、返答を聞いて苦笑いを浮かべ始めた。
「……というと、サクヤは俺の顔とかもそれなりにカッコイイと思ってたりするのか?」
そんなミナを見ながら俺はサクヤに問いかけた。
なんだかんだでサクヤの評価は気になる。
俺は自分の容姿を気にしたりしていなかったので、いつもボサボサヘアーだし眉毛やまつ毛の手入れなんかもしちゃいない。
眉毛やまつ毛を気にするのはもしかしたら少数かもしれないが、少なくとも髪型はきちんと整えたりしたほうがいいのだろうか。
そのほうがサクヤたちも良いと言うならそうするんだけど。
「シンくんの場合は童顔だからカッコイイというよりカワイイって感じがするね」
「童顔……か……」
童顔っていうのはちょっと気にしてるんだけどな。
もう少し男らしい顔つきになってもらわないとタンクとして舐められそうだし。
「でも私は今のシンくんが一番大好きだよ!」
「ああ……どうもありがとう……」
俺がちょっと落ち込んだのを察してか、サクヤは元気よくフォローを入れてきた。
今の俺が大好き、か。
なら無理に何かを変えようとしなくてもいいかな。
そうしてこのあと俺たちは宿舎へと戻り、その日を終えた。
寝る際は、ミナから俺の良い評価を聞いて(悪い評価もあったわけだが)、思いのほか嫌われていないことを知れたおかげか、いつもよりグッスリ眠れた。
何気に俺はミナにどう思われてるのか少し気にしてたんだな。
彼女とはこれからもより良い関係を築きたいものだ。